第30話:霧の国と着脱式の角
「エーファのショートカットは、文字通り『頭痛の種』だということを忘れていたよ……」
視界が強烈な青白い光に塗りつぶされた数秒後、エドヴァルトは激しい空間酔いと共に、湿り気を帯びた大地に膝をついた。
数瞬前までいたヴィーダーラント王城の、あの厳寒の空気はない。代わりに鼻腔をくすぐるのは、濃厚な花の香りと、肺が重くなるほど高密度な魔力の気配だった。
エドヴァルトが顔を上げると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
天を突くほどに巨大な樹木。その太い枝の上には、発光する苔や結晶で彩られた幻想的な住居が幾重にも重なっている。ヴィーダーラントの「石と雪」の世界とは対照的な、極彩色の闇。ここが執筆戦略ノートの『D』領域、フィンシュテルニス魔国の樹上都市である。
ここで、読者諸君にだけは一つの「仕様ミス」を明かしておこう。
本来、エドヴァルトはこの地へジークムント、ヴェンツェル、クララの三名を伴い、馬車で乗り込む予定であった。しかし、エーファが創造主から授かった『転送権限』を手に入れたことで歴史に微妙なズレが生じたのだ。
もちろん、当のエドヴァルトも、そしてこれから対面する魔王も、この「ミス」には気づかない。
◇
「ようこそ、ヴィーダーラントの使者どの。……いや、その肌。同族の迷い子か?」
霧の向こうから現れたのは、青い肌を持つ屈強な衛兵たちだった。彼らはエドヴァルトの精悍な青年の姿と、その圧倒的な魔力波長に戸惑いを見せつつも、恭しく道を開けた。
巨大な樹の内部を削り出して作られた魔王城。
その最奥、豪奢な広間でエドヴァルトを待っていたのは、この国の主――魔王セレナ・フィンシュテルだった。
漆黒のドレスに身を包み、玉座に深く腰掛けた彼女は、まさに絶世の美女と呼ぶにふさわしい。だが、その額からは「魔王」の象徴である、ねじくれた二本の禍々しい角が突き出しており、周囲には息を呑むほどの威圧感が漂っている。
「……ほう。ヴィルヘルムの爺が、面白い『駒』を寄越したものじゃな」
セレナが不敵に微笑む。その瞬間、広間全体の魔力密度が急上昇し、物理的な重圧となってエドヴァルトの肩にのしかかった。
エドヴァルトの脳内では、 エド/軍略 が即座に敵の戦力を分析し、最悪の盤面を想定して警戒を促す。
一触即発の緊張感。
しかし、セレナは大きく欠伸を一つすると、気だるげに言った。
「……ああ、もうよい。肩が凝ってかなわん。……よっこらしょ」
次の瞬間、エドヴァルトの思考が停止した。
魔王セレナは、おもむろに額の角を掴むと、「カパッ」という軽い音と共に、それを台座ごと取り外したのだ。
「なっ……外れるのか、それ!?」
「一応、外向けの見栄というやつよ。重いばかりで何の役にも立たんからの。お主、座れ。茶でも淹れてやろう」
魔王は外した角をサイドボードに無造作に放り投げると、一気に「近所のお姉様」のような親しみやすい雰囲気に変貌した。あまりの落差に、九十億の叡智を誇るエドヴァルトも、呆然と立ち尽くすしかない。
要するに、彼女にとっての魔王の威厳とは、オンオフがはっきりした「お仕事用モード」だったのである 。
◇
セレナが淹れた香り高い茶を啜りながら、エド/軍略の瞳に演算の光が戻った。
「……さて。魔王様。角を外してまでワシを歓待する意図を聞きたいのう、兄弟」
エドヴァルトの問いに、セレナは怜悧な光を湛えた瞳で応えた。
「理由など一つよ。お主の魔力波長……。かつてこの地で『失敗』した、あのヴェスパーという大馬鹿野郎の波形と、あまりにも似通っておる」
エドヴァルトの手が止まる。
ボクらに管理者メモを遺し、そして絶望の中で消えたという技術者、ヴェスパー。その名が、この魔国の主の口から出たことに、彼はかつてない「仕様外の予感」を抱くのだった。
【第30話:状況まとめ】
エド/軍略: 「魔国へ到着したが、魔王セレナは角を着脱するような、極めて合理的な(あるいは不届きな)御仁だった。彼女はヴェスパーという人物と深い関わりがあるようだ。ワシらが求めている『世界の真実』は、どうやらこの魔王の懐に隠されているらしいな」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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