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俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜  作者: はるくぼ
2年生・秋「それでも、選ぶ」

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123/181

122食目 見えだした終着

 夏の熱をまだ残したグラウンドに、乾いた笛の音が鋭く響いた。

 午後の陽射しを受けた人工芝がじりじりと熱を返し、アップで走るスパイクの音が一定のリズムで重なっていく。夏休み明け最初の本格練習。全国優勝の余韻を纏ったまま、それでも常盤台の空気はもう次へ向かい始めていた。


「オフ明けだからって緩むなよー!」


 桐生の声が、いつものように前から飛ぶ。


「はいっす!」


 若葉が勢いよく返事をしながら、横を走る蓮へちらりと視線を向けた。


「……なんか、やっぱ空気違うっすね」


「そうだな」


 蓮は呼吸を乱さずに返す。


「三年の先輩たち……なんか今日、ちょっと」


 言われて視線を3年生へ流す。

 確かに、いつものオフ明けとは少し違う。


 桐生たち三年の数人はいる。

 だが、いつもA組の中心でアップを引っ張っていた何人かの姿が見えない。


 練習前の輪も、どこか人数が薄い。

 蓮が短く目を細めた、その時だった。


 監督の笛がもう一度鳴る。


「全員、集合」


 ざわついていたグラウンドの空気が一気に締まる。

 部員たちが中央へ集まり、半円を描くように並んだ。


 監督は一度全体を見渡してから、いつもより少しだけ低い声で口を開いた。


「三年生について、一つ伝える」


 その一言で、空気の温度がわずかに変わった。


「今日から、一部の三年生は進学準備のため練習参加を終了する」


 ざわ、と小さなざわめきが走る。

 若葉が隣で目を丸くした。


「……え」


 監督は続ける。


「推薦、一般受験、指定校。それぞれ進路に向けて本格的に動く時期だ。全国優勝という一区切りを迎えた今、このタイミングで部を離れる者もいる」


 その言葉に、蓮は自然と視線を三年生の列へ向けた。

 確かに、いない顔がある。


 インターハイでベンチを支えた先輩。

 練習試合で声を出し続けていた先輩。

 夏までチームを支えてきた背中が、少しずつ次の場所へ移っていく。


 夏が終わったのだと、改めて実感する。


「ただし」


 監督の声が続く。


「全員が全員いなくなるわけではない。

 選手権に向けては、残った3年生と共に、夏の全国優勝校として、もう一度頂点を獲りにいく」


 空気が張る。

 その言葉に、桐生が前で小さく息を吐いた。


「……はい」


 短く、しかし強い返答。

 若葉がその横顔を見ながら小声で呟く。


「そりゃそうっすよね……桐生センパイたちは残るっすよね」


 全体ミーティングが終わり、再びポジションごとに分かれて準備が始まる。

 若葉はスパイクの紐を結び直しながら、ちらりと桐生の方を見た。


「桐生センパイ」


「ん?」


「進路って、どうするんすか」


 その問いに、近くにいた数人の二年も自然と耳を向けた。


 空気が少しだけ静かになる。

 桐生はボールを足元で軽く止め、何でもないことのように答えた。


「もう決まってるぞ?」


「……え?」


 若葉が目を丸くする。


「国内クラブから話もらってな。オフ中に返事したぜ」


 一瞬、言葉が止まった。


「まじっすか」


「おうよ」


 あまりにも淡々とした返答。

 けれど、その一言の重さは二年生たちには十分すぎるほど伝わった。


 インターハイ優勝。

 全国で結果を残した主将。

 当然と言えば当然なのかもしれない。


 それでも、こうして現実の言葉として聞くと意味が違う。


「……すげぇ」


 若葉が素直に漏らす。

 桐生は苦笑するように肩をすくめた。


「お前らもすぐだぞ。二年の秋なんて、あっという間だからな」


 その言葉が、蓮の胸の奥に静かに落ちる。


 あっという間。

 確かにそうだ。


 自分はもう、次の場所が決まっている。


 ドイツのクラブ。

 戻る場所。

 進む場所。


 だが、チーム全体の空気はそうではない。

 ここから選手権があり、その先に三年の冬がある。


 進路という言葉が、これまでよりも少しだけ輪郭を持って見えた。


「だいたいよ、柏原。隣見てみろよ」


 そう言われて、若葉は隣を見る。


「あ、そっか。蓮さんはもう決まってるんすよね」


 若葉が視線を向けてくる。


「まあな」


 短く答える。


「さすがっすね。ドイツっすかー」


 若葉が素直に感嘆を漏らした。


「なんか、急に現実味が増してきたっす」


 その言葉に、蓮は少しだけ前を見た。

 グラウンドの向こうでは、三年の数人が監督へ最後の挨拶をしていた。


 頭を下げる背中。

 見送る監督。

 その脇で、残る者たちが次のメニューへ移っていく。


 終わるものと、続くもの。


 その境界線が、今日のグラウンドにははっきり存在していた。


「よーし、紅白戦いくぞ!」


 桐生の声で空気が切り替わる。

 ボールが再び転がり始める。


 蓮は中盤の中央へ立ち、視線を広く取った。

 若葉が一列後ろへ入る。


「お願いします、蓮さん」


「ああ」


 ボールが入った瞬間、感覚は一気に競技へ戻る。


 右サイドの空き。

 相手ボランチの重心。

 桐生の一歩目。


 すべてが見える。


 足元へ入ったボールをワンタッチで捌き、若葉へ落とす。


「前、見ろ」


「はいっす!」


 若葉が顔を上げる。

 次の瞬間、縦へ通したパスに桐生が抜け出した。


 乾いた音が響き、ゴールネットが揺れる。


「柏原!良いパスだったぞ!!」


 桐生の声が飛ぶ。

 その光景を見ながら、蓮は小さく息を吐いた。


 先輩たちは、進んでいく。

 自分たちもまた、その背中を追う。


 夏の終わりから秋へ。

 日常の甘さの隣で、競技の時間も確かに前へ進み始めていた。


 練習終わり、夕方の風が少しだけ涼しくなった頃。


 グラウンド脇に立つ椿の姿が目に入る。


 補食用のボトルケースを抱え、こちらを見ている。

 その向こうに沈みかけた夏の光が差していた。


 蓮は一瞬だけその姿を見て、静かに思う。


 日常も、競技も、未来も。

 全部が少しずつ、次の季節へ向かっていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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