第四話後編 『王都の悪夢』
第四話後編は、アツいですよ!
そして厚い!大ボリュームです!
なので、時間に余裕のある時に読んで頂きたいのです!
王立魔法学院の実技場には、
まだ先ほどの戦いの熱が残っていた。
二度にわたる模擬戦。
そして、そのどちらでも敗れた
アルベルト・レイグランは、
地面に膝をついたまま動かなかった。
「……ありえない」
震える声だった。
周囲には、まだ多くの生徒がいる。
誰もがアルベルトを見ていた。
貴族として恵まれた環境で育ち、
魔法学院でも
優秀な成績を収めている少年。
その彼が、
魔法を学び始めたばかりの
新人騎士に二度も敗れた。
「……あんなもの」
アルベルトは立ち上がった。
「魔法じゃない」
吐き捨てる。
「ただの小細工だ」
誰も答えない。
「初級魔法を撒き散らして、相手の隙を
突いただけだ。あんなものが……」
拳を握り締める。
「俺の魔法より優れているはずがない!」
その言葉を最後に、
アルベルトは実技場を去った。
誰も追わなかった。
グレンは、その背中を見送った。
「……大丈夫でしょうか」
心配そうなグレンの言葉に、
近くにいた生徒が呆れた顔をする。
「君、本気で言ってる?」
「え?」
「あれだけ言われて?」
「いや……」
グレンは困ったように笑った。
「負けたら悔しいですよね」
それだけだった。
自分も、騎士になったばかりの頃は
何度も負けた。 悔しかった。
だからこそ、アルベルトの気持ちが少し
だけ分かる気がした。
ただ…
グレンには分からなかった。
あの少年の胸の奥で、
別の感情が膨れ上がっていたことを。
憎しみ 屈辱
そして、
歪んだ執念
◆
その夜
王立魔法学院の地下深く。
一般の学生はもちろん、教員でさえ
立ち入ることのできない区画に、
一人の少年がいた。
アルベルトだった。
「……ここだ」
古びた石造りの扉。
その中央には、
複雑な封印術式が刻まれている。
学院に伝わる古い記録の中で、
アルベルトはこの場所を知った。
禁忌指定
危険性が高すぎるため、
使用そのものが禁止されている魔道具。
しかし、
「ふっ、ふふっ、これなら……」
アルベルトは笑った。
「これなら、あいつに勝てる」
震える手で、封印に触れる。
本来なら、学院長の許可が必要だった。
いや
学院長でさえ、
容易には触れない場所だった。
だが、アルベルトは止まらなかった。
術式に魔力を流す。
封印が一つ。また一つ。
光を失っていく。
「俺が負けるはずがない」
最後の封印が消えた。
扉が開く。
その奥にあったのは、
巨大な魔石だった。
黒ずんだ金属の枠に固定された、
拳よりはるかに大きな魔石。
その内部には、まるで生き物のように
魔力が渦巻いている。
アルベルトは知らなかった。
それが、かつて魔力災害を引き起こした
古代の魔道具であることを。
知らなかった。
それを動かすためには、使用者だけでは
なく周囲の生命からも魔力を奪うことを。
そして、
「……動け!」
魔石に手を触れた。
瞬間
ドクン
心臓が鼓動したような音が、
地下室に響いた。
「……え?」
魔石の内部で、赤黒い光が脈打つ。
ドクン
ドクン
ドクン
そのたびに、周囲の空気が震えた。
アルベルトは思わず手を離した。
「なっ、なんだ……?」
魔石は答えない。
ただ、赤黒い光だけが強くなっていく。
そして、
魔石の表面から、
一筋の黒い靄が這い出した。
「……煙?」
それは、煙などではなかった。
それは床を這い、壁を伝い、
天井へと伸びていく。
まるで意思を持っているかのように。
黒い
赤黒い
見るだけで胸の奥を
掻きむしられるような、不快な気配。
「な、なんだ……これ……」
アルベルトが後ずさる。
黒い靄が彼の足元まで伸びてきた。
触れた瞬間。
「っ!」
身体から力が抜けた。
「な……」
膝が崩れる。
魔力が……抜けている。
まるで血液を吸われているようだった。
「やめろ!」
慌てて手を振り払う。
だが、黒い靄は止まらない。
むしろ
アルベルトから奪った魔力を糧にする
ように、さらに膨れ上がっていく。
壁に刻まれていた
古代文字から光が消えた。
床に置かれていた魔導具が、
次々と沈黙する。
灯りが消える
魔石が砕ける
植物が枯れる
そして、
地下室にあったすべてのものから、
魔力が奪われていった。
「……う…そ、だ」
アルベルトは呆然と呟いた。
魔導具が吸っている。
違う。
魔導具だけではない。
地下室そのものが。
周囲にあるあらゆるものから、
魔力を奪っている。
黒い気配は、
扉の隙間から外へ流れ出した。
廊下へ
階段へ
さらに上へ
「待て……!」
アルベルトが叫ぶ。
「止まれ!」
届かない。
禍々しい気は、
学院の地下を満たしていく。
そして地上へと溢れ出した。
◆
最初に異変に気づいたのは、
学院の夜間警備をしていた騎士だった。
「……なんだ?」
廊下の先。
窓の向こうが、暗くなっている。
夜だからではない。
黒い
何かが、
街の向こうから迫ってきている。
「おい……」
騎士が窓を開けた。
風が吹き込む。
だが、その風に乗ってきたものを見て、
顔が引きつった。
「……なんだ、あれ」
王都の街並み。
その一角から。
黒い霧が立ち上がっていた。
ただの霧ではない。
地面を這うように広がり、
建物の壁を舐めるように進んでいる。
街灯の光が、
その中へ入った瞬間に消えた。
魔導灯も
魔石灯も
次々と光を失っていく
そして、
黒い霧に包まれた家々から、
次々と異変が起こり始めた。
窓ガラスが震える
魔導具が勝手に点灯する
そして、
バチッ!
小さな青白い火花が弾けた。
「きゃあっ!」
通りを歩いていた女性が悲鳴を上げる。
魔導灯から飛び散った
魔力の火花が腕を掠めた。
「何!?」
「魔導具が……!」
別の家でも
バチンッ!
魔力を蓄えていた照明が破裂した。
さらにその隣では、
魔力を動力に使う小型の暖炉が暴発する。
窓が吹き飛ぶ
人が倒れる
悲鳴が上がる
「逃げろ!」
「魔力暴走だ!」
「外へ出ろ!」
だが、
外へ出た者の目の前にも、
黒い気が広がっていた。
霧に触れた瞬間
身体が重くなる
「……あれ?」
足に力が入らない
息が苦しい
魔力を持つ者ほど、その影響は強かった。
魔法使いが杖を握る。
いつもなら簡単に灯せる小さな火。
それが、
ボンッ!
「ぐあっ!」
手元で突然弾けた。
「魔法が……!」
制御できない
魔力そのものが狂っている
誰かが魔法を使う
その魔力が暴れる
暴れた魔力が別の魔導具へ流れ込む
それがさらに別の場所で暴発する
まるで街全体が
巨大な火薬庫になったようだった
◆
黒い気は、さらに広がっていった。
やがて、それは
ただの霧には見えなくなった。
街の上空へ渦を巻きながら立ち上がる。
巨大な影
頭部のような塊
そこから伸びる二本の角
左右に広がる腕のような闇
背中から広がる翼のような影
そして、
街を見下ろす巨大な顔
赤い光が二つ
まるで
悪魔の瞳のように見えた。
「……悪魔……?」
誰かが呟いた。
別の誰かが叫ぶ。
「魔王だ!」
「悪魔が来たぞ!」
違う、そこには何もいない。
実体などない。
ただ濃密すぎる魔力と、
生気の流れが作り出した錯覚。
それでも、人々の目には
確かに巨大な悪魔が、王都を喰らおうと
しているように見えた。
そして、
悪魔の影が大きく口を開いたように
見えた瞬間……
街の一角で
巨大な爆発が起きた
ドォォォンッ!!
建物が根元から吹き飛ぶ
石壁が宙を舞う
炎が夜空を赤く染めた。
「つッ!」
爆風が街を駆け抜ける。
さらに、別の場所でも。
バァンッ!
ドンッ!
ドゴォォォン!!
一つ また一つ
魔力の暴発が連鎖していく
小さな暴発は、人を傷つけた。
大きな暴発は、建物を壊した。
そして巨大な暴発は……
街そのものを、破壊した。
夜の王都から
悲鳴が上がる
助けを求める声
泣き叫ぶ声
家族の名を呼ぶ声
そのすべてを掻き消すように
もう一度、巨大な爆発が起こった。
ドォォォォォンッ!!
夜空が、昼のように白く染まった。
遅れて、轟音が王都を揺らした。
グレンは、
騎士宿舎の窓から飛び出した。
「な……」
言葉が出なかった。
王都の向こう。
いつもなら
夜の街を彩っている無数の明かりが、
いくつも消えている。
代わりに見えるのは、赤い赫い炎。
立ち上る黒煙。
そして、夜空を覆い始めた、黒い何か。
「なんだ……あれ……」
巨大な影だった。
王都の上空で渦を巻きながら、
ゆっくりと広がっている。
頭
角
腕
翼
まるで巨大な悪魔が、
街を抱き込もうとしているように見えた。
その姿を見た瞬間、
グレンの背筋に、冷たいものが走った。
「……悪魔?」
違う、頭では分かっている。
悪魔など、見たことがない。
あれが何なのかも分からない。
ただ、
あれが広がった場所で、
何かが起きている。
それだけは分かった。
「行かないと……」
考えるより先に、身体が動いていた。
木剣を腰に差す。
騎士の装備を整える。
そして、街へ向かって走った。
◆
王都の大通りへ出た瞬間
空気が変わった
「!っ」
人が走っている
誰もが逃げている
泣いている
叫んでいる
「子供が!」
「誰か、助けてくれ!」
「こっちに怪我人がいる!」
「建物が崩れるぞ!」
グレンは立ち止まらなかった。
「騎士です!」
叫びながら走る。
「負傷者はどこですか!」
「向こうだ!」
指差された先へ駆ける。
道の中央に、一人の男が倒れていた。
腕から血が流れている。
そのすぐ隣では、
魔導灯が火花を散らしていた。
バチッ!
グレンは咄嗟に水魔法を放った。
小さな水の塊が魔導灯にぶつかり、
火花を消す。
「大丈夫ですか!」
「あ……ああ……」
「立てますか?」
「腕が……」
「治療班のところまで行けますか?」
男は頷いた。
「なら、
ゆっくりでいいです。あちらへ!」
男を支え、
避難している人々の方へ送り出す。
その瞬間、
背後で
バンッ!
「うわあああっ!」
別の魔導具が弾けた
グレンが振り返る。
商店の壁に取り付けられていた魔導灯が
爆発し、破片が通りへ飛び散っていた。
「危ない!」
近くにいた子供を抱き上げる
頭上を破片が飛んでいく
「大丈夫?」
「……う、うん」
「お母さんは?」
「……分からない……」
少女が泣き始める。
「大丈夫。俺が探します」
グレンは
少女を近くの避難所へ連れていく。
そこには
すでに何人もの負傷者が集められていた。
治療を行う人間が足りない。
担架も足りない。
飲水も足りない。
人手も 何もかも足りていない。
「こちらへ!」
誰かが叫んだ。
グレンはすぐにそちらへ向かった。
崩れた家屋。
その下から、人の手が出ている。
「待ってください!」
グレンは瓦礫に手を掛けた。
「どいて!」
近くにいた騎士が声を掛ける。
「一人で動かすな! 崩れるぞ!」
「任せて!」
グレンは周囲を見た。
崩れかけた壁
瓦礫の重なり
人がいる場所
危険な場所
頭の中で状況を組み立てる。
「……土魔法」
まだ初級
大した力ではない。
それでも
瓦礫の下に土の塊を作り、支えにする。
「今です!」
騎士たちが瓦礫を動かす。
「もう少し!」
グレンも力を込める。
やがて
「いた!」
瓦礫の下から、女性が救い出された。
「生きてる!」
周囲から安堵の声が上がる。
グレンは息を吐いた。
「よかった……」
だが
空を見上げる
黒い気は、まだ広がっている
その悪魔のような影の向こう側で。
また一つ
赤い光が生まれた。
「……!」
次の瞬間
ドンッ!!
遠くで爆発が起きた。
建物が崩れる。
炎が上がる。
悲鳴が聞こえる。
グレンは走った。
◆
街を進むほど、
被害は酷くなっていった。
道は瓦礫で塞がれている。
店の看板が落ちている。
家屋が半分だけ残り、その断面が夜空に
剥き出しになっている。
食器 衣服 家具。
誰かの大切なものだったはずの品々が、
道端に散らばっていた。
グレンはその一つを拾った。
小さな木の人形。
煤で黒く汚れている。
その先に。
「お父さん!」
少年の叫び声がした。
グレンが顔を上げる。
崩れた建物の前で、
幼い少年が泣いている。
「お父さん! どこ!」
その声を聞いて
グレンの胸が締め付けられた。
「……すぐに助けるから!」
駆け寄る。
瓦礫をどかす。
一つ。
二つ。
三つ。
「そこ、動かすぞ!」
別の騎士が加わる。
「せーの!」
瓦礫を持ち上げる。
だが、
その下にいた男性は……
動かなかった。
「……お父さん?」
少年の声が震える。
グレンは何も言えなかった。
男性の胸元に手を当てる。
動かない
息もない
鼓動もない
「……ごめん」
それしか言えなかった。
「……ごめんなさい」
少年の泣き声が響く。
グレンは拳を握った。
その場に留まっている時間はない。
まだ助けを待っている人がいる。
それでも、
胸の奥に残った重さは、消えなかった。
◆
さらに先へ進む。
炎が燃え盛る
煙が立ち込める
瓦礫
血
泣き声
怒号
助けを求める声
そして、
それらすべての上から降り注ぐように。
あの黒い気が広がっている。
グレンは一度、立ち止まった。
近くにあった魔石灯が、
突然震え始める。
「……!」
魔力の暴発
咄嗟に手を伸ばす。
小さな炎が生まれた。
ボッ!
すぐに消える。
大した威力ではない。
それでも、今は、それでいい。
火を消す
水を作る
土を動かす
風で煙を払う
初級魔法。
どれも一つだけなら、
人を傷つけることすら難しい程度の力。
それでも、グレンは使い続けた。
救える人を一人でも増やすために。
「……まだだ」
足を止めない。
「まだ、助けられる」
◆
どれだけ走ったのか。
分からなくなっていた。
街の中央から離れるほど、
被害の形が変わっていく。
半壊した区域
完全に崩壊した区域
火災が広がっている区域
そして、黒い気に覆われた区域
そこでは、
魔法を使うこと自体が危険だった。
魔力を込めた瞬間。
制御していたはずの魔力が暴れる。
「くっ……!」
グレンの掌から火花が飛んだ。
慌てて魔法を止める。
危ない。
自分の魔法で、
自分や誰かを傷つける可能性がある。
それでも進む。
その時。
「助けて!」
声がした。
女性の声。
「グレン!」
グレンは振り向いた。
瓦礫の向こうに誰かがいる。
「今、行きます!」
走り出す。
しかし、
数歩進んだところで、足が止まった。
聞き覚えのある声だった。
まさか!
そんなはずはない。
でも。
何度も聞いた声。
訓練の帰り道。
学院で声を掛けてくれた時。
疲れているグレンに、
タオルを差し出してくれた時。
「……ミーナ?」
胸が、大きく鳴った。
「ミーナ!」
思わず叫ぶ。
グレンは走った。
瓦礫を飛び越える。
崩れた壁を抜ける。
煙の向こうへ。
「ミーナ!」
もう一度叫ぶ。
「どこだ!」
返事はない。
グレンの足が速くなる。
そして、
瓦礫の向こうから。
「……グレン……?」
かすかな声が聞こえた。
確かに。
ミーナの声だった。
「!」
グレンは息を呑んだ。
声のした場所へ、駆け寄った。
◆
同時刻。
夜空が、昼のように白く染まる。
そして、
黒い悪魔のような気は。
さらに大きく。
さらに禍々しく。
王都を包み込むように広がっていく、
轟音 爆発 悲鳴。
夜の街が一瞬で地獄へ変わる。
「何だ!?」
「逃げろ!」
「建物が!」
石造りの建物が崩れ、道路が割れる。
魔力を帯びた炎が建物へ燃え移り、
黒煙が空へと立ち上った。
王立魔法学院から放たれた魔力波は、
周囲の魔力を巻き込みながら
街を飲み込んでいく。
魔力に耐えられない者は、
その場で倒れた。
窓から飛び出した者
瓦礫に押し潰された者
逃げ遅れた者
ほんの数分で、王都は大混乱に陥った。
「騎士団を呼べ!」
「負傷者を運べ!」
「火を消せ!」
夜の街を、騎士たちが駆ける。
王立魔法学院でも、
教員たちが次々と現場へ向かっていた。
「学院長!」
研究棟から飛び出した
セレフィーナが叫ぶ。
「分かっておる!」
エレノアは空を見上げていた。
普段の飄々とした表情は消えている。
「これは……ただの魔力暴走ではない」
「では?」
「禁忌魔道具じゃ」
エレノアが唇を噛む。
「誰かが、地下封印区画を開けたのじゃ」
◆
グレンは、救助を続けていた。
「くっ……!」
グレンは崩れた建物の前にいた。
訓練用の木剣を腰に差したまま、
瓦礫を持ち上げる。
「ミーナ!」
返事はない
「どこだ!」
もう一度叫ぶ
瓦礫の隙間から、
かすかな声が聞こえた。
瓦礫を掻き分ける。
「……ミーナ?」
瓦礫の向こうから聞こえた声に、
グレンは息を呑んだ。
「ミーナ!」
崩れた建物の隙間を飛び越え、
グレンは声のした場所へ駆け寄った。
そこには、
瓦礫に身体を挟まれたミーナがいた。
「グレン……?」
煤で汚れた顔
乱れた髪
額からは血が流れている
それでも、生きている。
「よかった……!」
思わず、
グレンの口から安堵の声が漏れた。
だが、束の間
その表情が凍りついた
「……え?」
ミーナの身体の下
そこには、大量の血が広がっていた。
「ミーナ……その、あ……」
右脚が、瓦礫の下から見えない。
否、
見えないのではない。
膝から下が、失かった。
「……あ」
ミーナ自身も、
自分の身体を見下ろした。
「……足……?」
声が震える。
「あっ……」
グレンはすぐに首を振った。
「大丈夫。今、治す」
考えている暇などなかった。
グレンは膝をつき、
ミーナの傷口へ手をかざした。
「水よ……!」
初級の水魔法
わずかな水が生まれ、
傷口に付着した血と煤を洗い流す。
続けて、
「木よ……!」
緑色の光が、
ほんの僅かにミーナの傷口を包んだ。
木属性
生命力を高め、傷を癒やす魔法。
これまで何度も練習してきた。
だが、
「……っ!」
血は止まり始めた。
傷口も少しずつ塞がっていく。
けれど
失われた脚は
戻らない。
「まだ……!」
グレンは魔力を注ぎ込む。
「もっと……!」
木属性。
さらに魔力を流す
傷口は塞がる
出血も止まる
しかし、
「……何故だ!」
グレンの手が震えた。
目の前には、確かにミーナがいる。
生きている。
なのに、
自分の魔法では、
失われたものを取り戻せない。
「グレン……」
「大丈夫だ」
ミーナの言葉を遮るように、
グレンは言った。
「大丈夫だから」
自分自身に言い聞かせるように
「絶対に……助けるから」
だが、その言葉とは裏腹に。
グレンの頭の中には、
別の光景が浮かんでいた。
幼い頃の家。
年老いた祖母。
働き続ける母。
まだ十三歳だった妹。
何も知らずに笑っていた双子の弟たち。
そして、
帰ってこなかった父。
帰ってこなかった祖父。
あの日も、
どうすることもできなかった。
ただ、失った
だから騎士になった
家族を守るため
もう、
誰かが目の前で死ぬところを
見たくなかったから。
「……嫌だ」
グレンの唇が震える。
「嫌だ……」
ミーナが不安そうにグレンを見る。
「グレン……?」
「もう……」
拳を握る
「もう、誰も失いたくない……!」
その瞬間だった
グレンの中で、何かが弾けた。
「っ!」
莫大な魔力が、
一気に身体中を駆け巡る。
火でもない
水でもない
土でも
風でも
木でも
金でも
これまで知っている、
どの魔力とも違う。
白く、眩しい
まるで太陽そのもののような光。
「な……に……?」
グレン自身にも理解できなかった。
ただ、
目の前のミーナを救いたい。
その願いだけがあった。
「……戻ってくれ」
グレンは震える手を、ミーナへ向ける。
「お願いだから……」
白い光が、手のひらから溢れ出した。
「……戻ってくれ!」
眩い光が、二人を包んだ。
「きゃっ……!」
ミーナが目を閉じる。
グレンもまた、
何が起きているのか分からなかった。
ただ、感じていた
失われたはずの場所に
生命が戻っていく
骨が生まれる
筋肉が形を作る
血管が繋がる
皮膚が再生する
一つ。
また一つ。
失われていたものが、
元の形へ戻っていく。
そして、光が消えた。
「……え?」
ミーナが恐る恐る目を開く。
視線を下げる。
「……脚……?」
そこには、
失われたはずの右脚があった。
傷跡すらない。
まるで最初から
何もなかったかのように。
「……え?」
ミーナの目から、涙が零れた。
「私の……脚……」
確かにある
動く
指先まで、ちゃんと動く。
「……グレン……」
ミーナが顔を上げる。
「私……助かったの……?」
グレンは、しばらく答えられなかった。
自分の手を見つめていた。
そこには、
まだ淡い光の残滓が浮かんでいる。
「やっ…た」
グレンは小さく呟いた。
「ミーナの脚」
ミーナを見る。
グレンは、そっと触れた。
温かい、生気を感じる、
何度も何度も触る。
「ミーナの脚だああぁ……」
ミーナは、ちょっと引いた。
◆
数分前。
「、なに?」
街へ向かっていた
エレノアが立ち止まった。
「学院長?」
セレフィーナも足を止める。
「今の……」
エレノアは、遠くを見る。
碧い瞳が大きく見開かれた。
「……光」
「光属性、ですか?」
「いや」
エレノアは首を振った。
「そんな単純なものではない」
◆
グレンとミーナ
「ミーナの脚ぃ…」
スリスリ
その言葉を最後に。
グレンの身体から力が抜けた。
「グレン!」
倒れかけた身体を、
ミーナが必死に支える。
その直後、
瓦礫の向こうから、
一人の少女が駆けてきた。
「グレン!」
エレノアだった。
彼女はミーナの姿を確認した。
そして、
碧い瞳を、大きく見開いた。
「……そんな」
長い年月を生き、
魔法を研究し続けてきたエレノアでさえ。
その光景を前に、言葉を失っていた。
グレンは、
ミーナの脚に頬をつけた状態で
気を失っていた。
「この状況は、いったい…」
ようやくエレノアが言葉を発した。
ミーナは焦った。
「えっ!えっ?えぇっ」
セレフィーナは、落ち着いた口調で
「先程の光を見ましたか?」
しかし、なぜか
引き攣ったようにも見える表情で聞いた。
落ち着きを取り戻した
ミーナが仔細を説明した。
◆
「欠損した身体を……完全に……?」
エレノアの視線が、グレンへ移る。
「お主……まさか……?」
グレンはもう答えなかった。
意識はなかった。
ミーナの身体を包んでいた光が、
ゆっくりと薄れていく。
その場に倒れ込んでいた。
ただ、それだけだった。
自分が何をしたのか。
理解していなかった。
ただ、助けたかった。
それだけだった。
エレノアは目を伏せた。
「グレン……」
長い沈黙
そして、ぽつりと呟く。
「……光属性」
セレフィーナが息を呑んだ。
「やはり……」
「あぁ、ただあれは…光の中級魔法
複数人でしか出来ぬはずの、な」
セレフィーナは絶句した。
「ありえぬ、と思うじゃろうな」
エレノアはグレンを見る。
「間違いないわ。結果がそう言うておる」
その瞳に、
研究者としての興奮が浮かぶ。
だが、それ以上に
目の前の少年を案じる色があった。
「欠損修復……」
エレノアは呟いた。
「個人で使うとはの、
伝承にしか存在せぬ領域じゃ」
そして、
「こやつは……」
言葉を失う。
九属性。
大魔導師級の魔力量。
そして今、光属性。
まだ魔法を学び始めて間もない少年が。
伝説の領域へ、足を踏み入れた。
しかし、
グレンは、その場に倒れたままだった。
「グレン!」
セレフィーナが駆け寄る。
「魔力枯渇……いえ、違います。
これは……」
「無茶をしおったのじゃ」
エレノアが少年を抱き起こす。
「自分の限界など、考えもせずにの」
その顔は、怒っているようにも。
泣きそうにも見えた。
◆
翌朝。
王都は、惨状を晒していた。
街の一角は壊滅。
多くの建物が崩壊し、
多数の死者と負傷者が出た。
王立魔法学院も甚大な被害を受けた。
そして
地下封印区画への侵入者が判明した。
アルベルト・レイグラン
子爵家の次男である。
彼が禁忌の魔道具を無断で起動させた
ことが、すべての原因だった。
レイグラン家にも、
すぐに知らせが届いた。
父親は長い沈黙の後。
一人息子を前にした。
「アルベルト」
「……はい」
「お前は何をしたのか、
分かっているのか」
「……」
「何人死んだと思っている」
アルベルトは答えなかった。
俯いたまま。
唇を噛む。
「……俺は」
そして、
「グレンに勝ちたかっただけだ」
その言葉を聞いた瞬間。
父親の顔から、すべての感情が消えた。
「……そうか」
静かな声だった。
「ならば、
お前はもう我が家の人間ではない」
「……え?」
「アルベルト・レイグラン」
その名を呼ぶ声には、
父親としての情すらなかった。
「本日をもって、
お前をレイグラン家から除名する」
「待ってください!」
初めて、
アルベルトの顔に恐怖が浮かんだ。
「父上!」
「黙れ」
「俺は……!」
「黙れ!」
怒号が響いた。
「お前が奪った命は、
レイグランの名では取り戻せん!」
アルベルトは何も言えなかった。
すべてを失った。
家。
地位。
財産。
未来。
それでも、最後まで。
彼の胸に残ったのは、反省ではなかった。
憎しみだった。
遠くへ連れていかれる途中。
アルベルトは、
王立魔法学院の方角を睨みつけた。
「……グレン」
拳を握る。
「お前さえいなければ……!」
そして
「いつか必ず……!」
その声は、誰にも届かなかった。
少年はその日。
貴族としての人生を失った。
◆
一方。
王立魔法学院の医務室。
ベッドの上で、グレンは眠っていた。
その隣にはミーナが座っている。
「……ありがとう」
眠っているグレンには聞こえない。
「本当に……ありがとう、グレン」
ミーナは、自分の脚を見る。
何度確認しても。
そこには、ちゃんと両脚がある。
夢ではない。
奇跡だった。
そして、その奇跡を起こした少年は。
自分が何をしたのかも知らず。
ただ深く眠っていた。
ミーナは、その時の事を思い出し、
何故か顔を赤らめていた。
ベッドの傍らで、
エレノアは少年を見つめていた。
「……光属性」
小さく呟く。
その声には、
研究者としての興奮があった。
しかし同時に。
まだ誰にも見せたことのないほどの、
不安もあった。
「お主は一体……」
エレノアは、
眠る少年の髪をそっと撫でた。
「どこまで
行ってしまうつもりなのじゃ……?」
答える者はいない。
ただ
朝の光が、
静かに医務室へ差し込んでいた。
この日を境に。
グレン・テミストクレスという少年の
運命は、大きく動き始める。
そして後に
大魔導師と呼ばれる少年が起こした
最初の奇跡として。
この日の出来事は、
長く語り継がれることになる。
第四話 了
やりました!やりましたよ!
どうですか、お客さんっ
中弛みしてないですか?
バテてないですか?私はバテてます(笑
◆◆◆テルス魔法について◆◆◆
欠損修復魔法
伝承によると、この魔法を使うには
木属性魔法の上級回復魔法を複数人で発動し、
光属性を持つ魔導師が、その力を収束させ
欠損修復魔法とする。
と、あります。
光の中級魔法ではありますが、個人で使う
というのは、僅かに伝承に記されている程度
個人での発動条件は記されていない
というワケで、エレノアも驚愕した
こういうことなのです




