64食目 忘却の伝言
夕食の時間。テーブルの上には出来たばかりの皿が並び、味噌汁の湯気が静かに立ち上っていた。
蓮は、椿が小鉢を運ぶ様子を見ながら、どこか落ち着かない様子だった。
「……どうしたの、そんなそわそわして」
「いや、やっぱりなにか手伝えないか?やってもらいっぱなしは落ち着かなくって」
「まだ慣れてないの?もうここにきて5日でしょ」
蓮にとっては、夕食の調理から配膳までやってもらうのは、落ち着けなかった。短期間とはいえ居候の身であるならなおさら。
椿が味噌汁のお椀を人数分運び終えて席につく。
「ほら、食べましょ」
「あ、ああ。いただきます」
揃った声に合わせて食事が始まる。蓮も同じように箸を取り、最初の一口を運ぶ。
「どう? 今日の」
梓がそう言って蓮たちを見る。
蓮は口の中のものを飲み込んでから顔を上げて答える。
「美味しいです。今日もとても」
簡潔だが、素直な気持ちだった。
「ならよかったわ。蓮くんが来て食べてくれる量も増えたから、作りがいがあるわぁ」
梓は機嫌よく笑い、そのまま椿にも視線を向ける。
「椿は?」
「……うん。おいしい」
短く返して、椿は視線を皿へ戻す。その様子に内心で首を傾けながらも、蓮は何も言わずに食事を続ける。
賢崇が味噌汁に口をつけながら「今日も出汁がよく効いてるね」と穏やかに言うと、梓が「そうでしょ?今日のお味噌汁は椿が作ったのよ、ねぇ?」と嬉しそうに返し、食卓の空気はそのままいつもように流れていく。
そして食事が半分ほど進んだ頃、梓が思い出したように声を上げた
「そういえば、もうすぐ年末じゃない?」
「そうですね」
蓮は短く返す。
「今年の初詣、どうする?」
問いの形だが、梓は間を置かずに続ける。
「家は毎年皆で行ってるのだけど……初詣、蓮くんも一緒に行くでしょ?」
「いいんですか? ご一緒しても」
蓮は箸を止め、梓を見る。
「もちろんよ。もう家族みたいなものなんですから。
せっかくだからみんなで行きましょ」
「ありがとうございます。ぜひ、ご一緒させてください」
自身が家族のように受け入れられている光景に、蓮は胸の奥が熱くなる。
「椿?」
梓が呼ぶ。
「……え?」
反応が遅れる。
「行くでしょ?」
「……うん」
「じゃあ決まりね。日取りはいつにしようかしら」
「朝の方が動きやすいかもね」
賢崇が言い、梓が「そうねぇ」と返す。
「時間は合わせますよ。この辺りの混雑はわからないので皆さんに合わせます」
「……わたしも」
会話は流れ、食卓の話題はそのまま次へ移る。年末の買い出しの段取り、トレーニングの予定――。
「ごちそうさまでした」
食事を終えた蓮は席を立ち、食器をキッチンへ下げる。
ふと、リビングで初詣の日取りを相談している賢崇と梓を見る。
「梓さん、片付けは自分がやりますよ」
「あら、いいのよ?我が家のように過ごしてもらって」
「だからこそです。向こうでもいつも片付けはやってるので。
なにかやらないと逆に落ち着かなくって」
「あらそう?じゃあ椿とお願いしようかしら。ね、椿?」
「……もちろんそのつもりよ」
そういって2人はキッチンに並び、片付けを始める。
その様子を微笑ましく、梓たちが見ている。
「こうしてみると、ほんっと自然体ねぇ」
「そうだね、いつもやってるようだね」
保護者から微笑ましく見守られているとはつゆ知らず、2人は黙々と片付けを進める。
ふと、蓮がずっと引っかかっていたことを椿に尋ねる。
「そういえば、今日何かあったのか?」
「……え?なに、急に」
蓮が洗い、椿が吹く。
その皿のラリーの中で、会話が続く。
「いや、なんかずっとモヤモヤしてそうだったから。
なんかあったら相談くらいなら乗るぞ?聞くだけになるかも知れないけど」
「……別に、何もないわ。
ちょっと陽菜と勉強してただけよ」
「げっ、宿題……」
「またなの?はぁ、この後やるわよ」
「いいのか?助かる。
片付けを終えたらすぐ取り掛かろう」
それだけ言って、蓮は手を動かす。洗い終えた皿を流し、軽く水を切ってから次へ回す。椿は受け取って布巾で拭き、棚へ戻す。同じ動作が一定のリズムで続く。
水音と食器の触れる音だけが、間を埋める。
「初詣か」
蓮がぽつりと口に出す。
「……なに?」
「いや、そういえばかなり久々だなって。
ずっと日本から離れてたし」
「そうか、そうなるわね。
良かったの?天根くんは実家に帰らなくて」
「あ!忘れてた」
そういうと蓮は梓たちへ向く。
「賢崇さん、梓さん」
蓮の問いかけに、2人が顔を向ける。
「どうしたんだい?」
「ひとつ伝え忘れてて……すみません。
両親が、年始にご挨拶に伺いたい、と。」
「あら、蓮くんのご両親が?」
「ええ、冬休み中、こちらでトレーニングのために滞在する許可を取った際に言ってくれと頼まれてたのを今思い出しました
お二人の時間があるときに、お礼も兼ねて伺いたいと言ってました」
「あらあら、わざわざお気遣いありがとうね。
年始なら4日までならいつでもいるわよ」
「わかりました、そのように伝えます。
また両親が来る日程が分かったら、お伝えします」
「はーい」
それだけ聞いて、蓮は再び片付けに戻る。
「……助かった。トレーニングに夢中になって忘れてた」
「あんたね……
ご両親、来るの?」
「ああ、たぶん。そのためにまだ予定は空けてると思う」
「……そう」
「どうした?」
「別に。なんでもないわ」
「?そうか」
蓮はそれ以上は追わず、手元の皿に水を当てて汚れを落とし、いつも通りの順で流していく。椿は受け取って拭き、棚へ戻す。動きは揃っている。
「これで最後だな」
「ええ」
蛇口を閉めると、水音が止む。リビングでは年始の話が続いている。
蓮は手を拭き、軽く頷く。
「さ、次は宿題だな」
「全く……計画的にやりなさいよ」
それだけ言って、二人は並んでリビングへと戻った。
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