10話 笑子さんの驚愕
笑子さんの驚愕
「やめる?」
同僚の言葉に、笑子は目を丸くした。
「ううん。やめるんじゃなくて、やめたの。」
同僚はさっさと、自分のいた机の上を片付けながら言った。
「まって、だって、辞表は?出したの?」
「出したわよ。」
「なんでよ!私のほうがずっと出しつづけているのに、なんであなたのほうが受理されて、私のはダメなのよ!」
同僚はちょっと手を止めて言った。
「そぉねぇ、ま、いろんな理由があるわね。」
「たとえば?」
「あたし、彼女の親戚だし。」
「社長の?ほんとにいとこなの?」
「ううん。もっと遠い親戚。でも、今回この仕事をやめるのは、介護のためだし、それも理由の一つになるんじゃない。」
「それだけ?」
「他にもあるわよ。あなた、社長の昔の知り合いみたいよ。」
「……私が?知っているわけないじゃない!」
「でも、社長のほうは知っているみたいよ。だって、私、あたなのことを調べたもの。」
「調べた?」
「そう、学校とか、職歴とか。一緒に秘書課に来たのも、社長の命令だったのよ。」
「な、なんですって?」
笑子は愕然として聞いていた。
「どうしてあなたの事を知っているのかは、知らないわ。」
「ちょっと、本人に聞いてくる!」
笑子はものすごい勢いで社長室に向かった。コンコン。返事がない。コンコン。ちょっとためらってから、笑子は社長室のドアを開けた。
すると。机に突っ伏している。
「社長!」
笑子はかけよってみると、礼子は顔を真っ赤にして意識もうろうとしていた。
「医者!医者呼んで!」
笑子の声が廊下に響いた。
「風邪ですけど、ひどい熱ですね。注射をしましたが、これで明日までに熱が下がらなかったら、明日病院に連れて行きましょう。」
会社内の医務室に勤務している医者はそう言った。詰め込めば四人は寝れそうな部屋で、礼子は横になっていた。
「わかりました、ありがとうございます。」
「じゃ、私はこれで。」
医者はぺこんと頭を下げて、診察室に戻っていった。
「うーん。」
「大丈夫ですか?」
「うーん。」
唸るだけだ。
「どう、社長。」
荷物を片付け終わったのか、人段落ついたのか、同僚が顔を出した。
「明日までに熱が下がらなかったら、病院だって。ねぇ、社長の家族の連絡先知っている?」
「家族って息子さんだけよね?全然、わからないわ。携帯でも見てみる?」
「それしかないわねぇ。」
二人は社長室に戻った。同僚は携帯を眺め、笑子はパソコンを調べ始めた。
「あった?」
「ない。家の番号もない……。そっちは?」
「息子さんとメールさえもしてないのねぇ。ん?」
「どうしたの?」
「これ……うちの息子のメールアドレス!なんで社長が?」
「あら、だって、メル友なんでしょ。」
笑子は金魚のように口をパクパクとさせた。声にもならなかったようだ。
「聞いてないわよ!」
「なんか、秘密裏にやりとりしていたみたいよ。」
「知っているなら、言ってよ!」
「だって、口止めされたんだもん。あ、これだけ、名前がない。誰かの携帯番号ね。」
「かけてみれば?」
しかし、携帯は現在使われていない声がしてきた。
「だめ、使われてないみたい。」
「困ったわねぇ。黙って回復を待つか。聞きたいことも山のようにあるし。」
笑子はため息をついた。同僚と別れて、医務室に戻ると、専務がそこにいた。
「専務。」
「やぁ、どうだい、彼女は。」
「まだ、熱は下がりませんが、明日にでも、マシになると思います。」
「そうか、じゃ、私はこれで。」
専務はにこやかに去っていったが、社長の礼子は専務のことを影では、「永遠のハイエナ」と呼んでいた。なにをしに来たのだろう?
「えみこさぁん?」
呼ぶ声にも力がない。
「はい。」
「せんむはぁ?」
「さっき出ていかれましたよ。何しに来たんですか?」
「たぁおれているあいだの、かいしゃのけいえい、まかせてほしいって・……。」
「承知したんですか?」
「ねたふりしてたぁ。」
「そのほうがいいと思います。とりあえず、安静になさってください。明日の会議は中止します。あさっての会合は副社長に出てもらいましょう。いいですね?」
「まぁかせるぅ。」
まだ、頭がもうろうとしているようだ。笑子は医者に誰にも入らないようにして欲しいと頼んでから、それぞれの手配に回った。気がつけば、夜中になっていた。社長はまだ寝ている。
「えぇみこさぁん。」
「ここにいます。」
「うー。」
社長が自分の名前を呼びながら、うなされているせいか、帰るに帰れず、笑子は結局医務室にいた。その側で、笑子は考えていた。いつ、どこで社長と知り合ったのだろうかと。




