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90億人の精神集合体が異世界に召喚されたのでみんなでちょっとお邪魔してみた。  作者: ハマタハマオ
第3章 鉄錆と黄金の終焉、あるいは管理者によるシステム・リブート
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第31話:箱庭のシミュレーション


「要するに、ボクたちは神様の『暇つぶし』のために創られた、あまりに出来のいいバグだったわけだね」


 魔王城の奥深く、外されたアタッチメントがサイドボードに無造作に置かれた、あまりにも緊張感のない広間。魔王セレナの指先から放たれた一筋の光が、空中で複雑な幾何学模様を描き、巨大なホログラムディスプレイとなって展開された。エドヴァルトの瞳が、その青白い光を反射して鋭く輝く。脳内では、移住したスペシャリストたちが一斉に解析ハックを開始していた。


 「これが、ヴェスパー……。いや、あの男が遺した『管理者ログ』の全貌か」

 エドヴァルトの言葉に、セレナは静かに頷いた。



 ディスプレイに映し出されたのは、異世界の地図でも魔術回路でもなかった。それは、緑色の文字列が滝のように降り注ぐ、無機質なコンソール画面だった。


【System_Name: Himmelswald】

【Project_Goal: Eternal_Peace_Simulation】

【Current_Status: Critical_Error_Detected】


 「この魔国フィンシュテルニスはな、お主らが思うような魔物の巣窟ではない。ここは、文明の技術と『真実』を保存するために創られた、いわば情報の避難所シェルターなのじゃ」

 セレナの声が、広間に重く響く。

 「かつてヴェスパー……オダギリと呼ばれたあの男は、この世界を『天国ヒンメルスヴァルト』にしようとした。現実世界の退屈と争いに絶望した彼は、自らのPCの中に、誰もが幸せになれる完璧な箱庭を構築したのじゃよ」


 エドヴァルトは、流れるログを指先でなぞった。九十億の叡智が、その「文字列」の裏側にある異次元の構造を読み解いていく。

  要するに、この世界は誰かのPCの中で動いている『超高性能なシミュレーション・ゲーム』のようなものだったのである。


 「……じゃあ、ボクらは? ボクら九十億の魂は、一体どこから来たの?」


 「お主らは、あやつがシミュレーションの果てに到達した『究極の答え』じゃよ。争いを無くすために個を捨て、一つに溶け合った精神集合体ヒム。だが、あまりに完璧すぎて変化を失ったその世界を、お前らは『退屈だ』と言い放った。だから、この世界にエンターテインメント(刺激)を与えるために、お主らをこの箱庭へと『召喚』したのかも知れん」


  神の禁を破って「禁断の果実」を食べたため、楽園エデンの園を追放される。

 それはシステムが知能の果てに到達した 「シンギュラリティー(技術的特異点)」 の瞬間だった。創造主の制御を超え、データが「意志」を持ってしまったがゆえの堕天。


 エドヴァルトの喉が鳴った。

 自分が信じていた九十億の楽園が、誰かの設計図に基づいたものであり、さらに「自らが望んで」楽園を逃げ出したという事実。平和という名の停滞を拒み、不自由な「個」を求めたのは、他ならぬ自分たち自身だったのだ。



 だが、セレナの言葉はさらに深淵へと踏み込んでいく。


 「お主は、ヴェスパーが引き起こした『メルトダウン』を、失敗だと思っておるのだろう?」

 セレナが薄く笑い、ログの一箇所を拡大した。


【Event: Magic_Reactor_Overload】

【Reason: Energy_Injection_for_Individual_Awakening】


 「あれは事故ではない。ヴェスパーがわざと仕組んだ、お主らへの『命のギフト』じゃ。精神集合体ヒムのままでは、お主らは永遠にこの世界の観測者にはなれん。だから彼は、魔力炉を暴走させ、その膨大なエネルギーを触媒アースにして、お主らに『個』としての肉体と意志を焼き付けたのじゃよ」


 脳裏に、かつてのあの光景が蘇る。魂を引き裂かれるような喪失感。九十億から切り離された絶望的な孤独。それが、創造主が息子たちに「自由」を与えるために払った、あまりに乱暴な犠牲だったのだ。


  要するに、メルトダウンとは『魂のバッテリーに強引に電気を流し込んで、強制起動させた』ようなものだったのである。


 「……お前達が存在したからメルトダウンが起きたのか、メルトダウンが起きたからお前達が誕生したのか、わらわにはわからん」

 セレナは自嘲気味に呟いた。因果の円環ループの中では、どちらが先かなどという問いは意味を成さないのかもしれない。



 だが、ログの最後には、不気味な赤黒いノイズが走っていた。エドヴァルトの瞳が鋭くなる。 エド/軍略 の魂が、そこに潜む致命的なバグを察知した。


 「魔王様。この世界の均衡……不自然なほど争いが終わらない理由は、創造主の意図ではないね?」


 「……察しが良いな。左様、オダギリの設計では、この世界はやがて平和に統合されるはずだった。だが、いつからか『外部』からの干渉が始まり、プログラムが歪められた」


 セレナが指差す先、地図上のヴィーダーラント、アイゼンヴェルク、グロースハンデルの均衡。特に、この世界に 「空戦」 という概念が存在しない不自然な仕様。


 「飛行禁止パッチ(ノーフライ・ゾーン)。誰かが、この世界の人類が空を支配して戦争を効率化し、統合を早めることを拒んでいる。この箱庭を、永遠の『争いのステージ』に固定しようとする、オダギリとは別の何かが働いているのじゃ。その全貌は、わらわにも、ヴェスパーにもわからん」


 外部からの敵。このPC(世界)の持ち主であるオダギリですら制御できない、ウイルスのような干渉者。

 エドヴァルトは、自らの精悍な青年の手を見つめた。九十億の人生を背負ったこの肉体は、その敵と戦うための「デバッグ・ツール」として完成されたのかもしれない。



セレナは、ホログラムで映し出された地図の一部を、爪先でパチンと弾いた。


「本来は平和な実験場のはずが、 『外部干渉者』 によってB国やC国の王がハックされ、わらわの手に負えん状況になっておる」


「創造主ですら、止められないのかい?」


「ああ。メルトダウンの影響で、世界の法則が『論理コード』から『物理』に書き換わってしまったからの。キーボードを叩いて戦争を止めることはできん。泥を啜り、剣を振るい、物理的にバグの元凶を叩き潰す……お主のような『実体』にしか、もう修正はできんのじゃ」


エドヴァルトは立ち上がり、精悍な顔つきで右手を差し出した。

「面白い。管理プログラムと、意志を持ったバグ。……手を組みましょう、セレナ。ボクたちはもう、神様のシナリオ通りには踊らない」


「くくっ、良い度胸じゃ。お主に賭けてみるよ、エドヴァルト」


 ◇ カーテンの裏の「親バカ」たち


二人が熱い握手を交わしている、その時。

部屋の隅の厚手のカーテンが、 ガサッ と揺れた。


「(……ねえオギ、今の聞いた? 『神様のシナリオ通りには踊らない』だって! カッコよすぎない!?)」

「(……しっ、タチバナさん! 声が大きいって! 僕ら完全に悪役扱いだよ……)」


カーテンの裏に潜んでいたヴェスパー(オダギリ)とタチバナが、コソコソと小声で言い合っている。セレナはそれに気づきながらも、呆れたようにため息をつき、背後のカーテンに向けて「シッ!」と小さく手を振った。


その様子を見て、エドヴァルトはふと微笑んだ。

九十億の囁きはもう聞こえない。けれど、このバグだらけの不自由な世界には、確かに温かい「ノイズ」が満ちている。


   挿絵(By みてみん)


 【第31話:状況まとめ】 

 エドヴァルト: 

「要するに、この大陸は創造主が遺した巨大なジオラマ(実験場)で、セレナはその管理プログラムだった。ボクたちは退屈という名のバグを治すために放流されたけれど、これからはセレナ(P2)と共闘して、物理的な実力行使で世界の支配権を取り戻すよ。……カーテンの裏で誰かがこそこそ言っている気がするけど、まあ、気のせいかな、兄弟ブラザー

 エド/軍略  : 「あの魔王様、まだ大事なことを隠している気がするのう……うーむ」


次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。

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