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42食目 匿名の半年分

 文化祭まで、あと一週間。


 常盤台高校の校舎は、いつもより少しだけ騒がしかった。

 廊下には模造紙が貼られ、教室の前には段ボール箱が並んでいる。放課後になると、あちこちの教室から工具の音や笑い声が聞こえてくる。


 ただ、グラウンドの空気だけは少し違っていた。


「切り替えろ!」


 監督の声が飛ぶ。


 選手権予選まで、あと二週間。

 文化祭の準備がどれだけ盛り上がっていようと、サッカー部の優先順位は変わらない。


 紅白戦の終盤、蓮はセンターサークル付近でボールを受けた。

 背後を確認し、ワンタッチで前を向く。左サイドで桐生が裏へ走るのが見えた。


 足を振る。

 ボールはディフェンスラインの間を抜け、桐生の前に転がった。


「ナイス!」


 そのままネットが揺れた。


 紅白戦が終わった頃には、グラウンドの照明が点き始めていた。

 ロッカールームでスパイクを脱いでいると、桐生が隣に腰を下ろした。


「文化祭、どうするんだ?」


「どうする、とは?」


 蓮はタオルで汗を拭く。


「栄養科の展示だよ、見に行くのか?普通科とは雰囲気違うぞ」


「そうなんですか?というか、普通科の展示の雰囲気も知らないですけど」


「ああ。まあ色々と見て回ってみると分かると思うぞ」


 桐生は立ち上がり、タオルを肩にかけた。


「そういや、お前のデータとか並んでるんじゃねえの?被験者だろ?」


「どうでしょう……出してたとしても匿名だと思いますよ」


「ちぇっ、なーんだ」


 桐生は肩をすくめてロッカールームを出ていった。

 蓮はバッグを持ち上げながら、ふと文化祭のことを考えた。

 専門科棟。普段ほとんど行くことのない場所だ。


 文化祭の展示。栄養設計のデータ。

 なにか、ヒントがあるかもしれない


 桐生の言葉を思い出しながら、蓮はグラウンドを後にした。



 マンションに戻ったのは、夜八時過ぎだった。

 玄関を開けると、台所から包丁の音が聞こえてくる。

 蓮はバッグを置き、手を洗った。


「ただいま」


「おかえり」


 椿はまな板の前に立っていた。

 エプロン姿で、鶏肉を切っている。


「今日は遅かったわね」


「紅白戦だったんだ。選手権の予選も近づいてるから、みんな気合がはいってる」


「そうね、今日は糖質を少し増やしておいてよかったわ。グリコーゲン回復優先」


 椿は軽く頷き、フライパンに火をつけた。

 油の音が静かに広がる。


 しばらく、調理の音だけが続いた。

 蓮はテーブルに座りながら言う。


「文化祭、忙しいのか?」


「ええ。研究発表の準備がね」


 椿はフライパンを揺らしながら答えた。


「やっぱり、スポーツ栄養?」


「当たり前じゃない。体組成の測定と、食事設計の展示。それと実例データもまとめるわ」


 皿に料理を盛り付ける。


「実証データは半年分あるから、結構見応えあると思う」


「……俺のか」


「もちろん。他に誰がいるのよ」


 椿はあっさり言った。


「約半年分の食事内容、体重推移、練習強度、試合パフォーマンス。全部揃ってるわ。

 安心して、匿名データで出すから。個人特定はできない形にしてあるわよ」


「そこは心配してないよ」


 調理の手が落ち着いた椿も席に座る。


「展示内容をきにするなんて、文化祭、まさかうちのクラスに来る気なの?」


「行くつもりだけど」


 蓮はご飯を口に運びながら続ける。


「桐生さんが言ったんだ。橘さんに栄養管理してもらっている贅沢を感じろって」


 椿の箸が少し止まった。


「……大げさよ」


 少しだけ間が空く。


「とはいえ、専門科棟に来るのは否定しないわ。あなたの自由だし。

 ただし、絶対騒ぎは起こさないで」


「起こさない……たぶん」


 椿は呆れたように眉を下げる。


「あなた、自分の立場分かってる?」


「一応は」


「今のあなた、サッカー界で注目されてる選手なのよ。

 そんな人が専門科棟に来たら目立つに決まってるでしょ」


「……展示を見るだけだぞ?」


「そういう問題じゃないのよ」


 椿は少しだけ考えてから、小さくため息をつく。


「本当に来るのね?」


「ああ、行く」


「分かった」


 椿は味噌汁を飲みながら言った。


「じゃあ、ちゃんと案内するわ」


 蓮は頷いた。

 文化祭まで、あと六日。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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