晴れない疑い
「それで?大図書室をこんなに汚したのは秋那、あんたなの?」
部屋の中をぐるりと見渡して、レフィが呆れたようにため息をついた。
本やらクリムトが作った紙飛行機やらが散乱した床に、ボロボロの本棚。筒のような形をした吹き抜けの空間は、小さな台風が過ぎ去ったのかと思うほどに荒れていた。
「俺じゃない。っていうか本棚はレフィがやったやつじゃないか」
「それじゃこの紙屑は何?」
「それは……」
レフィが持ち上げたのはクリムトの紙飛行機を俺が丸めてポイしたやつだった。この場合、悪いのはページを破って折り紙にして遊んでたクリムトか、それとも最終的に丸めて捨てた俺か……。うん、クリムトが悪いな。全面的に。
「どーせ読書が続かないからページちぎって遊んでたんでしょ。ったく、知性も品性もないなんてまるで猿ね猿」
「アキナ、お猿さん?」
「秋那は人間」
レフィの言葉でおかしな誤解が生まれそうだ。
「……そういえば秋那。ここで誰かと、話してた」
こちらを見上げたシャルが不意にそう口にした瞬間、自分の心臓の鼓動が強くなったのを感じた。
「な、なんのことだ?」
「シャルが上いた時、秋那の声、聞こえてきた。誰かと話してるみたいな声だった」
咄嗟にとぼけてみせたが、その話し声というのはクリムトと話していた時のものだろう。てっきり上にいたから聞こえていないと思っていたけど、丸聞こえだったらしい。
「ヒーニアと話してた時じゃないか?」
「ううん。ヒーニアの声聞こえなくなった後も話してた。あれ、誰?」
とりあえず言い訳してみるがそれが余計だった。まずいな。クリムトの姿は人からは見えないから誰かと話していた証拠はないにせよ、シャルは俺が誰かと会話していたことをほとんど確信しているようだ。
「何を隠しているか知らないけど、正直に言っておいた方が身のためよ」
レフィが低く唸るような口調で言う。丸かった瞳孔は細くなり、腰のナイフにまた、手が添えられた。
「ま……待て待て待て!やましいことなんてない!俺は一人だった!」
「本当でしょうね」
手はナイフに添えたままで、レフィが顔をズイッ、と近づけてくる。
「ひ、ヒーニアとヴィルに聞いてくれ。あいつらと一緒にこの街に来たから大体の事情は知ってるはずだし、俺が一人で倒れていたことも知ってる!」
「……あっそう。それじゃ聞きに行く」
ふいっ、とレフィの視線が外れる。
「そこは信じてくれる流れじゃねーの……」
「バカ言わないで。ただでさえ物騒な世の中なのよ、あんたみたいな怪しいやつ疑わないわけないでしょ」
レフィはどこか不機嫌そうに扉の方へ歩いて行く。
「シャルと真逆でおっかない性格してんな」
レフィの後ろ姿を見つめながら、その警戒心の強さに俺は思わずこぼした。
「レフィ、本当は優しい」
ふいにシャルが俺と同じようにレフィの背中を眺めながら言った。その目はどこか寂しそうに揺れていた。
「でも、シャルのためにみんなに強く当たってる。レフィはそれでいいって言ってる。でも、優しいレフィが、みんなに理解されないのは……悲しい」
「みんなって?」
「ホームの人……」
「なら別に悩む必要ないんじゃね」
「え……?」
伏せ目がちだったシャルが驚いたように顔をあげる。
「確かに最初殺されかけた時は驚いたけどさ、それがシャルのためってのは始めましての俺でもすぐに分かったし、きっとヒーニアたちも気づいてるはずだ。それに、このホームに悪い奴はいないってあいつ言ってたしな。だからそんなに悩まなくてもいいと思うぞ」
「……そう」
「おう。ま、二度とあんなことはごめんだけどな」
「その節は、ごめんなさい……」
こてんと素直に頭を倒したシャルだが、その口元は明らかに緩んで見えた。
「いつまでそこいんのよ!早く来ないと閉めるからね!!」
片方だけ開いたドアから、レフィが怪訝な顔を覗かせて叫んできた。
これ以上不機嫌にさせると面倒臭そうだ。仕方ない。
小さく嘆息をついて、俺は未だ座ったままでいるシャルに手を伸ばした。
「ん?」
俺の手をシャルが不思議そうに見つめる。どうにもこいつは察しが悪い。
「行かないのか?」
「……いく」
そこまで言って、やっとシャルは手を取った。
包むようにして握られた両手を引っ張る。
長い前髪から覗いた夜空の瞳が、少しばかり輝いて見えたのは気のせいではないだろう。




