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◇140 運命の夜





 お城での『新年の宴』も終わって、今度は公爵家わがやでの『新年の宴』の準備が始まる。

 とは言っても、準備のほとんどは去年の間に済ませているんだけどね。

 私たちのバンド『悪役令嬢ズ with ヒロイン』(仮)も、最後の追い込みだ。

 練習の演奏が終わるとパメラ先生が小さく拍手をしてくれた。


「よく頑張りましたね。これならお客様も満足してくれるでしょう」


 パメラ先生の言葉にみんなから笑顔が漏れる。いやー……ここまでキツかったわぁ……。

 パメラ先生、笑顔でスパルタなんだもの……。天才によくある、『こうガーッときて、ギャンっと!』みたいな感覚でしか教えられないと言うやつじゃなくて、パメラ先生の場合、明確にダメな部分を指摘してくるから、毎回どこが悪かったかを言われる。

 そのダメな部分を徹底的に修正していくから、そりゃあ上達も早いよね……。

 ま、なんにしろ先生からのお墨付きをもらったわけだから、演奏的には大丈夫なんだろう。

 あとは緊張から来る失敗が出なければいいな。公爵家うちでの『新年の宴』は、そんな堅っ苦しいパーティーじゃないし、緊張するような相手も来ないから、大丈夫だと思うけどね。

 と、私がそんなことを口にすると、


「ええ……? 皇王陛下も来るんですよね? めちゃくちゃ緊張しますよう……」

「サクラリエル様のように泰然自若になれればいいのですけれど……」

「それはサクラリエル様だけです……」


 と、エステルたちに『なに言ってんだ、こいつ……?』みたいな目で見られた。

 いや確かに皇王陛下も来るけど……。慣れれば気のいいおっちゃんだよ?

 私も初めは緊張したけど、私がび出したお店に毎回はしゃいでいるのを見ると、そんな緊張はどっかいったよね。緊張するだけ馬鹿らしいよ?


「公爵家の『新年の宴』ではパメラ先生も演奏するんですよね?」

「ええ、友人たち数名と小楽団を組みまして。公爵様に参加の許可をいただきました」

「なんの曲を演奏するんです?」

「うーん、それはまだ内緒ということで」


 悪戯っぽくパメラ先生が笑う。少なくとも異世界こっちの曲ではないだろう。十中八九、地球の音楽だと思われる。

 おそらくロックか、R&B、ファンク……ジャズとかもありうる? まさかアニソンとか?

 アニソンもけっこう聴かせたからなあ……。ありうるぞ。

 アニソンでもジャズバージョンとかになると、すごくかっこよくなったりするしね。私以外はアニソンだったとしてもわからないし、それもアリなのかな。


「あ、また雪が降ってきましたよ」


 ビアンカが窓の外を見ながらそんなことを口にする。

 まだ夕方には早いが、薄暗い曇天の空からはらはらと花びらのように白い雪が舞い下り始めていた。


「また積もるかしら」

「雪が積もるとキッチンカーが動かなくなるので嫌です」


 エステルが降り続ける雪を見ながら眉根を寄せる。

 キッチンカーのタイヤはスタッドレスとかじゃないからなあ。

 雪道での安全性を考えて、少しでも雪が積もっていたら、キッチンカーでの移動はしないようにとみんなには言っている。

 タイヤ店をび出せるようになればいいんだけどね……。いや、べたとしても、冬のタイヤ店じゃないと意味がないのか……?

 それ以前に破壊不可能なキッチンカーのタイヤって交換できるんか……?

 なんにしても雪が積もる前にエステルたちは帰った方がいいな。


「エステル、今日は積もる前に早く帰った方がいいわ。ビアンカもね」

「そうですね。お母さんに話してきます。あ、パメラ先生も乗っていって下さい!」

「いいんですか? それではお言葉に甘えて」


 パメラ先生の返事をもらったエステルが、他の部屋でお母様とお茶をしているユリア先生のところへと走っていく。

 キッチンカーはとても広いとは言えないが、後部キッチンスペースに大人が一人、二人乗るくらいは余裕でできる。毎日通っているビアンカなどは専用のクッションを用意しているほどだ。

 パメラ先生の実家は第二区にあるそうだが、住んでいる高級アパートは第三区にある。商人や裕福な平民が暮らす第三区は比較的安全なところだが、日が暮れてから女性一人で歩くにはさすがに危ないからね。

 エステルの家は第二区にあるから遠回りだけれど、キッチンカーの速さならば、十分もかかるまい。

 エステル、ビアンカ、そしてパメラ先生を乗せて、ユリア先生が運転するキッチンカーが公爵家を去って行った。

 空を見上げればまだ雪はちらほらと降ってはいるが、それほどの量はない。たぶんこの調子なら朝まで降ったとしても、積もるのは二、三センチほどじゃないかな。

 まあ、それしか積らなくても、皇都の交通は麻痺してしまうんだけどね。石畳とはいえ馬車も危険だし。明日は朝から魔法師団の人たちが除雪作業に駆り出されるんだろうなあ。ご苦労様です。

 そういえば、リオンに話した融雪剤はできたのかしら?

 トロイメライ家に儲けの種を持っていかれるのは癪だけど、あれば便利だからな……。そのうち聞いてみるか。

 家族で夕食を済ませ、召喚した銭湯『藤の湯』に入る。魔力が余っていたら、入浴はもっぱらこっちだ。風呂上がりの牛乳と、ドライヤーがあるからね。

 当然ながらお母様も入る。お父様も男湯の方に。

 私たちが上がった後は、銭湯は使用人のみんなに解放されるので、び出したままにしておく。

 その後は毎日の日課となった、転送シーリングスタンプを押して寝るだけだ。

 今日は自分では一通も使ってないから、十通は送れるな。

 寝る前にお父様から渡された手紙の宛先を確認しながら、シーリングワックスを垂らし、スタンプを押していく。

 スタンプが乾いたそばからフッ、フッ、と目の前から消えていく。なんとも不思議な光景だ。

 今更ながら思ったんだけども、こんな夜中に手紙なんて送って大丈夫なんだろうか。

 私たちみたいにお風呂に入ってたりしたら、湯船の中に落ちるんじゃないの? 一応、水に強いインクを使っているっぽいけど……。

 なんとなしにそんなことを考えながらスタンプを押して、最後の一通になったとき、なにやら外が騒がしいのに気がついた。耳を澄ませてみると、何やら猫たちがやたらと鳴いている。

 この辺りに(というか公爵家うちのお隣でもかなり離れているが)猫を飼ってる貴族はいなかったはずだけど……野良猫かな?


『む!』

「琥珀さん?」


 突然ベッドの上で丸くなっていた琥珀さんが、カバリと跳ね起きてバルコニーに通じる窓に駆け寄る。

 器用に前足で鍵を開けてバルコニーに飛び出た琥珀さんは、次の瞬間、大虎状態に変化へんげした。


『ガルァァァァァァ!』

 

 ええ!? なになに!?

 外へ向けての琥珀さんの突然の咆哮に、私も驚いてバルコニーへと飛び出す。

 すると、遠くに見えるうちの正門のところで、何匹かの猫がニャーニャーと鳴いているのが見えた。ひょっとしてあの猫って、パメラ先生につけていた琥珀さんの配下? まさかパメラ先生になにか……!

 しばらく『ニャーニャー!』『ガオガオ!』と、何やら遠距離で会話らしきものをしていたが、やがて琥珀さんがくるりと私の方を振り向いた。


『音楽教師の家が燃えているそうだ』

「えっ!?」


 燃えているって……火事!? パメラ先生の家が火事になってるの!?


「パ、パメラ先生は!?」

『わからん。この寒さで猫たちも注意力が散漫になっていたようだ。気がついたら燃えていたらしい。火の手はそこまでではなかったようだが、今はわからん。火を見てすぐこっちにきたと言っている』

 

 皇都は皇城を中心に外へ向けて緩やかな下り坂になっている。つまり身分の高い貴族の住んでいる地区は平民の住んでいる地区より高い場所にある。

 だから、ここからも火の手が見える。見えてしまう。暗闇の中で小さく光る火の手が。

 これか……! これがパメラ先生が亡くなる理由か!

 ジェレミー先生はこれを阻止することができなかった。間に合わなかったと……。そうだ! 手紙で!

 私は部屋に戻ると便箋に殴り書きするように、パメラ先生のアパートが火事だということを簡潔に記し、ジェレミー先生の宛名と、差出人である私の名前をしっかりと書いた封筒に入れて、シーリングワックスを垂らしてスタンプを押した。

 すぐに手紙は転送され、私の前から消える。

 これで大丈夫……か、どうかなんてわからない。やれることを全部やらなければ絶対に後悔する!

 私はパジャマを脱ぎ捨て、クローゼットから服を出してソッコーで着替える。

  

「サクラリエル様! いったい何が……!?」


 琥珀さんの咆哮を聞いてだろう、隣の部屋に控えていた律が駆け込んできた。お父様やお母様もそのうち来るだろうが、待っている暇はない。


「パメラ先生の家が火事なの! 今から行ってくるからお父様たちに説明お願い!」

「ええ!?」

『小さきあるじよ、乗れ!』


 私が飛び乗ると、大虎状態の琥珀さんはそのままバルコニーを飛び降りて、庭を横切り、正面の煉瓦塀を飛び越えた。

 不思議なことに、乗っていても落ちるような感覚はない。


『行くぞ!』

「行って!」


 私たちは雪がちらつく暗闇の中を、小さく見える炎目指して走り始めた。


 






 

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