3話 笑子さんの調べもの
笑子さんの調べもの
普通は、社長よりも秘書のことが先に来ていることのほうが多い。しかし、なぜか、今日は社長の方が先だったようだ。彼女の場合は、自分で運転してやってくる。
事故があっては大変だからと、ハイヤーを出してもいいと、笑子さんは常日頃から言っているのだが、礼子に断られ続けている。
「運転は、ストレス解消なのよ。」
そう言い張っている。そして、飲みに行くと決まっている時は電車でやってくるのだ。
笑子さんは時計を見た。まだ勤務時間になっていない。
「笑子さぁーん。」
今日も笑子さんの会社での一日は、社長の礼子からの声で始まる。そして、笑子さんも自分の名前を直すところから始まるのだ。
「おはようございます。林です。なんでしょうか?」
「ねぇー、突然なんだけど、クラゲって淡水でも生きられるの?」
笑子は一瞬悩んだ。どうなんだろう?しかし、嘘をついても問題だ。
「さぁ、どうでしょう。調べますか?」
「お願いー。」
礼子はにこやかに微笑んだ。なにやら、パソコンに向かっている。
「わかりました。」
笑子はすぐ近くの本屋に出かけた。早い時間から開いているのがここの売りである。
以前に、礼子に同じようにある魚のことを調べてくれと言われて調べたら、取引相手の好物の魚だということが後からわかった。それ以来、笑子は調べる理由を聞かなくなった。理由があってもなくても、どうせ調べることに変わりがないからだ。
図書館もあるのだが、この時間では開いていない。
会社には当然の事ながらインターネットもあるのだが、礼子は言う。
「本より、ネットのほうが嘘をつく確率が高いわ。」
賛否はさておき、笑子には否定できる材料も見つからないので、本を買っている。
会社に戻る途中で笑子は自分の同僚に会った。たったいま、出勤してきたらしい。
「どうしたの?そんなに本持って。また?」
彼女は目を丸くした。
「社長がクラゲについて調べろって。」
「酒の次は魚で今度はクラゲかぁ。」
同僚は感心したように言った。
「うちの会社であの本屋の利用の多さはあなたがきっと一番多いわね。」
そうかもしれないと、笑子も思った。
何回も同じ場所で、この同僚にあっているような気がする。そのときは、鹿児島でしか手に入らない、酒について調べているときだった。
「じゃ、ちょっと急ぐから。」
同僚に軽く別れをつげて会議室にこもった。さっそく、本をめくってみる。ふと、子供と一緒に言った水族館のことを思い出したが、すぐに仕事に戻った。
「遅くなりました。ありましたよ。」
しばらくして笑子は戻ってきた。一枚の紙切れを持って。どうやら、これにまとめてきたようだ。そしてそれを読みあげた。
「クラゲにはいろいろな種類がいるようです。思った以上に多かったです。真水でも、生息するクラゲがいます。」
「いるのねぇ?」
「はい。また、海水で生まれて、淡水で生活して、また、海に戻るようなクラゲもいるようです。ペットとして飼うこともできるようですよ。名前はこの紙に書いておきました。名前で引けば、インターネットで映像も見られると思います。ざっとわかったのは、これくらいです。どうでしょうか?」
「ありがとう。いまのところはそれで十分よ。」
礼子はその書かれた紙を受け取った。
「では。」
ペロリと頭を下げて笑子は社長室からでていった。それと同時に、勤務開始のチャイムが流れた。それを聞いて、笑子は思い出したように言った。
「いまから、スケジュール帳を取ってきます。」
笑子が、手帳を取りに行っている間に、礼子はなにやらメールをパソコンでうち始めた。
そしてうれしそうに画面を見つめてにっこりと笑った。
笑子が戻ってくる。
「今日のスケジュールですが……。」
こうして、笑子さんの今日の調べものは終わった。




