6 「好きなんですか?」
それから数日。ほとんど徹夜する勢いで、デザインを完成させた。
提出できるのはたった1枚。その1枚に、どれだけの意味を詰め込めるか。そして、何を詰め込まないのか。何枚も何枚も描いて、ようやく納得のいく1枚ができあがった。
「では、続いて舞原さん」
会議が始まった。トルソーに飾られたワンピースの前に美咲が立つ。
「今回提案するのは、こちらのデザインです」
そう言って、デザイン画をモニターを映した。
淡いブルーの生地に、細い白のストライプ。ウエストはわずかに絞られ、裾に向かって柔らかく広がるAライン。袖は二の腕を覆う程度の長さで、襟元は浅いV字になっていた。
「今回のターゲット、20〜30代の女性が、仕事や休日に求める服を想定しました」
手が震える。資料を持つ手は震えてもいい。ただ、声だけは震えたくない。自信がないように見せたくない。
「身体のラインを拾いすぎないAライン。ウエストも高くしています」
最近の流行りは、様々な雑誌やテレビ番組で学んだ。
「仕事中に着ることも考えて、長時間座ってもしめつけられないデザインにしています」
モニターに会議室中の視線が集まる。
「特別な日に着ると少し気分をあがる服。ちょっと落ち込んだ時に着ると少し元気が出る服。そんな時の服を目指しました」
生地や色の説明も加えながら、
「原価と価格設定に関しては、こちらに記しています」
なんとかプレゼンを終えた。
「きんっちょうしたー!」
後輩がぐたっと机に倒れる。テーブルにはたくさんのおつまみと、ウーロン茶のグラス。ひと仕事終えた後の一杯は、お酒ではなくても美味しかった。
「舞原先輩、落ち着いてましたね」
「そんなことないよ。震えそうだった」
「わたしなんて、足がプルプルでしたよ」
冗談っぽく笑う後輩に、美咲もふっと微笑む。
「結果出るまでドキドキですね」
「うん、ほんと」
そんな他愛ない話で笑える時間が幸せだった。
そんな日々の中でも給料日はやってくる。いつものように会社前で待っている高級車にはもう驚かなかった。
抵抗することなく車に乗ると、
「プレゼン、どうだった?」
彼はそう聞いてきた。
ほんの一言話しただけなのに、覚えていたのか。
「まぁ、よかったですよ」
なんて答える。
「そうみたいだね」
「どういう意味ですか?」
「声が明るいから」
そんなことにも気づているなんて。
「ルカさん、わたしのこと好きなんですか?」
思わずそう聞いていた。彼は目を丸くして、でも次には
「ハハッ」
と笑った。
「どうだろう。見ていて飽きないとは思うよ」
「……褒められてます?」
いい意味には聞こえなくて聞いてみると、彼は笑いながら手を伸ばす。その手を避けずにいると、彼は美咲の頭を撫でた。
娘みたいな、妹みたいな、そんな感情なのだろうか。この男の家族構成は知らない。きっとそういう存在と重ねているのだろうと思うことにした。
「今日はどこに行くんですか?」
「イタリアンとかどうかな。本場の味に近いところを見つけてね」
彼の視線が逸れる。窓の外を見つめる横顔が、どこか故郷を思う顔に見えた。
「ルカさんってイタリアの人なんですか?」
今日は怖くない。だから聞けた。
「いろいろ」
彼はそう答えた。
「いろいろって?」
半ば身を乗り出すようにさらに聞くと、
「そんなに僕のことが知りたい?」
と意地悪な笑みを向けられた。
そうだ。彼と自分は、恋人でも友人でもない。借金取りと、彼に借りたお金を返しているだけの人。
知る必要なんてない。知らなくてもいいことなのだ。
「別に」
今度は美咲の方から目を逸らした。美咲の気を引くように髪を手に取る彼に、美咲は顔を見せたくなかった。
次話は7日夜頃更新予定です




