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俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜  作者: はるくぼ
2年生・秋「それでも、選ぶ」

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132/203

131食目 赤の表示

 後半開始の笛が鳴った瞬間、ピッチの空気は前半とは明らかに違っていた。


 常盤台のキックオフ。

 若葉まで戻されたボールが、迷いなく蓮の足元へ入る。


 前半までなら一度中盤で溜めていたはずの位置。

 だが、蓮はすでに一列高い場所に立っていた。


 その変化に青陵のボランチの寄せが一歩遅れる。

 だが、蓮はボールを足裏で止めた。


 すぐには動かず、相手をまっすぐ見たまま、左手の指先を小さく動かす。


 ――来い。


 普段の蓮からはあり得ない、明らかに相手を挑発するジェスチャー。

 相手にもその意図は十分伝わった。


「舐めるな!」


 前半と同じように、身体ごと潰しに来る寄せ。

 苛立ちを乗せた足が伸びる。


 その瞬間、蓮の身体が半歩だけ沈んだ。

 重心を外したままボールを左へ逃がし、そのまま相手の軸足の外を滑るように抜ける。


 一枚。


 すぐに二枚目が中央から寄せる。


 蓮は速度を落とさない。

 切り返しすら見せず、上半身のわずかなフェイントだけで逆を取る。


 二枚。


 ペナルティエリア手前。

 三人目がコースを塞ぎに来た。


 それでも止まらない。


 左足のアウトでボールを前へ押し出し、自分の身体を先に滑り込ませる。

 相手の肩が当たるより早く、シュートモーションへ入っていた。


 左足が振り抜かれる。

 低く鋭い弾道がニア上へ突き刺さった。


 後半開始早々の、衝撃の追加点。


 だが、蓮はまだ自陣へ振り返らない。

 倒れ込んだままの青陵のDFへ一瞬だけ視線を落とした。


 その目に、感情は見えない。

 だからこそ、青陵の空気がわずかに揺れた。


 次のプレーから、寄せの角度が変わる。


 前半以上の勢い。

 明確に、蓮だけをターゲットに切り替えた。


 蓮は、その勢いを待っていた。


 再び中盤で受けると、今度は背後から足が入る。

 明らかに脚を刈りに来た角度。


 蓮は身体を前へ崩した。

 倒れ込む、その一瞬。


 踏み出した右足が、相手の足の甲を踏み抜く。


「っ……!」


 短いうめき声が漏れると同時に、蓮も芝を転がり、そのまま何事もなかったように起き上がった。

 ピーッと甲高い笛がなり、審判が胸ポケットからカードを取り出しながら駆け寄ってくる。


 そして、()()()()()()()()()()へ、イエローカードが掲げられた。


「は……?」


 痛みで顔を歪めながら、青陵の選手が目を見開いた。


 潰しに行った。それは事実だ。

 だが、踏まれたのは自分だった。

 カードを受けたのも、自分だった。


 主審の位置から見えたのは、ラフプレーを受けて倒された蓮だけだった。


 蓮は一度も振り返らない。

 何事もなかったようにボールを拾い、静かに前を向いた。


 青陵の選手の視線が、蓮に集まる。

 今のは偶然か。それともーー。


 その迷いが、寄せを鈍らせる。


 もう一度、蓮にボールが入る。


 今度は正面から、青陵のDFが強く身体を当てに来た。

 蓮はその勢いを利用し、身体を入れ替えるように肩を差し込む。


 そのまま、相手の腹へ入る軌道に自分の肘を置いた。


「ぐっ……!」


 青陵のDFの身体が折れる。


 腹を押さえ、そのまま前へ倒れ込む。

 だが、まだプレーは切れていない。


 倒れ込みながらも、足だけを伸ばした。

 蓮の足元からボールを弾き出そうとする。


 その瞬間、蓮が、伸びてきた足の軌道へ自分の足を差し込んだ。


 だが、触れさせない。

 紙一重で足を抜き、そのまま刈られたように身体を投げ出した。


 再び笛が鳴り、またしても青陵の選手にイエローカードが提示された。


「当たってねぇ!」


 近くにいた青陵の選手が、主審へ駆け寄る。


「今の見てただろ! 触ってねぇって! シミュレーションだろ!」


 主審は首を横に振った。


「それ以上、判定に抗議するならカードを出すぞ」


「ふざけんな! 目ついてんのかよ!」


 その言葉に、主審は胸ポケットへ手を伸ばした。

 黄色いカードが、抗議していた選手へ掲げられる。


「はぁ!?」


「やめろ! もういい!」


 周囲の選手が慌てて引き止める。

 ベンチからも「下がれ!」という怒号が飛んだ。


 青陵の選手が顔を歪める。


 その言葉は正しかった。

 足は、蓮に触れていない。

 その前に腹へ肘を入れられたのも、自分だった。


 だが主審から見えたのは、倒れ込みながら伸ばされた足と、その直後に芝へ転がった蓮だけだった。


 蓮は何事もなかったように立ち上がる。


 青陵の選手たちの目に、迷いが広がった。


 削りに行けば返される。

 身体を当てれば、逆に潰される。

 足を出せば、触れていなくてもカードが出る。


 蓮はドイツで受けた洗礼を、相手の土俵に持ち込んでいた。

 後半のピッチ上は、蓮が支配している。


 ―――いつもとは違う形で。


 ペナルティエリア手前に侵入するも、また一歩、相手の出足が遅れる。


 蓮はその隙に差し込むように左足を振り抜く。

 弧を描いたボールがゴール右隅へ吸い込まれた。


 三点目。


 完全に試合は決まった。

 スタンドを染める歓声の中で、蓮だけが静かだった。


 再び相手チームに視線を向けると、再び手を招いた。


 ―――どうした?潰しに来いよ


 まるでそんな声が聞こえるかのように冷たい視線。

 その屈辱が、青陵の尽きかけていた闘志に再び火を灯した。


 だが、それでも蓮の洗礼は止まらない。

 躱し、踏み、肘を入れる。


 青陵よりも遥かに洗練されたその潰しに気づいているのは、蓮と青陵だけだった。


 傍目には、蓮が潰されている。

 けど実態は、蓮が潰し返している。


 椿ですら、心配そうな目線を送るだけだった。


 だが、ついに。

 蓮以外がその異様に気づいてしまう。


 後半も中盤に差し掛かったころ。

 ベンチ前のサイドライン際で、最後の意地を見せるように、青陵のDFが削りに来る。


 後ろから伸びた足。

 蓮はそれを受けたように倒れ込み、滑り込んだ相手の上に肘から落ちた。


 鈍い音が響き、相手が倒れ込む。


 その一部始終を、常盤台ベンチから監督が見ていた。


「天根、お前……」


 短い声だった。


 その直後、控えのトップ下が呼ばれる。

 若葉が思わずベンチを見る。


「え……」


 交代ボードが掲げられる。



 OUT 10



 赤く表示されたその数字を見た瞬間、ピッチの空気が止まった。


 蓮も思わず足を止める。

 そしてベンチへ視線を向けた。


「……何かの間違いですか」


 監督の表情は変わらない。


「何をしている、天根。早く交代せんか」


 冷たい声だった。

 蓮は何も言えなかった。


 納得はしていない。


 まだやれる。

 まだ終わっていない。

 怪我なんてしていない。


 それでも、交代ボードの数字は変わらない。


 蓮はゆっくりとピッチを後にした。

 ベンチへ腰を下ろしても、視線はピッチから外れない。


 自分のいないトップ下。

 自分のいない試合終盤。


 それでも時計は進み、常盤台はそのまま試合を締め切った。

 だが、終了の笛が鳴っても、蓮は座ったまま動かなかった。


 初めて、自分の意志ではない形でピッチを降ろされた。


 胸の奥に残る熱だけが、まだ静かに消えずにいた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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