第三話後編 『続努力の騎士、初めての魔法』
グレンは、学院長の元で魔法を学ぶことになりました。大魔導師への第一歩です^_^
その日の午後。
王立魔導学院、第二演習場。
学院の敷地内には、
魔法訓練のために
いくつもの演習場が設けられている。
その中でも第二演習場は、
初級から中級までの魔法訓練に
使われる場所だった。
石造りの広場。
周囲には防御結界が張られ、
標的用の木人が等間隔に並んでいる。
その中央に、グレンは立っていた。
「では、始めるぞ」
向かいに立つエレノアが言う。
「はい」
「まずは最も基本的な魔法からじゃ」
エレノアが右手を掲げる。
「火よ」
指先に、小さな炎が灯った。
蝋燭ほどの大きさ。
しかし、その炎は風もないのに
揺らぐことなく、エレノアの指先に
静かに浮かんでいる。
「これが初級魔法じゃ」
「……凄い」
「この程度で感心しておっては
先が思いやられるのう」
エレノアは笑う。
「魔法とは、魔力を世界へ干渉させる
技術じゃ。まず自分の魔力を感じ、
それを属性へ変換する」
「はい」
「そして詠唱によって術式を構築する」
「はい」
「つまり、魔力を出せば
勝手に魔法になるわけではない」
「なるほど」
エレノアが指を立てる。
「では、やってみるのじゃ」
「はい」
グレンはエレノアと同じように
右手を前へ出した。
深く息を吸う。
魔力を感じろ。
昨日教わったことを思い出す。
自分の中にある力。
巨大な泉のように存在する魔力。
それを意識する。
「……」
集中する。
「火よ」
グレンが唱えた。
「……」
何も起きない。
「……」
もう一度。
「火よ」
やはり何も起きない。
エレノアが瞬きをする。
「もう一度、やります」
「うむ」
「火よ!」
何も起きない。
「火よ!」
何も起きない。
「火よ!」
やはり何も起きない。
しばらくして。
「……出ませんね」
「うむ」
エレノアが頷く。
「出ぬな」
「どうしてでしょう?」
「知らん」
「……」
「……」
二人の間に沈黙が落ちた。
「学院長」
演習場の端から
セレフィーナが声を掛ける。
「なんじゃ?」
「魔力操作そのものを
教えていないでしょう?」
「……」
エレノアが固まった。
「そうじゃった」
「そうじゃった、ではありません」
セレフィーナは眼鏡を押し上げる。
エレノアは、おどけてごまかす。
「グレンさんは昨日まで
魔法を知らなかったのでしょう?」
「うむ」
「では、魔力の感じ方も、
動かし方も知らないはずです」
「……そうじゃな」
「いきなり火を出せと言われても
無理があります」
「……グレン」
「はい」
「すまん」
「いえ」
グレンは素直に頭を下げる
エレノアを見て、少しだけ笑った。
「俺も、すぐに出来るとは
思っていませんでした」
「ほう」
「剣も最初から
振れたわけじゃありませんから」
エレノアの目が細くなる。
「……そうじゃったな」
グレンは木剣を握る。
「何度も繰り返して、
ようやく出来るようになりました」
「ならば」
エレノアが笑う。
「魔法も同じじゃ」
エレノアがグレンの前に立った。
「まず、
魔力を感じるところから始めるぞ」
「はい」
「目を閉じるのじゃ」
グレンが目を閉じる。
「自分の身体の中を
流れるものを意識せよ」
「……」
「水のようなものを想像してもよい。
風でもよい。大事なのは、
自分の中にある力を認識することじゃ」
「……」
「焦るでない」
静かな声だった。
さっきまでの研究者としての
興奮とは違う。
弟子を導く師の声。
「お主には、途方もない量の魔力がある」
「……はい」
「じゃが、多すぎる」
「多すぎる?」
「うむ」
エレノアは腕を組む。
「普通の人間なら、井戸から
水を汲むような感覚で魔力を扱える」
「はい」
「じゃが、お主の場合は違う」
「……」
「お主の中にあるのは、井戸ではない」
エレノアが笑った。
「湖じゃ」
「湖……」
「それどころか、
大きな湖がいくつもあるようなものじゃ」
グレンは目を閉じたまま、
自分の中を探る。
何かが、確かにある。
巨大な何か。
けれど、
「……分かりません」
「それでよい」
「はい」
「最初から分かる者などおらぬ」
グレンは集中を続けた。
五分。
十分。
二十分。
やがて額に汗が浮かぶ。
「……」
エレノアは黙って見ている。
セレフィーナも口を挟まない。
さらに時間が過ぎる。
そして。
「……ありました」
グレンが呟いた。
「何がじゃ?」
「これ……でしょうか」
「どんな感じじゃ?」
「身体の中に……
何かが流れているような」
「そうじゃ」
エレノアが嬉しそうに笑う。
「それが魔力じゃ」
「これが……」
「うむ」
グレンは慎重に意識を向ける。
「動かせそうです」
「では、右手へ」
「はい」
魔力を右腕へ、
ゆっくり、
少しずつ、
そして、
「……!」
グレンの右手が淡く光った。
「おお!」
エレノアが声を上げる。
セレフィーナも目を見開いた。
「魔力の移動を……」
だが、次の瞬間。
光は消えた。
「……消えました」
「うむ」
エレノアは笑っていた。
「よくやった」
「え?」
「大成功じゃ」
グレンは右手を見る。
ほんの一瞬、淡い光が灯っただけ。
それでも。
「……できた」
小さく呟いた。
エレノアは、その横顔を見つめる。
そして、
「そうじゃ」
静かに笑った。
「お主は今、
初めて魔法の扉を開いたのじゃ」
その様子を。
演習場の外から見ている者たちがいた。
「……あれが例の騎士?」
「そうみたい」
「九属性全部あるって本当?」
「学院長が確認したらしいぞ」
数人の学院生が、
興味深そうに眺めている。
その中にアルベルトもいた。
「……くだらない」
腕を組み、鼻で笑う。
「九属性など、ただの適性だ」
近くの学院生が振り返った。
「でも、全部だよ?」
「だから何だ」
アルベルトはグレンを見る。
「魔法は属性の数を競うものじゃない」
その言葉だけなら正論だった。
しかし。
「僕は既に中級魔法までも使える」
自慢げな声。
「それに比べて、あいつは何だ?」
アルベルトはグレンの右手を指差す。
「今のを見ただろう?」
「うん」
「手を光らせただけだ」
嘲笑する。
「九属性の天才様が聞いて呆れる」
学院生たちは何とも言えない顔をした。
その横で、ミーナがグレンを見ている。
小さな光、
ほんの一瞬、
それだけだった。
でも、
「……凄い」
ミーナは呟いた。
アルベルトが振り返る。
「何だと?」
「え?」
「今の何が凄い?」
「だって……」
ミーナはグレンを見る。
「昨日まで、
魔法を何も知らなかったんですよね?」
「それが?」
「それなのに、一日で魔力を
動かせるようになったんですよ」
「……」
「グレンさんは、
ずっと練習していました」
アルベルトの表情が険しくなる。
「たった一日だろ」
「はい」
ミーナは頷く。
「だから、これからもっと
出来るようになると思います」
「……」
アルベルトは鼻を鳴らした。
「くだらない」
そして背を向ける。
「ただの目立ちたがりの農民じゃないか」
「……」
「僕とは違う」
その言葉を、
ミーナは黙って聞いていた。
演習場では、
グレンが再び魔力操作を始めていた。
「もう一度やってみます」
「うむ」
「……」
魔力を右手へ。
今度は先ほどより少しだけ早い。
光が灯る。
一秒。
二秒。
消える。
「出来ました」
「うむ」
「さっきより長く出来ました」
「そうじゃな」
「もう一度」
「よかろう」
グレンはまた集中する。
そして。
何度も繰り返す。
光が灯る。
消える。
また灯る。
少し長くなる。
また消える。
グレンは黙々とそれを続けていた。
夕方になっても、日が傾いても。
何度も。
何度も。
「……もう終わりじゃ」
エレノアが言う。
「まだできます」
「駄目じゃ」
「ですが、」
「明日もある」
「……」
「魔法も剣も、
一日で極めるものではない」
グレンは少し考えた。
「分かりました」
素直に頷く。
そして。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた。
エレノアは笑う。
「こちらこそじゃ」
「?」
「久しぶりに、
こんなに楽しい授業をした」
「授業……」
グレンが少し笑った。
「明日もお願いします」
「もちろんじゃ」
セレフィーナが二人を見ていた。
「では、明日のためにも
今日はきちんと休んでください」
「はい」
その日の夜。
グレンは騎士寮の自室で、
魔法の基礎書を開いていた。
昼間に教わったことを、
一つずつノートへ書き写す。
魔力。
術式。
詠唱。
属性。
覚えることは
いくらでもある。
「……まだまだだ」
そう呟く。
だが、その顔は嬉しそうだった。
初めて、
自分の知らない世界に、
一歩踏み込めた気がした。
一方、王都の別の場所。
アルベルトは、自宅の机に座っていた。
高価な魔導書が開かれている。
だが、
しばらくすると、本を閉じた。
「……今日は疲れた」
椅子に背を預ける。
窓の外を見る。
「明日やればいい」
そう呟いて、そのまま眠りについた。
翌朝。
グレンは誰より早く起きていた。
騎士団の訓練場。
まだ誰もいない。
木剣を握る。
「……昨日より、速く」
一振り。
二振り。
三振り。
朝日が昇る。
そして、
グレンの新しい一日が始まった。
剣を振り、魔法を学び。
また剣を振る。
その日々が、
後に、大魔導師と呼ばれる少年の、
最初の一歩だった。
そして、少年が知らぬところで、
次なる舞台が整いつつあった。
「そういえば、来週の合同実技演習の
参加者は決まったのか?」
「ええ。
騎士団からも数名参加する予定です」
そんな会話が、
教室の外から聞こえてきた。
アルベルトが、ふとこちらを見る。
「……なあ、グレン」
「なんでしょう?」
「お前も出てみたらどうだ?」
「僕ですか?」
「九属性の天才様なんだろ?」
口元だけが、嫌な笑みを浮かべる。
「実際に、
どれほどのものか見てみたいじゃないか」
グレンは少し考えた。
「魔法の実技ですか?」
「そうだ」
「それなら……
勉強になるかもしれませんね」
アルベルトの笑みが深くなる。
「決まりだな」
その場にいた生徒たちが、
ざわめき始めた。
九属性の新人騎士。
中級魔法を操る貴族の優等生。
二人が、同じ舞台に立つ。
それが何を意味するのか。
この時のグレンには、
まだ分からなかった。
第三話 了
アルベルトです。お約束のキャラです。
さて、どうなるのでしょう?
◆◆◆キャラ紹介コーナー◆◆◆
カイル・ベルナール
王都では、
何かとグレンを気にかけてくれる
兄貴分的な先輩騎士。
cv.○山力○さんをイメージしています。
あっバレちゃう?これアウトなの?




