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辺境農民の俺、騎士になったら世界を救うことになりました  作者: ニャンコ
第三章 『テルス』

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第十一話前編 『侵攻、魔王正規軍』

 魔族にとっては、前哨戦に過ぎなかった。

これからは本当の魔族との戦争が始まる。

 しかし、世界中の軍隊は疲弊している。

戦えるのか?勝てるのか?魔王軍の力は?


 勝ち残れるのは、いったい…


       北方


 魔王の支配領域から、

   一つの軍勢が動き始めていた。


その進路の先にあるのは、ルージア帝国。


 先の防衛戦で人類が迎え撃った

魔物の軍勢。その倍を超える数が、

今度は帝都を目指して進軍している。

 大地を覆う兵列は、

      どこまでも途切れない。

 前方から後方まで、整然と続く行軍。

地面を踏みしめる音が重なり、地平線の

向こうから黒い波が押し寄せてくる

           かのようだった。


      魔物の咆哮が響く


 それに応えるように、

      無数の声が重なった。

一体一体の姿を見分けることすら難しい。

遠くから眺めるだけでも、その規模が

常軌を逸していることは明らかだった。


先の防衛戦は、人類にとって勝利だった。


各国は国境を守り、魔物の侵攻を退けた。


 だが、

あの戦いは終わりではなかったのだ。

魔王軍の本隊が動き出した。

 その事実は、

やがて各国の首脳部へと伝わっていく。

 そして、

誰もが同じ問題に直面することになった。


  あの軍勢を、どうやって止めるのか



          ◆


       パニアス王国


 パニアス王国 王城


 報告書を読み終えた王は、

   すぐには口を開かなかった。

卓上には、北方の地図が広げられている。

ルージア帝国の領土と、その帝都へ通じる

街道。その北側に記された魔王軍の進路

が、王の目に焼き付いていた。


「先の防衛戦で、

 各国とも少なからぬ損害を受けた。

 その直後に、これほどの軍勢か」


「はい。

 現時点で確認されている規模だけでも、

 先の防衛戦を大きく上回ります」


 宰相が答えた。


「ルージア帝国は、すでに軍の再編に

着手しているものと思われます。ただし、

単独で迎撃するには厳しい状況です」


「そうであろうな」

     王は報告書を閉じた。


「帝国が、他国に助けを求めることを

         ためらうのは分かる。

だが、これは一国の面目を守る為に

      済ませられる問題ではない」


「陛下。援軍を送るとなれば、

   我が国の防衛にも影響が出ます」


「わかっておる。

  なればこそ、今から備えるのだ」


 王は窓の外へ目を向けた。


 パニアスは、豊かな食と芸術を育んで

きた国だ。それらは平穏な暮らしが

あってこそ成り立つ。

 戦争が長引けば、兵だけでなく民も

疲弊する。畑が荒れれば食料が不足し、

街が傷つけば職人たちの仕事も失われる。


「軍の動員計画を見直せ。兵站の確保を

優先し、食料の備蓄も増やす。

戦場へ送る兵を用意するだけでは足りぬ」


「避難民の受け入れも想定されますか?」


「想定ではない。必ず備えよ」

     王は地図へ視線を戻した。


「ルージアが崩れれば、

戦火は他国へも広がる。今はまだ、

帝国の戦いに見えるかもしれぬ。

だが、そう考えている余裕はない」


 宰相は深く頭を下げた。


 パニアス王は、

すでに戦場の先を見据えていた。



          ◆


       アステカ王国


 南方大陸、アステカ王国


 王城の一室では、

アレハンドロ・ソル・アステカが

      北方の地図を見つめていた。


 傍らには宰相ロドリゴ・バルデス。

少し離れた位置には、

王国軍の大将軍エステバン・ガルシアが

          控えている。


「魔王の正規軍……。

先の防衛戦で現れた軍勢は、

前触れにすぎなかったということか」


 国王(アレハンドロ)の言葉に、宰相(ロドリゴ)が答えた。


「その可能性が高いかと…

今回の軍勢がルージア帝国の

帝都へ到達すれば、陥落はまず

避けられないとする報告もございます」


「帝都が落ちれば、

    魔王軍は次にどこへ向かう?」


「現段階では断定できません。

しかし、ルージアの領土を足掛かりに

    南下するとみるべきでしょう」


 国王(アレハンドロ)は地図に手を置いた。


 アステカは農業を国の礎とする国だ。


 人々が暮らす村があり、畑があり、

季節ごとに実る作物がある。一度戦争とな

れば、多くの民が苦しみ。国は衰退する。

 それは、現アステカ王のアレハンドロにとって、なんとしても避けねばならない。

 かつて南大陸で起きた戦乱による惨事が

今は、対魔王軍という形で世界に迫る危機

として、突きつけられたのだった。


「大将軍(エステバン)よ。

   軍の備えはどうなっておる?」


「幸いにも兵力そのものは

落ちておりません。ですが、長期戦を想定

し、兵站の整備を急ぐ必要がございます」


 大将軍(エステバン)の答えに、王は頷いた。


「ロドリゴ、備蓄の確認を急がせよ。

各地の領主にも通達し、収穫と保管に

支障が出ぬよう手を打つのだ」


「承知いたしました」


「エステバンは軍の動員計画を整えよ。

国境の警備を強化し、必要があれば

すぐに動けるようにしておく」


「はっ」


アレハンドロ王は、再び北方を見つめた。


「我らの国土は、民が耕し、民が守り、

        民が生きてきた場所だ。

戦火がここまで届いてからでは遅い」


その声は静かだったが、迷いはなかった。


「この戦、ルージア一国のものではない。

  これは、人類全体に迫る危機だ」



          ◆


       ルージア帝国


 ルージア帝国 帝都


 皇帝の執務室には、

  北方から届いた報告が

  次々と積み上げられていた。


 魔王軍の規模。

 進軍速度。

 確認された進路。そして、

 帝都までの距離。


 どの報告を見ても、

状況が好転する材料は見当たらない。


「先の防衛戦の倍以上だと?」


 皇帝の声が、静かな室内に響いた。


「現時点で確認できている数だけでも、

      そうなります」


 宰相は慎重に答えた。


「全軍の規模が判明したわけでは

ございません。ですが、少なくとも、

先の戦いよりも厳しい状況になることは

間違いないかと」


「帝国軍を再編する。北方の防衛線を

整理し、帝都へ通じる要路を固めよ」


「すでに準備を進めております」


 皇帝は地図を睨みつけた。


 ルージア帝国は広大な国土を持つ。

その全てを守ることは容易ではない。

まして、今回の敵は国境を襲う魔物の群れ

ではなく、帝都を目指して進む正規軍だ。


「援軍要請は如何様に?」


 宰相の問いに、

皇帝はすぐには答えなかった。


 帝国の威信を考えれば、

まず自国の力で対処したい。だが、

威信を守るために判断を誤り、

帝都を失えば、何もかもが終わる。


「……まずは帝国軍の態勢を整える。

だが、他国との連携も視野に入れよ」


「承知いたしました」


「帝国は、帝国の責務を果たす。だが、

敵の規模が想定を超えているならば、必要

な手を打つことを躊躇(ためら)ってはおれん、か」


 皇帝は椅子から立ち上がった。


「帝都を守る。

   いかなる犠牲を払ってもだ」


 その決意は揺らいでいなかった。

しかし、目の前に広がる地図は、

皇帝の覚悟だけで変わるものではない。


 北方から迫る軍勢は、

   今も歩みを止めていなかった。



          ◆


     アトランティス王国


 アトランティス王国、王城。


 各国から届いた報告書が、

   国王の執務机に並べられていた。


 北方から迫る魔王正規軍。

その規模は、先の防衛戦を大きく上回る。


 国王は報告書を閉じ、

傍らに控えるアルクへ視線を向けた。


「ルージア帝国は、

  持ち堪えられるだろうか」


「恐れながら、陛下。

ルージア一国で抑え込むことは、

 困難かと存じます」


 アルクは静かに一礼した。


「先の防衛戦で各国が相手にした軍勢

でさえ、少なからぬ損害を齎(もたら)しました。

 今回の正規軍は、その規模を上回って

おります。帝国軍がどれほど奮戦しよう

とも、単独で迎撃を続ければ、

刺し違えることも叶わぬでしょう」


「ならば、他の六か国で援軍を送る。

各国が連合し、対抗する他あるまい」


「仰せの通り。各国の軍が協力する。

  これは最低限必要でございます」


 アルクは地図を広げた。


「しかし、各国がそれぞれの国境を守る

ことに固執すれば、戦力は分散したまま

となります。ルージアが倒れた後、

それぞれの国が個別に戦ったところで、

同じ結末を迎えるだけでしょう」


「……国境を守ることに意味はない、                  と?」


「そうではありません。

国境は、国を守る為にございます」


 アルクは一度言葉を切り、

地図上の七つの国を順に見渡した。


「ですが、今、守るべきものは

国境の内側だけではございません」


 国王は黙って続きを促した。


「魔王軍が人類そのものを滅ぼそうとして

いるのであれば、我々が守るべきものも

また、人類そのものです。各国が自国の

存続のみを考えていては、

いずれ全てを失うことになりましょう」


「……ヴェル……」


 国王の口から、

ふと幼い頃からの呼び名がこぼれかけた。


 アルクは顔色一つ変えず、

     国王を見据えた。


「陛下……全てを賭けて戦うお覚悟を」


 その言葉に、国王の表情が変わった。


「国を捨て、王家を捨てろと申すか」


「我ら人類、危急存亡の秋なれば」


 アルクは深く頭を垂れた。


「アトランティス一国の存続を優先し、

    他国が滅びるのを座して待つ。

 そのような選択に、如何程の意味が

    ございましょう。人類滅亡は、

   我が国の滅亡と同義でございます」


   ヴェルアルク・パシフィコ

 彼は、

一人の将として、全霊を持って上奏した。


 自国の領土を守るための戦いではない。

   人類が生き残るための戦いを、

      始めるべきだと。


「陛下。ご決断を」


      静かな声だった


 だが、その言葉が意味するものは、

      決して小さくない。


 一国の軍を国境の防衛に留めるのでは

なく、魔王軍を討つために投入する。

それは、アトランティス自身もまた、

国の存亡を懸けた戦いへ

     踏み出すということだった。


国王は、しばらくアルクを見つめていた。


 幼い頃から知る男。誰よりも近く、

    誰よりも遠い場所に立つ男。


 今、目の前にいるのは、

  かつて“ヴェル”と呼んでいた

           親友ではない。


 この国の未来を背負い、

  国王に決断を迫る一人の将だった。


「……よかろう。伝令をこれに」


やがて国王は、ゆっくりと立ち上がった。


「アトランティスは、

  現時刻をもって、全軍出撃する。

   今出られぬ者は三日後、

      第二陣として出撃せよ。

   傭兵及び志願兵を五日で招集し

           出撃させよ。

ルージア、ブリタニアに先ぶれを出せ。

アトランティスは全軍で魔王軍にあたる。

余はアルクと共に第一陣を率いて出撃(で)る」


「陛下、ご英断です」


「これは、

アトランティスだけの戦いではない。

人類が、全ての事情を越えて

     手を取り合わねばならぬ」


『よくぞ、よくぞ………』

     アルクは、言葉にせず、

            再び一礼した。


 そして、顔を上げる。


「人類が生き残る為の戦いを、

アトランティスが

   世界に先駆けて示しましょう」


 その進言は、

一国の出撃命令に留まらなかった。


 各国が自国の防衛に固執する状況を

変え、人類が一つになって戦うための、

     最初の一歩となる。


 魔王正規軍が北方から迫る中、

アトランティスは

 世界に向けて決断を示そうとしていた。



          ◆


      ブリタニア王城


 女王のもとにアトランティスからの

先触れが届いたのは、

 魔王軍の脅威が世界を覆い始めた、

        その最中のことだった。


 書状に目を通した女王は、

       暫く黙っていた。


「……全軍を出す、か」


「はい。第一陣は船団を率いて、

     我が国へ向かうとのことです」


 宰相が答えた。


「そして到着後、我が国の転移門を

     利用し、ルージアへ向かう。

 ルージア側の同意も得たうえで、

     前線への移動を図りたいと」


「なるほどね」

     女王は書状を机に置いた。


「我が王国を“橋”扱いとはのう」


 口調こそ穏やかだったが、

  その言葉には明らかな棘があった。


「こちらが受け入れるとも、

  転移門を使わせるとも、

  まだ返事をしておらぬのでしょう?」


「はい。先方(アトランティス)は、我が国が受け入れる

ことを前提に軍を動かしているようです」


「ずいぶんと気が早いこと。

人類の存亡が懸かっているのだから?

多少の無礼には目をつぶれ、

      とでも言いたいのかしら」


 女王は頬杖をつき、

   もう一度書状に目を落とした。


 アトランティスと中央大陸は、

       陸路で繋がっていない。

 船団で海を渡り、

  ブリタニアを経由して転移門を使う。

 それが、アトランティスの

軍勢を前線へ送り込む最速の手段である。

 理屈はわかる。

わかるからこそ、腹立たしい。


「陛下。アトランティスが全軍を動かす

その決断は、

 我らにとっても大きな助けとなります。

先方も、時間を惜しんでいるのでしょう」


 宰相が慎重に言葉を選ぶ。


「わかっているわ。だからこそ、

腹が立つのよ。頼みもしないうちから、

こちらが手を貸すと決めてかかるとはね」


「陛下」


 それまで控えていた少年が、

      一歩前に出た。


      アーク。

 先の防衛戦、ブリタニアを救う英雄と

謳われた若き騎士。


「陛下。彼らは、死を覚悟して

 海を渡ろうとしているのでしょう」


 女王が目を向ける。


 アークは、

まっすぐに女王を見つめていた。


「遠い海の向こうにいる人々が、

   世界を守るために立ち上がった。

そして今、その剣を人類すべての為に

 振るおうとしている。ならば、

 私たちが彼らの覚悟に応えずして、

      何が人を導く者でしょうか」


 少年の声に迷いはなかった。


「たとえ彼らが我が国を橋と呼ぼうとも、

 私たちは橋で終わりません。海を越えて

 来る者を迎え、傷ついた者を支え、

 戦場へ送り出す。その一つひとつが、

      人類を救うための戦いです」


 アークは胸に手を当て、

     誓うように続けた。


「陛下。私は信じています。

 国境が人々を隔てる時代は、

        終わらせられる。

 人が人を見捨てず、

 互いの為に剣を取れるのなら、

 どれほど強大な魔王軍であろうと、

     私たちは決して屈しません!」


 玉座の間に、少年の声が響いた。


 宰相は僅かに目を伏せた。


 女王は、暫くアークを見つめていた。


 まったく。こういうところなのだ。


 この少年は、誰かが差し出した無茶を、

いつだって

 自分が背負うべき使命に変えてしまう。


「……そなたは、

    本当に大仰なことを言うのう」


「人類の存亡が懸かっているのです。

  これくらいは言わせてください」


「ふん。口だけで終わらせるでないぞ」


 女王は立ち上がった。


「宰相。アトランティスへ返答を…いえ、

いいわ。放っておいても来るのでしょう?

ブリタニアは第一陣の受け入れを認める。

転移門についても、準備は済ませておく」


「承知いたしました」


「それから、」


 女王は、わずかに口元を吊り上げた。


「我が王国の全兵站を

   アトランティス第一陣に持たせよ」


「……全兵站、でございますか?」


 宰相が思わず聞き返した。


「そうよ。

食料、医薬品、武具、予備の装備。

前線で必要となる物資を、可能な限り、

       いえ全てを運ばせるのよ」


 女王は、わざとらしく溜息をついた。


「橋のように扱われるのは許せないのよ。

  荷物持ちとして使って差し上げるわ」


「陛下、それは……」


「足枷をつけてあげないとね。

我が王国(ブリタニア)も全戦力を投入するわ。

アトランティス全軍を送り出した後、

      出撃よ。すぐに準備なさい」


 女王は再び椅子に腰を下ろし、

     アークへ視線を向けた。


「そなたも、出立の準備をしておけ。

 アトランティスの軍勢が到着したら、

           迎えに出るのよ。

彼らが海を渡って来たことを、

我らが歓迎していると伝えてあげなさい」


「はい、陛下。必ずや、彼らの

覚悟に恥じぬ働きをしてみせます!」


 即座に答えるアーク。


 女王は満足げに頷いた。


そして、誰にも聞こえないほど小さく、

     胸の内で呟いた。


『これで先走って死ねないでしょう? 

 まったく、これだから………

    男って手の掛かるガキじゃない』


 女王は小さく息を吐き、

    再び宰相へ向き直った。


「それから、世界中へ報せを出すのよ」


「アトランティスの出陣について、

     でございますか?」


「それだけではないわ。アトランティスは

 全軍をもって魔王軍に当たる。

そしてブリタニアは、

   アトランティスを送り出した後、

全軍一斉に出撃する。

    この方針を伝えなさい」


女王は、王城の窓から遠い海を見やった。


「アトランティスが先に動いた。

 ならば、次は我らの番よ。

  しっかり前座を務めてちょうだいね」


 宰相は深く頭を下げ、

すぐさま世界へ発布する手配をした。


    ブリタニアから世界へ


 海の向こうの

アトランティスが全軍を動かし、

  ブリタニアがその決断を受け止めた。


 二つの国が示した方針は、

魔王軍の脅威に揺れる世界へ、

新たな動きを促すことになる。


 女王は、

最後にもう一度だけ、アトランティスから

   の書状へ目を落とした。


「まったく……

    勝手に始めてくれるものね」


 その声には、

まだ少しばかりの苛立ちが残っていた。


 だが、

その手はもう、次の一手へと伸びていた。



          ◆


      ルージア帝国皇城


 皇帝のもと アトランティスからの

先触れが届いたのは、ブリタニアへの

先触れより少し後のことだった。


 報告を受けた皇帝は、書状を読み終える

と、机の上へ静かに置いた。


「アトランティスが全軍を動かすか。

しかも、ブリタニアを経由して

     我が国へ入るつもりだと?」


「はっ。

 第一陣は船団でブリタニアへ渡り、

同国の転移門を利用して前線へ向かう計画

とのことです。陛下、ブリタニア側も受け

入れを認め、転移門の準備を進める意向を

示しております」


 宰相が答えた。


「ブリタニアが、か」


 皇帝は鼻を鳴らした。


「他国の軍勢を受け入れ?

  前線への道を整える?

  ずいぶんと気前がよいではないか」


「アトランティスの第一陣を

送り出した後、ブリタニアも全軍を

出撃させるとの方針が、

   各国へ発せられたようです」


「ほう。アトランティスに続くつもりか。

それとも、先を越されたくないのか」


 皇帝の口元に、薄い笑みが浮かんだ。


 ブリタニアが何を考えているかは

分からない。人類の存亡を前にして、

国の利害だけを考えているわけでも

あるまい。


 だが、他国が動けば、

そこには必ず新たな力関係が生まれる。


「陛下。アトランティスの軍勢を

受け入れることは、我が国にとっても

利益となります。転移門を通じて

前線へ送り込めるのであれば、到着までの

時間を大幅に短縮できましょう」


 皇帝は、苛立ち歯軋りした。


「分かっておる」


 皇帝は玉座から立ち上がった。


「だが、忘れるな。ここは我らの大地だ。

 大ルージアの命運を

   他国の都合に委ねるつもりはない」


「はっ」


「転移門の受け入れ態勢を整えよ。

アトランティスの軍勢を利用できるものは

利用する。だが、我が軍の指揮権は決して

譲らぬ。ブリタニアにも、そのことは理解

させておけ」


「承知いたしました」


 皇帝は窓の外へ目を向けた。


 北から迫る魔王軍。

その規模は、これまで国境で撃退してきた

軍勢とは比べものにならない。


 援軍は必要だ。


 だが、援軍を必要とすることと、

大国としての矜持を捨てることは違う。


「アトランティスが

全軍を出すというのなら、その覚悟に

      見合う働きをしてもらおう。

ブリタニアも同じだ。

各国がそれぞれの役目を果たす。

  それでこそ、魔王軍を迎え撃てる」


皇帝の声には、強い意志がこもっていた。


 ルージアは、

ただ救われるのを待つ国ではない。


 自ら剣を取り、戦い抜く国なのだ。



          ◆


       シン帝国皇城


 ブリタニアからの報告が届いたのは、

アトランティスの出陣が決まり、

  同国が世界へ方針を発した後だった。


 皇帝は報告書を読み終えると、

     喉の奥で笑った。


「アトランティスは全軍を出す。

ブリタニアはその軍勢を受け入れ、

  前線へ送り出した後、

   自らも全軍を出撃させる……か」


「はい。ブリタニアは、アトランティスの

第一陣を受け入れる準備を進めているとの

ことです。転移門の使用についても、

ルージアとの調整を行うようです」


 宰相が答えた。


「なるほど。海の向こうから来る軍勢を

迎え入れ、その背中を押してから、

自分たちも出陣する。

   実に勇ましい話ではないか」


 皇帝は、

わざとらしく感心したような声を出した。


「アトランティスに先を越された

ブリタニアが、今度は世界に向けて先頭に     立つと宣言したわけだ。

いやはや、忙しいことだな」


 宰相は慎重に言葉を選んだ。


「ブリタニアとしても、魔王軍の脅威を

座視するわけにはいかぬのでしょう。

アトランティスの出陣は、

各国にとっても大きな転機となります」


「そうだろうね。人類の危機ともなれば、

各国の王も黙ってはいられぬ」


 皇帝は報告書を机に置いた。


「だが、勇ましい宣言だけで戦争に勝てる

わけではない。大軍を動かせば、それだけ

問題も増える。ブリタニアがどこまで考え

ているのか、見ものだな」


「では、

我が国はしばらく情勢を見極めますか」


「いや。見極める為にも、

   動かせる準備はしておけ。

情報を集め、軍の配置を見直せ。

各国がどこへ、どれほどの兵を送り込む

つもりなのか、把握するのだ」


「承知いたしました」


 そのとき、部屋の隅に控えていた

    老剣士が口を開いた。


「陛下。

  ひとつ、申し上げてもよろしいか」


       シリュウ


 現皇帝の幼少期より仕える武将。

齢五十ほど。幾多の戦場をくぐり抜けた

その立ち姿には、

   老いを感じさせぬ威厳があった。


 皇帝は、視線を向けた。


「申してみよ、シリュウ」


「他国の思惑を読むことは、戦において

肝要にござる。されど、魔王軍が迫る今、

我らが見定めるべきは、

他国の名誉や利得ばかりではござらぬ」


シリュウは背筋を伸ばしたまま、

      静かに続けた。


「海の向こうの国が全軍を動かし、

ブリタニアもまた出陣を決めた。

そこには、少なくとも戦わねばならぬ

  という覚悟がある。

ならば我らも、剣を取る者として、

その覚悟に応えるべきではござらぬか」


 皇帝は目を細めた。


「シリュウ。そなたは、

  他国の決断を疑うなと申すのか?」


「疑うなとは申しませぬ。

   戦場において油断は命取り。

されど、疑うことと、

 相手の覚悟を認めぬことは別にござる」


 老将の声は、よく通った。


「我らが戦うのは、他国に勝つ為では

ござらぬ。魔王軍を退け、人々の命を守る

為。剣を振るう理由を違えれば、

いかに戦に勝とうとも、

守るべきものを見失いましょう」


 宰相が、わずかに息をのんだ。


 皇帝はしばらくシリュウを見つめていた

が、やがて小さく笑った。


「相変わらず、そなたは真っ直ぐだな」


「剣の道に、

    曲がり道はございませぬ故」


「ふっ……なるほど。ならば、そなたの

   真っ直ぐな剣が役立つ時も来よう」


「宰相よ。

  我が国の転移門は起動できるのか」


 皇帝は問う。そして、宰相は


「まだ試用段階ですが」


 皇帝は再び報告書を手に取った。


「シンも備えを進める。

今すぐ全軍を出すとは言わぬ。

だが、いつでも動けるようにしておけ。

転移門の調整を急ぐのじゃ。ブリタニア

からの情報も引き続き集めるのだ」


「御意」


 シリュウは深く一礼した。


 皇帝は窓の向こうを見やった。


「さて、女狐(ブリタニア)は海人(アトランティス)に前座を務めろ、

と言ったそうだが……その舞台が、

どれほど血に染まるか。誰にも分からぬな」


 その言葉には、

  いつもの皮肉が滲んでいた。


 だが、今度ばかりは、笑みだけで

済ませられる状況ではなかった。



          ◆


       ポルタス王城


 ブリタニアから届いた報せに、

    王は静かに目を通していた。


 アトランティスが

      全軍を出撃させること。

第一陣は船団を率いてブリタニアへ

向かい、転移門を利用して前線へ向かう

こと。そして、ブリタニアもまた、

アトランティスの軍勢を送り出した後、

全軍を出撃させるという。


 王は書状を置いた。


「……動き始めたのう」


 その声に、焦りはなかった。

だが顔つきは、普段の“王の顔”ではない。


 ポルタスは

近年、大きな戦争を経験していない。

 だが、それは

戦を知らぬ国という意味ではなかった。


 かつてのポルタスは、地形を読み、

敵の動きを誘い、限られた兵力で

大軍を翻弄することに長けた国だった。


 そして、目の前の王もまた、

その伝統を知り尽くしている。


「陛下。アトランティスに続き、

ブリタニアも全軍を動かすとのこと。

魔王軍の脅威が、

    各国を動かし始めております」


 宰相が報告した。


「いや、動かされた……

というべきかもしれんのう。どの道

もう一国だけで解決できる戦ではねえわ」


 王は地図を広げた。


 北方にはルージア帝国。

その南にはポルタス王国、

さらにその先には

     パニアス王国がある。


 パニアスとルージアの間には、

  ポルタスの領土が横たわっている。


「パニアスは、動きよるのう」


「パニアス王も、魔王軍の脅威を軽視され

る方ではございません。民と国土を守る為

相応の決断をなさるものと考えます」


「そうじゃのう。アステカも、な。

先の戦、端から傭兵まで出しよった。

   あれは鼻が効くやつじゃ」


 王は地図上の二国を見た。


「ならば、

   儂らがすべきことは決まっとる」


 指先が、ポルタスからパニアスを経て

    ルージアへと走った。


「ルージア南部へ至る最短のルートを

確保せい。パニアスが全兵力で来る。

気持ちよう進軍させてやり」


「承知いたしました」


「それとな、

我が国の船を全部アステカへ向かわせい」


 宰相が顔を上げた。


「全て、でございますか?」


「おう。アステカには、

軍を運べるほど船が無かろう?

ならば、儂らの船で運んじゃれ」


 王は迷わなかった。


「クリスチアーノ」


 王が名を呼ぶと、

部屋の隅に控えていた騎士が進み出た。


 上背はさほどない。


 だが、鍛え上げられた肉体には

無駄がなく、その場に立つだけで

周囲の空気が引き締まった。


 剣を持つ者ならば、

誰もが本能的に理解するだろう。

 この男は、守ると決めたもののため

ならば、一歩たりとも退かない。


「はっ、陛下」


 クリスチアーノは、

騎士の礼をもって頭を垂れた。


「パニアス、ルージア間のルートは、

こちらでよろしいでしょうか?」


王が示した地図を一瞥し、すぐに尋ねる。


「おう。地形と補給を考えれば、

そこが最短じゃろな。じゃが、

  通過するだけじゃあ意味はない。

  進軍路を確保し、補給線を維持せい」


「御意。道を拓き、兵を通し、

     戦場まで支え続ける。

 それが我らの役目にございましょう」


 王は小さく笑った。


「おう、ようわかっとるの」


「陛下の御意を実現するのが、

     我が務めにございます」


 クリスチアーノの返答に、

      迷いはなかった。


 王は続けて命じた。


「アステカへ船を送る件も進めい。

 パニアスには、

我が国と同じく船を出すよう要望する」


「直ちに、パニアスにも同様に動いて

もらいましょう。アステカの軍勢を海路で

運べれば、前線への到着を早められます」


「おう、頼んだ」


「はっ!」


 クリスチアーノは一礼すると、

   すぐに行動へ移ろうとした。


 その背に、王がもう一度声をかける。


「待て。もう一つ…」


「何なりと」


「シン帝国へ書状を送る。

     内容は、こうだ」


 王は、わずかに目を細めた。


「『ポルタス、パニアス、アステカも

    全兵力をもって人類の盾となる。

 シン帝国もまた、

    その責務を果たされたい』とな」


 宰相が一瞬、言葉を失った。


「陛下……。パニアスとアステカの出兵

は、まだ正式に確認できておりませんが」


「わかっとるわ」


 王は平然と答えた。


「じゃけえ、先に伝えるんじゃ」


「と、申されますと?」


「パニアスは動く。

 アステカも動かねばならぬ。

 両国とも、魔王軍を前にして

 座して待つような国やない。

        儂にはわかる」


 王は地図から顔を上げた。


「残るはシンじゃ。

 あいつら、他国(よそ)の動きを

 見よるじゃろ?じゃったら、

 先に盤面を示してやりゃあええ」


「……三国が全兵力を出すと伝え、

シンにも出兵を促すのでございますな」


「おうよ。

 真偽を確かめるのに時間かけとる

 うちに、他国(よそ)だけが動いとった。

 そうなりゃ、

シンは人類の戦から取り残されよるわの」


 王は口元を緩めた。


「さて、皇帝陛下(あのおっさん)は

ど・お・な・さ・る・か・な」


 クリスチアーノは、

  王の意図を理解したように頷いた。


「ひとつ、よろしいでしょうか」


「おう、言え」


「ルージア南部の小国に、

 シンが転移門を設置していると

          聞いております。

 これを突いてやりましょう」


 王の目が、わずかに細くなった。


「ほう」


「転移門を使えば、アステカは疎(おろ)か

 パニアスよりも先んじて前線へ辿り着き

 ます。後から顔を出すのは、

 あまりにも腰が引けている。と」


「ハッハッハッ、そりゃええわ。皇帝陛下(あのおっさん)顔真っ赤にしよるのう」


 王は、満足げに頷いた。


「オモロいの。

   ケツも赤うなるまで叩いたり」


「御意」


 クリスチアーノは深々と頭を下げた。


「陛下。

 必ずや、各国の軍勢が前線へ至る道を

 整えてみせます。民を守り、兵を支え、

 魔王軍を退ける。その為に、

 この身を捧げる所存にございます」


「おう。儂は期待しとるわ」


 王は再び地図を見下ろした。


 アトランティスが動いた。


 ブリタニアも動く。


ならば、

 ポルタスは兵を運び、道を拓き、

       各国を繋ぐ。


 その一手が、次の一手を生む。


「さての、ウチの軍勢。

  もうちぃっと強うしときたいの」


 王は静かに呟いた。



          ◆


 人類が史上初めての戦いに

踏み入れようとしていたその時。



 ルージアから、新たな報告が届いた。


 魔王軍の進軍を監視していた部隊が、

魔王正規軍の遥か後方に、

    別の軍勢を確認したという。


 魔王正規軍、第二の軍勢。

     その存在が確認されたのだ。


 兵数も編成も不明。

規模が大き過ぎて、

     捉えきれていないのだ。


ただ、第一軍とは別に、

    もう一つの軍勢が存在する。


 それだけは確かだった。


 報せは各国へと伝わり、

    世界を震撼させた。


 第一軍だけでも、ルージア単独で

食い止めることは難しいと見られている。

各国が兵を送り、連合軍を結成したと

しても、指揮系統の異なる軍勢をまとめ

上げ、魔王軍に対抗できるかどうかは

分からない。


 まして、第一軍を退けた後に、

第二軍が待ち構えているのだとしたら。


 勝利のために全力を尽くした軍が、

続けて別の大軍と戦える保証など、

    どこにもなかった。


 連合軍の結成に向け、

   各国がようやく動き始めた。


 人類が一つになれば、

   まだ戦えるかもしれない。


 だが、その希望さえも、第二の軍勢

という未知の脅威の前に揺らいでいた。


 世界は、まだ知らない。


 魔王軍が、

どれほどの戦力を用意しているのかを。


 そして、人類に残された時間が、

どれほど少ないのかを。






後編へ続く



 おっとまたしても分厚くなりました。

ここは、ね。サラッとやるつもりだったのね。でもキャラとか世界の覇権とか

なんかねえ、色々ついてきちゃったから、さ

仕方がないのよ。


 ポルタス王のこと、気になってます?

これはですねえ、普段は王様らしく振る舞う

方なのですが、戦人の一面がでると話し方が豹変して地金がでちゃう。ということです。

やっぱり個性って大切かなって^ ^

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