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90億人の精神集合体が異世界に召喚されたのでみんなでちょっとお邪魔してみた。  作者: ハマタハマオ
第3章 鉄錆と黄金の終焉、あるいは管理者によるシステム・リブート
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第26話:眠れるメモリの強制起動


 「……静かすぎる」 


 魔力炉の停止と共に、ヴィーダーラント王都を支配していた「音」が死に絶えた。

 だが、エドヴァルトにとって最も過酷だったのは、外界の闇よりも脳内の変調だった。


つい先刻まで、彼の脳内には九十億の精神集合体ヒムが接続されていた。膨大な演算結果、数多の感情、止まることのない情報の濁流。それが今は、ひどく冷え切ったなぎのように静まり返っている。


(これが……『個』というやつの重さなのですね)

 腕の一振り、呼吸の一回。そのすべてを自分自身の意志だけで決定しなければならない不自由さ。かつての九十億による無尽蔵のバックアップも、自動的な並列思考による補佐も、もうそこにはない


 だが、その静寂は「無」ではなかった。脳内の深層――ヒム本体とのパスを切り離す際、内的領域へと移住してきた特級の魂たち(スペシャリスト)のノイズが、微かな、しかし確かな鼓動として響き始める

   彼は今、ただ一人の無力な人間としてこの異世界に放り出されたのではない。

 九十億の人生経験という莫大なデータ量を一人の肉体で引き受けるため、少年の姿を捨てて「青年」へと強制進化アップデートを遂げた、精鋭たちの器としてここに立っているのだ。

 

 要するに、彼は「神の意志を待つだけの末端(端末)」から、自らが「スペシャリストを統べる独立したサーバー」へと変貌したのである。

 



 「……ん、……エド?」


 腕の中で、微かな震えと共にエーファが目を開けた。

 エドヴァルトが魔力粒子をハックし、その定義を書き換えてまで守り抜いた「新しい」彼女。かつての彼女は、集合知の末端に過ぎない無機質な「端末」だった。だが今の彼女の体からは、確かな体温と、トク、トクと刻まれる生命の鼓動が伝わってくる。


 「おはよ、エーファ。気分はどうですか?」

 「……変な感じ。頭の奥で、何かが勝手に展開デプロイされてるみたい」


 エーファが視線を彷徨わせる。彼女の瞳の奥では、九十億の知恵の結晶ライブラリーが、制御不能なノイズを放っていた。かつて王城の地下書庫でパージ(隠蔽)されたはずの、無意識の深淵。そこに眠っていたデータが、彼女の「個」としての覚醒を鍵にして、今まさに解凍されようとしていたのだ。


 それは、かつてヴェスパー(オダギリ)が仕掛けた「論理爆弾」の裏側に、ひっそりと隠されていた。エドヴァルトが行った「エーファの再定義」という想定外の処理が、偶然にも秘匿領域をこじ開ける「自動解除キー」となったのである。


 エーファの網膜を、既存のプロトコルを無視した【管理者用コンソール】が強引に占拠する。


【HIM_Core: administrative_override_initiated】

【Target: Eva_Individual_Unit_Only】


 そこに浮かび上がったのは、創造主オダギリが遺した、あまりにも簡潔な道標だった。


『これを読んでいるなら、君たちはシステムを卒業したんだろう。魔国へ行け。そこには、この世界の真実が眠っている』


 数百年前にこの地を生きた先代の、時空を超えたメッセージ。絶望的な闇の中で、それは唯一の、そして最も確かな光だった。



 メッセージの開封と同時に、エーファの体が淡く発光した。

 物理的な電源も、魔導回路のリンクも必要ない。彼女の深層意識が、現実世界のPC――「ヒムのコア」へと、超次元的な再接続を果たしたのだ。


【HIM_Core】:管理者用メモの開封を確認

【HIM_Core】:EvaをCore管理者(Administrator)として承認

【HIM_Core】:転送スキルを含む、限定的なハック権限を付与


 「……力が、入ってくる。世界が、見えるわ」


 エーファが虚空に指先を滑らせると、青いインターフェースが闇を照らした。

 かつては末端だった彼女が、今は創造主の領域に直接アクセスし、この世界をハックするための圧倒的な力を手に入れたのだ。要するに、世界のルールそのものを書き換える「神様の権限」を手に入れたようなものである。


 エドヴァルトは、覚醒したエーファの手を強く引き寄せ、立ち上がった。

 九十億の絆を失い、孤独を知った精悍な青年。そして、システムを越え、新たな神の権能を手に入れた少女。


 「行きましょう、エーファ。僕たちの『現実』を取り戻すために」


 「ねえエド、歩いて帰るなんてまどろっこしいよ。みんなも早くこっち来て!」


 背後から、あまりにも場違いに明るい声が響いた。

 振り返れば、そこには幼い少女の姿に戻ったエーファが、地面に描かれた巨大な青白い魔法陣の中心で手招きをしていた。


 「え……? エーファ、それは……」

 「管理者特権。転送ゲートの強制生成よ! いわば、世界というPCのフォルダ間を一瞬で移動する『超高速ショートカット機能』ね。ほらジーク、早く馬車ごと魔法陣に乗せて! クララもノロノロしない。ヴェンツも講釈はいいから、早く早く!」


 「おいおい、嬢ちゃん……正気か?」

 歴戦の勇士であるジークムントが、呆気にとられた顔で馬の首を撫でる。「これに乗ったら、俺までさっきの『集合体』とかいうやつに混ざっちまうんじゃないだろうな?」


 「大丈夫、今は『個別設定』が生きてるから。さあ、皆でさっさとヴィーダーラント王国へ帰るのです!」


 エーファの強引な仕切りに、一同は顔を見合わせながらも、魔法陣の中へと足を踏み入れた。


 エーファが指先をパチンと鳴らす。次の瞬間、世界が青白い光に塗りつぶされた。

 重力も、距離も、時間も。物理法則がハックによって書き換えられ、一行の視界から王都の廃墟が消え去る。


――ガタン!


 馬車が大きく揺れ、眩暈めまいが収まった。

 エドヴァルトが恐る恐る目を開けると、そこは国王ヴィルヘルム三世が座る「王の間」のど真ん中だった。


 「エーファ様、さすがに馬車を室内に入れるのはどうかとおもうのですが……」


 クララの呆れた声も聞こえていないのか、エーファは満足げに胸を張り、ぴょんと跳ねた。

 九十億の絆を失った孤独に浸る暇さえ与えない、圧倒的な「チート」の暴力。

 こうして、数日間を要するはずだった苦難の旅は、開始数分で幕を閉じたのである。


    挿絵(By みてみん)


 【第26話:状況まとめ】 

 エーファ: 「ヴェスパーのハックのおかげで、ボクの脳内に眠っていた『管理者権限』が目覚めちゃった! これで転送ゲートも使い放題。まずは王都に帰還完了だね。次はこの世界の謎を解かないと!」


 クララ: 「……お二人の話し方が急に変わった、死線を越えたことで、お二人の内側にあった『本当の優しさ』が、言葉となって溢れ出した……。そう思えば、この変化は少しも不思議なことではありませんが、……エーファ様、あんなお気楽キャラだったなんて?」

             



次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。

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