11 「嬉しいです」
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ひとりの女が、柔らかい絨毯の上を歩く。両側に並ぶのはたくさんのドアたち。番号が振られたドアを横目に、長い廊下を歩いていく。
彼女は、ひとつの部屋の前で足を止めた。
手が重い。行きたくない。でも、行かなければいけない。
ドアの隣に置いたチャイムを鳴らすと、中から出てきたのはスーツ姿の女性だった。
彼女はニコリと微笑むこともなく、女を室内へ招き入れる。その室内にいたのは、綺麗な顔の外国人だった。
「お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
この男に会うのは久しぶり。いつも会うのはこの男の部下だ。
「今月分はもうお渡ししました」
「知ってるよ」
豪華な部屋で、大きな椅子に優雅に座る男は、笑顔で頷く。
「今日は君にお願いがあってね」
「お願い、ですか」
お願いなんて綺麗な言葉ではない。ただの一方的な指示だ。女はそれを知っている。
「まずは映画の主演おめでとう」
「ありがとうございます」
祝う気なんてないくせに。
「公開初日に舞台挨拶があるんだってね」
「……それが、何か」
そこは、女の大切な場所だった。ようやく手に入れた夢の場所。そこを、この男に汚されてしまうのか。
「このドレスをその場で着てほしいんだ」
男が指したのは、壁にかかった真っ赤なドレス。情熱を感じさせる派手なドレスは、女が普段着るものではなかった。
「衣装はもう決まっています。今さら変更なんて」
「そっか」
そう言って、男はふっと笑う。
「ご家族は見に来てくれるの?」
「……」
その言葉に、女は口を噤んだ。
「弟さんにも見てほしいね。塀の中でも見られるといいんだけど」
「やめてください!」
咄嗟に叫んだ。
このタイミングでのスキャンダルは絶対にダメだ。事務所にも共演者にも、他にもたくさんのところに迷惑がかかる。そしてそれ以上に、ようやく手に入れられる夢の場所を諦めることになってしまう。それだけは嫌だった。
「それだけですか」
「うん。それだけ」
ただドレスを着るだけ。誰にも言えないようなことを要求されなくてよかった、と思うしかない。
「デザイナーを聞かれたら、ミサキとだけ答えて」
「わかりました」
断ることなんてできるはずがなかった。
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その日、美咲はリビングでテレビを見ていた。
相変わらずデザインを考えるだけの毎日。受け入れられたのはまだ1枚だけで、それ以外は当然のように炎に包まれる。そしてあの1枚も、結局どうなったのか教えてもらえていない。
適当にチャンネルを変えて眺めているだけで、テレビに出ている衣装が目に入る。次の1着はどうしようか、なんて考えながら、でもいいアイデアは浮かばない。
その時、チャンネルがニュース番組で止まった。
最近注目されている若手女優が初めて主演を務めた映画の、公開初日舞台挨拶の様子だった。
『このドレスのような真っ赤な情熱を、主人公から感じ取ってもらえればと思います』
彼女が着ていたのは、間違いなく美咲がデザインしたものだった。完成品さえも見ていないのに。美咲が知らないものを、有名人が着ていた。
当然美咲にはなんの関係もない人だし、美咲の服を着る理由はない。考えられるなら、あのデザインを持っていったルカが何かをしたか。
『素敵なドレスですね。今回は直前で衣装を変更したそうですが、このドレスに思い入れがあるんですか?』
司会者が女優に聞く。
『素敵なデザイナーさんを知り合いに紹介していただいたんです。ミサキさんというお名前で』
名前が出た。間違いなく美咲の服だった。
感動や喜びよりも、驚きの方が強く残った。なんで。それだけで頭がいっぱいだった。
「ルカさん、何をしたんですか?」
帰ってきたルカに、美咲は真っ先に聞いた。
「あぁ、素敵な舞台挨拶だったね」
彼はそう答え、
「知り合いなんだ。紹介したら、ぜひ譲ってほしいと言われてね」
やっぱりルカの知り合いだったのか。マフィアと女優に交流があるのはどうかとも思ったが、そういう世界なのだろうと無理やり納得させる。
「美咲の名前も出ていたね」
「はい」
「嬉しい?」
彼のその言葉に、美咲は一瞬固まる。自分の中の感情を正確に読み解くために。
確かに最初は驚きだった。しかし、ルカを介して渡ったのだとわかると、驚く理由はなかった。
嬉しい。そうか、嬉しいのか。この心の中の熱。熱く脈打つ心臓。そして、夢のようなふわふわした心地。これは現実なのか。
「嬉しいです」
美咲が答えると、彼は満足そうに笑った。
次話は10日夜頃更新予定です




