13 「ここにいるよ」
退屈だった。ルカはいない。家のどこかには三上がいるから話し相手くらいはしてくれるだろうが、彼には彼の仕事がある。あんまり邪魔はしたくない。
さて、どうしよう。せっかくだから外出してみようか。思えばこの家に来てから外出していなかった。
ちょうどデザインが思いつかないし、こういう時はウィンドウショッピングでもしたいところ。いろんな服を見ることで、いいアイデアが浮かんだりもするのだから。
善は急げ。さっそく服を着替えて部屋を出る。
三上に一言言ってから出ようと思ったが、リビングやキッチンにはいなかった。彼もこの家で暮らしているひとりだから、部屋でくつろいでいるのなら声をかけるのも申し訳ない。
リビングのテーブルにメモを残して、美咲は家を出た。
電車に揺られて訪れた繁華街。建物内にひしめく店舗を覗きながら、美咲は久しぶりのショッピングを楽しんだ。
こんな服が作りたい。この服もいい。こんな服があれば。そんなことを考えながら、ゆっくり見て回る時間は楽しかった。
ふと、男性服専門店が目に入った。普段は女性服しか見ない。美咲が作るものも女性ものばかり。
美咲がもし男性服を作ったら、彼は着てくれるだろうか。その時、彼にはどんな服が似合うだろう。
あんまり堅苦しい服は似合わない。スーツを着ている時はあるが、ネクタイはしていない気がする。清潔感はやっぱり大事。柔らかい素材のジャケットだけでも威厳が出る。胸ポケットにハンカチを入れたら、紳士的にも見える。
少し勉強してみよう。どうせ描いたものは彼に見せる。彼が気に入ったものだけ服になるのだから、それをプレゼントすればいい。
帰りに本屋によって、ファッション雑誌を買った。いつも買っているものと一緒に、いつもは買わない男性向けの雑誌も。
そして帰り道。帰ったらこんなデザインを描こうなんて考えながら、ゆっくり歩く。
次の瞬間、目の前が暗闇に包まれた。
足に感じるのは冷たいコンクリート。手足を縛られ、身動きができない。視界も奪われ、誰がいるのかもわからなかった。
「本当にあってるんだろうな?」
すぐそばで男の声がした。知らない声だった。
「間違いなくモレッティファミリーの女です」
ルカのマフィアの名前だろうか。美咲はそれさえも知らないのに。
「周りに護衛は?」
「いませんでした」
「……ボスの女なんだろう? いないなんて有り得るのか?」
なぜか落ち着いていた。彼らの言葉を聞きながら、頭の中は冷静だった。
それはきっと、ルカへの絶対的な信頼があるから。彼なら助けてくれると、信じられるから。
「あの」
美咲は声を出した。
「わたし、ルカさんの女じゃないです」
それだけは訂正したかった。
「……何も知らない女が出す名前じゃねぇな」
男がにやつくのがわかる。
「ルチアーノ・モレッティの寵愛を受ける女がいるという話も間違いではないらしい」
それが彼の名前。初めて聞いた。
「わたしを人質にしても意味無いと思いますけど」
「どうだろうな。今ごろ急いで身代金を用意しているかもしれないぜ」
身代金目的の誘拐なのか。彼は美咲のためにいくらなら出すだろう。
「お金もらったら、どうするんですか?」
「こっちも上納金が必要なんでね。あげればあげるほど出世するんだ」
裏社会については詳しくない。もしかすると、ルカのマフィアの構成員なんだろうか。そんな人たちが、「ルカの女」と勘違いして誘拐するだろうか。
だとしたら、敵対組織の人間か。それだけでは全くわからない。少しでも情報を知っておきたい。
「あなたたちは、どこかの組織の人なんですか?」
「そりゃオレらは」
「おい」
もう少しで聞けそうなところで、止める声が入った。
「余計なこと喋るな」
「すいません……」
ここにいる男たちの中にも上下関係があるらしい。
「お嬢ちゃんも、よく喋る口は後悔のもとだぜ」
「後悔って、殺しはしないでしょう?」
それは根拠のない、でも確かな自信だった。この男たちに殺意はない。もし殺すつもりなら、とっくに傷つけているだろうから。
「どうだろうな」
ふと、口元に手が当たった。
「殺しはせずとも、あいつを絶望させることはできるぜ」
あ、これはまずい。思わず唇を固く結ぶ。しかし、男の指が唇をなぞった。
「やめてください」
「……ふん」
男が満足そうに笑うのがわかった。
嫌だ。彼以外の人なんて嫌だ。そう自覚した時、目頭が熱くなった。
彼のことが好き。今まで見ないふりをし続けた感情が、見つけた瞬間溢れ出す。
「おい。さっきまでの度胸はどうした?」
「……っ」
男の手が首筋をなぞる。強い嫌悪感に、背筋が震えた。
「……ルカ」
震える口から出たのは、彼の名前だった。
「ルカさん……」
縋るようにその名前を呼ぶ。
「ルカさん、たすけて!」
ガンッと音がした。次の瞬間、力強い温もりに包まれた。
「おまたせ、美咲」
彼の声だった。
「ルカさ……っ」
「もう大丈夫だから」
アイマスクににじむ涙の冷たさを感じながら、彼の温もりを求めて身を捩る。アイマスクを外したい。彼の顔を見たい。それなのに、手が縛られているせいでできない。
「Fallo sparire.」
知らない言葉。どんな意味だろう。
「Sì, capo.」
それに答える声。そして、美咲はぐんっと抱えられる。
「ルカさん」
「ここにいるよ」
違う。そんな言葉がほしいわけじゃない。
「これ、外して……」
拘束から逃れようとしても、彼は外してくれない。
「少し待ってね」
パタン、と閉まる音がしたのは、車のドアの音だろうか。
ようやく視界が開け、彼の顔が見えた。その顔が見えた時、美咲は安堵した。急に緊張が解けたことで、涙腺が緩くなる。
ナイフで自由にされた腕を、そのまま彼の首に回す。
「怖かったね」
彼の優しい声に、美咲は頷くことも首を振ることもく、ただ彼にしがみついた。
次話は11日夜頃更新予定です
次で最終話です。




