4話 笑子さんの怖いもの
笑子さんの恐いもの
笑子さんが、はかなくて、か弱い女性(だったとしての話だが)という年齢をとっくに超えていたとしても、怖いものくらいはある。しかし、それは、幽霊や雷、虫といったような一般的なものではない。
秘書をしているせいか、脅迫文が来ることもある。しかし、それよりも怖いものがあった。それはなんだろうか。
「ねぇ、十五日からってなにかあった?」
社長の礼子は聞いた。
「十五日ですか?えっと……。」
笑子は手帳をめくった。昔はこんな物を使わなくても頭に入っていたものだが、この年齢になるとそうはいかないようだ。
「いいえ、特には。通常の仕事です。」
「じゃ、あなた休んで。」
にこやかに、礼子は言った。
「はい?」
「息子さんの大学の文化祭でしょう?」
「……そうでしたか?」
冷たい母親だと言われるかもしれないが、笑子はまったく記憶になかった。いや、息子が未成年だというならまだしも、もう二十歳を超えている息子の文化祭など記憶にあるわけがない。
「そうなのよ。行きなさい。」
「でも、別に、行かなくてもいいんですが?」
「ダメ。社長命令。」
つまらないことで社長命令を使うものだ。
「わかりました。」
とりあえず、素直に返事をしたものの、笑子は行ったことにして、家の片付けでもしようかと考えていた。
十五日、朝。電話が鳴った。
「はい。」
「あら、笑子さん、まだいたの?」
「しゃ、社長……。」
携帯だと、どこからかけているか表示されるからと、自宅の電話にかけてくるこの用意周到なこと!
「早く行かないと、私、会社休んで、そっちまで行くわよ?」
「いまから行くところです。」
本当にきそうなところが怖い!さすがに、社長にいきなり休まれるのは困る。
笑子はため息をつきながら、行くと言ってしまったのだから、しょうがない。しぶしぶながら、笑子は出かけることにした。息子は農業関係に行きたいと、ちょっと離れた大学に行っている。本人も寮生活をしていて、年末意外はあまり会うことはない。しかし、笑子はそれでいいと思っていた。
「母さん!」
思ったとおり、息子は目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「たまにはいいでしょ。」
まさか、社長命令だとはいえない。
「勝手に見てくるから。」
さすがに、息子に案内させるのは気が引けた。しかし。
「いいよ、別に。案内くらいするよ。」
と、息子のほうから言い出してくれたので、笑子は頼むことにした。
その夜。社長の礼子の下に、メールが届いた。
『母が来てくれました。ありがとうございました。』
礼子はにっこりと笑った。
帰りの家までの道を歩きながら、笑子はなんで社長が自分の息子の文化祭の日程を知っているのだろうと考えていた。あの記憶力ほど怖いものはない……。




