9話 笑子さんの未来
笑子さんの未来
「笑子さぁーん。」
今日も、礼子の声が社長室から秘書室へと響いていた。ノックをしたから、入った。
「林です。おはようございます、社長。」
「おはよー。ねぇ、あなたここに勤めて何年になるかしら?」
礼子は唐突に聞いた。
「社長の秘書になってからは四年経ちます。」
「じゃあねぇ、お見合いしない?」
なにが、じゃあねぇ、なのだろうか。笑子はゆっくりと聞きなおした。
「……誰がですか?」
「笑子さんが。」
「しませんよ、いまさら、そんなもの。」
「なんでよ、いい話なのよ?」
「いい話ならご自分でどうぞ。」
礼子も独身だ。
「あら、私が結婚したらめもるじゃない。」
それはそうだろう。社長が再婚でもすれば必ず、どこからか文句が出るだろう。女性の社長ならなおさらだろう。
「だからって、なんで私なんですか?ほかにもいるでしょう。」
「みんな結婚しているでしょ。」
「しませんよ。」
「会ってみるとか。」
「しません。」
かたくなに断った。
「だって、将来、一人でどうするのよ。息子さん、向こうで結婚するとか言い出すかもよ。」笑子の息子は大学で農業をやるのだと、地方にいる。
「そうですね。まぁ、あの子の人生ですし。反対はしませんけど。」
「そうじゃなくて、あなた一人で寂しいでしょ?」
「いーえ。」
「どうして?」
「どうして一人が寂しいって思うんですか?」
「それは……、でも困るじゃない、一人寂しく死んでいたりしたら。」
「そういうことのないように、いまからお金をためておきます。老人ホームにでも入ります。」礼子は言葉に詰まった。
「じゃあ、お話はここまでということで。今日の予定ですが……。」
笑子はスケジュールを話し出した。
「お見合い?」
同僚の女性は、目を丸くした。
「へぇ。社長、どこから持ってきたんだろう、そんな話。」
「さぁ。」
そういわれると、なんだか気になる。
「まさかさ、仕事の取引の条件に持ってきたりしていないわよねぇ?」
「そうなら、即刻やめるわ。」
笑子は固く心に誓った。
「笑子さーん。」
「ほら、呼んでいるわよ。」
「苗字を呼んでくれって言っているのに。」
ぶちぶち言いながら、笑子は社長室に入っていった。
「林です、なにか。」
「明日暇かしら?」
「仕事です。」
「あさっては?」
「仕事です。」
「じゃあ、明日の仕事、この取引先に行ってくれる?」
「仕事だけなら。」
仕事の部分を強調した。じっと、礼子の目を見つめた。
「そんなに、お見合いはいや?」
「しませんよ。」
礼子はしぶしぶ、あきらめたようだった。
「わかったわよー。じゃ、この種類、送っておいて。」
「はい。」
秘書室に戻ると、同僚は待っていたかのように聞いた。
「どうだった?」
「あきらめたみたい。」
「じゃ、しばらくはやめられないね。ここ。」
「どうして?」
「だって、やめたら収入がなくなるじゃない。老人ホームなんて入れないじゃない。」
「それもそうねぇ。」
まさかとは思うが、本当はお見合いなどなくて、自分をここに残らせるための作戦だったのではないだろうかと、ひそかに、笑子は考えていた。
一方、社長室では。礼子はメールを打っていた。
「これで、しばらくは、いてくれそうね。」
にっこりとパソコンに笑いかけていた。




