第35話:戦略家の予言的中
「知識と技術だけでは人は動かんよ、兄弟。……さあ、ボクが最高の『熱狂』を味合わせてあげよう!」
ヴィーダーラント国境、北方砦。
眼下を埋め尽くすのは、鉄の国アイゼンヴェルク(B)と金の国グロースハンデル(C)が組んだ、三万を超える連合軍の陣光だ。
城壁に立つ弟子のクララは、その圧倒的な軍勢を前に、ガチガチと歯を鳴らして震えていた。
「エ、エーファ様! 敵軍は三万です! 対するこちらは、エドヴァルト様のハックで強化されたとはいえ、わずか五千の守備隊……! コンラート様の教えによれば、この戦力差での正面衝突は『死』と同義です!」
だが、隣に立つエーファは、そんな悲鳴をどこ吹く風と聞き流していた。
彼女は、エドヴァルトに負けず劣らず端正な美貌を輝かせながら、鼻の下に「ふわふわの付け髭」を装着し、満足げに鏡を覗き込んでいる。
「大丈夫だよクララ。エドが言ってた通り、この『作り物の戦場』には、最初から致命的なバグ――猜疑心という不治の病が組み込まれているんだから」
エーファの瞳が、黄金色の光を放ち始める。
魂のイニシアチブが、九十億の中から選ばれた エーファ/演説 の波長へと完全に遷移した。
◇
「アイゼンヴェルクの勇猛なる戦士諸君! そして、グロースハンデルの聡明なる商人諸君! 少し、ボクの話を聞いてくれないかな、兄弟!」
エーファが拡声魔法をハックし、砦の頂から放ったその声には、聴衆の心臓を直接掴むような、抗いがたい情熱が宿っていた。
三万の兵たちが、一斉に顔を上げる。
「君たちは今、手を取り合ってこの砦を攻め落とそうとしている。……でも、ボクは不思議でならないんだ。君たちは、本当に隣の『味方』を信じているのかな?」
エーファは付け髭を整えながら、アイゼンヴェルク(B)の陣営に向けて指を指した。
「アイゼンヴェルクの諸君! B国とC国が同盟を組み、我が国に攻め込むには、Bの領土にCの軍勢を招き入れねばならない。……それは、自分の領土に、いつ敵に回るか分からぬ奴を入れるということだ。君たちがここで血を流している間、隣にいるグロースハンデルの商人たちが、君たちの街を内側から『買い叩く』準備をしていないと、どうして言い切れるんだい?」
兵士たちの間に、ざわめきが波紋のように広がる。
隣に並ぶグロースハンデルの傭兵たちを、アイゼンヴェルクの歩兵たちが反射的に、そして抜き差しならない疑念と共に睨みつけた。
「そしてグロースハンデルの諸君! 君たちは今、アイゼンヴェルクの懐のど真ん中に、全財産を持って飛び込んでいる。どちらか一方の均整が崩れた瞬間に同盟は崩壊し、君たちは袋の鼠だ。……君たちの高い知能で、そのリスクを計算していないはずがないよね?」
その言葉は、冷たい氷水を浴びせられたかのように、三万の軍勢を凍りつかせた。
鉄の結束を誇っていたはずの軍団は、今や見る影もない。一度灯った猜疑の火は、乾燥した草原に放たれた火種の如く、瞬く間に陣形を焼き尽くしていく。
「お、おい、今の話を聞いたか?」「グロースハンデルの奴ら、さっきからニヤニヤしてやがるぞ!」「アイゼンヴェルクの連中、剣の向きがこっちを向いていないか!?」
将校たちの怒号は兵士たちの囁き声にかき消され、軍隊という名の「巨大な個」は、バラバラな個人の集合体へと退化した。 要するに、この同盟は「泥棒と詐欺師が、お互いの背中にナイフを突き立てながら、隣の家を奪おうとしている」ような、あまりにも脆弱な関係だったのである。
◇
「さあ、疑い給え! 睨み合い給え! それが、君たちの選んだ不自由な『個』の正体だ!」
エーファが指先を空に向かって突き上げた。
管理者権限(Administrator)が、大気中の魔力粒子を強引に圧縮し、物理法則を一時的に書き換える。
――ズガガガガガン!
エーファの指先から放たれた極大の魔法弾が、連合軍の頭上の空を真っ二つに引き裂いた。
音を立てて崩れ落ちる残光。物理的な衝撃以上に、その「神の如き権能」のデモンストレーションは、三万の魂を完全に粉砕した。
「ひっ……!?」「空が、割れたぞ!」「化物だ、あんなのと戦えるわけがない!」
混乱はもはや収拾不能なレベルへと達していた。逃げ出そうとする馬車、地面に這いつくばる歩兵、武器を投げ出す傭兵。完璧に管理されていたはずの戦場は、一瞬にして阿鼻叫喚のパニック・ログへと書き換えられたのである。
「ボクが本気を出せば、この盤面をリセット(更地)にするなんて瞬き一つ。……でも、それは退屈だからね、兄弟!」
浮き足立つ三万の軍勢の中央へ、空を切るような風の音と共に、精悍な青年が一人降り立った。
「……お待たせしました、エーファ。魔王セレナとの和平交渉、完了しました」
青年エドヴァルトの瞳には、鋭く、重厚な殺気が宿っていた。
エド/武芸 。
ここからは、九十億の剣聖による、圧倒的なデバッグの時間が始まる。
◇
【第35話:状況まとめ】
エーファ/演説: 「ボクのカリスマ演説で、B国とC国の連合軍は一瞬で内部分裂しちゃった! 『お互いがお互いを疑う』っていう地政学的なバグを突くのは最高に気持ちいいね。そこへエドが魔国との秘密和平を持って帰還! 次はエドの武芸者魂で、この不法侵入者たちを爆速でお掃除しちゃうよ!」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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