◇139 店舗召喚16
朝目覚めると、やはりまたサモニア様の紋章に印が一つ増えていた。これで十六店舗めか。
最初は一円玉ほどの大きさだったのが、今じゃ五百円玉くらいになっている。
どこまで大きくなるんだろ? まさか手の甲いっぱいに広がったりはしないよね……?
微妙な不安を感じながら、メイドのアリサさんに服を着替えさせてもらい、いつものように祝福のことを両親に報告する。
もはや驚くこともなく、どちらかといえば嬉しそうに次はどんな店だろうね、とわいわいと朝食を食べながら二人で話し合っていた。
それはまあいいんだけど、食べ物のお店だった場合、食べられないのは困ると朝食を控えめにしたのはどうなのかしら。
飲食店とは限らないよ? 傘専門店とか、文具店とかかもしれないし。
ただ、今までの傾向からすると、飲食店の可能性が高いんだよね……。
一生のうちに訪れたお店って、ほとんどの人が飲食店が上位に来ると思う。外食はあまりしない人だと、スーパーとかコンビニとかになるのかな? まあお店に勤めている人とかはまた違うんだろうけどさ。
そんなどうでもいいことを考えつつ、これまたいつものように屋敷の召喚場で新しい店を喚び出すことにした。
「【店舗召喚】!」
光の奔流とともに現れたその店は、コンビニより少し大きいくらいの古風な建物で、木製看板と暖簾、そして赤提灯がぶら下がった店だった。
「あー……。この店かぁ……」
居酒屋『春夏秋冬』。先輩に連れられて行ったことのあるお店だった。個人経営の老舗の居酒屋である。
「なんかいつもと雰囲気が違うね」
「サクラちゃん、ここはどんなお店なの?」
「ここは居酒屋……えーっと、酒場、ですね。お酒とそれに合う料理を提供するお店で……」
「酒場……!」
あ、お父様の目がキランと光った。
私たちにちょっと待ってて、と断りを入れたお父様は、召喚場にあるガゼボのテーブルで執事のセバスチャンから紙とペンを受け取ってサラサラと何かを書くと、それを封筒に入れた。
「サクラリエル、これを転送してもらえるかな」
「……皇王陛下にですね?」
宛名を見るとやはりそうだった。もうなんとなくお父様の考えも読めるようになったわ。
「『新年の宴』で兄上もかなり疲れてたみたいだから息抜きにちょうどいいと思ってね。後で兄上にこの店のことが知られたら、間違いなくもう一回喚び出してくれってここにやってくると思うし」
「わかりました。面倒なことはいっぺんに終わらせておきましょう」
「お嬢様、皇王陛下を『面倒なこと』扱いするのはちょっと……」
セバスチャンがなんとも言えない顔で苦言を呈してくるが、面倒なことは面倒なことだよ。
私は転送シーリングスタンプを押して手紙を皇王陛下へと転送した。
『新年の宴』の後は少し休むと言っていたから、たぶん仕事はないはず。おそらく三十分もせずにやってくるだろう。お城はすぐそこだし。
私たちはとりあえず先にお店に入っていようかね。
暖簾をくぐり、引き戸の扉を開けると、懐かしい店内が私の目に飛び込んできた。
先輩に連れられてよく来たなあ、この店。二十歳になって初めてお酒を飲んだのもこの店だった。
L字型のカウンター席とテーブル席、そして奥には座敷席がある。壁にベタベタと貼られたメニューが老舗の居酒屋って感じを醸し出しているよね。
とりあえずレジのところに金貨を置いて、広い座敷の方に座ることにした。テーブルには調味料や割り箸と一緒にメニュー表も置いてある。
「なんというか、今までの店とは違った雰囲気だね」
「ちょっと古いというか……荒削りな感じがするわ」
お母様が古くて傷だらけのテーブルを見ながら少し眉根を寄せた。
「いわゆる大衆が好む酒場ですからね。貴族のような方はまず来ないところですよ。その代わり、お酒は安いですし、料理は美味しいですし、わいわいとみんなで楽しめる場所なんですよ」
なんか寂しいなと思ったら店内が静かなんだな。私は【店内BGM】を発動させた。居酒屋といったら演歌だ。異論は認める。
さて、雰囲気がそれっぽくなったところで、何を食べるかな……。お酒は飲めないし、もう朝食は食べちゃったし。
あ、いももちがある。トマトとモッツァレラのカプレーゼもあるな。とりあえずこれを頼もう。
私が注文すると、すぐに目の前にどちらも白いお皿に載って現れた。
カプレーゼはトマトの赤、モッツァレラの白、バジルの緑のトリコロールカラーがとても映えるね。
「いただきます」
トマトとモッツァレラを両方とも箸で摘んで一緒に食べる。
ジューシーなトマトの酸味と甘さにクセのない柔らかくなめらなモッツァレラがとてもマッチしている。久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しい。
「あら、美味しい。私これ好きよ」
お母様も気に入ったようだ。というか、いま気がついたけど、お母様たち普通に箸を使っているね……。
もう何回もラーメン屋とか回転寿司屋とか召喚してるからなあ……。さすがに覚えちゃったみたい。まあ、使えた方が便利だけどね。
「サクラリエル、お酒は何があるのかな?」
「えーっと、これがビール類で、こっちがサワー、これが日本酒で、ウィスキー、カクテル……」
私がお父様にお酒の種類を説明していると、居酒屋の引き戸が勢いよくガララッ! と開いた。
そこには皇王陛下に宰相さん、それにお祖母様に皇后様までいた。来るの早いな!? あれっ、お祖父様までいる!?
「お父様? なぜ皇王陛下とご一緒に?」
いきなり現れた自分の父親に、お母様がびっくりしたように声を上げる。
「隠居後の手続きをしたあと、陛下から労いの言葉をいただいていたんだ。そこにクラウド殿下からの手紙が届いてな。サクラリエルの新しい店というなら儂も見ておこうかと……」
ハッキリと酒場って書いたんだろうな、お父様。お祖母様や皇后様も興味本位でやってきたに違いない。
なにせ普通、貴族は酒場なんて行かないもの。お祖父様のいた辺境あたりならそういう貴族もいるかもしれないけど、この皇都ではまずいないと思う。
「これが異界の酒場か。なんとも不思議な空間だな」
皇王陛下が私たちの隣の座敷席へと腰を下ろす。宰相さんとお祖父様も同じ席に、お祖母様と皇后様はテーブル席の方へ座った。
「サクラリエル、酒はどんなのがあるんだ?」
「朝っぱらから飲む気満々ですね……?」
「当たり前ではないか! やっと鬱陶しい新年の行事が終わったんだ、国王だって羽根を伸ばしたい!」
本音が出たよ……。いいのかね、それで……。時々この国の行く末が不安になるよ。
私はお父様にしていた説明を初めから男どもにする羽目になった。
みんな酒屋でほとんどのお酒を飲んだことがあるから、名前を言うだけでどんな酒かはすぐに分かったようだ。
大変だったのはおつまみや一品料理だ。
この店のメニューは写真がないため、どんな料理かをいちいち説明しなきゃならない。あんたら全員お金持ちなんだから、気になったら全部頼めばいいじゃん!
っと、いかんいかん。私も贅沢に慣れてきたようだ。無駄な注文はするべきではないよね。
だけども、『冷やしトマト』くらいどんなものか説明しなくても察してくれ……。いや、こっちじゃ『冷やしポモドロ』って言わなきゃ伝わらないのかしら。
「ではつつがなく新年の行事が終わったことを祝って! 乾杯!」
『乾杯!』
皇王陛下の音頭でみんなが飲み物を掲げる。もちろんわたしは葡萄ジュースだが。
女性陣はワインやカクテルを、男性陣はビールや焼酎を飲んでいる。
完全に宴会モードだ。っていうか、昨日も宴会みたいなものだったのに。わいわいと騒ぐような宴会ではなかったかもだけど。
「『こんびに』で食べたことのある物もあるが、なぜかこちらの方が美味く感じるな」
皇王陛下が焼き鳥を頬張りながらそんなことを述べる。まあ、チンしたものと、直に調理した物の違いはあるのかな?
「この『じゃがバター』というの、美味しいわね」
「お義母様、こっちの『チーズボール』というのも美味しいですよ」
お祖母様と皇后様も楽しんでいるようだ。これで昨日の慰労会になるのならよかったのかな。
私は注文した鰻の蒲焼きをもぐもぐと食べながらそんなことを思った。美味い。
焼きたての蒲焼きはコンビニにはないからなあ……。ご飯と一緒にかっこみたい。
隣の琥珀さんも天ぷらの盛り合わせをガツガツと食べている。それも美味しそうだな……。
私も天ぷらを頼もうか、と思っていると皇王陛下から声がかかった。
「サクラリエル、この店をたまに貸し切りにしてもらってもよいか? もちろん礼は弾むぞ?」
「派閥の会合に使うんですか?」
「うむ。伝統派が勢いを無くしている今、我らもあらためて結束を固めねばならんしな。少し怪しい動きをしているやつもおるし……」
怪しい動き? またラグタイム侯爵みたいにクーデターを狙ってる馬鹿がいたりするのかしら?
まあ、私としては店を召喚するだけなので大した手間ではないから全然OKだが。
その後、宰相さんたちが呼んだのか、派閥の貴族たちもやってきて、本格的な宴会になってしまった。
絡まれても嫌なので、私を含めた女性陣は早々に退却する。というか、まだお昼前なんだけども、大丈夫なんかな……。お正月だし、まあこれくらいはいいのかな? 本当にダメならお母様、お祖母様の雷が落ちているところだし。
正月三が日くらいは休みたいし、楽しくはしゃぎたいよね。
ま、明日は二日酔い決定だろうけどさ。




