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90億人の精神集合体が異世界に召喚されたのでみんなでちょっとお邪魔してみた。  作者: ハマタハマオ
第3章 鉄錆と黄金の終焉、あるいは管理者によるシステム・リブート
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第36話:管理者の黄昏、あるいは不吉な観測者



 「一振りのデータで十分だ。不純物が多すぎるな、この軍勢は」


 混乱しながらも、数に任せて本腰を入れた波状攻撃を仕掛けてくる三万の連合軍。だが、砦の前に立つ青年エドヴァルトの放つ覇気は、もはや「人間」という定義を逸脱していた。

 魂の同期が切り替わる。 エド/武芸ソードセイント 。


 「わしの動きをよく見ておけ、兄弟。これが『重力の無駄遣い』を省いた剣だ」


 エドヴァルトは腰の剣を抜くことさえしない。足元に落ちていた折れた木の枝を、まるで愛剣であるかのように軽く振るった。

 直後、空気を鋭く引き裂く衝撃波が同心円状に広がり、数千の盾を紙細工のように粉砕。最前列の重装歩兵たちは、巨大な不可視の壁に衝突したかのように一斉に後方へと吹き飛んだ。


 「なっ……何が起きた!?」

 「ただの枝だぞ!? 魔法陣すら見えなかった!」


 驚愕に染まる敵陣を余所に、エドヴァルトの体は爆発的な加速ハックで戦場を舞う。枝が一閃されるたびに、数百の兵士が殺傷を免れる絶妙な加減で無力化され、地を這う。まさに「俺最強」を地で行く、圧倒的な暴力の芸術がそこにあった。



 「エドだけにかっこいい所はさせないよ! ボクの物理ハックも受けてみて!」


 砦の頂で、エーファが付け髭をピクピクさせながら虚空を叩いた。彼女の瞳の奥では、九十億の知恵を編纂した「ライブラリー」が猛烈な速度で世界の数式を書き換えていく。 エーファ/哲学ライブラリー の真骨頂である。


 『管理者権限(Administrator):局所的な物理定数の変更を承認』

 『対象:連合軍の座標全域。魔力密度を質量に変換――はい、重力十倍!』


 次の瞬間、殺到していた兵士たちが、天から振り下ろされた巨大な鉄槌に打たれたかのように地面に這いつくばった。

 重厚な鎧が自らの重みでひしゃげ、名馬は膝を突き、武器を振るうことさえ許されない。三万の軍勢が、ただ地面に張り付くだけの「動けない肉の塊」へと成り下がった。


 「あ、が……っ!?」「身体が……動か……な……」


 「科学の勝利だね、兄弟ブラザー! 要するに、君たちの周りだけ地球よりもずっと重たい星と同じルールに変えちゃったんだよ。これでもう、一歩も進めないでしょ?」


 圧倒的な防衛。わずか二人で三万を完全無力化するという、異世界の常識をデバッグ(修正)するかのような光景に、砦の守備隊からは「これが、救世主様……」という畏怖に満ちた静寂が広がった。



 この「神の如き権能」のデモンストレーションを城壁の上で目撃していた二人の男は、全く異なる反応を見せていた。


 「……なんと、物理法則をその場で『上書き(パッチ)』しておるというのか」

 魔導の権威ヴェンツェルは、杖を握る手を震わせ、鋭い観察眼を見開いて絶句していた。かつて馬車の中で自分の魔法を「非効率なマクロ」と断じられた時も驚愕したが、目の前で起きている事象はもはや魔法の範疇を超えている。


 一方、その隣に立つ騎士団長ジークムントは、まるで石像のように固まっていた。

 「……ああ、エドヴァルト殿……」

 不意に、ジークムントの武骨な頬を、熱い涙が伝った。彼の脳裏には、召喚された直後のあの光景が、鮮烈なスローモーションで蘇っていたのだ。


 ――「よろしくね、兄弟」と言った直後、足をもつれさせて派手に顔面からヘッドダイブした、あの無力な少年の姿が。

 「ゴツン!」と乾いた音を立てて転倒し、鼻血を出しながら情報の過負荷に恍惚としていたあの「痛い子」が、今や一振りの枝で三万の軍勢を圧倒している。


 「……立派になられて……。あの時、あんなに派手にコケていたエドヴァルト殿が、こんなに……こんなに逞しくッ!」

 目元に熱いものが込み上げるのを、屈強な騎士は鋼の意志で堪えた。



 圧倒的なカタルシスに包まれる戦場。だが、その完璧な「管理ハック」が及ばない場所が、アイゼンヴェルク(B)の陣営の奥深くに存在した。


 「……チッ。めんどくせえな。この世界の運営、設定ガバりすぎだろ」


 勝利の予感に沸き立とうとした、その瞬間だった。

 砦の頂で、全方位の物理定数を掌握していたはずのエーファの網膜に、突如として 「致命的なエラー」 の警告が走り抜ける。


 戦場の後方、実に3000メートル。

 そこには、アイゼンヴェルクの最新鋭光学迷彩によって姿を隠した男、 シャルフリヒター が潜んでいた。

 モスグリーンのデジタル迷彩に身を包み、赤い双眸のようなレンズデバイスを怪しく光らせる彼は、中世的なこの世界の理とは隔絶した「異分子」そのものだった。  


 「……予測演算終了。この世界の物理演算を、旧世代の論理で上書き(デリート)してやるよ」


 シャルフリヒター が携えるのは、詠唱も魔法陣も必要としない論理兵器――「魔法ライフル」。

 彼が冷徹に引き金を引き絞った。



 放たれた一撃は、エーファの「ライブラリー」が算出したあらゆる回避軌道を嘲笑うかのように、彼女の中枢を正確に射抜いた。

 「管理者権限」による不可視の障壁すらも、シャルフリヒター が実行した「旧OS への強制デリート命令」の前では、単なる脆弱なコードに過ぎなかったのだ。


 「――え?」


 エーファの付け髭が、ゆっくりと宙に舞う。

 衝撃波が彼女の華奢な体を打ち抜き、その瞳から黄金の光が失われていく。


 「エーファ――ッ!!」


 エドヴァルトの絶叫が戦場を切り裂いた。

 中枢を破壊されたエーファの重力操作が霧散し、それまで地面に這いつくばっていた三万の兵たちが、一斉に解放される。


 「重力が解けたぞ!」「今だ、あのアリのような砦を揉み潰せ!!」


 一瞬前までの無双の勢いは消失し、怒号と共にアイゼンヴェルクの兵士たちが津波のように押し寄せる。

 崩れ落ちるエーファを抱きかかえるエドヴァルトの腕の中で、彼女の体は情報の崩壊を示すノイズのように、淡く、儚く透け始めていた。


 絶望が、再び戦場を支配する。


---


 【第36話:状況まとめ】 

 エド/軍略:  「要するに、ボクたちが最新のハックで無双していた盤面に、 3000メートル外から『運営のデバッグ(狙撃)』が飛んできた わけだね。シャルフリヒターという旧世代の処刑人が、ボクたちの『管理者権限』の隙を突いてエーファをシステムダウンさせた。……カタルシスは一転して絶望へ。チェス盤の反対側に座る男の『赤い目』が、ボクたちの敗北を確信して笑っているのが見えるよ、兄弟」  


   挿絵(By みてみん)


次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。

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