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11/14

11 「嬉しいです」

ーーーーーーーーーーーー


 ひとりの女が、柔らかい絨毯の上を歩く。両側に並ぶのはたくさんのドアたち。番号が振られたドアを横目に、長い廊下を歩いていく。


 彼女は、ひとつの部屋の前で足を止めた。

 手が重い。行きたくない。でも、行かなければいけない。


 ドアの隣に置いたチャイムを鳴らすと、中から出てきたのはスーツ姿の女性だった。


 彼女はニコリと微笑むこともなく、女を室内へ招き入れる。その室内にいたのは、綺麗な顔の外国人だった。


「お久しぶりです」

「うん、久しぶり」


 この男に会うのは久しぶり。いつも会うのはこの男の部下だ。


「今月分はもうお渡ししました」

「知ってるよ」


 豪華な部屋で、大きな椅子に優雅に座る男は、笑顔で頷く。


「今日は君にお願いがあってね」

「お願い、ですか」


 お願いなんて綺麗な言葉ではない。ただの一方的な指示だ。女はそれを知っている。


「まずは映画の主演おめでとう」

「ありがとうございます」

 祝う気なんてないくせに。


「公開初日に舞台挨拶があるんだってね」

「……それが、何か」


 そこは、女の大切な場所だった。ようやく手に入れた夢の場所。そこを、この男に汚されてしまうのか。


「このドレスをその場で着てほしいんだ」


 男が指したのは、壁にかかった真っ赤なドレス。情熱を感じさせる派手なドレスは、女が普段着るものではなかった。


「衣装はもう決まっています。今さら変更なんて」

「そっか」


 そう言って、男はふっと笑う。


「ご家族は見に来てくれるの?」

「……」


 その言葉に、女は口を噤んだ。


「弟さんにも見てほしいね。塀の中でも見られるといいんだけど」

「やめてください!」

 咄嗟に叫んだ。


 このタイミングでのスキャンダルは絶対にダメだ。事務所にも共演者にも、他にもたくさんのところに迷惑がかかる。そしてそれ以上に、ようやく手に入れられる夢の場所を諦めることになってしまう。それだけは嫌だった。


「それだけですか」

「うん。それだけ」


 ただドレスを着るだけ。誰にも言えないようなことを要求されなくてよかった、と思うしかない。


「デザイナーを聞かれたら、ミサキとだけ答えて」

「わかりました」

 断ることなんてできるはずがなかった。


ーーーーーーーーーーーー




 その日、美咲はリビングでテレビを見ていた。


 相変わらずデザインを考えるだけの毎日。受け入れられたのはまだ1枚だけで、それ以外は当然のように炎に包まれる。そしてあの1枚も、結局どうなったのか教えてもらえていない。


 適当にチャンネルを変えて眺めているだけで、テレビに出ている衣装が目に入る。次の1着はどうしようか、なんて考えながら、でもいいアイデアは浮かばない。


 その時、チャンネルがニュース番組で止まった。


 最近注目されている若手女優が初めて主演を務めた映画の、公開初日舞台挨拶の様子だった。


『このドレスのような真っ赤な情熱を、主人公から感じ取ってもらえればと思います』


 彼女が着ていたのは、間違いなく美咲がデザインしたものだった。完成品さえも見ていないのに。美咲が知らないものを、有名人が着ていた。


 当然美咲にはなんの関係もない人だし、美咲の服を着る理由はない。考えられるなら、あのデザインを持っていったルカが何かをしたか。


『素敵なドレスですね。今回は直前で衣装を変更したそうですが、このドレスに思い入れがあるんですか?』

 司会者が女優に聞く。


『素敵なデザイナーさんを知り合いに紹介していただいたんです。ミサキさんというお名前で』


 名前が出た。間違いなく美咲の服だった。

 感動や喜びよりも、驚きの方が強く残った。なんで。それだけで頭がいっぱいだった。




「ルカさん、何をしたんですか?」

 帰ってきたルカに、美咲は真っ先に聞いた。


「あぁ、素敵な舞台挨拶だったね」

 彼はそう答え、

「知り合いなんだ。紹介したら、ぜひ譲ってほしいと言われてね」


 やっぱりルカの知り合いだったのか。マフィアと女優に交流があるのはどうかとも思ったが、そういう世界なのだろうと無理やり納得させる。


「美咲の名前も出ていたね」

「はい」

「嬉しい?」


 彼のその言葉に、美咲は一瞬固まる。自分の中の感情を正確に読み解くために。


 確かに最初は驚きだった。しかし、ルカを介して渡ったのだとわかると、驚く理由はなかった。


 嬉しい。そうか、嬉しいのか。この心の中の熱。熱く脈打つ心臓。そして、夢のようなふわふわした心地。これは現実なのか。


「嬉しいです」

 美咲が答えると、彼は満足そうに笑った。


次話は10日夜頃更新予定です

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