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俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜  作者: はるくぼ
2年生・秋「それでも、選ぶ」

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122/178

121食目 昼休みの中庭で

 一限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室の空気が一気に緩んだ。


 椿はノートを閉じながら、小さく息を吐く。


 黒板の内容はきちんと写している。

 先生の説明も聞いていたはずだ。


 それなのに、頭のどこかがまだ朝の通学路に置き去りになっていた。


 指先に残る温度。

 校舎前で離れた手。

 去り際の、あの一言。


 ――また放課後な。


 あれからまだ一限しか終わっていない。

 なのに、もう放課後のことを考えてしまっている自分がいる。


(……集中しなさい、私)


 自分に言い聞かせるようにペンを持ち直したところで、隣から陽菜が身を寄せてきた。


「椿、今日ずっと上の空じゃない?」


「そんなことないわよ」


 即答した。


 だが、その速さがもう怪しいと言わんばかりに、陽菜がにやりと笑う。


「してるしてる。さっき先生に当てられそうになった時も、一瞬反応遅れてたし」


「……考え事してただけ」


「へぇ、でもー」


 意味深に目を細める。


「朝から顔、ちょっと緩んでるよ?」


「陽菜……」


「そんなに朝の登校が嬉しかったんだ?」


「……うるさい」


 小さく返した瞬間、机の中のスマホが短く震えた。

 椿の肩がわずかに跳ねる。


 陽菜の目が輝く。


「え、何その反応。もしかして」


「違うわよ」


「まだ何も言ってないよー?」


「顔が言ってるのよ」


 言いながらスマホを取り出し、画面を見た瞬間。

 呼吸が止まる。


【昼、一緒に食うか? 中庭とかで】


「……っ」


 心臓がひとつ、大きく跳ねた。


 放課後を待っていたはずなのに。

 まだ半日も経っていないのに。


 昼も、一緒に。

 胸の奥がじんわりと熱を持つ。


「……誰?」


 横から陽菜が覗き込もうとする。


 椿は慌ててスマホを胸元へ引き寄せた。


「な、なんでもない!」


「はいはい、天根くんね」


「……っ」


 図星を刺され、言葉に詰まる。

 陽菜が吹き出した。


「いやもう、分かりやすすぎるって」


 椿は耳の熱を誤魔化すように視線を落とし、短く文字を打つ。


【……うん。行く】


 送信ボタンを押した瞬間、胸の奥の鼓動がまた少しだけ速くなった。


 一方その少し前、スポーツ科棟の教室では、一限終わりのざわめきが広がっていた。

 蓮がノートを閉じると、前の席の男子がくるりと振り返る。


「おい天根」


「ん?」


「今朝すごかったな」


 蓮は一瞬だけ首を傾げる。


「何がだ」


「何がって、女の子と一緒に登校してただろ。

 あれか?いつもの弁当作ってくれてるって人」


「ああ」


 あまりにも自然な返答に、周囲の数人が笑う。


「しかも手ぇ繋いでたし」

「朝から見せつけてくるよなー」


「別に見せつけてない」


 淡々と返す。

 その反応に、クラスメイトがさらに面白がる。


「で?」


「……何だ」


「昼も一緒に食うのか?」


 その問いに、蓮は首を傾げた。


「いや、別に」


「まじかよ!」


 思わず大きな声が上がる。


「なんでだよ。同じ学校で付き合ってる時の特権だろ、そういうの」


「特権?」


「そうそう。昼休みに一緒に飯食ったり、放課後待ち合わせたり」


 蓮が少しだけ考えるように視線を落とす。

 そういうものなのか。


 今までそういう経験がない以上、自分には基準がない。


 だが、確かに合理的ではある。

 同じ学校にいるなら、時間は共有しやすい。


「……そうか」


「そうだって」


 クラスメイトが肩を竦める。


「今しかできないだろ、そういうの」


 数秒の沈黙。

 蓮は机の上のスマホへ手を伸ばした。


「なら、聞いてみるか」


「行動早っ」


 周囲から笑いが起きる。

 蓮はその笑いを意に介さず、メッセージを打ち込む。


【昼、一緒に食うか? 中庭とかで】


 送信した直後、スマホが短く震えた。


【……うん。行く】


 その短い返答を見て、蓮の口元がほんの少しだけ緩む。


「お??」

「何だよその顔」


「いや」


 蓮はスマホをポケットへしまいながら立ち上がった。


「昼、一緒に食うことになった」


「ほらなー?だから言っただろ?」


 教室のあちこちから笑い声が弾ける。


「天根、意外とちゃんと恋愛してんだな」


「意外って何だ」


 そう返しながらも、胸の奥に残る温度は悪くなかった。


 朝、椿の手を取った時と同じ感覚。

 昼休みが、少しだけ待ち遠しくなっていた。


 昼休みを告げるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気にほどけた。

 椿はペンを置きながら、胸の奥に残る鼓動を小さく押さえる。


 いつもと同じ昼休みのはずなのに、今日だけは違う。


「行ってらっしゃーい」


 陽菜がにやにやしながら手を振る。


「……何よ」


「中庭、行くんでしょ?」


「……行くけど」


 小さく返して立ち上がる。

 けれど足取りは、自分でも分かるくらい少しだけ軽かった。


 スポーツ栄養科棟を出て、中庭へ向かう。

 夏の終わりを含んだ陽射しが校舎の壁に反射し、芝の緑がやけに鮮やかに見えた。


 ベンチのひとつに、すでに蓮が座っている。

 膝の上にはすでに今朝渡した弁当が置かれている。


 こちらに気づくと、自然に視線が上がった。


「ここで良かったか?」


「……うん」


 その何気ない一言だけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 椿が隣に腰を下ろす。

 肩が軽く触れそうな距離。


 朝の登校の続きを、そのまま昼に持ち込んだような感覚だった。


「スポーツ科棟から、遠くなかった?」


「別に。すぐだろ」


 あまりにも当然の返答に、椿の口元が少しだけ緩む。


「……それで、急にどうしたの?」


 問いかけると、蓮はサンドイッチの包装を開きながら答えた。


「クラスのやつに言われた」


「え?」


「同じ学校で付き合ってるなら、昼も一緒に食うだろって」


 一瞬だけ、椿の動きが止まる。


「……そ、それで?」


「なるほどと思って」


 あまりにも蓮らしい理由だった。


 甘いことを言うわけでもなく、

 ただ“そういうものらしい”をそのまま取り入れてきた。


 それなのに、胸の奥には確かに熱が残る。


「……もう」


 呆れたように言いながらも、声は柔らかい。


「でも」


 椿が小さく弁当箱を開く。


「嬉しかったわ」


 その言葉に、蓮の視線が少しだけこちらへ向く。


「そうか」


「うん」


 それだけの会話。


 けれど、二人の間に流れる空気は朝よりもさらに柔らかかった。

 椿も持ってきた弁当箱の蓋を外す。隣では、既に蓮が食事を始めていた。


「うまい」


「今朝も聞いたわよ」


「うまいものはうまい。いくらでも言うさ」


 椿は思わず小さく笑ってしまう。

 やっぱり、こうして食べてくれる時間が好きだと思う。


 しばらく二人で静かに食べ進める間も、風が芝の上を抜けていく。

 中庭のざわめきも、今は心地よい。


「うわ、蓮さんに橘センパイじゃないすか」


 聞き覚えのある声に、二人が同時に顔を上げる。

 中庭を通りかかった若葉が、少し離れた場所からこちらを見ていた。


 目が完全に面白がっている。


「なんすか。見せつけっすか?

 今朝もやってたらしいっすね」


「柏原ァ!」


 物陰から聞こえた声に、若葉が慌てて退散していく。


 そのまま去っていく背中に、椿は小さく息を吐いた。

 けれど、その横で蓮はどこか穏やかな表情のままだった。


「……なんか」


 蓮の顔を見た椿が小さく呟く。


「今日、ずっと一緒にいるわね」


「嫌か?」


 すぐに返ってきた言葉に、椿は首を横に振る。


「ううん」


 むしろ、その逆だった。


 朝の登校。

 昼休みのベンチ。


 夏休みが終わってから、こうして隣にいる時間が増えている。

 そのことが、思っていた以上に嬉しかった。


 昼の陽射しが二人の足元に落ちる。

 今日の昼の時間はやけに速く流れている気がした。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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