表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/97

47食目 隔離された心臓

 後半開始のホイッスルが鳴ると同時に、ピッチの空気がわずかに変わった。

 常盤台のキックオフから、ボールは一度最終ラインへと戻される。そこからいつも通りのビルドアップが始まり、センターバックが顔を上げる。蓮は中央、前半と変わらない位置に立ち、ボールを引き出す準備を整えていた。


 だが、その一瞬で違和感ははっきりとした輪郭を持つ。

 出せない。コースが、ない。


 蓮の立ち位置も角度も問題はない。受けるための準備はできている。それでも、パスの通り道に人がいる。ほんの一歩分の差で、そのラインに足が差し込まれていた。


 結果として、ボールはサイドへと逃がされる。


 崩れたわけではない。むしろ安全な選択だが、中央を経由するはずだった一手が消えたことで、全体のリズムがわずかに後ろへ引き戻される。


(……入らないな)


 蓮は一度だけ息を整え、立ち位置を微調整する。角度を変え、距離を変え、再び中央で受けられる形を作る。右サイドでボールを持った味方が縦をうかがい、そのまま内側へ差し込める体勢に入る。


 出る。

 その判断の直前で、コースに影が差し込む。


 出せば引っかかる位置に、すでに足がある。


 無理に通す意味はない。判断は即座に切り替わり、再び外へ。ボールは循環するが、狙っていた一点が消えたことで、攻撃の芯がわずかにずれる。

 前半にあった“触られる”感覚とは違う。


 蓮はプレーに関わりながら、視線だけで中盤の配置を追った。誠和のボランチ二人は縦関係を保ちながら、わずかにズレた位置を取り続けている。一人がコースを消し、もう一人が蓮につく。その連動が、後半に入って明確に速く、そして迷いなくなっていた。


「ほら、来ないっすよね」


 後ろから軽い声が飛ぶ。

 振り向かなくても分かる。一年ボランチは、常にそこにいた。誠和の攻撃中だろうと。


「あんたに入ったらで終わりなんで、入る前に潰させてもらうっす」


 蓮は何も返さず、ポジションを取り直す。

 中央に立ち続けるだけでは、消され続ける。だからといって外へ流れ続ければ、今度はチーム全体のバランスが崩れる。選択肢は限られているが、ゼロではない。


 一度、立ち位置を下げた。

 最終ラインの脇まで落ち、出し手との距離を縮めることで、パスの難易度そのものを下げる。これなら通る。


 しかし――次がない。


 蓮が下がれば、FWを捕まえる。

 さっきまで空いていたはずのコースに、すでに人がいる。タイミングをずらしているつもりでも、その“ずれた先”に合わせて動かれている。


(速いな)


 反応ではない。予測というより、前提を限定されている。


 どこに出るかを読むのではなく、どこにしか出せないかを先に作られている。その上で、そこを消されている。


 それも、蓮は針の穴を通すように、サイドの裏へボールを供給する。

 しかし、中にブロックが敷かれ。クロスが上がるも、跳ね返される。


 二次攻撃に移るが、中央は使えない。再び外へ、そしてまた戻す。その繰り返しの中で、時間だけが静かに削られていく。


 前半とは明らかに違う。

 ボールは持っている。主導権も、まだ完全には渡していない。だが、“いつもの形”に入れないことで、攻撃の質が確実に落ちている。


 十五分が経過したところで、その歪みが表に出た。

 中盤での一瞬のズレから、誠和がボールを奪う。ショートカウンターに移行し、中央を一気に通される。対応は間に合いかけたが、シュートはポストを叩き、そのこぼれ球を押し込まれた。


 一対一。


 スタンドのざわめきが一段と大きくなる。

 蓮はそのままセンターサークルへ戻りながら、呼吸を整えた。体の消耗は少ない。それでも、試合の流れだけが確実に傾いている。


(崩されたわけじゃない)


 構造で押し込まれている。

 自分にボールを入れさせない。それだけで、ここまで変わる。


 リスタート後も状況は変わらない。中央に立てば消され、動けばその先を塞がれる。ボールに関与できる回数そのものが減り、試合から切り離されていく感覚がじわじわと広がっていく。


 それでも、思考は止まらない。

 このやり方が完成しているわけではない。どこかに必ず綻びはある。ただ、それが“これまでと同じ場所”にはないだけだ。


 蓮は一歩、ポジションを前にずらした。

 最終ラインと中盤の間、これまでよりも高い位置に立つ。リスクは増えるが、その分だけ一度前を向けたときのリターンは大きい。


 右サイドから内側へボールが入る。

 その一瞬、コースが開いた。


(今だ)


 出る。

 通る。


 だが、次の瞬間には身体を寄せられている。

 完全には奪われないが、前を向く時間を与えられない。結果として、プレーは外へ逃がすしかなくなる。


「さすがっすね。でも、そこまでっす」


 耳元で軽く言われる。


 (こいつ、しつこい)


 蓮は無言のまま体を入れ替え、ボールを預けた。

 奪われてはいない。だが、何も生まれていない。


 その状態が続くこと自体が、すでに優位ではなかった。

 時間は確実に減っていく。


 二十分、三十分と進むにつれ、常盤台はボールを保持しながらも決定的な局面を作れなくなっていった。一方の誠和は、奪えば速く、そして再び中央を閉じる。その繰り返しの中で、試合の重心は少しずつ、しかし確実に向こうへと移っていく。


 削られているのは体力ではない。


 関与の回数だ。


 蓮は中央に立つも、ボールが来ない。

 来たとしても、1プレーで消される。


(こいつ、まだ運動量落ちないのか)


 何より厄介なのは、自分についているこのボランチだった。

 時間が進んでもなお、蓮について離れない。

 離そうとしても確実についてくる。


 だがそれでも、視線は落とさない。全体を見渡しながら、まだ残っている可能性を探し続ける。


(まだ、ある)


 解は消えていない。


 ただ、それはもう、これまでの延長線上には存在しない。

 残り時間が、静かに現実として積み上がっていく。


 流れは誠和。


 それでも、試合はまだ終わっていない。

 だが、このままでは――勝ち切れない。

 その事実だけが、はっきりと形を持ち始めていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ