48食目 半個分
スコアが一対一に戻って以降、試合の輪郭は明確に変わっていた。
常盤台はボールを保持している。だが、それは主導権を握っているというより、崩されていないだけに近い状態だった。中央に入らない以上、攻撃はどうしても外を回る。外から中へ差し込もうとしても、その入口はすでに閉じられている。
蓮は中央に立ちながら、その循環の外側に置かれていた。
完全に消されているわけではない。だが、関与する回数が決定的に少ない。ボールが来ない時間が続くことで、試合のリズムそのものから切り離されていく感覚があった。
(このままじゃ、届かないな)
思考だけは冷静に進む。
中央で待てば消される。下がれば次がない。外に流れれば全体が歪む。どの選択も正解にはなり得るが、決定打にはならない。その中で、どこまでリスクを取るか。
蓮は一度だけ、中央からわずかに落ちた。
最終ラインと中盤の間。出し手との距離を縮め、パスの強度を上げさせる位置。これまでなら選ばない位置だが、今は“確実に入る”ことを優先する。
味方のCBと視線が合う。
「強くていいです!出して!」
その言葉に出し手が踏み込む。
強いボールが来る。
中途半端な速度では触られる。ならば、触られない速さで到達させる。判断としては正しい。
だが――
その一瞬で、すでに寄せが入っている。
背後から身体が当たる。正面のコースも消されている。勢いのついたボールを完全に殺すには、わずかにスペースが足りない。
ボール半個分、トラップが流れる。
その半個で、すべてが変わる。
(しまっ……!)
次の瞬間には足が出てきていた。ボールは弾かれ、こぼれをそのまま回収される。即座に切り替えに入るが、誠和の方が一手早い。
縦に入る。
中央を一気に通される。
戻りながらコースを切るが、間に合わない。シュートは一度弾かれるものの、そのこぼれを押し込まれる。
二対一。
スタンドの音が、一段階上がる。
蓮はそのまま足を止めず、ゆっくりとセンターサークルへ戻った。呼吸は乱れていない。身体の消耗も少ない。ただ一つ、状況だけが明確に傾いている。
(今のは、選択としては間違ってない、はず)
強いボールを要求したのも、その処理を選んだのも、すべてはこの状況での最適解だった。
それでも、成立しなかった。
「今の、収められてたら危なかったっす」
背後から、軽い声がする。
蓮は振り返らないまま、口を開いた。
「お前、名前は」
短く、それだけを聞く。
「……あ、俺っすか?」
一拍置いて、声が続く。
「志岐っす。以後、お見知りおきを」
変わらず軽い調子。
その言葉に、蓮は何も返さない。ただ一度だけ視線を上げ、ピッチ全体を見渡す。
構造は変わらない。中央は消され、外も詰められている。残り時間の中で、この状況をひっくり返す再現性のある形は、すでに見当たらなかった。
それでも、止める理由にはならない。
リスタート後、常盤台は前に出る。時間は残り少ない。中央に立つ。動く。角度を変える。それでも、状況は変わらない。
ボールは来ない。
来ても、一手で終わる。
それでも最後まで探す。
わずかに生まれた隙間に対して、蓮はもう一度だけ縦へ差し込んだ。針の穴を通す一手。受けた桐生が反転し、迷いなく振り抜く。
だが、そのコースの上にも身体があり、ブロックされた。
そのまま、ホイッスルが鳴り、試合が終わる。
蓮は足を止めず、そのまま歩き出した。歓声も、相手の声も、ほとんど耳に入っていない。呼吸は乱れておらず、脚にもまだ余力はある。九十分を通して見れば、消耗は軽い。
――それが、余計に腹に残った。
視界の奥に、さっきの場面が焼き付いている。
強いボールを要求した。
受け方も間違っていない。
判断も、選択も、すべて正しかった。
それでも――通らなかった。
半個分、トラップが流れた。
その半個で、試合がひっくり返った。
(……ふざけるな)
内側で、初めて言葉になる。
止められた、じゃない。
止められる形を選んだ?
違う。
(あれは、収めなきゃいけない場面だ)
あの強度で来ることは分かっていた。
潰しに来ることも想定していた。
だからこそ、強いボールを望んだ。
それで、成立しないなら――
(それでも収めろよ)
思考が、わずかに荒れる。
技術の問題じゃない。
判断のミスでもない。
その上で、あの威力を吸収するための身体が足りなかった。
接触の中で、ボールを収め切るだけの余裕がなかった。
たったそれだけの差で、全部が崩れた。
蓮は視線を落とす。
理解はしている。
だが、納得はしていない。
(俺はまだ、この程度なのか)
自分に対しての評価が、はっきりと下がる。
今まで通用していたものが通じなかった。
それ自体は問題じゃない。
問題は――上回れなかったことだ。
通路の入口で、足が止まる。
拳を強く握る。
熱が、はっきりと形になる。
(足りないなら、上げる)
即断だった。
思考ではなく、ほとんど反射に近い。
(あの強度でも、全部やり切れるようにする)
どこまで必要かは関係ない。
限界がどこかも、この時点ではどうでもいい。
ただ一つ。
(次は、あの一瞬を通す)
そのために足りないものを、全部積み上げる。
蓮はそのまま歩き出した。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いします!




