Next revel
廊下には相変わらず趣味の悪い飾りが壁にかかっている。
クリムトはまだ隠れているみたいだ。まあどうせいつかひょこっと出てくるだろうから気にしても無駄だろう。
「そういえば、本を取りに来てたみたいだけどレフィたちは他に用があったんじゃないのか?」
長い廊下を進みながら、隣を歩くレフィの顔をチラリと横目で見る。
「急ぎって訳じゃないから別に。すぐに取り掛かれるものでもないもの」
「レフィと二人で、新しい保存食、作る」
詳細を言わないレフィの代わりにシャルが説明をしてくれたが、いまいちよく分からない。
「なんで保存食?」
保存食ってあれだろ?カンパンとかその辺の感想した食べ物。女の子だし、友達と一緒に料理を作るっていうのは微笑ましいけど、わざわざ保存食じゃなくてもいい気がするけど。
「あのね、私たちは綺麗好きな冒険者よ?汚染域に持っていくために決まってるじゃない。あそこじゃ凝った料理なんて作れないし、そんな余裕がある方が珍しいもの。だからみんなあらかじめ、干し肉とかパンを持っていくのよ。でもそれだけじゃ物足りないでしょ?」
「なるほど」
確かに干し肉やパンだけじゃバリエーションに乏しい。どうやら食料の保存や加工技術は地球より発達しているわけではないみたいだ。
そういえば、ヴィルが作っていたスープも、具材は肉だけだった気がする。
「汚染域に限った話じゃないけどね。普通のダンジョンとかでもそうよ。まあ、たまに魔物を食うやつもいるらしいけど私は生理的に無理」
うげ〜っとレフィが苦々しい顔で舌を出す。その顔をシャルが覗き込んで首を傾げた。
「見た目に目を瞑れば意外と美味しい。本に書いてあった」
「絶っっっっっっ対いや!!家畜の肉の方が百億倍美味しいに決まってるわ!!」
まるで虫に怯えるみたいに絶叫をこだまさせながら、レフィの身体は現実空間の通り道である闇色の鏡に吸い込まれた。続くシャルも、家の玄関を通り抜けるように、自然と入っていく。
鏡をくぐる時の、あの気持ちの悪い感覚を二人は感じていないのだろうか。
そう思いながらも、俺は意を決して闇の鏡の中に足を踏み入れた。例の頭が揺れるような感覚に襲われる。
だが、何かおかしい。
すぐに消えるはずの頭の揺れが治らない。体に力が入らない。深い海の底に沈んでいるみたいに息苦し……い……。
それを最後に、俺の意識はプツン、と途切れた。
◆◆◆◆
「我が国はもう限界だ!!」
世界調律機関第一教区クレイア。コンサートホールのような、豪奢で広い空間の二階席から声が上がる。焦燥の滲む怒声は、それを皮切りに加速した。
「止まらない汚染に恐怖した多くの民が、不法移民となって押しかけてきてパニック状態だ!!」
「私の国もだ!!資源は尽きかけ、犯罪率の増加も著しい!!」
「こちらも国庫を解放せざるを得なくなったせいで、来る冬に向けての貯蔵も満足にできていない状況だ!!」
「一体世界調律機関は何をしている!?資金や人員を浪費するだけしておいて、百年間進展がないどころか汚染は広がる一方だぞ!!本当に綺麗好きな冒険者は使い物になるのか!?」
豪奢な服を身に纏い、宝石の埋め込まれた冠を頭に乗せたその者たちは、世界各国の王達であった。
迫る汚染に誰もが不安と怒りを露わにし、一階部分にあるがらんとしたステージに佇む男を睨んでいる。
「なんとか言ったらどうだ!お前のことを言っているのだぞ────第一教区浄化司教アダマス・カルロッサ!!」
アダマス・カルロッサ。そう呼ばれたのは長いブロンドの髪を下ろし、軍服によく似た白の礼服を着こなす紳士然とした男だった。右目にかかった単眼の眼鏡の奥に光る青い瞳と色の薄い肌はどこか浮世離れした雰囲気がある。
ライトに照らされる一階部分の壇上で、アダマスは後ろで腕を組んだまま頷いた。
「陛下らのおっしゃいます通り、広がり続ける汚染はヒーシェン大陸の五分の一にまで進行し、周辺各国に居住する民はこぞって他大陸に移動しております。さらには、鉱物資源が豊富であったチェト峡谷全域が汚染の海に沈み、今や採取不能となってしまいました。このままでは大規模な飢餓に加え、資源不足による装備の供給不足、貨幣の鋳造の遅延が発生するでしょうね」
「でしょうだと!?アダマス貴様!この事態を他人事だとでも思っておるのか!!」
ダンッ、と王の一人が黄金の装飾のなされた椅子の腕置きを殴る。だが、そんな怒りの声にもアダマスはニコリと余裕な笑みを浮かべた。
「まさか、滅相もございません。このアダマスも、陛下らと同じく世界の行末を憂う者の一人でございます。なにせ汚染域に最も近いのは我らが都、八つの教区なのですから」
「我らが都だと?その土地は我々が分け与えたものだということを忘れたわけではあるまいな!」
「ぷっ……」
別の王から飛んだその言葉に、アダマスは思わず吹き出した。
「な、何がおかしい!!」
顔に青筋が奔らせこちらを指差す王に、アダマスは片眉を下げて演技じみた困ったような顔をする。
「これは失礼いたしました。いえね、王ともあろうお方が犬に与えた小屋を自らのものと主張しているのがなんだかおかしくて……プフッ……」
「貴様ぁ……!」
「戯言はいい!それより、必要なのはこれからの指針だ!アダマス!汚染域奪還への道筋はまだ見えないままか!?」
別の王からそう問われたアダマスは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら端的に答えた。
「鋭意模索中ではあります。ですが、奪還の方法は依然として見当もついておりません」
「ならば進め!第三層への進出はどうなっている!」
「そちらの方も芳しくないですね」
「不可視の巨壁……階層支配者か」
激怒する王たちの中、一つ冷静な女の声が聞こえた。その言葉はまさに今、綺麗好きな冒険者が汚染域に進めずにいる原因に他ならなかった。
「ええ。第三層『禍獄』外周を囲うあの幻血獣は、あらゆる物質やエネルギーを通さない力を持ちます。綺麗好きな冒険者が試した限りでは祝福、魔剣による攻撃はもちろん、火力に秀でた祝福持ち50名の一斉攻撃も有効打になり得ませんでした。今のところ攻略の目処は立っていません」
「第三層を発見してからここ五年ずっとそうじゃないか!なんとかしろよ俺の食いもんが減る一方だ!!」
二階席の一番右の席に座る、三十代後半くらいの雪だるまのように太った王がぶるん、と顎肉を揺らして叫んだ。
その声に、僅かにアダマスの顔に影が入る。小さな舌打ちがその影から鳴った。
「この後に及んでまだ自己都合を吠えるか、豚め……」
誰にも聞こえないような冷え切った小声。しかしアダマスは、すぐに薄ら笑いを顔に貼り付け、太った王の方を向く。
「五年ではなく八年ですよ、フェンディス王。これまで会議に不参加だったあなたがいるとは珍しい。ようやく危機感が芽生えてきたのですかな?」
「だ、黙れ!無能な綺麗好きな冒険者め!!百年かかっても大陸の土地一つ取り返せずグダグダしやがって!!」
またしても、アダマスの瞳から温度がなくなる。息ができなくなるほどの冷たさ。殺気すら生ぬるいほどの圧に、フェンディス王は「ヒュッ……」と息を呑んでたじろぐ。
「お言葉ですが陛下。我々綺麗好きな冒険者は百年もの間、死力をつくして汚染に挑んでおります。どうか死んでいったものたちへの侮蔑は控えていただきたい」
「だ、黙れ!!世界調律機関もだぞ!!俺たちが特例で設置してやった恩を忘れやがって無能のジジィどもが!!」
「……そういえばフェンディス王。貴国自慢の魔導艦隊ですが、あれの動力源は確か一般の魔物の魔石ではなく、質の高い幻血獣の魔石を使っていましたね」
「な……何が言いたい!!」
「飼い犬に手を噛まれたと吠えるのは勝手ですが、もう少しご自分が一国の王だという自覚を持たれるべきかと。あなたが今し方無能だと宣った私の上司も見ていますよ」
アダマスは悠然と観客席の最奥を指差した。三階部分の卵を半分にしたようなガラス張りの観客席。そこには、黒い軍服を身に纏った者たちが数名、静かに王達を見下ろしていた。その者たちの顔は影に隠れて王たちには見えない。しかし王よりも上の位置から、一言も発さずにただ見下ろすその影に、王たちは思わず立ち上がった。
「世界調律機関……っ!?」
「世界調律機関だって……!?聞いてないぞ!」
「ま、まさか奴らも来ているなんて……今までこの会議には顔を出していなかったはずなのに」
「へ、下手なことを言うとまずい。魔石の補給が途絶えれば我が国の結界が……」
「私の言葉、彼らの耳に入ってたか!?入っていないよな!?」
おーおー、一国の王ともあろう者たちが血相をかいて……滑稽だなぁ。王なら動揺を隠して毅然としてなきゃ民の信頼無くしちゃうぞ?流石は戦争を知らないお坊ちゃん達だ。
アダマスは、自らの上司を見て騒がしくなった観客席を見て目を細めた。
戒律により、世界での魔術の使用は厳格に制限されている。だが、”魔石を通した力”はその限りじゃない。祝福以外の”異能”が使用できるその力の源は、今や世界で最も需要が高いエネルギー源。その内訳は、一般の魔物の魔石に比べ、魔力含有率の高い幻血獣の魔石がほぼ独占状態。
そして、その供給量の調整を行なっているのが綺麗好きな冒険者の上部組織である世界調律機関だ。当時、幻血獣の魔石の価値に気づいていなかった無能な先代先先代の王達が、その権利全てを世界調律機関に投げたことで各国の意思のもとで作られた組織は、逆にその意思を操るところにまで転じた。
そう思うとこの二世三世共の日和見主義的な短絡さは、親譲りのものなのかな?まあいずれにしろ、そんな一族共はもうじき滅びる運命にある。考えるだけ無駄ですね。
そこでアダマスはパンッ、と手を叩く。全体が静まり返った。
「ご安心ください皆様。今のはちょっとしたお遊びです。どうか、犬の”戯れ”だと思って水に流してくだされ」
王達が息を呑む。それを確認してから、アダマスは声のトーンを落として続ける。
「さて、貴国らが目下の課題としている移民と資源不足ですが、結論から言えばそれらは全て、近いうちに解決するでしょう」
「え……」
「解決!?」
どこか遥か遠くを見るように目を細め言い切ったアダマスに、王達がまた動揺する。だがその騒がしさは、先ほどのような恐怖は微塵も含まれておらず、どこか浮き足立つような軽やかなものだった。
「ど……どう言うことだアダマス!?」
「汚染域が出現してから一世紀もの時間が経ちました。長い、とても長い時間です。苦しかったでしょう。怖かったでしょう。陛下らの焦りももっともです。しかしながら、時の流れというものは常に希望を生むもの」
「希望……?」
「左様。希望でございます」
そう相槌を打ったアダマスは、後ろで組んだ腕をバッ、と広げた。そして力強く、清々しい表情のまま、声高らかにこう宣言してみせた。
「百年!これは過去から推測しても、力の変革が起こるには十分な時間!!お待たせしました皆様!もう時期です。もう時期出てきますよ────新たな可能性を持つ、新世代の者たちが!」




