10 「自信はある?」
何枚燃やされただろう。ガラスの灰皿を前に、美咲はそう考えた。毎朝綺麗に手入れされるそれに、燃やした痕跡は残っていない。
あんなに溢れかえっていたアイデアも、今は1日に1枚出せればいい方。それも納得のいくものではなくて、彼に見せる度に何枚も燃やされる。それを悔しいとは思えなかった。
デザインひとつに愛着が持てないくらい、今の美咲が作るものは稚拙だった。
どうやったら納得のいくものができるのか。いろんな雑誌を読んでみたり、テレビを見てみたり。いつものように勉強をしていても、思ったようにスイッチが入らなかった。
リビングの灰皿を見つめていると、
「お茶でもお持ちしましょうか?」
後ろから声をかけられた。
「あ……」
そういえば、この家には管理人だという三上もいるのだった。
「じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
お茶くらい自分でもいれられるが、ここはルカの家。自由にしていいと言われたものの、キッチンに入るのは抵抗がある。だから、料理も担っている三上に甘えることにした。
アンティークなカップに入った紅茶が出てきて、なんとなくかしこまった気分になる。
「三上さんって、ルカさんの家族なんですか?」
紅茶を手に取りながら、三上に聞いてみた。
「いいえ」
彼はそう答えてくれた。
「じゃあ、部下ですか?」
「それに近いものですね」
部下、か。きっと健全なものではない。
「ルカさんってヤクザなんですか?」
「違います」
それはすぐに否定された。
「じゃあ何なんですか?」
「この世界にある言葉を無理やりあてはめるなら、マフィア、でしょうね」
ヤクザとマフィアの違いなんて、美咲にはわからない。ただ漠然と、ヤクザの海外版がマフィアだろうということにしておいた。
確かに彼は日本人の顔立ちではないし、日本にルーツは持っていてもヤクザという言葉では似合わない気がする。
「どこの国の方なんですか?」
「ご両親はイタリア人。育ちもイタリアだと聞いています」
イタリア。ヨーロッパにあるおしゃれな国。それくらいの知識しかない。
「恋人はいらっしゃるんですか?」
「少なくとも日本にはいらっしゃいませんね」
聞いたこと全てに答えが返ってくる。美咲に隠すことは何もない、と言わんばかりに。
「三上さんはルカさんをどう思ってるんですか?」
そう聞いてみて、なんか聞き方がおかしかったか、と思った。
「恩人ですかね」
しかし三上はそんなこと気にせず、穏やかに答えてくれた。
「恩人?」
「はい」
「マフィアなのに?」
マフィアと聞いて、いい人、という印象はない。「恩人」という言葉はおかしい気がした。
「悪に救われる人もいるんですよ」
彼はそう答えた。意味深な言葉だった。
でもわからなくはない。美咲だって、ある意味ではルカに救われたとも言える。彼がいなければ、デザイナーとも言えない仕事にしがみつくしかなかったのだから。
三上の袖からのぞく鮮やかな刺青。刺青が入ってるから、なんて偏見はいかがなものかと思うが、やっぱりどこか特別な人のように見えてしまう。
ルカのそばにいるのは、きっとそういう「特別な人」たち。男性だけでなくきっと女性もいて、中には恋人のような特別な存在もいるのかもしれない。
もし彼の隣に立つ女性が、美咲のデザインした服を着るとしたら。
ふと、頭の片隅に、鮮やかな色がよぎった。
その感覚は久しぶりだった。
あと少し。あと少しで何かがつかめる。
「ルカさんの好みの女性ってわかりますか?」
何を聞いているんだろう、と自分でもバカみたいだと思う。
「恋愛感情があるかはわかりませんが、関係を持ったことがある女性はわかりますが」
「教えてください!」
美咲は半ば身を乗り出すようにして、そう頼んだ。
ペンを握った。何かに取り憑かれたように、机に向かった。デザイン資料を片手に、紙の上にペンを走らせる。
華やかな色がいい。赤とか黄色とか。彼の隣にふさわしいのは、きっと真っ赤なドレス。足は出さない。いや、片側にだけスリットが入っているのがいいだろうか。背中は大胆に開き、ウエストはきっちり絞る。
それができあがった時、もう夜になっていた。とっくにルカが帰ってきている時間。夕食もまだだったと、慌てて部屋を出る。
彼はリビングのいつもの場所に座っていた。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
彼は穏やかに笑った。
「遅くなってごめんなさい」
「大丈夫だよ。いいデザインは描けた?」
なぜか甘い恋人のような言葉に聞こえた。しかし気にせず、いつものようにデザイン画を差し出す。
「自信はある?」
「あります」
迷いはなかった。
「じゃあいいね」
彼はデザイン画をそばに置いた。火をつけなかった。
「見ないんですか?」
「自信があるんだろう?」
「ありますけど……」
ただそれだけ。無名の素人のデザインだ。ただの自信だけで何とかなることはない。
「それでいい。夕食にしよう」
「はい」
やっぱり彼の考えはわからなかった。
次話は10日昼頃更新予定です




