◇156 怪盗の噂と挨拶回り
「今から十五年くらい昔の帝国にの、世間を賑わせた義賊がおってな。そいつは悪徳商人や腐敗貴族から金銀財宝を盗み、貧しい民にばら撒いていたそうじゃ。闇より現れ闇に消える。誰が呼んだか、いつしかそいつは『怪盗ダークネス』と呼ばれておったらしい」
怪盗ダークネス、ねえ……。まるで鼠小僧次郎吉だね。
でも鼠小僧は大名屋敷ばかり狙ったけど、別にお金は貧しい人たちにばら撒いたりはしてないんだっけか。自分で酒や博打に使っちゃってたとか、なにかで読んだような気がする。
「だけどよく知ってるね。私たちが生まれるよりもずいぶん前の話なのに」
「一番上の姉上に聞いた。女王国ではそこそこ有名じゃぞ? そのころ女王国は帝国にちょいちょい小競り合いを仕掛けられていたからの。帝都を引っ掻き回すダークネスに、よほど国民らはスカッとしたんじゃろうなあ」
「す、すみません……」
ティファの言葉にリーシャが肩を小さくして謝った。いや、リーシャには責任はないから。悪いのは父親のバカ皇帝だから。
「だがそのダークネスも十五年前、ある事件を境にパタリと姿を見せなくなってしまった。捕えられて処刑されたとか、正体がバレたので外国へと逃げたとか噂になったらしいぞ」
「ある事件ってのは?」
「帝城侵入事件じゃ」
帝国の城に忍び込んだの? そりゃまた大物狙いな……。帝国の宝物庫ならそりゃ値打ちものがたくさんあるだろうけど……。
「忍び込んだはいいが、警備の騎士に見つかり、何も取らずに逃げた……と言われるが、捕えられて秘密裏に処刑された、とも聞く。だが、処刑するなら公開処刑にするじゃろ、あの皇帝なら。おそらく命からがら逃げて足を洗ったんじゃないかのう」
なるほど。いなくなった理由に、逃げる時に大怪我したとか、その傷が元で亡くなったとかの可能性もあるかも。あっ、まさか……。
「ひょっとして皇都に現れた怪盗って、ダークネス……?」
「さあのう。それが気になったからレティシア殿は調べていたのではないか?」
うーん……。レティシアさんとしては、帝城に忍び込まれているわけだし、やっぱり気になるのかな?
それとも十五年前の侵入時になにか盗まれていて、それを取り返そうとしている……とか? いやいや、考え過ぎか。
まさかと思うけど、皇国の城に忍び込もうとか考えてないよね? 帝国の皇帝と違って、皇国の皇王陛下は善政を敷いてるよ!? ……たぶん。おそらく。
まあその皇王陛下も、今日は私が喚び出したプールバーでビリヤードとお酒を楽しんでいるけども。
しかし怪盗か……。やっぱり心当たりがない。たぶん『スターライト・シンフォニー』の登場人物じゃないと思う。
そうなってしまうと私のゲーム知識はなんの役にも立たなくなってしまうからお手上げだな。
まあ、私の破滅フラグとは関係ないってのが救いだけれども。
とはいえ、地元で騒がれるのも腹立たしい。騎士団の皆様にはなんとか捕まえてもらいたいもんだ。
たとえ義賊でも犯罪は犯罪だしなあ。でも悪徳商人とか極悪貴族とかから盗む分にはいいんじゃないかと思う自分もいる。いい加減なもんだ。
「そういえばネロ姉上から聞いたのじゃが。リーシャはしばらくシンフォニアに滞在するらしいの」
「え? なにそれ、初耳」
聞いてないぞ。春陽会が終わったら帝国に帰るんじゃないの? ティファからの情報に私はリーシャの方へ視線を向ける。
「えと、これから少し帝国が騒がしくなる可能性があるので、お姉様と二人、こちらにしばらくご厄介になるみたいです。その、将来のためにシンフォニアに慣れておいた方がいいと……」
リーシャはだんだんと顔を赤くして、もごもごとしてしまった。
なんでもこれは帝国の皇太子殿下の提案らしい。
たぶんだが。第二皇子、もしくは皇帝が、リーシャに危害を加える可能性を考えてのことじゃないだろうか。
向こうだって馬鹿じゃない。皇位継承争いの後のことを考えたら、リーシャを生かしておいた方が何かと利用できるのはわかっているはず。
だけど、次の皇帝が皇太子殿下に確実となったらどうするだろう。追い詰められた第二皇子が帝国を真っ二つに割っての内乱に入ろうとするなら、彼にとって皇太子殿下と皇国との友好の架け橋となるリーシャは邪魔な存在だろう。再び暗殺を企むかもしれない。
皇太子殿下はそこらへんを危惧したんじゃないだろうか。
なんにせよ、リーシャが皇国に慣れることは確かに必要だし、内心、エリオットも喜んでるんじゃないかねえ。婚約者の姉という、小姑もついてくるけども。
「どれくらいいるつもりなの?」
「一応、次の秋涼会までという話になってます」
半年か。でも帝国の状況次第じゃ滞在期間が延びるかもしれないな。私としては嬉しいけども。
「ちょっと羨ましい。シンフォニアにいればサクラリエルのお店の物がいつでも買える」
「そうじゃのう。わらわもシンフォニアに親善大使として駐在できるよう、母上に頼んでみるかのう」
「いや、あんたたちね……」
皇都にいたって、いつでも買えるってわけじゃないぞ。魔力にだって限度があるし、こっちの都合もあるし。まあ【在庫保管】にあるものならいつでも売れるけども……。
「勉強や宮廷作法などもエリオット殿下と受けるといいと皇王陛下がおっしゃって下さいまして……。お姉様も魔法を教えてくれるそうです」
ほーう。皇王陛下ってば息子に援護射撃かな? 一緒に学んで仲を深めてほしいってことかね?
この際だからということで、リーシャとレティシアさんはホテルではなくお城の方に住むことになったそうだ。
もちろん帝国の護衛騎士やお付きの人たちも一緒に。
以前なら警戒して、城に泊まるなんてことはなかったのにね。
リーシャの今の立場から考えると、ホテルより城の方が安全なんだろう。
どこに第二皇子の手の者がいるかわかったもんじゃないからね。前回は裏切り者が紛れ込んでいたけれど、今回はレティシア殿下もしっかりと身元を洗ったと思う。
半年のうちになんとかカタがつくといいのだが……。
────さて、ティファたちとの会話を楽しんだ後は、恒例の挨拶回りだ。
はあ……。ここからずーっとにこにこと笑顔を貼り付けてるのキツいんだよなあ……。
護衛のビアンカと側仕えの律を連れて、まずはリフレイン侯爵家のメルフリース様のいるテーブルへと向かう。
ちなみに琥珀さんは律に抱えられたままで、おねむの状態だ。この子、私のボディガードのはずなんだけどな……。
メルフリース様のいるテーブルには、中立派の令嬢たちが何人か揃っていた。全員何度か冬の社交パーティーで顔を合わせているので以前ほど緊張はしない。
何人か『サクラブランド』で、私がデザインしたドレスを着ている令嬢もいる。うーむ、着る人が着るとなかなかちゃんとしたものに見えるな。どうやらお母様の販売戦略はうまくいっているようだ。
さて、いつものようにカーテシーでご挨拶っと。
「ご機嫌よう、メルフリース様。お元気でしたでしょうか?」
「ご機嫌よう、サクラリエル様。ええ、こちらはつつがなく」
攻略対象の双子の姉であるメルフリース様には、悪い印象を持ってもらっては困るので、殊更丁寧にご挨拶を交わす。
「弟さんのお身体の調子はいかがでしょうか?」
「ご心配いただきありがとうございます。よいお薬のおかげで弟もすっかり元気になりまして、今は少しずつ体力をつけているところですわ」
ふむ。天神木の実……というか、私の店の梅干しから作った薬は効果覿面のようだ。
病弱設定だった彼女の双子の弟、攻略対象であるベルフリート先輩は快方に向かっているらしい。
ベルフリートルートは病弱で線の細いこの先輩と、主人公であるエステルが学院の図書館で出会い、少しずつ打ち解けていって、互いに惹かれあうというストーリーだ。
このままいくと、病弱設定は無いことになりそうだけどもね。
ちなみにこのルートでは、二人に絡んで嫌がらせをしていたサクラリエルが、最終的に反撃を受けて学院を退学になり、実家から勘当される。さらにその後犯罪に手を染め、投獄されるところまでが説明されていた。
酷い話だ。ベルフリートルートの悪役令嬢は普通に許されるってのにさ。『1』だとサクラリエルはほぼ全ルートの前半における悪役令嬢だからなあ……。
リフレイン侯爵家と中立派への挨拶を終え、次は伝統派の集まっているグループの方へと向かう。
半年前は伝統派のトップとなったアラベスク侯爵家のドナテラ嬢がいたが、彼女はデビュタントを終え、大人の仲間入りを果たしている。
そうなると、未成年組で新しいリーダーが立つわけだけど、誰になったんだっけか? えーっと……。
と、思い出そうとしていた私に後ろから律が声をかけてきた。
「新しく伝統派のまとめ役となられたのは、フーガ伯爵家のセラフィス様です」
さすが律。下調べに余念がないね。
だけど、フーガ伯爵家のセラフィス様……? 聞いた覚えがないんだけど……ないよね?
「セラフィス様は前回は体調を崩されたとかで、途中で退席されております。サクラリエル様とは初対面になりますね」
じゃあ、知らないわけだわ。よかった。記憶力低下じゃなくて。
変な安心を感じながら、伝統派のテーブルへと行くと、いくつかの見覚えのある令嬢たちと共に、一人の少女が目に留まった。
歳は十歳くらいかしら? 黒髪ストレートの、ぱっつん前髪な御令嬢だ。着物を着ていたら可愛い市松人形を思い起こしそうな子であるが、鋭いその目付きが可愛らしさを台無しにしていた。
三白眼を通り越して藪睨みレベルである。眉間に皺を寄せ、ものすごくイライラしてる感じだ。
「あの方がセラフィス様です」
「マジでぇ……?」
こそっと背後から律にそう説明されて、私の口から思わずそんな声が漏れた。
なんであの子、あんなイライラしてんの……? 目の前のケーキをフォークでぐちゃぐちゃにしてるし……。ケーキに罪はないやろ。
内心ちょっとビビってたが、挨拶をしないわけにもいかぬ。
「ご機嫌よう。初めまして、セラフィス様。フィルハーモニー公爵家が嫡女、サクラリエル・ラ・フィルハーモニーでございます」
「……ご機嫌よう。フーガ伯爵家が嫡女、セラフィス・リトラ・フーガでございます。『聖剣の姫君』と名高いサクラリエル様にお会いできて光栄でございますわ」
私がカーテシーでご挨拶すると、向こうも席を立ち、同じように返してくれた。が、次の瞬間、顔を上げたセラフィス嬢が私を思いっきり睨みつけてきた。
さすがにこれは我慢がならなかったのか、護衛に控えていたビアンカが一歩前に出ようとするのを手で制する。
あまり歓迎されていないようなので、適当に話を切り上げてその場を去ることにした。まあ、親同士が敵対派閥だしね。仲良くなれるとは思ってないけども。
うーむ、しかしなんでこんなに目の敵にされてんだろう? なにか恨まれることでもしたのかしら、私。
初対面だよねぇ? まったく身に覚えはないんだけども……。




