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74食目 綻蕾

 放課後、駅前のスーパーは平日にもかかわらず人が多かった。ホワイトデー前日というだけで、特設コーナーの前に人の流れが滞る。色違いの箱が棚一面に並び、価格帯ごとに区切られた札がぶら下がっている。


 蓮はその前に立ち、迷うことなく手を伸ばした。内容量、個包装の有無、単価。目につく情報を順に拾い、条件に合うものをまとめてかごへ入れていく。配る数が多い以上、均一性と扱いやすさが優先される。


 アソートの袋をいくつか選び、個包装の袋が多く入っているものを追加する。かごの中身がある程度の量になったところで、蓮は一度だけ全体を見直した。この量でお返し用の数は足りている。


 そのままレジへ向かい、会計を済ませる。袋に詰めた重さはあるが、持てないほどではない。帰宅後に分ければいい。


 店を出る直前、蓮は足を止めた。視界の端に、別のコーナーが入る。専門店の出張販売らしく、同じチョコでも並び方が違う。装飾された梱包に、価格帯も一段上がる。


 数秒だけ見て、蓮はその棚へ向かった。

 箱を一つ手に取る。過剰な装飾はなく、内容量も過剰ではない。日持ちと構成を確認し、問題がないことだけ確かめてから購入した。他のものとは分けて、袋の中で位置をずらすと、そのまま帰路についた。


 帰宅すると、部屋の中には既に明かりがついていた。玄関の扉を閉めると、キッチンから食器の触れる音が聞こえる。


「ただいま」


「おかえり」


 椿の声が返る。蓮は靴を脱ぎ、そのまま袋を持ってリビングへ入った。


「どうしたの?それ」


 視線はすぐに袋へ向いた。


「ホワイトデーのお返し用のお菓子」


 蓮はそれだけ答え、テーブルの上に袋を置く。中身を取り出し、机の上に並べていく。アソートの袋がいくつも並び、包装の色が机の上を埋めていく。


 蓮は一つ開けると、中の個包装を取り出し、数を目で追う。蓮は仕分け用の袋を取り出すと、偏りが出ないように移していく。


 椿は少しだけその様子を見ていたが、やがて無言で隣に座り、空の袋を一つ手に取った。


「……こういうの、ちゃんとやるのね」


「ああ、もらったからにはな」


「いい心がけね」


 言いながら、椿も手を動かす。蓮の仕分けに合わせるように個包装の菓子を取り、袋へ入れる。


 次を取る。

 また入れる。


 袋の口を軽く整え、隣へ置く。蓮の動きに合わせるだけで、自然とリズムが揃っていく。

 数を数える声はない。だが、二人とも同じ基準で分けている。袋の中身はほぼ同じ構成で揃い、見た目にも差が出ない。

 だが、なかなか必要な数には届かない。


「……多いわね」


「思ったよりな」


「これ、覚えてるの?」


「全部はさすがに。箱に名前書いてくれてた人を優先的に返すかな。

 ……顔見ればわかると思うから、明日は校内練り歩くしかない」


「騒ぎになるから、ほどほどにしなさいよ」


 会話が生まれても、手は止めない。


 次第にからの大袋と中身の入った小袋の山が増えていく。テーブルの上のスペースが入れ替わり、最初に広がっていた色が、次第に同じ大きさの袋に置き換わる。


 椿は袋の口を整えながら、ふと手元を見た。


「……なんで私、これ手伝ってるのかしら」


 小さく呟く。だが手は止めない。


「いや、椿が突然始めただろ」


「……それはそうだけど。まぁいいわ、夕飯の時間もあるし、早く終わらせたかったのよ」


 納得したわけでもない返答だったが、そのまま次の袋へ手を伸ばす。

 最後の袋が空になる。余った個包装を袋から出し、片付けやすいように分けておく。小袋の数が足りていることを確認し、軽く全体を見渡す。


「ようやく終わった」


「そうね」


 椿も同じように見渡し、小さく頷く。


 小袋をまた手提げ袋に入れ直したあと、蓮は手元に残していた袋へ手を伸ばす。他とは分けていた箱を一つ取り出した。

 椿の手が止まる。


「……それは?」


 視線が箱へ向く。


「椿の」


 蓮はそのまま差し出す。動作に迷いはない。

 椿は受け取らず、箱を見たまま動かない。


「なんで別なの?」


「いつも世話になってるからな。他の人と同じにするのは違う気がして」


 蓮はあっさりと返す。

 椿は、それに返す言葉が続かない。視線が箱から離れない。


 その様子を見た蓮は少しだけ言葉を足す。


「ほんとは当日のほうがいいんだろうけど、一番世話になってるから一番初めに渡したかった」


 それだけだった。何も特別な言い方ではない。理由をそのまま並べただけの説明。

 椿の指先がわずかに動く。箱を受け取るまでに、ほんの一拍だけ間が空く。


「……これ、」


 持ち上げる。重さを確かめるように、少しだけ指の位置を変える。


「他のと、違うのよね」


「さっきからそう言ってるだろ」


 蓮はテーブルの上を片付けながら答える。


「他の人たちと椿を同じにするわけがない」


「……」


 椿は箱を見たまま、何も言わない。


「世話になってる量が違うからな。そこは分けた方がいい」


 蓮は続ける。同じ説明を、もう一度。

 椿は一度だけ目を閉じる。すぐに開き、視線を外す。


「……ありがとう」


 短く、それだけ言う。


「こちらこそだ」


 蓮もそれだけ返す。

 会話はそれで終わる。蓮は袋を手に取り、かばんの近くへ寄せる。明日そのまま持っていけばいいように。


 椿はその場に座ったまま、手の中の箱を見ていた。開けるわけでもなく、置くわけでもなく、そのままの姿勢で数秒止まる。


 やがて小さく息を吐き、箱をそっと自分の側へ寄せた。


 テーブルの上には、大きな空の袋と少しだけ余った個包装。

 そしてそこから外れて一つだけ、装飾された箱が置かれていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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