第27話:盤上の神々と、欺瞞の十字
「悪いね陛下。入り口が狭くて、少し絨毯を汚したかもしれない。……兄弟」
――ガタン!
激しい衝撃と共に、ヴィーダーラント王城の「王の間」に土煙が舞った。豪華な絨毯の上には、つい数分前まで最果ての研究所にいたはずの馬車が、場違いな威圧感を放って鎮座している。
「……え、あ、エドヴァルト殿……?」
国王ヴィルヘルム三世は、目の前の「交通事故」のような光景に、威厳ある面魂をこれ以上ないほど引きつらせていた。だが、それ以上に王を驚愕させたのは、馬車から降りてきた少年の変貌だった。
人形のように端正な貌はそのままに、精悍な 青年 へと急成長を遂げたエドヴァルト。その瞳には、九十億の魂から選ばれた エド/軍略 としての鋭い光が宿っている。
「エドヴァルト様、さすがに王の間に馬車で乗り込むのはどうかと思います……」
後に続く弟子のクララは、ワープの酔いとあまりに非常識な帰還方法に頭を押さえていた。
そして、その中心で「どう? ボクの転送ゲート、完璧でしょ!」と胸を張っているのは、幼い少女の姿に戻り、天真爛漫な明るさを放つエーファだった。
◇
エドは王の間のテーブルに置かれた地図を目にした。
「……ふむ。ようやくワシの番が回ってきたようじゃな」
その瞬間、エドヴァルトの瞳から「少年」の迷いが消え失せた。
脳内の深層、九十億の魂のアーカイブから、一人の男の意識が浮上する。数多の戦場を俯瞰し、数百万の命を駒として動かしてきた冷徹な知略の化身。
エド/軍略※(エド・ストラテジー)
(※ヒムから選抜された特級の魂「スペシャリテ」が、エドヴァルトの肉体の主導権を握った状態)
「エド、様……?」
隣に立つクララが、その圧倒的な覇気に息を呑んだ。
少年の端正な面影を残しながらも、その立ち振る舞いは百戦錬磨の将帥そのもの。エド/軍略は、王城の壁に掛けられた巨大な四カ国地図を見据え、不敵に口角を上げた。
「ジークムント。この盤面を整理せねばならん。大局の話をするぞ、兄弟」
彼は迷いのない手つきで羽ペンを執ると、広げられた羊皮紙の上に、鋭い一筆で巨大な十字を描き出した。
◇
エド/軍略は、自ら引いた十字の各片を指差した。
* A:左上 ―― ヴィーダーラント王国(我らの国)
* B:左下 ―― アイゼンヴェルク連邦(工業国家)
* C:右下 ―― グロースハンデル大公国(交易国家)
* D:右上 ―― フィンシュテルニス魔国(魔王の国)
「いいか。陸路しかないこの盤面で、一番の恐怖の中にいるのは西のBアイゼンヴェルクじゃ。何せ、北のA(我ら)と南のCグロースハンデルから常に両面攻撃(挟み撃ち)を受けるリスクを負っておる。逆に、BとCが同盟を組みAに攻め込むには、Bの領土にCを入れねばならん。自分の領土にいつ敵に回るかわからん奴をいれる訳だ、どちらか一方の均整が崩れた瞬間に同盟は崩壊する……」
彼は羽ペンを地図上の「B」の地点に突き立てた。
「こんな単純な構造のいくさが、なぜ何千年も長々と続いておるのか、ワシには不思議でならんのじゃよ。……こんなのは作り物の戦場じゃよ」
ジークムントが当惑したように声を漏らす。
「作り物、だと? 我らはこの数千年、血を流して戦ってきたのだぞ」
「そう。そこが不自然なのじゃ。 要するにこの世界は、まるで『空(Z軸)』という概念をパージされた、二次元のボードゲームの中に閉じ込められているようなものだ 」
エド/軍略の瞳に、演算機のような冷徹な光が宿る。
「この十字の均衡は、誰かによって意図的に保守されておる。特に右上のD――魔国じゃ。この国が『物理的な壁』として機能し、技術の進歩すら歪めている。空を飛ぶ鳥はいれど、空を行く軍隊がおらぬのは、この世界のOSそのものに『飛行禁止』のパッチが当たっておるからではないか?」
彼は窓の外、遥か東に広がる魔国の霧を見つめた。
「真実を知るには、バグの源泉へ行くしかない。ワシは一人で魔国へ向かう。エーファ、お主はここで、ワシの背後を突こうとする『駒』たちに睨みを利かせておけ」
「了解、兄弟! この国のインフラをハックして、最強の要塞にアップデートしておくよ!」
一人は、盤上の嘘を暴くために。一人は、守るべき拠点を再定義するために。
九十億の軍略が、歴史という名の停滞を、ついに食い破り始めた。
◇
【第28話:状況まとめ】
エド/軍略: 「アイゼンヴェルク(B)が四面楚歌なのは、地政学的にあまりに不自然だ。空戦を封じることで、人為的な膠着状態が作られている。ワシは魔国(D)に乗り込み、この世界の『仕様』をハックしてくる。エーファ、留守は頼んだぞ」




