Hello happy world
「ねえ私の貯金どこやったの!?まさかまたヤクやったんじゃないよね!?」
義母の怒鳴り声がリビングから洗面所の中へと突き抜けて聞こえてきた。洗面所のドアの前で座り込んでいた俺は、そのキンキンした耳に残る音を和らげようと、足の間に収まる小春の耳を塞いだ。
「うっせぇ!家族ならお前の金使ったって別に良いだろうが!」
一日中何もせず、テレビの前で寝転がっていただけの父が、自己中心的なことを叫ぶ。いつもと変わらない喧嘩の始まり方だ。
「有り得ないんだけど!やって良いことと悪いことがあんでしょ!?」
「ああ!?そんなん知らねぇよ!!」
「知らねぇじゃねぇよ!私の金返せよ!!」
「触んな!!」
バキッ、と鈍い音が聞こえた。うるさかったドアの外が、一瞬にして静まり返る。あ〜あ、またやった。
「本当……本当、あんたなんかと結婚するんじゃなかった……!返せよ返せ!私の金返せぇぇぇぇ!」
「うお、おい!噛むんじゃねぇクソ女!!」
また鈍い音。今日はこれがあと何時間続くのだろうか。
「お兄ちゃん」
それまで大人しく座っていた小春が、耳を塞ぐ手をトントンと叩いた。塞いでいた手を離すと、少し幼い小春が真っ暗な瞳でこちらを見上げる。
「小春は大丈夫です」
「でも……この前はすごく怯えてたじゃん。怖くないのか?」
両親が喧嘩をしだすと、決まって体を震わせて身を寄せてきていた小春が、この時はなぜか微笑んでいた。今にも吸い込まれてしまいそうな、色の無い瞳が細くなる。
「おまじないを覚えたんです」
「おまじない?」
「はい。この世界から抜け出す、おまじない」
そう言って小春は、体を向かい合わせにすると、俺の両手を握って目を閉じた。
「真似してください」
言われるまま、小春と同じように目を閉じてみる。すると、不思議なことに洗面所のドアから響いてくる声がだんだんと消えていった。魔法みたいだった。小春の声と自分の心臓の音だけが脳みそに直接届いてくる感覚は、心地良かった。
俺が感動していると、小春が続けた。
「静かになってきましたか?そしたら、自分の体の中に向かってこう言ってください、『Hello happy world』」
どうやらその言葉が、世界から抜け出すおまじないらしい。子供騙しだと思いつつも、俺はそのおまじないを唱えた。
「はろーはっぴーわーるど……」
「おや?」
不意に声が聞こえた。重たい瞼を開くと、眼前には岩肌が剥き出しになった天井があった。
寝てたのか……。
どうやら、あのまま出血多量で死ぬことは免れることができたらしい。体を起こすと、そこは洞穴の中の小さな空間だった。ちょうど広さは、あの四畳半の部屋と同じくらい。洞穴の外に見える景色は暗く、灰の嵐が吹き荒れている。
ふと、自分の体を見下ろすと、服が変わっている。黒のロンTにヨレヨレのズボンを履いていたはずが、今は黒のスーツ姿になっていた。ネクタイも黒で、なんというか全体的に喪服っぽい感じだ。おおかた、クリムトの仕業だろうと予想がつく。
「起きました!起きましたよヴィル!」
「触んな、見りゃ分かる」
興奮気味の女の声と、不機嫌そうな男の声が、すぐ隣で聞こえた。
携帯式のランプが仄暗く照らす洞穴の中。外に続く穴と真逆の方を向くと、案の定二人の男女がいた。おたまで小さめの寸胴鍋を煮込む少年と、その少年の肩を揺らし、何やらこちらを指差す少女。どちらも俺と同い歳くらいの背格好で、その身には丈の長い真紅のローブを纏っている。
誰だ……?
「おはようございます!あんまりにも起きないから死んじゃったかと思いましたよ!」
状況が読めずに困惑していると、少女の方がズイッと身を乗り出してきた。
緩いウェーブのかかったブロンドのボブヘア。縁の細い丸眼鏡。全てのパーツがくっきりとしている、あどけない可愛らしい顔立ち。いいところのお嬢様のような見た目だが、それにそぐわない距離の近さに、俺は思わず後ずさる。なんなんだこの子。
「墓場のど真ん中でぶっ倒れてたお前を助けてやったんだよ」
鍋を煮込み続ける少年が、こちらに一切視線を向けずに言った。
肩にかかる、三つ編みに束ねられた銀色の長髪。首には荊が巻きついたようなタトゥー。切れ長の瞳は見るからに無愛想で不良少年みたいな印象を受けるが、決してゴツいわけではなく、むしろ線が細く、美形だ。
墓場ってなんのことだ?というか俺はあの後どうなったんだだろう。胸の傷も……。
その時になってようやく、胸の痛みが消えていることに気がついた。俺は確かにあの彫刻に胸を斬られたはずなのに痛みどころか、傷もない。クリムトがやったのか?
「良かったな。ヒーニアが祝福使ってなかったら今頃お前、死んでたぞ」
体の前面を執拗に確認する俺に気づいたのか、少年が今度はこちらを見て言ってきた。
「祝福……」
その言葉に、どこか納得した自分がいた。普通なら動揺してる祝福という概念。だけど、あんなことがあった手前、今更否定するのもおかしな気がした。今はそういうものがあるとだけ思うことにしよう。
その時、隣にいた少女が、またグイッと顔を近づけてきた。
「どうもあなたの傷を治したヒーニアです!さあ感謝をどうぞ!」
眼鏡の奥には、人懐っこそうな大きな瞳がキラキラと揺れている。小春とは違うタイプの女の子だ。だけどこういう親しみやすい感じ、嫌いじゃない。
「どうも傷を治してもらった七織秋那です。助けてくれてありがとう」
「ふふん!いいってことよ!」
大袈裟に深々とお辞儀をしてやると、ヒーニアが得意げに胸を張った。
小春以外の女性との会話で、不快感を感じなかったのはこの時が初めてだった。どうしてだろう。見た目は似ていないし……話し方かな。似ている気がしなくもない。
「助けた時には、お前以外に他のパーティメンバーは見当たらなかった。ま、お前だけでも生き残れたことに感謝しとけ」
鍋を煮込む少年が投げやりに言い放つ。その瞬間、
「ちょっ……ヴィル!」
ヒーニアが慌てた様子で短い銀髪の少年に詰め寄っていた。
「まったくあなたは……!あの方は喪中なんですよ!分かりますか!?も・ちゅ・う!!」
「んなもん、綺麗好きな冒険者にとっちゃ普通だ!テメェが気にしすぎなんだよ!」
「絶対にそんなことありません!私は仲間が死んだら3日は引きずります!!もちろんヴィルが死んだ時も泣いてあげますよ癪ですけどね!!」
「誰も頼んでねぇ!離れろ!!」
喪中?なんのことだろう。こいつらが小春のことを知っているはずもないし。
ぼーっと二人を眺めていると、それに気づいたらしいヒーニアが慌てて取り繕い始めた。
「あ、あはは。もしかして、聞こえてました……?」
俺は頷く。
「す、すみません!ほらヴィルも謝って!!」
「んでだよ!!」
ヒーニアが少年の頭をグイッと下げ、申し訳なさげに笑う。
「このガラが悪いのはヴィルです!いつもこんななので気にしないでくださいね!ほんと、ちょっと失言が多いだけの思春期ボーイですから!」
「聞こえてんだよ!誰がガラ悪いだ!」
頭に乗ったヒーニアの手を振り払ったヴィルという少年が声を荒げる。しかしヒーニアは慣れた様子でいたずらっぽい顔を浮かべて笑う。
「間違っていないでしょう?むしろ私は怖がられやすいヴィルのために、友達作りのお手伝いをしてあげているんですよ!さあ、感謝かもんっ!」
「頼んでねぇ!」
お母さんが、思春期真っ只中の少年にパンツをプレゼントした時みたいな掛け合いをした後、ヒーニアは不満げに口を尖らせた。
「む〜、私の優しさがなぜ分からないんでしょう。分からず屋ですね」
どうやらヒーニアは、お節介を焼くオカンタイプなようだ。
「あ、そういえば」
ふと、何かを思い出したようにヒーニアがこちらを向いた。
「アキナはなんだか見慣れない格好をしてますが、どこのホーム所属なんですか?」
「ホーム?なんだそれ」
「ん?ホームですよホーム!汚染域に投入されている綺麗好きな冒険者なら、どこかしらホームに所属していますよね?」
また知らない単語だ。
俺は首を傾げる。ホームが何を指しているのか分からないし、そんなものに所属した覚えもなかった。
「え……と……知らないんですか?」
「何かまずい感じ?」
「まずいというか……じゃあ綺麗好きな冒険者のことは?」
「知らない」
「ベータオードのことは?」
「さあ」
「汚染域のことは?」
「初耳だな」
全てに即答すると、ヒーニアが深刻そうな表情になってヴィルの方を向いた。ヴィルが見かねたようにそれまで鍋をかき回していたお玉を置き、小さく嘆息をつく。
「ホーム未所属。不法入域。おかしな格好にローブも無し。そんで何より、この世界について無知すぎる。いやまったく……怪しさしかねぇな」
ククク、と堪えるようにヴィルが笑う。怪しんでいるようにも、面白がっているようにも思える笑いだ。
そうか、考えてみれば、俺にはこの世界の戸籍も経歴もなく、常識的な知識もない。別の世界の人間だとバレることはないと思うけど、怪しまれて距離を置かれてしまうのはいただけない。せっかく出会った第一村人だ。この縁、大事にしなくては。
「あ〜……実は起きる前のこと、ほとんど覚えていないんだ」
俺はとりあえずこの場をやり過ごすために嘘をつく事にした。というかこの手しか思い浮かばなかった。クリムトが事前に説明してくれていればよかったものを。あいつ、どこ行ったんだ?
「覚えていない?」
ヒーニアが目を丸くする。どう考えても、このタイミングでの記憶ぶっ飛びは怪しさしかない訳だが、不思議とこの子にはバレないという確信があった。
「うん。どうしてここにいるのかも、自分のホームも覚えてなくて……分かるのは名前くらい」
「そう……ですか。まあ、汚染域に入域している時点で綺麗好きな冒険者なのは間違いないでしょうし……ストレスや強い衝撃で記憶が抜け落ちるといった報告もしばしば聞きます。アキナもきっとそうなんでしょう」
危うくバレかけたが、ひとまず信用してくれたみたいだ。ナイスストレス社会。
「だから色々教えてくれると助かるんだけど……」
一度信用されればこっちのもの。このままこの世界の情報を引き出そうとすると、
「ほらよ」
突然、目の前に木のお椀が差し出された。驚いてその方を見ると、ヴィルだった。無表情でこちらにお椀を差し出している。
「なんも食ってねぇだろ。腹入れとけ」
「さんきゅ……」
受け取ったお椀の中は、シチューのような乳白色の汁物が入っていた。見たところ具材は一口台に切られた肉のみ。湯気が立ち、香ばしい匂いが鼻を通る。ゴクリと喉が鳴った。
久々に空腹を自覚し、我慢できなくなった俺は、そのまま茶碗を恐る恐る口に運んだ。
「美味しい……」
口いっぱいに広がったコクのあるクリームの味わいは、シチューと遜色ないものだった。自然と口から出た言葉に、ヴィルはヒーニアにもお椀を手渡しながら満足げに鼻を鳴らした。
「んで、何から知りたいんだ?」
「じゃあ……汚染域ってのから」
「汚染域ね、ちっと長くなんぞ」
ヴィルは鍋からお玉を逆さまに持ち上げ、その持ち手の部分で地面に何かを描き始めた。
「よし」
完成したのは、横に長く伸びた楕円の図。そしてその内側には、面積の四分の1ほどを占める円が描かれていた。
ヴィルはお玉の先端で、楕円をトンと指す。
「これがヒーシェン大陸」
どうやらこの絵は大陸図になっているらしい。見た感じはかなり広大な様だが、他の大陸が描かれていない事もあってまだ分からない。
ヴィルは続けてヒーシェン大陸の中にある円を指した。
「で、そのど真ん中にあんのが俺たちが今いるここ、”汚染域”だ。端から端まで馬で三ヶ月以上かかる広大なヒーシェン大陸の五分の一に相当する大地が、今は農作物も育たず、家畜も人も立ち入れない死の大地になっちまってる」
「広いな……」
大きさの正確な値は分からないが、ヒーシェン大陸をロシアと同じくらいの大きさだと仮定すると、その五分の一というのがかなり大きいことが分かる。
「俺たちが生まれた頃は、もうちょい控えめだったんだけどな」
視線を落とし、そうこぼしたヴィル。こいつの歳は俺と同じくらいに見えるし、およそ17年前くらいだろう。
「控えめっていうのは?」
「広がってんだよ、汚染域は」
「……?」
「汚染域の発生源は、ヒーシェン大陸のど真ん中にあったエルドーレってちっせぇ国。その国が突如原因不明の光に包まれて、国ごと汚染されたって話だ。そっから百年、汚染域は年々その拡大速度を増し、ここまで大きくなってやがる。もしかすると、数十年後にはヒーシェン大陸丸ごと飲み込まれてるかもな」
冗談を言う様子でもなく、ただ淡々と話すヴィルの表情はどこか暗い。だけど無理もないように思える。人の住めない大地の拡大。それはつまり、大陸を越え、世界までもが危険にさらされているということだろう。
「人類の危機じゃん」
「そういうこったな」
「おやおやヴィル〜?いつになく弱気じゃないですか〜!なんのために私たちがいるのか忘れちゃいました?」
ヴィルが俺に対して相槌を打った直後、それまでシチューもどきを食べていたヒーニアが、口元にヒゲのような跡をつけて身を乗り出してきた。ニコッと朗らかな笑顔がこちらに向く。
「アキナ!私たち綺麗好きな冒険者は汚染域を開放、浄化する意志を持った集団なんですよ!」
「浄化?」
「はいっ!言っときますが本気ですよ?汚染域全体を人の住める大地に戻すのが、我々綺麗好きな冒険者の使命であり、大義!!そのために私たちは日々戦っているのです!!」
ヒーニアはフンと鼻を鳴らす。口元のヒゲには気づかないままだ。
「汚染を浄化……だから綺麗好きな冒険者か」
「ええ!けれどまあ、名前の割にガサツな人が多いのも事実ですが……」
ヒーニアがわざとらしくジト目でヴィルを見る。すると、すかさずヴィルが睨み返した。
「何見てんだコラ」
「ヴィルはもっと達観して、冷静に物事を判断できるようになった方がいいです。そうだ、練習しましょう!あんがーまねじめーんつっ!はいっ!!」
「はいっ、じゃねぇ!!誰がやるか!!」
そんなやりとりを続けて、お椀の中身をみんなが平らげた頃、おもむろにヴィルが立ち上がって洞穴の外を眺めて言った。
「嵐が止んだ。帰還の前に周囲を確認しに行くぞヒーニア」
「は〜い。じゃ、アキナはここにいてくださいね。少ししたら戻りますので」
ヒラヒラと手を振り、ヴィルに続いてヒーニアも洞穴から出て行く。それまで賑やかだった空間には、今は冷えた静寂が満ちている。
「とりあえず第一村人に接触成功。あいつらとなら仲良くやれそうだな……」
そう、安堵の息をこぼした時だった。
「おいおい、まさか私たちの目的を忘れたわけじゃないよな?」
「うおぁっ!」
洞穴の外を眺めていると、何者かに背中を押された。驚いて振り返ると、クリムトが、俺の肩に手を置いてニヤついている。姿が見えないと思っていたが、タイミングを伺っていたらしい。
「説明不足を誤りに来たんなら遅かったな。おかげでこの世界の人間じゃないってバレかけた」
「私のせいにするなよ。説明する前に意識を失った秋那が悪いだろ」
ムッ、と口角を下げ不満げなクリムト。こういう子供っぽい仕草に混じって、たまに冷徹な部分も見え隠れするのが不気味だ。年齢がまったく読めない。
「ヒヒッ、しかし似合っているじゃないか、私のプレゼント。あのくたびれた服は見てられなかったからなぁ」
「やっぱりこの服もお前の仕業か。このタイミングで喪服って全く笑えねぇ」
「靴まで用意してやったんだ、感謝の一つくらい言ったらどうだ?」
「誰がお前なんかに」
「可愛くないやつだ。まあいい」
フッ、と肩の重さが消える。俺の背中から離れたクリムトは、ヒタヒタと裸足で目の前まで歩いてくると、向かい合わせにあぐらをかいて座った。頭蓋骨の下から覗く口元が歪む。
「時に秋那、私と交わした約束は覚えているか?」
「……覚えてる。当たり前だ」
この世界に転生した小春が幸せい生きてる姿を一目見る。それが激痛に苛まれる中で宣言した自分の幸福。この束の間の休息で、目的を見失ったわけじゃない。
「ヒヒッ、それならいいんだ。しかし驚いたな、一目見るだけなんてちっぽけな願いお前らしくない。もっとこう、一緒に暮らしたりとかそういうことを言うと思っていたぞ」
「ちっぽけね。ま、実際そうなのかもな。だけどこれ以上の幸せ、俺は望んじゃいけないんだ」
「なぜ?」
「小春の幸せを……また壊しかねない」
仮にクリムトの言葉を信じるなら、俺はもう小春の人生に関わってはいけない人間だ。関わればまた小春を苦しませてしまうかもしれない。もう一度家族になろうとか、話したいとか、そんなことを期待する権利、小春を死なせてしまった俺にあるわけがない。小春に残る俺の記憶は、できるだけ少ない方がいい。
「何も我慢することなく、腹一杯飯を食って、暖かい家族に囲まれてゆっくり眠る。そんな生き方をしてくれていれば、俺は幸せなんだ。今はその確証が欲しい」
そうだ、これでいい。俺は小春が幸せに生きてくれてるならそれが俺の幸せ。それ以外は……きっとない。
「あくまで妹のためってわけか」
「勘違いすんな、俺のためだよ。小春に俺がいらないなら、俺はそれで構わない」
訂正すると、なにがおかしいのかクリムトはヒヒッと楽しそうに笑った。
「そうか。じゃ、そんな貪欲な秋那に一つ助言だ。この世界に転生した七織小春だが……その転生した場所ってのは汚染域のど真ん中だ」
「……よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「汚染域のど真ん中、未だ人類が到達できずにいるその秘境に、七織小春は転生した。秋那の幸せを満たすためには、そこを目指すべきだな」
試すような愉快げな笑いが真っ暗な頭蓋骨の奥から聞こえてくる。その笑い声を聞くたびに心が深い不安の底に落ちていくのを感じる。
「クリムトお前……どういうことだ……!」
「説明した通りだが?」
「違う!なんでそんな場所に小春を転生させた!!」
この汚染域って場所は、植物も人も家畜もまともに住めない環境。ヴィルはそう言っていた。そんな世界の中心に転生した小春が、まともに生きていけるはずがない。
だが、俺に襟を掴まれたクリムトは、悪びれる様子もなく淡々と答えた。
「どうしてもそうする必要があったからだ。代償として受け取った命をどう使おうが私の勝手だろ?」
「小春の命を弄びやがって……!お前一体何を隠して────」
「アキナ〜ただいまですよ〜」
言葉の途中、洞穴の外からひょこっとヒーニアが顔を出してきた。続けてヴィルも顔を出してくる。俺はすぐにクリムトから手を離した。
「お……おかえり」
「辺りに幻血獣の気配はなかった。ここを出るぞ」
「おう……」
まずい、クリムトを見られた……。ただでさえ怪しまれているのに、こんな不気味なやつに詰め寄っているところまで見られたとなると、流石に言い訳のしようがない……。
だが、そんな俺の焦りとは裏腹に、ヴィルは目の前にいるクリムトのことが、まるで見えていないかのように首を傾げていた。
「どうした?顔色やばいぞ」
「……そ、そうか?」
「ドブみてぇな色。ま、大丈夫ならとっとと立てよ。行くぞ」
「外で待ってますね!」
ヴィルとヒーニアが背中を向ける。クリムトに視線を戻すと、こいつは口元を綻ばせていた。
「そんなビビらなくても通常の人間には私の姿は見えない。安心しろ」
まるで俺をからかっているかのような意地悪な笑みだ。
「願いの変更は受け付けない。汚染域の中央にいる七織小春を見つけるためには、まず綺麗好きな冒険者になるのが手っ取り早いぞ。それじゃ、引き続き見守っているからな。頑張れよ」




