◇145 音楽の力
「素晴らしかったぞ、サクラリエル! 我が孫にこれほどの才能があったとはな!」
「わ!?」
演奏を終えて楽器を控え室に戻し、会場へと戻ってくるといきなりお祖父様に、たかいたかーいとばかりに抱き上げられた。
疲れて抵抗する気も失せていた私は、なすがままに宙ぶらりんと身を任せる。
「お父様! サクラちゃんが目を回しますわ!」
「お、おお、すまん」
お母様の一喝で私は地上へと帰還した。うう、ちょっと頭がクラクラする。
「すごくいい演奏だったよ。みんな頑張ったね」
「うむ。とてもいい演奏だった。思わず聴き入ってしまったぞ」
お父様と皇王陛下からお褒めの言葉をいただく。ビアンカや律、エステルが恐縮しながら頭を下げた。
「お嬢様、お水をどうぞ」
「あ、ありがとう」
アリサさんの持ってきてくれたコップをぐいっと傾け、冷たい水を一気に飲み干す。くあ~! 終わったあ~!
ひと仕事終えたらお腹が減ってきた。ちょっとなにか食べておきたい。
会場に置いてあったおにぎりを素手で掴み、はむっと頬張る。
どうにもおにぎりはどう食べたらいいのか分からないのか、けっこう残っているのよね。美味しいのに。
手掴みでいいんだよ、と示すようにむしゃむしゃとおにぎりを食べていく。む、中身はおかかチーズか。醤油で味付けされたしょっぱいおかかと、濃厚でクリーミーなチーズがお米と非常によくマッチする。んまい!
私がおにぎりに舌鼓を打っていると、横から小さな手が伸びて、おにぎりがひとつ消えていった。
「えへへ。私もお腹が空いちゃいました」
エステルが私と同じようにおにぎりを頬張る。それに釣られてビアンカも手を伸ばし、同じようにおにぎりを食べ始めた。
律だけはメイドとして食べることを遠慮していたが、私が勧めたのと上司であるアリサさんの許可が出たのでやっと口にすることにしたようだ。
他のお客さんたちも、私たちの食べるさまをみて、おにぎりに少しずつ手を伸ばし始めた。
「美味しい……」
「ほのかに甘味があって、食べごたえがあるな」
「中身がいろいろ違ってて面白いぞ」
そうだろう、そうだろう。我が日本のソウルフードをたんと味わいたまえ。
パーティーは宴もたけなわだが、これからパメラ先生のバンドの演奏がある。
結局なにを演奏するのか教えてくれなかったんだよね。三曲ほど演奏するらしいけど……。
なんとなくアレじゃないかな? と思う曲はいくつかあるんだけどね。
私が演奏を楽しみにしていると、やがてパメラ先生と、たぶん同僚の宮廷楽師たちが楽器を持って現れた。って、多いな!?
バンドって言ったら三人から五人、多くても七人くらいじゃないの? どう見ても十人以上いるんですけど!?
いや、地球でも人数の多いバンドはいるんだろうけどさ!
楽器も様々だなあ。ギターにベース、キーボードにドラムは私たちと同じだが、トランペットやトロンボーンみたいな金管楽器を持ってる人もいる。サックスは楽器店で売ってたやつかしら? バイオリンにチェロ、コンガみたいなのまである。まさに小楽団って感じ。
パメラ先生がアンプに繋いだギターを構え、ギャーン! とひと鳴らし。それだけで会場の目は彼女に集まる。
そして特徴的なイントロがそのギターから紡がれる。
やはりそうきたか。曲はチャック・ベリーの『Johnny B. Goode』だ。
パメラ先生がギターに魅了されるきっかけになった曲。これは外せなかったんだろう。ギターを追いかけるようにドラムがリズムを刻む。
そして荒々しい声のパメラ先生の歌がマイクから響き渡る。
私も英語が得意じゃないからなんとも言えないけれども、私よりちゃんと発音できているように聞こえる。まあ発音がおかしくても英語を知らないみんなにはわからないだろうけど。
演奏は完璧などころか、いろいろとアレンジを加えているようだった。異世界版『Johnny B. Goode』と言ったところか。
激しいビートに初めは戸惑っていた招待客も、やがてそのリズムにのって身体を揺らし出す。
思わず私もノリノリで踊り出したくなるくらいだ。ギターを持ってあの場にいたら、ダックウォークもかましたかもしれない。それくらいパメラ先生の演奏は凄かった。
普段、バイオリンを弾いている先生はどちらかというと凛とした清楚なイメージがあるけれど、ギターを弾き鳴らしている先生はもうただひたすらにカッコいい。
間奏でのギターは痺れるほどだ。これが本当にギターを始めて一年経ってない人の演奏か? 天才でしょ。天才だった。
そのまま全力疾走という感じで演奏し切った先生たちに、会場から溢れんばかりの拍手が送られる。私たちの時より大きいな。ちょっとジェラシー。
一息ついて、すぐに二曲目にいくようだ。ギターとドラムが激しいビートを響かせる。えっ? この曲って……。
演奏が一瞬止まったタイミングで、先生たちと一緒に思わず私も『Hey Hey Hey!』と合いの手を入れてしまった。
この曲は私も知っている。前世のお父さんがカラオケでよく歌っていたアニソンだ。確か『2』の主題歌。
確かにノリのいいロック調の曲だけども! なんで世紀末救世主伝説!?
パメラ先生の歌声がパーティー会場に響き渡る。英語も入ってるけど、日本語の歌詞のところも、やはりみんなは意味がわかってなさそう。
ギターの音が会場を支配するかのように響き、そのうねりが私たちを襲う。
サビのところで後ろの金管楽器を置いたお姉さんたちのコーラスが入る。この曲も編曲されているな……。
なんだろう、とにかく音が厚い……! 迫力があるというか、身体に響くというか……!
演奏も激しい。髪を振り乱し、全身で演奏しているという感じだ。とても楽しそうに。
その熱に影響されたのか、終盤には招待客も拳を突き上げるような動きをし始めた。
ラストになるとパメラ先生のギターソロがとてつもない。もう左手の動きが速すぎてわけがわからないよ……。
最後の方はみんなで『Hey Hey Hey!』と叫んでしまった。まるでライブハウスだ。
演奏が終わると拍手と共に誰かの雄叫びまで聞こえてきた。誰だよ!? と見たらお祖父様だったわ。興奮しすぎ!
招待客の興奮冷めやらぬうちに三曲目に入る。
アップテンポではあるが、さっきよりはおとなしめ……?
ドラムとコンガが心地良いリズムを叩いている。この曲は……。
突然、金管楽器隊が一斉に、パラパラパラー! と特徴的な音色を奏で始める。
ソウル&ファンクの大御所と言われるアース・ウィンド・アンド・ファイアーの名曲、『September』だ。
パメラ先生のソウルフルな歌声が耳に届く。ホント、どっからあの声出してんだろ……。いつもとは別人だよね。
弦楽器隊も加わり、オーケストラさながらのアンサンブルを見せる。
明るいメロディと軽快なリズムが私たちを楽しい気分にさせていき、気づかないうちにみんな自然と身体を動かしていた。
サビの全員コーラスになる頃には、もう会場は沸きに沸いていた。身体を揺らすというよりも、完全にみんな踊っている。まるでダンスホールのような賑わいだ。
お父様もお母様も、お祖父様もお祖母様も、皇王陛下もエリオットやジーンにリオンも、動きの大小はあれ、みんな楽しそうに踊っている。
私も身体を揺らして踊ってしまう。ヤバい。楽しい! 私は隣にいたエステルの手を取り、一緒に踊り出した。
私たちだけじゃなく、パメラ先生たちも全員が笑顔で演奏している。音楽って……音楽って素晴らしいね!
歌詞の意味がわからなくてもそれを口ずさみながら、みんなが笑顔で踊る。これがグルーヴってやつなのかもしれない。
リズムと共に会場全部が一体となるような高揚感。みんながこの時だけは幸せな空間にいると確信できる。
熱狂の渦が逆巻く中、いつまでも続くかと思われた演奏がクライマックスを迎えて唐突に終わる。
一瞬だけ招待客の反応が止まったが、次の瞬間、爆発したかのような歓声と拍手が会場中に響き渡った。
私もパチパチと全力で拍手を送る。すごい演奏だった! 最高! ブラボー!
汗だくの先生たちがぺこりと頭を下げると、再び万雷の拍手が巻き起こった。それに小さく手をひらひらと振りながら、先生たちがステージから捌けていく。
「すごい演奏だったな!」
「聞いたこともない歌だったわ!」
「あの楽器は私でも弾けるんだろうか……」
先生たちがいなくなっても会場の熱は冷めない。みんな今受けた衝撃に打ち震えている。
「なあなあ! 俺たちもアレやろうぜ!」
「ええ……?」
「すぐにジーンは影響されるんですから……」
さっそく影響されたのか、ジーンがエリオットとリオンにバンドを組もうと話しかけていた。
男子スリーピースバンドかな? エリオットがギターでジーンがドラム、リオンがベースかしら。
「あの楽器のようなものを魔導具で再現は可能か?」
「可能だとは思いますが、かなりの開発費がかかりますぞ?」
「かまわん。アレはきっと我が国の目玉となるぞ。他国の度肝を抜いてやれ。音楽界でも我が国が最先端をいくのだ」
背後では大人たちがなにやら悪巧み(?)をしている。
私の店で楽器を売るだけじゃ永続性がないからなあ。
エレキギターとかキーボードとか魔導具で再現できるのかな? 授業で習った付与魔法とか刻印魔法を駆使すればできないことはないのか?
ひょっとしたら地球の音楽がこの世界に広まるかもしれない。
そしてそれに影響されたパメラ先生のような人たちが、新しいこの世界の音楽を作っていくのだろう。
いつの日かそんな日が来ることを、私はそっと願っていた。




