12 「ずるい」
その日はルカが仕事に行かなかった。マフィアにも休日はあるのか、なんて思いながら、リビングでペンを握る。
いつもは部屋でデザインを描く。資料もほとんど部屋に置いているし、そっちの方が便利だ。でも、彼が家にいるなら、せっかくだからリビングにいよう。そんな軽い考えだった。
彼のそばにいると落ち着く。そう思うようになったのは、いつからだろう。何やら電話で話す彼の声を聞いていると、心地よく集中できた。
電話を終えた彼に、
「お仕事ですか?」
と聞いた。
「まぁね」
彼はぼかすように答える。
「イタリア語?」
英語ではない、ということくらいしかわからなかった。彼がイタリア育ちだと聞いていたため、そう推測した。
「そうだよ」
彼が答えて、美咲のそばに座った。美咲の髪を撫でる手は優しい。その手の意味を聞く理由は、美咲にはなかった。
「ご両親はイタリアの方だと聞きました。あと、お祖母様が日本人なのも。日本語はお祖母様に教わったんですか?」
「母も日本の文化には詳しかったよ。イタリアで育てられたけど、小さい頃から多言語に触れる機会が多くてね」
「ご両親の仕事の関係で?」
「まぁそうだね」
「なんのお仕事なんですか?」
ただの興味だった。彼のことを知りたい。ただそれだけだった。
「美咲」
彼がなぜか美咲を抱き寄せる。
「僕は一代で築いたマフィアじゃないよ」
「……え?」
一瞬理解できなかった。でも、少し間を置いて理解した。つまり彼の両親もまた「マフィア」なのだろう。
「純粋だね」
「無知なだけです。笑ってください」
恥ずかしかった。そんなの少し考えればわかることなのに。
「美咲の両親は何をしている人?」
「父は普通のサラリーマン。母は専業主婦です」
「妹さんは?」
彼に家族構成の話をしたことがない。それなのになぜか彼は、当然のように「妹」の存在を知っていた。
「大学生です。教師を目指してて」
彼はもう知っているような気がしたが、真面目に答える。
「いいね、教師」
「ルカさんも学校に通ったことはあるんですか?」
「もちろんあるよ。日本でもヤクザの子は学校に通うだろう?」
そう言われても、よくわからなかった。学校に親がヤクザなんて人がいた記憶はないし、それがボスクラスとなればもっとわからない。
「イタリアでもそんなに有名なわけじゃないんですね」
「どうだろうね」
そんな含みのある言い方に、美咲は首を傾げる。ちゃんと聞けば教えてくれるのだろう。そう信じられるくらいの関係値はある。でも、わざわざ教えてもらうことでもない気がした。
今度調べてみよう。もし有名なら、ネットのどこかには情報が転がっているはずだ。
「Ti amo, Misaki.」
聞こえてきたのは、おそらくイタリア語だった。
「どういう意味ですか?」
自分の名前を呼ばれたことはわかる。でも、その前の言葉はわからない。
「なんだろうね」
彼は教えてくれなかった。
「もう一回言ってください」
スマホを取って、翻訳アプリを開く。
「また今度ね」
しかしはぐらかされてしまった。
「ずるい」
美咲が睨むと、彼は楽しそうに笑った。それは、いたずらが成功した子どものような笑みだった。
次話は11日昼頃更新予定です




