◇155 春陽会の始まり
さて、迎えた春陽会の日。
二度目ということもあって、さして問題もなくお茶会は進行していた。
半年前と違うのは、リーシャの立場が上がり、ルカやティファたちとも仲良くなっていることだろうか。
エリオットとの婚約により、リーシャはやがてシンフォニア皇国に嫁いでくる身。未来の皇妃様である。将来的にはルカやティファよりも身分は上になるし、仲良くしといて損はないからね。
まあ、そんな打算的な付き合いではないだろうけども、少しはそういうことも考慮しとかにゃならんのが貴族令嬢ってもんらしい。
実のところ、エリオットを狙っていた貴族令嬢もそれなりにいた。今まで彼女たちの敵愾心は婚約者第一候補であった私に向いていたのだが、それが今やリーシャへと向けられることになってしまった。
帝国の皇女様であるから、そんなあからさまに失礼な態度は取らないけど、明らかに目の敵にしている様子はちらほらと見受けられる。
人の機微に敏感なリーシャだから、それとなく感じてはいるようだ。
「くだらんな。己の魅力の無さを人のせいにして陰口を叩くくらいなら、自己研鑽に励めばいいものを」
「ん。ティファの言う通り。リーシャも気にしない方がいい」
「ありがとうございます。昔に比べたら、これくらいのことはなんでもありませんわ」
ホント強くなったねえ……。オバチャン涙が出そうだよ……。前世今世、足しても二十七だからオバチャンと言うにはまだ早いか。早い……よね?
春陽会会場にある王侯貴族が使うガゼボで、私とルカ、ティファにリーシャ、そしてエルティリアちゃんが、そんななんとも色気のない話をしていた。
まあ王家や皇族ともなると、周辺国の情報は集めるときに集めておかないと後で困るからね。
「帝国の方ではうまくやってるの?」
「はい。エリオット殿下の婚約者という私の立場が、フロストお兄様の追い風になって、派閥の勢いが増してきているみたいです。ただ、どうしても御年配の貴族は皇国に対してあまりいい感情を持っていないようで……」
まあねえ。三十年ほど前には戦争をしてた国だからね。あっちもこっちもいろいろとわだかまりはあるだろうけど……。
その戦争は帝国の方から仕掛けてきた侵略戦争で、こちらとしては身を守る為に防衛したに過ぎない。
それでもその戦争で亡くなった人もたくさんいる。その恨みつらみをまだ持っている人たちが、第二皇子の味方をしているとなると厄介だな……。
「皇太子と第二皇子で内戦でも起こりそうな感じじゃな」
「お姉様もそれを危惧していました。ですが、もしそうなったら、他国につけ入る隙を与えることになります。さすがのダルケル兄様でもそのようなことはしないと思うのですけど……」
帝国は先代、先先代と、周辺国家に侵略を仕掛けてきた。結果、周囲には友好国が少ない。ここ、シンフォニア皇国も、ティファのところのメヌエット女王国も、帝国に国境を接しているが、あくまでも戦争してないってだけだからね。
帝国が揺らぐとなると、その隙を狙って動く隣国があってもおかしくはない。皇国だって、一枚岩ではないのだ。伝統派と中立派が『帝国に攻め入るべし』となったら皇王派だけでは押さえられないかもしれないわけだし。
「女王国も帝国の動きに注目しているみたいね?」
「そりゃあの。我が国も今まで帝国とは小競り合いを何度もしていたからのう。内戦が起こればこれ幸いにと、攻め込むべきだと主張する輩も一定数はおる」
ティファのところも一枚岩ではないようだ。帝国の自業自得と言ってしまえばそれまでだけれど……。
「少なくとも帝国が割れれば、間違いなく他の周辺国から何かしらの干渉がくるだろうね」
「ええ。フロストお兄様もそれをわかっておられますので、なんとか穏便にダルケルお兄様の勢力を弱めようとしているらしいです」
皇太子殿下も大変だな……。やっと病気が治ったっていうのに……。
なんといっても向こうは現皇帝がついているからな……。実際の勢力図はわからないが、現皇帝に表立って逆らうことはできないだろうし。
リーシャには悪いが、これ皇帝がポックリと逝ってしまえば丸く収まるんじゃ……。
確かゲームでは第二皇子が皇帝になってたけど、シンフォニアと戦争とかにはなってなかった。なりそうなシナリオはあったけど。
皇太子殿下が病気で亡くなり、ひょっとしてその後に皇帝も亡くなったんじゃないだろうか。そのゴタゴタで、とても他国へ侵略する余裕がなかったのでは?
第二皇子としたら、ライバルの皇太子が亡くなったのはよかったけど、後ろ盾の皇帝も亡くなったのでは足下を固めるのに時間かかっただろうし。
十年以内に皇帝が亡くなる可能性もあるね、これは……。
その時リーシャはどう思うだろう。親の死を予想しながら黙っていたことを知ったら私を恨むだろうか。
「リーシャは皇帝陛下をどう思ってる……?」
「お父様を……ですか? さあ……。正直なところ、なんとも思っていません。お父様は子供がお嫌いなので、『目障りだ。下がっていろ』と何度か言われたことがあります」
はぁ? なんだそいつ。それでも親か!? 目障りとか……思っていても自分の子供に口にするか!?
「私とエリオット殿下との婚約もお父様は『余計なことを』と苦虫を噛み潰したような顔で聞いていました。フロストお兄様とレティシアお姉様が味方になって下さらなかったら、婚約破棄されていたかもしれません。そう思うと、少し腹が立ちますね」
第二皇子はリーシャを殺してその責任をシンフォニア皇国になすりつけ、戦争を始めるつもりだった。
ひょっとしたら、皇帝もそれを知っていたのかもしれない。だとしたらとんでもない親父だ。皇帝としての能力はどうだか知らないが、父親としては最低だ。
私の中で皇帝が死にかけても助ける気は一ミリも無くなった。
話によると三十年前に皇国に侵攻した時、ウチのお祖父様がコテンパンにやっつけたそうなので、私のことも気に入らないらしい。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』ってか? ふん、ちっちゃい男だね。
これは帝国の皇太子殿下になにがなんでも頑張ってもらわないとね。なんなら現皇帝を退位にまで追い込んでやってほしい。そのための協力なら惜しまないぞ?
ラジカセのテープレコーダーをレティシアさんにいくつか売ろうかしら。レティシアさんなら有効活用してくれるだろう。第二皇子と現皇帝の動向が掴みやすくなると思う。
一応、他所様の国だから勝手に私が売るわけにはいかないので、ここらへんはお父様経由で皇王陛下と相談だな……。
「そういえば……リーシャのすぐ上の皇子はどうなってるの? ほら、ディアスとかいう……」
「ディアスお兄様ですか? そうですね……。レティシアお姉様が生活態度を改めさせるように、とダルケルお兄様に言ったのですけど、まったく聞く耳を持たないようです。私に対しては嫌味のような言葉を何回か言われましたけど……」
「嫌味? なんか酷いこと言われた?」
「『いなくなればせいせいする』だとか、『お前を送り出したダルケル兄上に感謝しろ』とかですかね……」
あかん……。俺様皇子まっしぐらだわ……。もっと酷くなってる可能性まである。
これは矯正は無理かなぁ……。外伝ルートだと、学院に入学して、それまで自分は優秀だと思っていたのに井の中の蛙だとわかって、自暴自棄になるんだけども。
なんか井の中の蛙とも理解できずに、ただの我儘皇子に成り下がる気がするなあ……。
「リーシャには悪いが、出来の悪そうな兄上じゃな」
「ん。そんな馬鹿兄のことなんか気にしない方がいいよ」
「はい。私もまともに相手をせずに受け流しています。何を言われてももう怖くないので、ずいぶんと慣れました」
リーシャはそう言って微笑んだ。どうやらスルースキルを身につけたようだ。
学院の初等部入学は十歳からだから、あと二年? で俺様皇子が入学して、その一年後に私たちも入学か。
あと二年で皇太子殿下が皇帝の座に着けば、少しは大人しくなるんじゃないかしら。
まあ学院でもリーシャに絡んできたら、遠慮なくあの皇子がゲーム内で語った黒歴史を洗いざらいぶち撒けてやろう。恥ずかしくて妹の顔など見れなくなるよ。
「なんじゃ、サクラリエル。悪そうな顔をしおって」
「サクラリエル、変」
「おっと」
よからぬ考えが顔に出てたか。まあ、いざとなったら、ってことでね。
しかし、さっきからエルティリアちゃんはずっと黙々とお菓子を食べているけど、そんなに食べて大丈夫なんだろうか……。心なしかぽっちゃりしてきたような。太ったエルフがいてもいいとは思うけど、やはり健康には悪いよね。
かく言う私もちょっとばかり、お腹のお肉が気になり始めている。冬の間、そこまで運動をしなかったからなあ……。
剣術とかダンスとかでそれなりに動いてはいたつもりなんだけどね……。
それから私たちはたわいもない会話を続けていたのだけれど、リーシャの会話にちょっと引っかかる話題があった。
「怪盗?」
「はい。皇都で怪盗が跋扈していると。違うんですか?」
いや、そういう情報は律から聞いていたけど。なんで他国のリーシャが知っているの? この情報って、そこまで外に漏れてはいないはずなのに……。
「お姉様が話しているのを聞いたんです。配下の者がいろいろと調べたらしくて……」
調べた? いや、帝国だけじゃなく、王国も女王国も、他国に来たら情報収集はひと通りするものだろうけど……。帝国にはよほど優秀な諜報員がいると見える。
「跋扈とまではいかないけど、そういう輩がいるって噂は聞いたわ。本当かどうかは知らないけど」
「怪盗のう。『ダークネス』の真似事かの?」
『「ダークネス」?』
ティファが口にした言葉に私たちが鸚鵡返しに尋ねる。
「知らんか? 『怪盗ダークネス』を。まあ、わらわたちの生まれる前の話じゃからの」
そう言って、ティファは怪盗ダークネスなる者の話を私たちにし始めた。




