◇143 これからも
なんとかパメラ先生の運命を覆し、意気揚々と屋敷に帰ってきた私を待ち構えていたのは、にこやかに笑みを浮かべちゃいるが、全く目が笑っていない両親だった。
そこからはもうお説教の嵐。夜中に勝手に外出、火災現場という危険な場所に一人で行くなんて、とお父様とお母様に左右からステレオで怒られた。怒られて当然のことをしたのだから、もうこっちは完全降伏するしかない。共犯者の琥珀さんはスタコラと逃げた。薄情者めっ。
あの後消火に来た魔法師団が到着してから、私は【在庫保管】で収納していたアパートを元の場所に戻した。
収納物の時が止まる【在庫保管】だから当然なんだが、火が消えているわけはなく、燃えたまま出てきた。
魔法師団数人の水魔法で一気に消火され、アパートはたちまちのうちに鎮火した。
中の家具や扉などは燃えてしまったようだが、柱や屋根、床や壁などはそこまでのダメージを食わずに済んだらしい。防火の付与が付いていただけのことはある。リフォームするのは大変だろうけどね。
パメラ先生はジェレミー先生が彼女の実家の方へと送っていった。家財道具が一切合切燃えてしまったからなあ……。この世界に火災保険なんてないしね……。
近隣住民の話によると、どうも放火らしい。怪しい男が逃げていくのを目撃したっていう人もいた。騎士団も駆けつけて、いろいろと聞き込みをしていたようだが、犯人が捕まるといいな。
両親のお説教を終えて自室に戻ると、すぐにベッドにダイブし、泥のように眠った。もう体力も精神力も限界だ。
だけど、パメラ先生が助かってよかった……。憧れのジェレミー先生はこれで完全にいなくなってしまったが、後悔はない。
翌日、パメラ先生とそのご両親であるエチュード子爵夫妻が我が家を訪れた。
「娘の生命を救っていただき、本当にありがとうございました。サクラリエル様は私どもの恩人です」
「いえ、パメラ先生には常日頃からお世話になっていますし……」
四十半ばほどの子爵夫妻に頭を深々と下げられ、私は慌ててしまった。
生命を救ったのは確かかもしれないけど、そこまで恩に着なくてもいいのに。自分から頭を突っ込んだ結果だからさ……。
子爵夫妻はお父様とお母様にも頭を下げている。私を危険に晒したことを謝っているみたいだ。
「いや、それはサクラリエル自身の責任だからね。飛び出す前に僕たちに相談とか、いろいろとできることはあったはずなんだ。いつも言っているけど、もう少し考えて行動しなさい。日頃から君は……」
「あーっと、お父様! 私、パメラ先生と明後日の演奏の打ち合わせをしますので、ちょっと失礼しますね! 子爵様、奥様、ごゆっくりなさって下さいませ!」
またお説教が始まりそうだったので、私はパメラ先生の手を掴んで応接間を飛び出していく。
音楽室に駆け込んだ私は、大きく息を吐いて額の汗を拭った。ふう、間一髪だったぜ……。
「やっぱり私のせいで公爵夫妻に怒られましたか?」
「あー……怒られはしましたけど、身から出た錆なんで、仕方ないです。確かに後先考えずに飛び出してしまいましたし」
だけど後悔はしていない。配慮が足らなかったのは事実だけどね。
「ジェレミーから聞いたのですけれど、サクラリエル様が私の窮地を知らせてくれたとか……。どうやって家が燃えてることを知ったんですか?」
「えーっと、ほら、例の嫌がらせがあったじゃないですか。ひょっとして辞めさせられた楽師が逆恨みで先生のところに行くんじゃないかと思いまして、琥珀さんに頼んでそれとなく猫に見張らせてたんです」
まるっきり嘘というわけでもない。その可能性も考えてたし。
だが、今日の朝もらった七音の一族からの報告によると、パメラ先生に嫌がらせをしていた楽師は、母方の親戚がいるプレリュード王国の方へ向かったそうだ。運が良ければルカの国で宮廷楽師になれるかもしれないね。まあ、前科があるからほぼ無理だとは思うが。下級貴族の音楽教師とかならなれると思うから、それなりに食べてはいけるだろう。
「そうでしたか……。そのおかげで私は生命を拾ったわけですね。神獣様、この度はありがとうございました」
『我は小さき主の指示に従っただけだ。礼を言われるほどのことでもない』
ウィンドウベンチで丸くなりながら琥珀さんがそうのたまう。
ちなみに我が家に火事を知らせにきてくれたあの猫たちには、コンビニで買った高級猫缶をたっぷりと食べさせてあげた。
「先生のお身体の方は大丈夫なんですか?」
消火の後、一応私の自作ポーションを飲んではもらったが、肉体的な怪我だけじゃなく、身体の調子とか、精神的にダメージを受けていないかが心配だ。
「はい。昨日はかなりの疲労がありましたが、一晩ぐっすり寝ましたからもう大丈夫です。明後日の演奏もちゃんとできますよ」
そう。明後日はいよいよ公爵家の『新年の宴』である。
ひょっとしたらこの火事のこともあって、先生は欠席かもしれないと思っていたけど、どうやら大丈夫みたいだ。
お父様にはああ言ったが、打ち合わせというほどの話もないので、お茶にすることにした。
先生が音楽を聴きたいというので、音楽室の中におにぎり屋『むすびまる』を呼び出して、【店内BGM】をかける。
「本当にサクラリエル様の『ギフト』は素晴らしいですね。これらの曲をいつでも好きなときに聴けるのですからとても羨ましいです」
パメラ先生が律の用意してくれたお茶を飲みながら、目を閉じて音楽を聴いている。まあ、正確には私の『ギフト』ではなく、九女神様からいただいた加護の方なんだけどね。
いつでも好きな時に聴けるけど、ジャンルの選曲しかできないし、結構不便なところもあるんだよ?
「……あ!」
私はふと思い出して、【在庫保管】で収納していた小型ラジカセとカセットテープを取り出した。
これがあったじゃないか! なんで気がつかないかなあ!
テーブルに置いたラジカセにカセットテープをセットして録音ボタンを押す。
「サクラリエル様、これは?」
「ラジカセとカセットテープです。音を録音……えー、歌や音楽なんかを切り取り、何度でも聴いたりすることができる道具ですね」
「え!?」
録音を止め、巻き戻して今度は再生する。
『サクラリエル様、これは?』
『ラジカセとカセットテープです。音を録音……えー、歌や音楽なんかを何度でも聴いたりすることができる道具ですね』
『え!?』
先程と一言一句全く同じ言葉がラジカセから流れると、パメラ先生はラジカセを凝視したまま絶句していた。
「こ、これは、ひょっとしてサクラリエル様のお店の曲も記録できたり……」
「できますね。まあ、音質は少し悪くなるし、余計な音も録音されるかもしれませんけど」
「素晴らしい! ぜひともいただきたいんですけども、おいくらですか!」
「まいどありー」
ラジカセもカセットテープもそれほど高い物じゃないし、電池さえあればずっと使える。電池を売ってるのが私の店だけってのがネックだが。
私はラジカセとカセットテープの使い方をパメラ先生に教えた。するとすぐにでも【店内BGM】の曲を録音したいというので、そのリクエストにお応えしたのだが、録音中は物音一つ立てないようにするのはなかなかに苦痛だった。
何曲か録音して、残りはまた今度、ということにする。
また今度、だ。パメラ先生は生きていて、これからも私の音楽の先生なのだ。そのことがとても嬉しく、誇らしい。
「そういえばジェレミー先生の方は大丈夫だったんでしょうか?」
「それが、風邪をひいてしまったらしくて……午後からカノン子爵家にお見舞いに行く予定です」
ありゃ。ずぶ濡れだったからかな? 火の中にいたんだから寒くはなかったと思うんだけど、それは関係ないか。帰る途中で冷えてしまったんだろう。大丈夫かな……?
「少し熱と咳があるくらいらしいので、大丈夫ですよ。今日一日寝てればきっと治ります」
心配顔の私に苦笑しながらパメラ先生がそう答える。
私は前にリオンからもらった、トロイメライ子爵家お墨付きの風邪薬をお見舞いとしてパメラ先生に持って行ってもらうことにした。
あの風邪薬なら飲めばたちまち治ってしまうだろう。
話をしていたら、エステルとビアンカが公爵家にやってきた。
ここに来るまでに律に昨日のことを聞いたらしく、二人ともパメラ先生をものすごく心配していた。と同時に、無茶なことをするなと私は二人に思いっきり怒られた。もうわかったから勘弁してつかあさい……。
今日は音楽の授業の日ではないが、せっかくなので明後日弾く曲を先生に聴いてもらうことにした。最後の確認ってやつだ。
本番さながらにマイクも用意して先生の前で一曲目の『Stand By Me』、そして二曲目の『You Can't Hurry Love』を続けて演奏する。
サクラクレリア様に言われた通り、感情を込めて歌ったつもりだ。
「ど、どうですかね……」
「素晴らしいです。言葉はわからずとも、サクラリエル様の気持ちが伝わってくるようでした。それを支える演奏もしっかりとした土台となっています。文句なしに合格点です。後は緊張せず、いつものように演奏するだけですよ」
パメラ先生がそう言ってにっこりと微笑んでくれた。よっしゃ! この調子で本番も……!
「緊張せずにか……」
「それが一番難しいです……」
「王様が来るんですよ……?」
気合いを入れる私の後ろで、みんながぐむむと難しい顔をしている。こりゃ、少し意識の改善が必要だなぁ。
私はことさら大袈裟に肩をすくめてみせる。
「王様なんて大したことないわよ。だって私たちの目の前には神様の遣いである神獣様がいるじゃない」
『ぬ?』
ウィンドウベンチで丸くなっていた琥珀さんが、『呼んだ?』とばかりに首を持ち上げる。
「王様よりも上の存在を前に平気で演奏できたのに、王様にだけ緊張するっておかしくない?」
「そう言われてみると……」
「確かに……」
「なんでもないようなことに思えてきました……」
多少強引だが、これでみんなの緊張が無くなれば結果オーライだ。
あれだけ練習したんだもの、やっぱり大成功で終わらせたいじゃないか。
私は演奏の成功を祈願してギャン! とギターを鳴らした。




