◇144 初演奏
「それでは新年を祝って! 乾杯!」
『乾杯!』
お父様の乾杯により、宴が始まる。
今日は我が家の『新年の宴』だ。派閥である『皇王派』の貴族だけではなく、去年新たに貴族となった新興貴族も招待されている。そのほとんどがまだ派閥というものに所属していないので、取り込むチャンスなのだ。
おそらくは他の派閥のトップ……『伝統派』のアラベスク侯爵家とか、『学芸派』のファンタジア公爵家とか、『中立派』のコーラス公爵家とかにも招待されていると思うが、全ての招待を受けるまでは自分の家の方向性を決めることはそう簡単にはできないと思う。
だが、フィルハーモニー公爵家には私の【店舗召喚】がある。今も招待した貴族の皆様がその魅力に釘付けだ。
「城のパーティーでも食べたが、この『かれーらいす』という物、美味すぎてスプーンが止まらん……!」
「生の魚なんてどうかと思っていたけど……この『お寿司』も美味しいわ!」
「この『かきぴー』とやら、酒のつまみに最高だな……!」
計画通り……! 後はお父様とお母様の手練手管で釣り上げるだけよ。くっくっく。
招待客には皇王皇后陛下に加え、皇太后であるお祖母様、辺境伯を引退したお祖父様に、新たにその家督を継いだギル伯父様、ミル伯母様、コンチェルト公爵家の大叔母様もいる。
エリオットや従兄弟のルークさんも含め、ここら辺はいわゆるフィルハーモニー公爵家の親族だ。まあ、遡ればもっといるとは思うけど。あのラグタイム侯爵だって一応遠い親戚ではあったんだし。
私とエリオットが一番年少者なんだな。まあ、一年後にはエリオットに腹違いの妹が生まれて、最年少はその子になるんだけども。
先程、そのお母さんになる側妃様の一人にご挨拶されたが、おっとりとした優しそうな人だった。皇后様とも仲がいいみたいで、ちょっとホッとした。
どうにも前世の記憶あるからか、一夫多妻制って大丈夫なんかな……と不安になってしまう。
まだお腹は目立ってはいなかったな。サクラブランドでマタニティドレスもデザインしてみるかな。需要はあると思う。
招待客はその他にも、ジーンのお父さんである騎士団総長さんやその家族、ビアンカのご両親であるセレナーデ子爵夫妻、エステルのご両親であるユーフォニアム男爵夫妻、リオンのところのトロイメライ子爵夫妻など、皇王派の貴族たちが勢揃いしている。
おかげでメイドさんたちはてんてこ舞いだ。パーティーが終わったらなんか労ってあげないと……。
『ラヴィアンローズ』を解放して、スイーツ食べ放題なんてのはどうかしら? 喜んでもらえるといいんだけど……。
「サクラリエル様。この度はご招待ありがとうございます」
一人でそんなことを考えていると、私のところにゴスペル福音王国の聖女、ルーレットさんがやってきた。
まだこの国にいたんだな、この人……という気持ちは微塵も見せずにカーテシーでご挨拶。
「琥珀様も御壮健のようでなによりでございます」
『ついこの間会ったばかりではないか』
私の足下にいた琥珀さんが首を傾げてそんなふうに返す。それはそう。まだ一週間くらいしか経ってないよ?
「いえいえ。その数日の間のサクラリエル様のご活躍は聞いておりますよ」
むう……。この人の耳にまで入ってるのか。私が火事からパメラ先生とジェレミー先生を助け出したことは、早くも皇都で広まっているらしい。
琥珀さんに跨り、夜の皇都を駆け抜けたことや、野次馬が群がる中、アパートを一軒まるまる消してしまったことなど、間近で目撃した者が多かったからな……。
「教皇猊下や我が国の神獣様にお伝えするお話が増えました。きっとお喜びになられることでしょう」
「あの、あまり大袈裟に伝えないでいただけると……」
これ以上、変に注目を集めるのは勘弁してほしいんだが。
「本当にサクラリエル様は謙虚な方ですね」
違う。そうじゃない。謙虚なんじゃないのよ。目立ちたくないだけなの! 【聖女】認定されて、ワッショイワッショイ担がれたくないの!
《神々の加護をもらい、交信できる時点で【聖女】なのは間違いないのだがな》
《わかってるけど! それは言わなきゃバレないから!》
琥珀さんの念話によるツッコミに、笑顔のまま同じく念話で返す。
「本当に将来福音王国に来ませんか? サクラリエル様ならば、次期教皇となることも……」
「いいえ! 私はこの国でやることがありますので!」
「そうですか……。残念ですね」
ルーレットさんはまだ諦めていない目で私を見つめ、その後去っていった。
【聖女】どころか教皇なんて冗談じゃない。そんな面倒なものになってたまるかってんだ。
私がここまで福音王国を警戒するのは理由がある。
実をいうと、福音王国を舞台にした『スターライト・シンフォニー』の外伝があるんだよ……。
それもシリーズ中、一、二を争うハードなやつが……。
その名も『スターライト・シンフォニー外伝 破壊神降臨』ってやつがさ。
この外伝にはサクラリエルもエステルも登場しない。外伝ってだけあって、登場キャラクターは全てそれまでのシリーズに登場していないキャラだ。
だから無関係と言えば無関係なんだけど、もしも私が福音王国に行って、何かの拍子にそのストーリーの引鉄を引かないと誰が言える?
もしもそれが起きてしまったら、破壊神の怒りを鎮める世界の命運を賭けたイベントが始まってしまうんだよ?
そんな物騒な国には近づきたくはないんだ、私は。
まあこの外伝、どの時代、とは明確にされていないから、すでに『過去』に起きた出来事の可能性もあるんだけどね。これから先の、遠い『未来』かもしれない。だけど『現在』という可能性もゼロではないからね。やっぱり福音王国に行くのは御免被る。
すでに気疲れしてしまった私のところにパメラ先生とジェレミー先生がやってきた。
パメラ先生は私の家庭教師の一人として、ジェレミー先生は福音王国の『学院』の教師として招待されている。
ちなみに同じく家庭教師のストラム老や、以前ジェレミー先生に紹介してもらったテルミン女史も招かれている。
いつもよりも着飾ったパメラ先生が私に話しかけてきた。
「サクラリエル様、そろそろ出番らしいですよ」
「もう? はー……。緊張する……」
「サクラリエル様でも緊張するんですね」
ジェレミー先生が笑いながらそんなことを言う。そりゃするよ。
「まあ、皇王陛下もいらっしゃってますからね。仕方ないか」
いや、そっちは割とどーでもいい。緊張の理由はミスってみんなとの演奏がボロボロになってしまわないか不安だからだ。
あんなに一生懸命練習したのに、私のせいで台無しになってしまったら本当に申し訳ない……。
「サクラリエル様。完璧に演奏しようとしなくても構いません。これは実力を測る試験ではないのです。多少間違えたとしても、そのまま弾き続けて下さい。とにかく演奏を楽しんで。聞いている皆さんにもそれが伝わるように」
完璧に演奏しなくてもいい……? そうかな? そうか。とにかく楽しんで弾けばいいのか。音を楽しむと書いて『音楽』だもんね。
「わかりました! 楽しんできます!」
パメラ先生にお礼を言って、控え室になっている部屋へと急ぐ。すでにみんなは用意を終えていて、私が最後のようだった。
エレキギターを持って、最後のチューニングを終える。
「みんな、大丈夫?」
「はい! 大丈夫です!」
「特訓の成果を見せてやります!」
「全力を尽くします」
うん。変に気負ってもいないようだ。これなら大丈夫かな。
「お嬢様、お時間です」
メイドのアリサさんがお迎えに来た。よーし、いっちょやったるかー!
「じゃあ、いくわよ! みんな楽しんで演奏しましょう!」
「「「はい!」」」
パメラ先生からもらった言葉で気合を入れる。
子供たちの演奏だ。向こうも大して期待はしてまい。それでいい。せいぜい私たちの演奏を聴いて驚くがいいよ!
拍手と共に会場に出迎えられる。あらかじめ用意してあったドラムセットにビアンカが座り、その横のキーボードに律が立つ。マイクの前に立った私と右横のエステルはシールドを電池駆動のアンプに繋ぎ、ボンボン、ピィンピィンと楽器を鳴らすと、会場のお客さんたちがざわざわとし始めた。まあ、聴いたことのない音の響きだからね。
パメラ先生のおかげで、皇王陛下やお城に勤めている貴族は聴いたことがあるようで、それほど驚いてはいないようだったが。
目の前に立つマイクのスイッチをオンにする。
『えー皆様、新年おめでとうございます。新しい年の始まりに異界のこの歌を捧げます。聞いてください。「Stand by me」』
私の挨拶が終わると、エステルのベースラインとビアンカのバスドラムがリズムを刻み始める。
追いかけるように律のキーボードが入り、私もギターと共に歌い出す。
言葉の意味は通じなくても、サクラクレリア様の言われた通りに、ありったけの感情を込めて。
初めは聞きなれない音楽に戸惑っていた招待客だったが、サビのところに入るころにはいつの間にかざわついていた会場内は静まり返り、みんな私たちの曲に耳を傾けていた。
「言葉の意味はわからないのに、切ない祈りというか、願いというか……。そういうものを感じますわ……」
「なんというか、胸が締め付けられるような……でも嫌じゃない……」
「私、この曲好き……」
間奏のところも丁寧に弾いていく。ちょっとミスしたけど、よし! 弾き切った! 会場の方を見ると、パメラ先生がぐっ、と拳を握ってくれた。
そのままラストまで歌い切り、演奏を終えると会場から万雷の拍手が私たちに送られた。
私たちは互いに顔を見合わせて、やった! と喜び合う。
しかしこれで終わりじゃない。続けて二曲目にいく。
『「You Can't Hurry Love」』
先ほどとは打って変わってアップテンポな曲に観客が目を見張る。
躍動感あふれるベースラインと軽快なドラムのリズムに合わせて、キーボードがそれを彩り、私はギターをカッティングしていく。
邦題は『恋はあせらず』。私は前世今世含めて恋なんてものには縁が無い。ゲームでのジェレミー先生に対する気持ちも今思うと恋だったのかわからない。単なる憧れだったのかも。
この歌の歌詞のようにそれはそんな簡単には訪れないんだろう。ただそれが来る日を待つだけ。焦ることはないのだ。
私たちの演奏に、招待客がだんだんとノッてきているのが目でわかる。身体を左右に揺らし、足の爪先でリズムを刻んでいる。意味がわからない言葉なのに、同じように口ずさむ人までいる。
『Stand by me』もそうだったが、この曲も聴いた原曲の最後がフェードアウトなので、パメラ先生に編曲してもらった終わり方で演奏を終える。
再び私たちに雨のような拍手が降り注ぐ。お披露目は大成功だ。やり切ったよ、私たち。
たった二曲、時間にしてみたらわずか七分にも満たない演奏だったのに、ものすごく長く感じ、疲労感も半端ない。
だけども未だ止まらぬ拍手を浴びながら、それを上回る高揚感と満足感を私たちは感じていた。




