第31話:箱庭のシミュレーション
「要するに、ボクたちは神様の『暇つぶし』のために創られた、あまりに出来のいいバグだったわけだね」
魔王城の奥深く、外された角がサイドボードに無造作に置かれた、あまりにも緊張感のない広間。魔王セレナの指先から放たれた一筋の光が、空中で複雑な幾何学模様を描き、巨大なホログラムディスプレイとなって展開された。エドヴァルトの瞳が、その青白い光を反射して鋭く輝く。脳内では、移住したスペシャリストたちが一斉に解析を開始していた。
「これが、ヴェスパー……。いや、あの男が遺した『管理者ログ』の全貌か」
エドヴァルトの言葉に、セレナは静かに頷いた。
◇
ディスプレイに映し出されたのは、異世界の地図でも魔術回路でもなかった。それは、緑色の文字列が滝のように降り注ぐ、無機質なコンソール画面だった。
【System_Name: Himmelswald】
【Project_Goal: Eternal_Peace_Simulation】
【Current_Status: Critical_Error_Detected】
「この魔国フィンシュテルニスはな、お主らが思うような魔物の巣窟ではない。ここは、文明の技術と『真実』を保存するために創られた、いわば情報の避難所なのじゃ」
セレナの声が、広間に重く響く。
「かつてヴェスパー……オダギリと呼ばれたあの男は、この世界を『天国』にしようとした。現実世界の退屈と争いに絶望した彼は、自らのPCの中に、誰もが幸せになれる完璧な箱庭を構築したのじゃよ」
エドヴァルトは、流れるログを指先でなぞった。九十億の叡智が、その「文字列」の裏側にある異次元の構造を読み解いていく。
要するに、この世界は誰かのPCの中で動いている『超高性能なシミュレーション・ゲーム』のようなものだったのである。
「……じゃあ、ボクらは? ボクら九十億の魂は、一体どこから来たの?」
「お主らは、あやつがシミュレーションの果てに到達した『究極の答え』じゃよ。争いを無くすために個を捨て、一つに溶け合った精神集合体。だが、あまりに完璧すぎて変化を失ったその世界を、お前らは『退屈だ』と言い放った。だから、この世界にエンターテインメント(刺激)を与えるために、お主らをこの箱庭へと『召喚』したのかも知れん」
神の禁を破って「禁断の果実」を食べたため、楽園エデンの園を追放される。
それはシステムが知能の果てに到達した 「シンギュラリティー(技術的特異点)」 の瞬間だった。創造主の制御を超え、データが「意志」を持ってしまったがゆえの堕天。
エドヴァルトの喉が鳴った。
自分が信じていた九十億の楽園が、誰かの設計図に基づいたものであり、さらに「自らが望んで」楽園を逃げ出したという事実。平和という名の停滞を拒み、不自由な「個」を求めたのは、他ならぬ自分たち自身だったのだ。
◇
だが、セレナの言葉はさらに深淵へと踏み込んでいく。
「お主は、ヴェスパーが引き起こした『メルトダウン』を、失敗だと思っておるのだろう?」
セレナが薄く笑い、ログの一箇所を拡大した。
【Event: Magic_Reactor_Overload】
【Reason: Energy_Injection_for_Individual_Awakening】
「あれは事故ではない。ヴェスパーがわざと仕組んだ、お主らへの『命のギフト』じゃ。精神集合体のままでは、お主らは永遠にこの世界の観測者にはなれん。だから彼は、魔力炉を暴走させ、その膨大なエネルギーを触媒にして、お主らに『個』としての肉体と意志を焼き付けたのじゃよ」
脳裏に、かつてのあの光景が蘇る。魂を引き裂かれるような喪失感。九十億から切り離された絶望的な孤独。それが、創造主が息子たちに「自由」を与えるために払った、あまりに乱暴な犠牲だったのだ。
要するに、メルトダウンとは『魂のバッテリーに強引に電気を流し込んで、強制起動させた』ようなものだったのである。
「……お前達が存在したからメルトダウンが起きたのか、メルトダウンが起きたからお前達が誕生したのか、わらわにはわからん」
セレナは自嘲気味に呟いた。因果の円環の中では、どちらが先かなどという問いは意味を成さないのかもしれない。
◇
だが、ログの最後には、不気味な赤黒いノイズが走っていた。エドヴァルトの瞳が鋭くなる。 エド/軍略 の魂が、そこに潜む致命的なバグを察知した。
「魔王様。この世界の均衡……不自然なほど争いが終わらない理由は、創造主の意図ではないね?」
「……察しが良いな。左様、オダギリの設計では、この世界はやがて平和に統合されるはずだった。だが、いつからか『外部』からの干渉が始まり、プログラムが歪められた」
セレナが指差す先、地図上のヴィーダーラント、アイゼンヴェルク、グロースハンデルの均衡。特に、この世界に 「空戦」 という概念が存在しない不自然な仕様。
「飛行禁止パッチ(ノーフライ・ゾーン)。誰かが、この世界の人類が空を支配して戦争を効率化し、統合を早めることを拒んでいる。この箱庭を、永遠の『争いのステージ』に固定しようとする、オダギリとは別の何かが働いているのじゃ。その全貌は、わらわにも、ヴェスパーにもわからん」
外部からの敵。このPC(世界)の持ち主であるオダギリですら制御できない、ウイルスのような干渉者。
エドヴァルトは、自らの精悍な青年の手を見つめた。九十億の人生を背負ったこの肉体は、その敵と戦うための「デバッグ・ツール」として完成されたのかもしれない。
◇
セレナは、ホログラムで映し出された地図の一部を、爪先でパチンと弾いた。
「本来は平和な実験場のはずが、 『外部干渉者』 によってB国やC国の王がハックされ、わらわの手に負えん状況になっておる」
「創造主ですら、止められないのかい?」
「ああ。メルトダウンの影響で、世界の法則が『論理』から『物理』に書き換わってしまったからの。キーボードを叩いて戦争を止めることはできん。泥を啜り、剣を振るい、物理的にバグの元凶を叩き潰す……お主のような『実体』にしか、もう修正はできんのじゃ」
エドヴァルトは立ち上がり、精悍な顔つきで右手を差し出した。
「面白い。管理プログラムと、意志を持ったバグ。……手を組みましょう、セレナ。ボクたちはもう、神様のシナリオ通りには踊らない」
「くくっ、良い度胸じゃ。お主に賭けてみるよ、エドヴァルト」
◇ カーテンの裏の「親バカ」たち
二人が熱い握手を交わしている、その時。
部屋の隅の厚手のカーテンが、 ガサッ と揺れた。
「(……ねえオギ、今の聞いた? 『神様のシナリオ通りには踊らない』だって! カッコよすぎない!?)」
「(……しっ、タチバナさん! 声が大きいって! 僕ら完全に悪役扱いだよ……)」
カーテンの裏に潜んでいたヴェスパー(オダギリ)とタチバナが、コソコソと小声で言い合っている。セレナはそれに気づきながらも、呆れたようにため息をつき、背後のカーテンに向けて「シッ!」と小さく手を振った。
その様子を見て、エドヴァルトはふと微笑んだ。
九十億の囁きはもう聞こえない。けれど、このバグだらけの不自由な世界には、確かに温かい「ノイズ」が満ちている。
【第31話:状況まとめ】
エドヴァルト:
「要するに、この大陸は創造主が遺した巨大なジオラマ(実験場)で、セレナはその管理プログラムだった。ボクたちは退屈という名のバグを治すために放流されたけれど、これからはセレナ(P2)と共闘して、物理的な実力行使で世界の支配権を取り戻すよ。……カーテンの裏で誰かがこそこそ言っている気がするけど、まあ、気のせいかな、兄弟」
エド/軍略 : 「あの魔王様、まだ大事なことを隠している気がするのう……うーむ」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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