第三話前編 『努力の騎士、初めての魔法』
魔力量が既に大魔導師級なグレン。
属性も調べることに……
アステカ王立魔導学院。
王都にあり、魔導師を育成する
テルス魔法研究の中心地。
その一角にある測定室で、
グレン・テミストクレスは
椅子に座っていた。
「……緊張していますか?」
向かいに立つのは、
若い女性職員、リリア・フェルナード。
第一話でグレンの魔力量を測定した
彼女だった。
「いいえ」
「そうですか」
「ただ……」
グレンは測定器を見つめた。
「これで何が分かるんですか?」
「魔法属性の適性です」
「属性?」
「はい。火、水、土、風などですね」
リリアは
測定器の準備をしながら説明する。
「魔力には個人ごとの適性があります。
一般的には一つか二つ。
才能のある魔導師なら三つ、四つ
ということもあります」
「四つもですか…」
「ただし、適性があることと、
実際に魔法を使えることは別です」
「はい」
グレンは素直に頷いた。
魔法については、まだ何も知らない。
昨日、エレノアから教わったのも
魔力と魔法の基本的な仕組みだけだ。
詠唱。
属性。
魔力操作。
どれもこれから覚えていくものだった。
「では、始めますね」
「お願いします」
リリアが測定器に魔力を流す。
淡い光が装置の中央に浮かび上がった。
まずは火属性。
赤い光が灯る。
「火属性…適性あり」
リリアが記録する。
「次に水属性」
青い光。
「水属性…適性あり」
「……」
グレンは黙って見ている。
「土属性」
今度は黄色がかった光。
「土属性…適性あり」
リリアの筆が止まった。
「風属性」
緑色の光が浮かぶ。
「風属性…適性あり」
「四属性、すべて……」
リリアが小さく呟く。
だが、まだ驚くほどではない。
四属性すべてに
適性を持つ魔導師は少ない。
しかし、稀には存在する。
「続けます」
リリアが測定器を調整した。
「木属性」
今度は柔らかな緑の光。
「……木属性も、あり」
リリアの表情が少し変わった。
「金属性」
金色の光が浮かび上がる。
「……」
完全に筆が止まった。
「金属性も……」
リリアは測定結果を二度見した。
そしてグレンを見る。
「グレンさん」
「なんでしょう?」
「少し珍しい結果が出ています」
「珍しい?」
「はい」
グレンは少しだけ首を傾げた。
その頃、
測定室の外では、
数人の学院生が足を止めていた。
「ねえ、何やってるの?」
「例の騎士じゃない?」
「例の?」
「ほら、昨日話題になってた……」
声を潜める。
「大魔導師級の魔力量が
出たっていう騎士」
「えっ?」
「十五歳の新人騎士らしいよ」
「嘘でしょ?」
学院生たちの間で、
小さなざわめきが起こる。
その中に、一人の少年もいた。
「……あの農民か」
アルベルトだった。
彼は測定室の扉を見つめる。
「魔力量だけなら、
測定器の故障かもしれないだろ」
そう言いながらも、
気になって仕方がない。
その少し後ろには、
ミーナの姿もあった。
「グレンさん……」
彼女は心配そうに
扉を見つめていた。
そんな外の騒ぎをよそに、
測定は続いている。
「つ、次は……光属性です」
リリアの声が少しだけ硬くなった。
「光?」
グレンが聞き返す。
「はい」
測定器が光を放つ。
白い光。
それはこれまでの
どの属性よりも強く輝いた。
「……光属性、適性あり」
リリアが息を呑む。
外のざわめきが少し大きくなった。
「今、光って言った?」
「光属性?」
「珍しい……」
「まさか……」
そして。
「次……闇属性」
リリアは
測定器に目を落としたまま言った。
黒い光が生まれる。
それは光を吸い込むように、
静かに揺らめいた。
「…………闇属性、適性あり」
沈黙。
測定室の中も。
外も。
一瞬だけ、時間が止まったようだった。
「闇まで……?」
誰かが呟いた。
アルベルトの顔から、余裕が消えた。
「……あり得ない」
そして最後。
リリアは測定器を見つめる。
しばらく黙っていた。
「……最後です」
「時属性」
グレンは何の気負いもなく、
測定器に手を置いた。
光が走る。
時計の針を思わせる紋様が、
測定器の上に浮かび上がった。
リリアの目が見開かれた。
「…………」
言葉が出ない。
「リリアさん?」
「……時属性」
かすれた声。
「適性……あり」
測定器の光が消えた。
しばらく、誰も動かなかった。
やがてリリアが、記録用紙を見つめる。
そこに並んでいる文字。
火。 水。 土。 風。
木。 金。
光。 闇。 時。
「……九属性」
リリアが呟いた。
その声は、測定室の外にも届いた。
「九属性……?」
「九つ?」
「全部ってこと?」
「そんなの聞いたことない……」
「歴史上でも……」
学院生たちの間に、
一気にざわめきが広がった。
「おい……」
アルベルトが呆然とする。
「冗談だろ……」
昨日まで。
彼にとってグレンは、
ただの農民上がりの新人騎士だった。
魔法も使えない。
家柄もない。
なのに騎士として
異常な努力を続けている。
それだけの男だと思っていた。
だが、
「九属性って……」
アルベルトは拳を握った。
その横で、ミーナは驚きながらも、
少しだけ笑っていた。
「やっぱり……グレンさんって、
凄いんだ」
しかし彼女が思い出したのは、
魔法ではなかった。
朝から木剣を振り続けるグレン。
汗だくになっても訓練を
やめないグレン。
誰かに褒められても、ただ、
『まだまだです』
と言っていた姿。
「九属性……」
ミーナは小さく呟いた。
「それでも、
毎日あんなに頑張ってるんだ……」
その頃、測定室では。
「グレンさん」
「はい」
「あなた……」
リリアがゆっくり顔を上げる。
「本当に
魔法を使ったことがないんですよね?」
「その通りです」
「一度も?」
「はい」
「初級魔法すら?」
「使えません」
「……」
リリアは額に手を当てた。
「どうして……」
「?」
「どうしてそんな人が、
九属性全部に適性を……」
「そういうものなのでは?」
「そういうものではありません!」
思わず声が大きくなる。
「す、すみません」
「いえ……私こそ」
リリアは深呼吸する。
そして、改めて測定結果を確認した。
間違いない。
測定器も正常。
記録も正常。
九属性。
あり得ない。
少なくとも、彼女が知る限りでは。
「……学院長に報告しないと」
「学院長に?」
「はい」
その瞬間。
測定室の扉が開いた。
「その必要はないぞ」
「学院長!」
小さな身体。
長い金髪。
碧い瞳。
尖った耳。
そして、どこか楽しそうな笑顔。
エレノア・アルヴェリス。
白金の魔女。
「何やら面白そうな
騒ぎになっておるではないか」
エレノアは人だかりをかき分け、
測定室へ入ってくる。
そしてリリアの手元にある
記録用紙を覗き込んだ。
「…………」
一秒。
二秒。
三秒。
エレノアの目が輝いた。
「ほう」
そして。
「ほほう」
さらに。
「ほっほっほ!」
明らかに嬉しそうだった。
「学院長……?」
リリアが戸惑う。
「グレン」
「はい」
エレノアが振り返る。
「お主、自分が何を持っておるのか……
分かっておらんのじゃな?」
「何を、と言われましても……」
グレンは測定結果を見る。
「九つ、属性がある。
ということですよね?」
「サラッと言うことではない!」
エレノアが即座に突っ込む。
「九つじゃぞ、九つ!」
「はあ」
「火、水、土、風だけでも
十分珍しいというのに、
木と金まで持っておる!」
「まあ」
「そのうえ光、闇、時じゃ!」
「そのようです」
「全部じゃ!」
「……はい」
「もっと驚かんか!」
「すみません」
「謝るところでもない!」
周囲から、小さな笑いが漏れた。
エレノアは頬を膨らませる。
「まったく……」
だが、その目は笑っていた。
否。
笑っているどころではない。
そこに浮かんでいるのは、
研究者としての純粋な興奮だった。
二百年以上、魔法を研究してきた。
数え切れないほどの魔導師を見てきた。
それでも、
九属性すべてを持つ人間など、
一度も見たことがない。
「……面白い」
エレノアが呟く。
「実に、面白いぞ」
そしてグレンの肩を掴む。
「グレン!」
「はい」
「今日から予定変更じゃ!」
「予定変更?」
「魔法の基礎から
教えるつもりだったが…」
エレノアは満面の笑みを浮かべた。
「全部調べるぞ!」
「全部……?」
「そうじゃ!」
研究者の顔になったエレノアを見て、
リリアが苦笑する。
「学院長……」
「なんじゃ?」
「食事の時間は守ってくださいね」
「……」
エレノアの笑顔が止まった。
「……セレフィーナに言われたか」
「はい」
「むう……」
グレンは首を傾げる。
「セレフィーナさん?」
「そうじゃ」
エレノアが何気なく答える。
「ワシの研究助手兼メイド長じゃ」
その瞬間。
人だかりの後ろから、
聞き慣れた声がした。
「学院長。
研究に夢中になるのは結構。ですが、
弟子を初日から実験材料のように
扱うのは感心しません」
銀髪。
眼鏡。
理知的な瞳。
女教師を思わせる端正な服装。
細身で長身。
その姿だけを見れば、
エレノアよりもよほど学院長らしい。
セレフィーナ・アーデルハイト
だった。
「実験材料ではないぞ!」
「では何ですか?」
「未来の大魔導師じゃ!」
「……それを決めるのは、
まだ早いでしょう」
セレフィーナはグレンを見る。
「それに、あなたも騎士としての鍛錬を
続けるのでしょう?」
「はい」
「ならば、なおさら無理は禁物です」
「分かりました」
グレンは素直に頷いた。
セレフィーナは小さく微笑む。
「よろしい」
その横で、エレノアが口を尖らせる。
「ワシより弟子に甘いではないか」
「誰のせいだと思っているのですか」
「……」
グレンは二人を見比べた。
どうやら。
学院長の周りには、
学院長を止める人間が必要らしい。
そんなことを考えていると。
「ところでグレンさん」
リリアが声を掛ける。
「はい?」
「あなた、本当に
魔法について何も知らないんですよね?」
「はい」
「……九属性全部あるのに?」
「まあ」
リリアは頭を抱えた。
学院の廊下では、
すでに噂が走り始めていた。
「例の新人騎士、九属性らしいぞ」
「九属性?」
「火も水も風も全部」
「光と闇も?」
「時までだって」
「そんなの伝説じゃないか」
「しかも大魔導師級の魔力量だろ?」
「じゃあ、もう大魔導師じゃん」
「いや、魔法使えないらしいぞ」
「…………は?」
噂は尾ひれをつけながら広がっていく。
その中心にいる少年は。
ただ、
測定室の中で困ったように立っていた。
「……魔法って、難しいんですね」
エレノアが目を細める。
「そうじゃな」
そして楽しそうに笑った。
「じゃからこそ、面白いのじゃ」
こうして。
グレンの二重生活は、思いもよらぬ形で
学院中の注目を集めることになった。
後編につづく
一般属性の火、水、土、風。
これらは、誰しもが適正があるのです。
ただ、適正にも強弱があります。
測定しても現れないほど微弱だと、
努力しても使うことは困難なレベル。
測定で適正無し、と判定されても
後天的に使えることが稀にある。
というのは、この為。
◆◆◆キャラ紹介コーナー◆◆◆
エレノア邸メイド長兼助手
セレフィーナ・アーデルハイト
cv.イメージ、もちろんいます。
銀髪で女教師風のエルフ。
学院長と間違われる。
スレンダーモデル体型。
胸は控えめ。
話し方は律儀かつ理知的。
ヒトでいう二十代後半のメガネ美人、
なぜか独身。




