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辺境農民の俺、騎士になったら世界を救うことになりました  作者: ニャンコ
第三章 『テルス』

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20/24

第十話後編 『アステカ国軍』

 嘘か本当か明かされた『人類滅亡計画』

この報せは、アステカ王国だけで収まる

ものではなく………

 各国の思惑。それを遥か超越した事件。

世界は、これからどうなるのか?

 信じるか信じないかは………

    アステカ王国  王都


 アステカ王国、国王

  アレハンドロ・ソル・アステカ


 国王(アレハンドロ)は、王城の軍議室に

     参謀たちを集め軍議を開いた。


 大きな卓上には、国境地帯から王都に

至るまでの地図が広げられている。

その上には各地の軍勢の配置、街道、補給

拠点が書き込まれ、報告書がいくつも積み重ねられていた。


 国王(アレハンドロ)は一通の報告書を読み終えると、

ゆっくりと顔を上げた。


「七つの国で、ほぼ同時に魔物の軍勢が

出現した。しかも、いずれも魔族の将が

率いているというのだな」


「はい。各国から入った情報を照合して

も、発生の時期に大きな差はありません」


 参謀の一人が答えた。


「単なる魔物の異常発生とは考えにくいで

しょう。何者かが、明確な意図をもって

各国を襲撃している可能性が高いかと」


「目的は王都か。

それとも、国境地帯そのものか」


「現段階では断定できません。ただ、

敵の進路を見る限り、各国の主要都市を

目指しているようにも見えます」


 国王(アレハンドロ)は地図に目を落とした。


「ならば、敵の狙いは一つとは限らぬな」


 参謀たちが国王を見つめる。


「国境の街を落とし、住民を混乱させ、

軍を分散させる。そうして王都への道を

開く。あるいは、各国の軍を国境に釘付け

にすること自体が目的なのかもしれぬ」


「いずれにせよ、各国が個別に対処せざる

を得ない状況を作っている、と?」


「そうだ。

敵が七つの国を同時に襲うだけの力を持つ

のなら、こちらが敵の意図を見誤ること

こそ、最も避けるべき事態であろう」


 国王(アレハンドロ)は報告書を脇へ置いた。


「我が国の兵力で、現在確認されている

軍勢を撃退することは可能か?」


「正規軍の兵力で対応できると考えます。

ただし、敵の規模が報告を上回った場合

や、別働隊が存在した場合には、

          状況が変わります」


「つまり、勝てる見込みはある。

だが、余裕があるとは言い切れぬ

         ということか」


「そのとおりです」


 国王(アレハンドロ)はしばらく黙っていた。


 アステカ王国は、

農業を国の礎とする国である。


 王都の城壁を守れば、それで国を守った

ことになるわけではない。国境の村々にも

人々の暮らしがあり、畑があり、

             家族がいる。

 街道が寸断されれば、食料の運搬にも

影響が出る。農地が荒らされれば、

戦いが終わった後の生活まで損なわれる。


 戦場の勝敗だけでは測れないものが、

この国にはあった。


「国境の軍勢を撃退することだけに

目を奪われてはならんな」


 国王(アレハンドロ)が口を開いた。


「敵の目的がわからぬ以上、

目の前の戦いに勝ったとしても、

それで終わりとは限らぬ。

投入する兵力は惜しまぬ。だが、

無計画に兵を送り出すつもりもない」


「陛下」


 参謀の一人が、

慎重に言葉を選びながら進み出た。


「兵力を増強する場合、王都周辺の警備や

各地の治安維持にも影響が出ます。予備

兵力を大きく削れば、敵が別の場所に現れ

た際、対応が遅れる恐れもございます」


「わかっておる」

     国王(アレハンドロ)は頷いた。


「なればこそ、どこまでを国軍で担い、

どこから協力を求めるべきかを

      見極めねばならん」


 そのとき、軍議室の扉が開いた。


「陛下。丞相がお見えです」


「通せ」


 アステカ王国丞相

     ロドリゴ・ヴァルデス


「遅参の非礼、ご容赦願います」


 彼は国王と参謀たちに一礼すると、

     卓上の地図へ目を向けた。


「状況は把握しております。

各国の報告を踏まえても、

今回の襲撃は、従来の国境防衛戦とは

  別のものとして考えるべきでしょう」


「私もそう考えている。丞相(ロドリゴ)よ、

   お前の見解を聞かせてくれ」


「はい」

      丞相(ロドリゴ)は地図の一点を指した。


「まず、国境の防衛に必要な兵力を

増強するべきです。現地の軍勢だけで

対処できると判断しても、増援を送る準備

は整えておく。敵が想定以上の戦力を投入

した場合、初動の遅れはそのまま被害に

つながります」


「予備兵力を前倒しで動かすか」


「すべてを前線へ送る必要はありません。

重要なのは、必要になったときに動かせる

状態にしておくことです。各地の兵力を

無秩序に集めるのではなく、戦況に応じて

増援を投入できる体制を整えるべきかと」


 参謀の一人が頷いた。


「補給についても、

あらかじめ手を打つ必要がありますね。

前線の兵力だけを増やしても、食料や矢、

武具が不足すれば戦いを継続できません」


「左様」

     丞相(ロドリゴ)は続けた。


「もう一つ。

近衛騎士団と親衛隊にも協力を要請する

べきです。彼らは王都と陛下を守る為の

戦力ですが、今回は国そのものを脅かす

事態です。王都の警備を維持できる範囲を

見極めたうえで、

志願者を募るのが善いでしょう」


「王都の守りを

薄くし過ぎる訳にはいかぬな」


「はい。この場面、全員を動員するのでは

なく、参加する者を選びます。彼らには

国軍とは異なる働きも期待できます。

精鋭としての機動力を生かせば、

必要な場所へ迅速に投入できるでしょう」


 国王(アレハンドロ)は腕を組んだ。


「傭兵団への協力要請については?」


「こちらも進めるべきです。傭兵は

それぞれの腕を頼りに戦う者たちです。

騎士団とは性質が異なりますが、

戦力として無視する理由はありません。

条件を明確にし、

志願する者を募るのが現実的でしょう」


「彼らを国軍の指揮下に置くことは

          難しいだろうな」


「一律に従わせようとするより、

協力させる為の仕組みを整えるべきです。

国軍が主力を担い、必要な任務については各部隊の特性を生かす。その方が、

全体としての戦力を高められます」


 国王(アレハンドロ)は、丞相(ロドリゴ)の言葉を聞きながら

         地図を見つめていた。


「よかろう」


 やがて、国王(アレハンドロ)が顔を上げた。


「国軍を主力として、国境の防衛に必要な

兵力を増強する。予備兵力を確保し、

補給体制を整えよ。近衛騎士団と親衛隊に

は協力を要請し、志願者を第一有志部隊と

して編成する。傭兵団にも協力を求め、

第二有志部隊を編成する」


 参謀たちが一斉に頭を下げた。


「各地からの情報収集も継続せよ。

敵の規模、進路、指揮官の動き。

どんな些細な情報も集め、分析するのだ」


「承知いたしました」


 国王(アレハンドロ)は最後に、丞相(ロドリゴ)を見た。


「丞相(ロドリゴ)よ。今回の判断は、国軍の動きに

直結する。大将軍を呼べ。私から直接、

       勅令を下す」


「かしこまりました」


 丞相(ロドリゴ)が一礼して退室する。


 国王(アレハンドロ)は、

もう一度地図に目を落とした。


 敵が

何を企んでいるのかは、まだ解らない。


 だが、解らないからといって、

備えを怠る理由にはならなかった。


「この国を守るために、

    出来ることは全てやる」


 国王の言葉に、

参謀たちは深く頭を下げた。


          ◆


 アステカ王国軍大将軍

     エステバン・ガルシア


 長年、軍を率いてきた男。

王国の軍制を熟知し、将軍たちからの信頼

も厚い。華美な装飾を身につけてはいない

が、その立ち姿には、

  軍を預かる者としての重みがあった。


「陛下。エステバン・ガルシアこれに」


     国王が口を開く

「うむ、丞相よ。大将軍(エステバン)に説明せよ」


「アステカ王国丞相ロドリゴ・ヴァルデスが王の御前にて勅令を伝える。

 今回の魔物の襲撃に於いて、

国軍を主力とした防衛態勢を整える。

国境の防衛兵力を増強し、

予備兵力を確保せよ。補給路を維持し、

必要な増援を迅速に投入可能にせよ」


「承知いたしました」


「近衛騎士団と親衛隊から志願者を募り、

第一有志部隊を編成する。

傭兵団にも協力を要請し、第二有志部隊を

編成する。彼らとは連携を取りつつ、

それぞれの特性を生かして運用せよ」


 大将軍(エステバン)は一つ一つの命令を受け止め、

       頷いた。


「戦略は以上だ。

具体的な戦術は、お前に任せる。

将軍たちと軍議を開き、

現場の状況に応じた作戦を定めよ」


「はっ。

必ずや、国境を守り抜いてみせます」


「敵を侮るな。だが、

恐れて動けなくなることも許さん。

国軍の力を存分に発揮せよ」


「御意」


 大将軍(エステバン)は深く頭を下げた。


 国王からの勅令を受け、

    大将軍は軍議へと向かった。


          ◆


 軍議の間には、

国軍の将軍たちが集まっていた。


 壁際には各地の地図が並べられ、

卓上には敵の進路と推定戦力を

記した資料が広げられている。


 大将軍エステバンが席に着くと、

将軍たちは姿勢を正した。


「陛下より勅令が下った。

国軍を主力として、敵の侵攻を阻止する。

今回は通常の国境防衛戦とは異なる。

敵の全容がわからぬ以上、初動から十分な

兵力を投入し、必要に応じて増援を送る」


 大将軍(エステバン)は地図を指した。


「まず、各将軍の見解を聞きたい。

現地の報告と照らし合わせ、

どこに兵力を置くべきか。意見を述べよ」


「第一軍は、敵の進路上に

防衛線を構築するのがよいと考えます」


 最初の将軍が立ち上がった。


「街道を押さえれば、敵の進軍を制限でき

ます。こちらが有利な地形を選び、敵の勢

いを削いだうえで撃退するべきです」


「だが、敵の数が想定以上だった場合、

防衛線に兵力を集中させすぎると、

側面を突かれる恐れがある」


 別の将軍が口を挟んだ。


「第二軍は後方に配置し、側面への備えと

増援を兼ねるべきでしょう。

敵の動きに応じて柔軟に動けるよう、

予備兵力を残しておく必要があります」


「補給路の確保も欠かせません。

国境へ兵を送り続ければ、兵站の消費も

増えます。

輸送路を守る部隊を別に設けるべきです」


 大将軍(エステバン)は、

各将軍の意見を遮らずに聞いていた。


 誰もが戦場を知る者たちだった。

それぞれの案には利点があり、同時に欠点

もある。防衛線を厚くすれば別の場所が

薄くなる。予備兵力を増やせば初動の攻勢

は弱まり、前線へ戦力を集中させれば、

予想外の事態への対応が難しくなる。


「第一軍は街道を確保し、

         防衛線を構築する。

第二軍は後方に置き、

側面への備えと増援を担わせる。

補給路の確保については、

専任の部隊を割り当てる案を検討しよう」


 大将軍(エステバン)が一度、地図から顔を上げた。


「ただし、これで終わりではない。

敵の動きに応じて配置を変える

必要がある。報告が届き次第、各軍は

状況を共有し、独断で戦線を広げない

こと。追撃についても、敵の後続が確認できない限り、慎重に判断する」


 将軍たちが頷いた。


「大将軍」


 そのとき、

軍議の間の入口に丞相(ロドリゴ)が姿を現した。


 大将軍(エステバン)が目を向ける。


「丞相。国王陛下からの勅令は、

すでに受けております」


「承知しています。戦術を決める場に口を

挟むつもりはありません。

ただ、国王陛下の戦略を実現するために、

確認しておきたい点があります」


「聞こう」


 丞相(ロドリゴ)は地図の前へ進んだ。


「敵が七つの国を同時に襲っている以上、

我が国の戦場だけを見て判断するわけには

いきません。敵の軍勢を撃退できたと

しても、その直後に別の軍勢が現れる

可能性は残ります」


「そのために予備兵力を置く、

     ということだな」


「はい。ただし、予備兵力を後方に置く

だけでは不十分です。どこへ、どの程度の

時間で投入できるのか。そのための街道と

連絡手段を確保しておく必要があります」


 丞相(ロドリゴ)は、街道と補給拠点を順に指した。


「敵の進路を見極めることを優先し、

各軍の連携を密にする。

敵を撃退した部隊があっても、

すぐに全兵力を追撃へ回さない。

戦場の情報を集め、

     次の動きに備えるべきです」


 将軍たちは、

地図を見ながら考え込んだ。


 大将軍(エステバン)も、しばらく黙っていた。


 やがて大将軍は、丞相に向き直った。


「丞相の進言は理解した。前線の将軍たち

には、敵の撃退を第一としながらも、

後続の動きを見極めることを徹底させる。

予備兵力は大きく崩さず、

増援の投入先は報告に基づいて判断する」


 そして、将軍たちを見渡した。


「各軍は、まず与えられた任務を果たせ。

敵の数や動きに変化があれば、ただちに

報告すること。現場の判断は任せるが、

戦局を左右する動きについては

必ず連絡を入れろ」


「はっ!」


「補給路の確保を怠るな。戦場で勝つこと

だけが軍の役目ではない。兵を戦わせ続け

られる状態を維持することも、

我らの責任だ」


 大将軍(エステバン)の言葉に、

将軍たちが一斉に立ち上がった。


「各軍、出撃準備に入れ!」


      軍議は終わった。


 国王が定めた戦略を受け、

大将軍が将軍たちの意見を聞き、

丞相の進言も踏まえて戦術をまとめる。


 それぞれの役割を果たした者たちが、

次の行動へと移っていく。


 アステカ王国の国軍は、

      動き出していた。


          ◆


 王都の外れにある軍の集結地では、

出撃準備が進められていた。


 兵士たちは武具を身につけ、盾や槍を

確認し、部隊ごとに整列していく。

軍旗が掲げられ、馬が引かれ、補給物資を

積んだ荷車が隊列の後方へと並んだ。


 大将軍(エステバン)は、各軍の指揮官から

準備完了の報告を受けていた。


「第一軍、準備完了」


「第二軍、準備完了」


「補給部隊、準備完了」


 報告が続く。


 大将軍は最後に、

集結した兵士たちを見渡した。


「これより国境防衛のため、各軍は所定の

配置へ向かう。敵の規模は大きい。だが、

我らは一つの軍として戦う。

各部隊は互いに連携し、命令を守り、与えられた任務を果たせ!」


 兵士たちが槍の柄を地面に打ちつけた。


 重い音が、集結地に響き渡る。


「アステカ王国の名に懸けて、

    国境を守り抜け!」


「おおおおおっ!」


 地を震わせるような鬨の声が上がった。


 やがて、出撃の号令が下る。


「第一軍、進め!」


 先頭の部隊が歩き始めた。


 掲げられた軍旗が風を受け、隊列が王都

の門へ向かって伸びていく。続いて第二軍

が動き、補給部隊がその後方を進んだ。


 兵士たちは、

誰一人として浮ついてはいなかった。


 戦場へ向かうことの意味を知っている。

戻れない者が出るかもしれないことも、

守るべき村や街があることも、

            理解していた。


 それでも、彼らは進む。

その背後には、暮らしがある。


 家族がいる。

 自分たちが守るべき国がある。


 国軍の隊列は、

王都を出て国境へと向かった。



          ◆


 国軍の出撃が続く中、王城の広場では、

もう一つの部隊が整列していた。


 近衛騎士団と親衛隊から志願した騎士た

ちで編成された、第一有志部隊である。


 王城と王族を守る為に

鍛えられた者たち。その中でも、

今回の防衛戦に参加することを望んだ

者たちが選ばれていた。


 彼らは、国軍の兵士たちとは

装備も雰囲気も異なっていた。


 磨き上げられた甲冑。

手入れの行き届いた剣や槍。

統一感のある装備と、乱れのない隊列。


 騎士たちは一人ひとりが精鋭であること

を感じさせながら、同時に、部隊として

鍛え上げられていることも示していた。


 彼らを率いるのは、光環騎士団の六人。


 先頭に立つ“THE FIRST”は、

    整列した騎士たちを見渡した。


 白銀の鎧をまとった男には、

長年戦場を歩んできた者だけが持つ

貫禄があった。

剣豪を思わせる静かな佇まい。

立っているだけで

周囲の空気が引き締まる。


その傍らには、2ndと8thが並んでいた。


 セカンドは美しい女性騎士だった。

だが、その立ち姿には華やかさ以上に、

ひとりの騎士として戦場に立つことへの

誇りが感じられる。

 ファーストは、

集まった騎士たちを前に、

静かに口を開いた。


「勅令である」


      たった一言


 普段ほとんど言葉を発しない男の声は、

短いからこそ重かった。

 国王の命令。それを伝える者が、

ほかならぬザ・ファーストである。

その事実が、

言葉に揺るぎない重みを与えていた。

 ファーストはそれ以上を語らず、

セカンドへと視線を向けた。


 彼女は小さく頷き、騎士たちを見渡す。


「陛下より、我ら光環騎士団に

出陣の勅令が下った。王国軍と連携し、

迫り来る魔物の軍勢を迎え撃つ」


 セカンドの声はよく通った。


「我らは近衛騎士団、親衛隊から

志願した者たちから成る第一有志部隊を

率いる。各隊は定められた指揮系統に

従い、互いの位置と役割を確認せよ。

功を焦り、隊列を乱すことは許さぬ」


 彼女は一度言葉を切った。


「我らは

  王国軍の代わりに戦うのではない。

   共に戦うのだ。

    騎士としての誇りを忘れるな」


 その言葉に、

整列した騎士たちの背筋が伸びる。


 ファーストは何も言わず、ただ一度、

      静かに頷いた。

 それを確認したセカンドは、

           再び前を向く。


「出陣する!」


 号令とともに、

騎士たちが一斉に動き出した。


 先頭を進むファーストの歩みに迷いは

ない。その隣をセカンドが歩き、エイスも

また、二人に続く。


 近衛騎士団と親衛隊から集まった

精鋭たちが、その後ろに続いた。


 統一された鎧。乱れのない隊列。

磨き抜かれた武具が陽光を受け、

進軍する一団を眩く照らす。


 彼らは王国の誇りを背負い、

      戦場へ向かう。


 その姿は、

これから始まる戦いに臨む者たちに、

確かな希望を抱かせるものだった。



          ◆



 第一有志部隊が

王国軍の先陣として出陣した頃、

王都の別の門にも、

ひとつの部隊が集まりつつあった。


      第二有志部隊


 その顔ぶれは、

第一有志部隊とはまるで違っていた。


 統一された鎧もなければ、

整然と並ぶ騎士たちの姿もない。

革鎧に身を包んだ者、

古びた金属鎧を着込んだ者、

使い込まれた武器を手にした者。

装備も体格もばらばらで、

隊列と呼ぶには些か心許ない。


 彼らは、金で雇われ、

     金の為に戦場へ赴く傭兵たち。


 戦う理由はそれぞれ違う。

      生きるため。

      借金を返すため。

      腕を試すため。

或いは、他所に行き場がないから。


 共通しているのは、誰もが自分の命を

他人任せにはしないということだった。


「……おい。あれが俺たちの指揮官か?」


 傭兵のひとりが、

前方に立つ青年を見て言った。


「ずいぶん若いな」


「騎士様のお遊びに

  付き合わされるんじゃねえだろうな」


     小さな嘲笑が広がる。


 視線の先にいるのは、グレンだった。


 周囲の声を気にする様子もなく、

彼は集まった傭兵たちを見渡していた。

敵の規模、地形、部隊の人数。

確認すべきことはいくらでもある。


 その少し後ろでは、

カイルが腕を組んでいた。


「聞こえているか、グレン」


「はい」


「全員が素直に従うとは思うなよ。

こいつらは王国軍の兵士じゃない。

命令に従う理由がなければ、

        従わない連中だ」


「分かってますよ」


「ならいい」


 カイルは傭兵たちへ向き直った。


「これより第二有志部隊は、

王国軍と連携して国境方面の防衛に

あたる。敵は魔物の軍勢だ。

単独で突出するな。

周囲との連携を怠れば、

      腕が立とうが死ぬぞ」


 何人かが面倒そうに肩をすくめた。


「詳しい戦術は、

現地の状況を見て決める。

戦闘が始まれば、グレン、

     お前が指揮を執れ」


その言葉に、傭兵たちの表情が変わった。


「……は?」


「待てよ。あの若造が?」


「冗談だろ。サード殿、

あんたが指揮を執るんじゃないのか?」


 カイルは、騒ぐ傭兵たちを一瞥した。


「俺は全体の連携を担当する。

    現場の指揮はグレンだ」


「そいつは随分とご立派なことで」


 皮肉交じりの声が飛ぶ。

       グレンは反論しない。


 ただ、部隊の中ほどに立つ男へ、

     ほんの一瞬だけ視線を向けた。


 男は、古びた装備に片目を覆う傷跡。

隻眼で咥え煙草の不敵な面構えと、

    無駄のない立ち姿。

周囲の騒ぎにも興味を示さず、

      ただ黙って話を聞いている。


 グレンの視線に気づいたのか、

   男はわずかに顔を上げた。

そして、

    小さく舌打ちした。


「……相変わらず、バカ正直のままかよ」


「アル、お前、

トゥエルブのルーキーと知り合いか?」


 隣の傭兵が尋ねた。


 アルと呼ばれた男は、

  面倒そうに目を細め、煙を吐き出す。


       フゥー


「知るかよ」


「今、何か言ってただろ」


「気のせいだ」


 それだけ言うと、

    アルは再び前を向いた。


「俺たちとは住む世界が違ぇんだよ」


その声に、わずかな棘が混じっていた。


 それ以上、誰も追及しなかった。


 傭兵たちにとって、他人の過去など

大した問題ではない。

      腕が立つか。

      金を払うか。

いざというときに背中を預けられるか。


 必要なのは、それだけだった。


やがて、出陣の合図が響いた。


 第二有志部隊は王都を離れ、

     国境へと向かった。


 その行軍は、

第一有志部隊のように美しくはなかった。

 隊列はところどころ乱れ、

      歩調も揃わない。

それでも、誰ひとりとして

   歩みを止めることはなかった。


     彼らは傭兵だ。

       金の為に戦う。


 だが、金を受け取った以上、

仕事を放り出すつもりもなかった。


 彼らは、まだ知らない。


 この戦いが、自分たちの生き方を

変えることになるのかもしれない、

      ということを。



          ◆


 辺境の村は、すでに戦場と化していた。


 村を囲むように押し寄せる魔物の群れ。

家屋の一部は崩れ、畑を隔てる柵は踏み

倒されている。逃げ遅れた村人たちが、

兵士の誘導を受けながら村の外へと

向かっていた。


 第二有志部隊が到着したとき、

王国軍の一隊が村の入口を守っていた。


「遅かったな、志願兵!」

     現地の指揮官が叫ぶ。


「敵は村の東側から回り込んでいる。

西の街道には避難民がいる。

そちらへ魔物を流すな!」


 グレンは一度、村全体を見渡した。


 東側の畑。南の林。村を横切る細い道。

そして、避難民が進む西の街道。

 魔物の群れは正面から押し寄せている

だけではない。周囲へ散った一部が、

村の外縁を回り込もうとしていた。


「東側は王国軍に任せます。我々は

南側から回り込む魔物を止めます」


 グレンの指示に、

傭兵たちが顔を見合わせた。


「おい、待て。

正面を押さえなくていいのか?」


「正面には王国軍がいます。我々まで

同じ場所に集まれば、南から来る魔物を

止める人間がいなくなります」


「だが、南側は林だぞ。

敵がどこから出てくるか分からねえ」


「ええ、だから先に押さえます」

     グレンは迷わず答えた。


「敵が分散したままなら、こちらも分散し

て対処できます。でも、避難民のいる街道

へ敵が抜けたら、守るのが難しくなる」


 傭兵たちは黙った。


      理屈は分かる。


 だが、若い騎士の判断に

命を預けるとなれば、話は別だった。


「……本当に、それでいいんだな?」


 ひとりが念を押す。


 グレンはその男を見た。


「はい。

危険な場所へ行かせることになります。

だから、無理だと思ったらすぐに知らせて

ください。

  ひとりで抱え込む必要はありません」


 意外な言葉だったのか、

傭兵たちは一瞬、反応に迷った。

命令を聞け、と怒鳴るわけでもない。

自分の判断が正しいと誇るわけでもない。

 ただ、

状況を説明し、必要なことを伝えている。


「……へっ。妙なガキだ」

     誰かが吐き捨てた。


「まあいい。金を貰った仕事だ。

    やるだけやってやるよ」


 傭兵たちは武器を構えた。

その中で、アルだけが何も言わなかった。


 グレンが剣を抜く。

その動きを見たアルの目が、

      わずかに細くなった。


「……行きます」

     グレンの声が響いた。


    第二有志部隊が動き出す



 戦闘が始まると、

傭兵たちの実力はすぐに明らかになった。


 一撃で魔物の首を刎ねる大男。

槍を巧みに操り、敵の足を止める男。

短剣を手に、魔物の死角へ潜り込む者。


 個々の戦闘能力は高い。

だが、連携はぎこちなかった。


 ひとりが敵を追えば、隣の者が空いた

場所を埋めきれない。別の場所で魔物を

仕留めた傭兵が、仲間の状況を確認せずに

次の敵へ向かう。


 それぞれが

自分の技量を頼りに戦っている。

 それは傭兵として、

決して間違った戦い方ではなかった。

 しかし、

部隊として戦うには隙が多すぎた。


「右だ! そっちへ抜けるぞ!」


「分かってる!」


 叫び声が飛び交う。


魔物の一体が、

     傭兵たちの間をすり抜けた。


「ちっ!」


 槍を持った男が振り返る。

だが、次の敵が目の前に迫っていた。

その瞬間、横合いから飛び込んだアルが、

魔物の首を刎ね飛ばした。


 倒れた魔物を踏み越え、

     すぐさま次の敵へ向かう。


「おい、アル! 助かった!」


      返事はない。


 アルは敵の動きを見極め、

   最短の動作で刃を振るう。

無駄な力を使わず、無駄な動きもしない。


 その戦い方には、長く生き残ってきた者

だけが身につける冷徹さがあった。

 だが、戦況は少しずつ悪化していた。

南の林から出てきた魔物の数が、

      予想を上回っていたのだ。


「グレン! こっちは手が足りねえ!」

     傭兵のひとりが叫ぶ。


 グレンは正面の敵を退けながら、

     周囲を確認した。


「二人、後ろへ下がってください! 

負傷者を連れて、村の入口まで戻って!」


「ふざけんな! まだ戦える!」


「そのまま戦って、

   倒れたら誰が運ぶんですか!」


 思わず強い声が出た。

傭兵が一瞬、言葉を失う。

 グレンはすぐに続けた。


「今は無理をするところじゃありません。

戻ってください。

  ここは僕たちで持ちこたえます」


 その言葉に従い、

   負傷者を抱えた二人が後退した。


 グレンは空いた場所へ移動し、

     迫る魔物の進路を塞ぐ。


 その動きを見たアルが、

     短く息を吐いた。


「……そういうところだよ」


 誰にも聞こえない声だった。


 目の前の敵が爪を振り下ろす。


 アルは身を沈め、その懐へ潜り込むと、

刃を深く突き入れた。


      魔物が倒れる


 彼はすぐに次の敵へと向かった。


 余計なことを考える暇はない。


 戦場では、目の前の敵を倒し、

    生き残ることが全てだ。


 それでも、視界の端に映る青年から、

     目を離せなかった。



「左翼、下がりすぎです! 

もう少しだけ踏みとどまってください!」


 グレンの声が、戦場に通った。


「右翼は二人ずつ組んでください。前に出

る人と、後ろを守る人を決めるんです!」


「そんな余裕があるかよ!」


「余裕を作るんです!」


 グレンは魔物を斬り伏せながら答えた。


「一人で戦えば、

  背中まで守らなきゃいけない。

 でも二人なら、相手の隙を補えます!」


 傭兵たちは互いの顔を見た。

そんなことは、誰もが分かっている。


 だが、実際の戦場では、

自分の命を守るだけで精いっぱいになる。

仲間を信じるより、自分の腕を頼った

ほうが確実だと思ってしまう。


 それが傭兵という生き方だった。


「……くそっ。やってやるよ!」


最初に動いたのは、槍を持った男だった。


 隣の傭兵と背中合わせになり、

    迫る魔物を迎え撃つ。


 ひとりが敵の攻撃を受け流し、

   もうひとりがその隙を突く。


      魔物が倒れた


「おおっ、いけるぞ!」


 その声をきっかけに、

   ほかの傭兵たちも動き始めた。


     完璧な連携ではない


 だが、少なくとも隣にいる仲間の動きを

意識するようになった。


 グレンは戦場を見渡した。


 まだ危険な場所はある。すべてが思い

どおりに進んでいるわけではない。

 それでも、先ほどまでとは違う。


「アル!」

     グレンが呼んだ。


 アルは振り向かず、

    魔物の攻撃をかわした。


「右翼の奥、お願いします!」


「ちっ…注文が多いな」


 ぼやきながらも、

   アルは右翼へ目を向けた。


 二体の魔物が傭兵たちを押し込み、

隊列の奥へ抜けようとしている。

正面から斬り込んでも、

もう一体に動きを阻まれるだろう。


 アルは剣を構えたまま、短く詠唱した。


「リアマ!」


 中級の火魔法が、

   二体の魔物の間で炸裂した。


 二体を仕留めるほどの威力はない。


 だが、一体に動きを止めるダメージと

突然の閃光と爆音に、もう一体の動きが

わずかに止まった。


 アルは、一瞬で距離を詰める。


 踏み込んで隙の出来た一体の首を刎ね

飛ばし、もう一体の負傷した側から

魔物の胴を貫いた。


「助かった、アル!」


「礼はいい。前を見ろ」


 アルは倒れた魔物を一瞥(いちべつ)し、

すぐに次の敵へと向き直った。


 魔法だけで敵を倒す必要はない。

有利な状況を生み出し、

       より確実に仕留める。

 派手さも、複雑な技もない。

ひとつの手段に頼らず、目の前の状況に

合わせて使えるものを使う。


 グレンは、アルの動きを見ていた。


 魔法の威力そのものよりも、

放つタイミングが印象に残った。

仲間が押し込まれ、相手の動きを止める

必要が生じた、その瞬間。アルは迷わず

魔法を使い、剣を振るう機会を自分で作り

出していた。実戦的で高度な戦い方。


 アルは何も言わない。

ただ、次の敵へと踏み込んでいく。


 その剣筋には、長年の実戦で磨かれた

かのような鋭さがあった。そして、その

鋭さを活かすために、彼は自分なりの工夫

を身につけていた。


 命令に従うだけではない。

 必要な場所を見つけ、

    自分の判断で動いている。

それは、

  指揮官にとって頼もしいことだった。

そしてアルもまた、

  グレンの判断を疑わなかった。


 危険な場所へ向かうよう命じられても、

必要だと判断すれば躊躇しない。


 無謀だからではない。


 グレンが、仲間を無意味に死なせるよう

な指示を出さないと知っているからだ。

 アルはそれを口にせず、

   ただ目の前の敵を倒し続けた。


 そうしている間に村の入口を守る

王国軍も、南側を押さえる第二有志部隊

も、少しずつ敵の勢いを削いでいた。


 避難民の大半は村の外へ逃れ、街道には

負傷者を運ぶ者たちの姿があった。


だが、それでもまだ魔物の数はまだ多い。


「グレン! 村の奥に、

   取り残された住民がいるらしい!」


 報告を受けたグレンは、

      すぐに顔を上げた。


「どこです?」


「東寄りの住宅地だ! 

逃げ遅れた連中がいるかもしれん!」


「分かりました。僕が確認します」


「待て。ここの指揮はどうする!」

     セブンスが声を荒らげた。


 グレンは一瞬だけ考え、

     すぐに指示を出した。


「右翼はアルに任せます。

 中央は今の位置を維持。

 敵を追いすぎないでください。

僕が戻るまで、

 村の入口へ抜ける道を守って下さい!」


「右翼を傭兵に任せるだと!」


「大丈夫です!」


 グレンは頭を下げると、

   返事を待たずに駆け出した。


「おいっ、待て!」

     セブンスが叫ぶ。


だが、アルは止めなかった。


「任せろ」


 短く言い残し、彼は右翼へ向かった。


 その背中を見て、

    傭兵たちは顔を見合わせる。


「アル、お前……

   あのルーキーの指示に従うのか?」


「仕事だ」


 一言。

 アルは敵の群れへと踏み込んだ。



          ◆



 防衛戦は熾烈を極めていた。

魔物たちの戦力そのものは苦戦するほど

ではなかった。それでも周到に準備をして

きた魔物の侵攻は、防衛戦として困難な

場所ばかりに展開している。町から外れた

とある村の奥では、崩れかけた家屋の

陰に、数人の住民が身を潜めていた。


 魔物の接近に気づいた彼らは、

  逃げ道を探していたが、

   倒れた柱や瓦礫が道を塞いでいる。


その中に、ひとりの若い女性がいた。


      ミーナ・ベル


 王都へ出稼ぎに来ていた筈の彼女は、

里帰りしていた。ミーナは瓦礫のそばで、

泣き出しそうな顔をした

      幼い子供を抱き寄せていた。


「大丈夫。大丈夫だからね」


 自分に言い聞かせるように、

      何度も繰り返す。

 本当は、彼女も怖かった。


 遠くで響く剣戟。

    家屋が崩れる音。

       魔物の咆哮。


 逃げなければ ならないことは

       分かっている。


 それでも、目の前の子供を

置いていくことなど できなかった。


「お姉ちゃん……」


 実家近くの幼馴染の妹だ。


「大丈夫よ。

もうすぐ、兵隊さんが来てくれるから」


 ミーナは微笑もうとした。

まだ、自分の家族の安否もわからない。

 そのとき、

瓦礫の向こうから魔物が姿を現した。


 子供が悲鳴を上げる。


ミーナは子供を背にかばい、後ずさった。


 逃げ道はない。


魔物が一歩、また一歩と近づいてくる。


 ミーナは子供を強く抱きしめた。


 かつて、

自分の人生を奪われかけたときの記憶が、

      脳裏をよぎる。



       王都の悪夢



 失ったもの。取り戻せたもの。

そして、今度こそ守りたいもの。


「……大丈夫」


 震える声で、彼女はもう一度言った。


「私が、守るから」


 魔物が飛びかかった。


       その瞬間


 横合いから、一人の男が割り込んだ。


       鈍い音が響く


 魔物の爪を受け流した男は、

   そのまま刃を振り抜いた。


 魔物が地面へ崩れ落ちる。


     隻眼の傭兵だった。


「立てるか」

     男はミーナを見ずに尋ねた。


ミーナは呆然としたまま、何度も頷いた。


「ガキを連れて、さっさと逃げろ」


「で、でも……」


「でもじゃねえ。ここは戦場だ」


 男は倒れた魔物を確認し、

  すぐに周囲へ目を向けた。


 どこか怪我をしているようだった。

 いつ負った傷なのか、

      ミーナには分からない。


「あなた、怪我を……」


「かすり傷だ」

     男は取り合わなかった。


「早く行け。

ひとりに構っちゃあ いられねえんだ」


その言葉に、ミーナは子供を抱き直した。


「……ありがとうございます」


 深く頭を下げ、

彼女は子供を連れて走り出した。


 男は、その背中を見送ることもなく、

再び戦場へ向かった。


「グレンさん!」


 ミーナは

少し遅れて駆けつけたグレンを見つけた。

 こちらに気づくグレンを見て、

  ミーナは安堵の表情を浮かべた。


「ミーナさん?どうしてここに?」


 ミーナは、

  ここが故郷であることを明かす。


「怪我は ありませんか?」


「はい。私は大丈夫です。この子も……」


 ミーナは子供を抱きしめた。


「隻眼の傭兵さんが、

     助けてくださいました」


 その言葉に、グレンは周囲を見渡した。


 少し離れた瓦礫の陰に、

     隻眼の男が立っていた。


「隻眼の傭兵さん!」


 男が顔を向ける。


グレンは、ほっとしたように頭を下げた。


「ありがとうございます。助かりました」


 だが、男はもう背を向けていた。


 グレンもまた、男へ一礼した。


「ありがとうございます!」


 返事はなかった。


 グレンはすぐに戦場へ戻った。

指揮官として、

  まだやるべきことが残っている。


 隻眼の男は、

背中でグレンの存在を感じながら、


「……まったく」

     小さく吐き捨てた。


「最後まで、世話の焼ける野郎だ」


 その声は、戦場の喧騒に消えた。



 そうして戦闘は、

ようやく終わりに近づいていた。


 王国軍が王都へ向かう敵を押し返し、

第二有志部隊も村の周囲に散った

魔物を掃討していく。


 グレンの指示のもと、

傭兵たちは 互いの位置を確認しながら

戦うようになっていた。


 無駄な突出は減り、

危険な場所には仲間が駆けつける。


 最初は若い指揮官に疑いの目を向けて

いた者たちも、共に戦うにつれ、グレンの

居る戦場の戦い易さに気づく。今ではその

声に耳を傾けるようになっていた。


「左の敵を抑えろ!」


「了解!」


「負傷者を後ろへ! 

 追撃は二人一組で行け!」


「おう!」


 彼らはまだ、

騎士のように整然とはしていない。

 それでも、

ひとつの部隊として戦っていた。

 その様子を遠目に見ながら、

カイルは小さく息を吐いた。


「……やるじゃないか、グレン」


 カイルは戦場の別の地点で王国軍との

連携を整えていた。全体の状況を見渡し

ながら、第二有志部隊が当初の混乱を脱し

たことを確認する。


 グレンは、戦場を見渡していた。

まだ敵は残っている。

 だが、

村を守るという目的は果たせそうだった。


「もう少しです!」


 声を張り上げる。


「このまま押し返しましょう!」


 傭兵たちが応じた。

その中に、アルの姿はなかった。


 アルは、あの村の逃げ遅れの救出に、

     ひとり残り戦っていた。

     一体の魔物を倒す。

     血に濡れた刃を振る。

その動きは、明らかに鈍っていた。

 傷が深かった。

脇腹からの出血は止まらず、

鎧の内側を濡らしている。

回復薬も無く。

魔力も殆ど無い。


 それでも、彼は足を止めなかった。


 ここで倒れるわけにはいかない。

まだ、やることがある。


 アルは再び敵へ向かった。



          ◆


 やがて、最後の魔物が地に伏した。


 戦場に静寂が戻る。

第二有志部隊の任務は完了し、

王国軍の本陣へ報告を飛ばす。


 あちこちから負傷者を呼ぶ声が上がり、

兵士たちは生存者の確認を始めた。

崩れた家屋の陰から住民が姿を現し、

互いの無事を確かめ合っている。


 第二有志部隊の負傷者は少なくない。

村人の中でも被害はある。

だが、村々は守られた。


「よお、あんちゃん」


 大柄な傭兵が、疲れた顔で

    グレンに近づいてきた。


「最初はどうなることかと思ったが……

     悪くなかったぜ」


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこっちだ。

あんちゃんが居るとやり易かったぜ。

まあ、次も頼むわ、指揮官殿」


 男はそう言って、

仲間のもとへ戻っていった。

 グレンは少しだけ笑った。

指揮官として認められたのだろうか。

 まだ、

そう断言するには早いかもしれない。

 それでも、

最初に向けられた疑いの目は、

確かに変わっていた。


「……アルさんは?」


 ふと、グレンは隻眼の男の姿を探した。


「アルか、あぁ

  向こうの村から帰ってねえなあ」


 近くの傭兵が答えた。


「疲れたんじゃねえか。

  あいつ、ろくに休まねえからな」


 グレンは頷き、負傷者の確認を続ける

仲間たちに声をかけてから、

アルと別れた村へ歩き出した。



          ◆


      ミーナの故郷の村


 村人は皆、避難が済んでいた。

奇跡的にこの村では、

ひとりも村人が亡くならずに済んだ。


      瓦礫の陰


 アルは、ひとり膝をついていた。


 腹部から流れる血が、

  地面に黒い染みを広げている。


 戦闘の最中には気に留めなかった

痛みが、今になって全身を蝕んでいた。


「……ちっ」


 立ち上がろうとしたが、

    足に力が入らない。


 瓦礫の壁に手をつき、

どうにか体を支えようとする。


      ズッ…ズズッ………


瓦礫にもたれ、座り込む。

        息が苦しい。

        視界が霞む。


 それでも、

彼は誰かを呼ぼうとはしなかった。


 傭兵として戦場に立ち、

数え切れないほどの死を見てきた。


 自分がどうなるのかも、分かっていた。

そんな男は、

  ゆっくり懐から煙草を取り出し。

    震える手で火をつけた。

最期に 吸って、

 ゆっくりと 漏れるように吐いた。


「……借り、返せたか?」


       掠れた声


 思い浮かぶのは、あの青年の顔だった。


何も変わらない。


 真っ直ぐで、

 馬鹿正直で、

誰かを助ける為に、

常に全身全霊で闘う。


 あの頃から、何も変わっていない。


 男は目を閉じた。

そして、遠い記憶の中へ沈んでいった。



         ◆


 そこは、戦場だった。

背中を預ける相手がいる。

前方から迫る敵を見据え、

    男は剣を構えた。


 隣に立つ少年が、こちらを向く。


「頼むぜ、農民」


「任せろ、お坊ちゃま」


 二人は笑っていた。


 互いの力を疑うことも、

背中を気にすることもない。

 相手が何をするか、分かっている。


 どこを守り、どこを攻めるか。


 言葉を交わさなくても、

二人の動きは自然に重なった。


 少年が敵を引きつける。


 男がその隙を突く。


 男が斬り込めば、

 少年が背後を守る。


 まるで、

最初からひとつの剣だったかのように。

 そこには、

家柄も、身分も、憎しみもなかった。


 ただ、

     共に戦う仲間がいた。


 男は、  もう一度だけ笑った。



         ◆


「……死にたくねえよ」


 その声は、あまりにも弱かった。


 頬を、一筋の涙が伝った。


隻眼の傭兵は、それきり動かなくなった。


その手は、

  最後まで 剣を離していなかった。




「アルさん!」

     グレンの声が、

       瓦礫の陰に響いた。


 返事はない。


 駆け寄ったグレンは、

  男の姿を見て足を止めた。


「……アルさん?アル!アル!」


 肩に手を添える。


       動かない


 グレンは膝をつき、

    男の呼吸を確かめた。


 もう、  戻らない。


「……そんな」


      声が震えた。


 先ほどまで、共に戦っていた。


 自分の指示に応え、危険な場所へ

飛び込み、村の人々を救った男。


 彼は最後まで、

自分のことを何も語らなかった。


 グレンは、静かに頭を下げた。


「……ありがとうございました」


 その言葉を聞く者はいなかった。


やがて、グレンは立ち上がった。


 まだ戦場には負傷者がいる。

   救助を待つ人々もいる。


 悲しんでいる暇はない。


 それでも、歩き出す前に、

  もう一度だけ男を振り返った。


「……我が戦友(とも)」


 グレンはそう言い残し、

   仲間たちの元へ戻っていった。



          ◆


 アステカ防衛戦は、

   人類側の勝利に終わった。


 王国軍と第二有志部隊は、互いの損害を

確認しながら、残された魔物の掃討と

負傷者の救護を進めていた。


 村人たちは、守られた家族を抱きしめ、

救助にあたった兵士たちへ感謝の言葉を

伝えている。


 誰もが、ひとまず危機を乗り越えたのだ

と思っていた。


 そのとき


    王都へ響く重く禍々しい声


     「余興は終わりだ」


 兵士たちが、一斉に動きを止める。


 魔物の残骸が散らばる大地。

そのさらに向こうに、

    ひとつの影が立っていた。


 人の姿をしていながら、

人ならざる威圧感を放つ存在。


      魔族の大将軍


 その視線が、

戦場に立つ人類の兵士たちを見渡す。


「貴様らは、

己らが何を相手にしているのか、

まだ理解していないようだな」


 誰も答えない。


 大将軍は、口元に薄い笑みを浮かべた。


「魔王正規軍が進軍する」


 その宣告は、

勝利の余韻を容赦なく打ち砕いた。


「次は、余興では済まぬぞ」


 魔族の大将軍は踵を返し、

闇の向こうへと消えていった。


 戦場に、沈黙が落ちる。


 人類は、まだ勝っていない。


 ここまでの戦いは、

   始まりにすぎなかったのだ。


グレンは剣を握り直し、遠くを見つめた。


    守るべき人々がいる。


    共に戦う仲間がいる。

そして、

    まだ見ぬ敵がいる。


 彼は前を向いた。



 本当の戦いは、これから始まる。






      第十話 了


 各国様々な捉え方をしていましたね。

そして、アステカ王国も。


 これを受けてグレンたちは

どうなるものか?危ぶむなかれ

行けばわかるさ

あれ?


 今回はじめて傭兵を描いたわけです。

色々な描き方があるとは思いますが、

ここに出てきた傭兵は、不器用で己の腕だけを頼りに生き抜いてきた強者たち。

 アルという傭兵は、あの村で最後まで村人を守りました。最後に救出した村人一家。

実はミーナの家族だったんですね。

本編に差し込もうか?とも考えたのですが。

私の技量不足……かなあ

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