第八話後編 『最終選考』
精鋭部隊への推薦が決まったグレン。
精鋭部隊での任務を思い浮かべていましたが、まだ入隊が決まったわけではなく。
推薦とは?
王都の闘技場は、
朝から大勢の人々で賑わっていた。
『最終選考会』
以前、カイルから告げられた
“精鋭部隊への推薦”という言葉。
推薦とは、即ち最終選考会に参加する者
として名を挙げること。
そして今回、グレンを推したのは
他ならぬカイルだった。
もちろん、推薦されたからといって
入団が決まったわけではない。
ここで実力を示し、選考を通過して
初めて、精鋭部隊への道が開かれる。
つまり今日の闘技場は、
推薦された四人が、
その資格を証明するための舞台なのだ。
『王立闘技場』
その観覧席を埋めるのは、
騎士たちだけではない。
王都の住民、貴族、各部隊の関係者。
精鋭騎士団の選考が行われると聞きつけ、
普段は 剣を握ることのない者たちまで
足を運んでいた。
今日、ここで決まるのは、アステカ王国最強の騎士団に加わる最後の一人。
『光環騎士団』
選りすぐられた騎士十二名で構成される
国内最強の精鋭部隊。
人々は敬意と親しみを込め、
彼らを「トゥエルブ」と呼ぶ。
その名は、
騎士を志す者なら誰もが知っている。
そして、その一員に選ばれることが、
どれほど狭き門であるかも。
今回、一つの席が空いた。
その理由は公にされていない。
国内各地から候補者が集められ、実力だ
けでなく人間性も含めた評価が行われた。
その結果、最後の選考に進んだのは、
わずか四名。
グレン・テミストクレスも、
その一人だった。
「……すごい人ですね」
グレンが
観覧席を見上げ呟いた。
「そりゃあな。
トゥエルブの選考を見られる機会なんて、
そうそうないからな」
隣に立つカイルは、
いつもどおりの気軽な口調で答えた。
「カイルさんも、
こういう選考を受けたんですか?」
「まあな」
「へえ……」
グレンは感心したように頷いた。
そのとき、近くにいた騎士が
カイルに気づき、慌てて姿勢を正した。
「カイル・ベルナール殿。
本日はよろしくお願いいたします!」
「おう。そんなに畏まるな」
カイルが軽く手を上げると、
騎士は恐縮した様子で頭を下げ、
去っていった。
グレンは、騎士の背中を見送った。
「……カイルさん?」
「なんだ?」
「もしかして、カイルさんって……」
「なんだ?今さら気づいたのか?」
カイルは、
悪戯が成功した子供のように笑った。
「俺も光環騎士団だよ」
「ええっ!?」
グレンの声が、
思わず大きくなった。
近くの人々が振り返る。
「おいおい、声がでかいぞ」
「す、すみません……!」
グレンは慌てて頭を下げた。
カイルが、光環騎士団の一員。
国内最強と称される十二人の一人。
これまでの訓練で見せられた技量を思え
ば、納得できる話ではある。だが、まさか
自分の身近に、
そんな人物がいたとは思わなかった。
「なんじゃ、知らなんだか?」
横から、聞き覚えのある声がした。
エレノアだった。
「学院長はご存知だったんですか?」
「当然じゃ。カイル・ベルナールを
知らぬ者などグレンぐらいじゃ」
「はははは……そう、です、よね」
グレンは、
少しだけ肩を落とした。
「なんじゃ、その顔は」
「いえ。僕だけ知らなかったんだな、と」
「実際、そうじゃろう?」
「うっ……」
エレノアは楽しそうに笑った。
「ノアのイジワル」
グレンの心の声が、かすかにもれた。
その後ろには、
セレフィーナとリリアの姿もあった。
「学院長のお供ですので」
セレフィーナは、
グレンに尋ねられる前からそう告げた。
「まだ何も聞いていませんよ?」
「念のためです」
涼しい顔で答える彼女の手には、
水筒とタオルが用意されていた。さらに、
観覧席の中でも闘技場を見渡しやすい
場所を、いつの間にか確保している。
グレンはその手際のよさに感心したが、
セレフィーナはあくまで学院長の付き添い
という姿勢を崩さなかった。
一方、リリアは少し離れたところから
闘技場を眺めていた。
「リリアさんも来てくれたんですね」
「ええ。学院としても、
今回の選考は注目すべき行事ですから」
彼女は丁寧に答えた。
「それに、あなたは学院で魔力量の測定を
受けたでしょう。あのときの結果もありま
すし、今後の参考になると思いまして」
「それでも。ありがとうございます」
「……ただ」
リリアは、
少しだけ言葉を切った。
「怪我だけはしないでくださいね。
せっかくここまで観に来たのですから」
言ってから、
彼女はわずかに視線を逸らした。
「いえ、もちろん、学院の関係者として
申し上げているのですが」
「はい。気をつけます」
グレンは、
疑うことなく頷いた。
リリアはそれ以上何も言わず、
観覧席へ向き直った。
その横顔を見て、セレフィーナが小さく
微笑んだが、何も口にはしなかった。
「グレンさん!」
ミーナが
小走りで近づいてきた。
「あの、これ、よかったら……」
彼女が差し出したのは、
小さな御守りだった。
丁寧に縫い合わせた布の袋。
手作りなのだろう。
「あの、あまり綺麗じゃないけど……」
「ありがとうございます」
グレンは両手で受け取った。
表と裏を確かめるように眺め、
それから大切そうに懐へしまう。
「大事にしますね」
「うん。頑張ってください」
「はい」
ミーナは、ほっとしたように笑った。
「御守りで
どうにかなるわけではありませんけど」
横からリリアが口を挟んだ。
「リリアさん?」
「いえ。気持ちの問題だということは
分かっています。
……グレン、期待していますから」
少しだけ早口になった言葉を、
リリアは咳払いでごまかした。
グレンは不思議そうに首を傾げたが、
すぐに笑顔で答えた。
「ありがとうございます。頑張ります」
「……はい」
リリアは小さく頷いた。
やがて、選考開始を告げる鐘が鳴った。
闘技場の中央に、
四人の候補者が呼び出される。
グレン。
そして、
彼とともに最後の選考へ進んだ三人。
一人は、日に焼けた肌と鍛え上げられた
身体を持つ青年だった。飾り気のない装備
に、使い込まれた剣。
立ち姿からも、実直な人柄がうかがえる。
もう一人は、整った身なりの青年。
周囲への目配りに隙がなく、剣を構える前
から状況を見極めようとしていた。
最後の一人は、
目を引く美貌の持ち主だった。
優雅な立ち姿には余裕があり、
これから始まる選考を前にしても、
どこか穏やかな笑みを浮かべている。
四人が並ぶと、
観覧席からざわめきが起こった。
「始める前に、確認しておく」
選考を取り仕切る騎士が、
よく通る声で告げた。
「今回の選考は、四名による実戦形式だ。
勝敗だけでなく、判断力、戦術、そして
騎士としての姿勢も評価の対象となる」
四人は、それぞれ静かに頷いた。
「勝者は、光環騎士団の欠員を埋める
候補として、最終審査を受ける。
敗れた者も、それぞれ近衛騎士団や親衛隊
などに配属されることになる。
諸君らは既に認められた騎士なのだ」
ここで敗れたからといって、
騎士として不名誉な訳ではない。
それでも、
四人の表情に緩みはなかった。
誰もが、勝ちたいと思っている。
それは当然のことだった。
「では、始め!」
合図と同時に、二人が身構えた。
グレンは、観察している。
誰が最初に動き、誰が相手を見て、
どこに隙が生まれるのか。
四人が同時に動けば、状況は
刻々と変化する。だからこそ、最初の一手
には、その人物の性格が表れる。
「おおおっ!」
真っ先に仕掛けたのは、
日に焼けた青年だった。
迷いのない踏み込み。
地面を蹴る力が強く、重心がぶれない。
剣を振りかぶる動作にも、
長年積み重ねてきた鍛錬が感じられた。
狙いは、グレン。
青年は、
ほとんど一直線に距離を詰めてきた。
なぜ自分を狙ったのか。
明確な理由はないのだろう。おそらく、
互いに似たものを感じたのだ。
農民出身。身体を使い、
地道に努力を積み重ねてきた者。
そうした雰囲気が、青年には
グレンと重なって見えたのかもしれない。
「はあっ!」
重い一撃が迫る。
グレンは、剣を持つ。鞘は抜かない。
打ち込みを捌く、鈍い音が響いた。
青年の剣が、グレンの鞘に触れた。
だが、
真正面から受け止めたわけではない。
刃が触れた瞬間、グレンは角度を変え、
相手の力を横へ受け流した。
青年の剣が軌道を逸らされる。
グレンはその隙に半歩だけ身を引いた。
青年は止まらない。
振り抜いた勢いを次の一撃へとつなぎ、
間髪入れずに斬り込んでくる。
速い
そして、重い。
生半可な受け方をすれば、
腕ごと持っていかれかねない攻撃だった。
グレンは再び鞘を動かす。
受け流し、逸らし、威力を逃がす。
必要以上に力を込めない。
相手の力を正面から押し返すのではなく、
その行き先を少しだけ変える。
それだけで、
青年の剣はグレンを捉えられなかった。
何度打ち込んでも、手応えが違う。
木剣を受けたときの感触ではない。
硬く、密度のある何か。しかも、
剣を逸らす度に、グレンの手元には
一切の乱れが見られない。
青年は攻撃を続けながら、
グレンの剣を見る。
一見すると木剣。しかし、あれは鞘だ。
そこに収まっている剣を、
まだ一度も抜いていない。
何度も打ち込み、確信する。
『あれは、木剣じゃない』
そう気づいた青年の胸には、
別の思いが生まれた。
『この男は、何を隠しているのだろう』
『どんな剣を持っているのだろう』
そして、
もし抜かせることが出来たなら。
自分の攻撃は、
どこまで通用するのだろう。
青年の目に、
先程までとは違う光が宿った。
グレンは、その変化に気づいていた。
攻撃の重さも、速さも、申し分ない。
ただ、あまりにも真っ直ぐだった。
力を込める方向も、次に狙う場所も、
踏み込む瞬間も。グレンには、
その一つ一つが手に取るように分かった。
昔の僕に、少し似ている。
農作業で鍛えた身体。
ただひたすらに剣を振り、
昨日より少しでも強くなろうとした日々。
かつての自分と重なる。
◆
そんなグレンを見つめる者たち。
観覧席
ミーナは、
胸の前で両手を握りしめていた。
『お願い……』
声には出さず、ただ心の中で祈る。
グレンの動きに目を凝らし、
剣が迫る度に指先へ力がこもった。
手作りの御守りは、もう彼の懐にある。
届くはずのない祈りだと分かって
いても、そうせずにはいられなかった。
「……すごい」
隣で見ていたリリアが、小さく呟いた。
あれだけの攻撃を、
剣技だけで捌いている。
避けるだけではない。
相手の力を利用し、次の一撃へ繋がる
わずかな隙まで消していた。
魔力量だけでは測れない技量。
それは、学院で見てきた生徒たちとは
明らかに違うものだった。
激しい連撃、
青年の攻撃は少しも衰えない。
「でも……」
リリアの眉が寄った。
『早く魔法を使わないと……!』
口にしかけた言葉を、
どうにか飲み込む。
グレンがどれほど剣技に優れていても、
相手は実戦を想定した
最終選考の候補者だ。
いつまでも
このまま捌き続けられるとは限らない。
心配する理由なら、いくらでもあった。
「……グレンさん」
漏れた声は、
闘技場の歓声に紛れて消えた。
その隣で、セレフィーナもまた、
両手を固く握りしめていた。
表情はいつもと変わらない。
背筋も伸び、視線も揺れていない。
けれど、グレンが打ち込みを逸らす度、
指先にはわずかな力がこもった。
ミーナのように、
声を上げて祈ることはできない。
リリアのように、
心配を言葉にすることもできない。
『ただ、無事でいてほしい』
そう願いながら、
何事もないように闘技場を見つめ続ける。
「……どうか、そのまま……」
小さな声が、唇からこぼれた。
セレフィーナは、すぐに口を閉じる。
隣にいたエレノアが、
ちらりと彼女を見た。
だが、何も言わなかった。
セレフィーナが今、どれほど必死に
平静を保とうとしているのか。
エレノアには分かっていた。
だからこそ、
問いかけることもしなかった。
闘技場では、
グレンがまた一撃を逸らした。
青年の剣が空を切り、砂埃が舞う。
その光景を見つめながら、
エレノアは隣のカイルへ視線を向けた。
「カイル。おぬしは、どう見る?」
カイルはすぐには答えなかった。
腕を組み、じっくりと観察している。
「農民の兄ちゃん、相当鍛えてるな。
あの体力と踏み込みは本物だ。普通なら、
あれだけ攻められれば
受ける側が先に崩れる」
「では、グレンは不利か?」
「グレンは普通じゃない」
カイルは、即座に首を振った。
「まだ崩れてない。そもそも、
真正面から受け止めていない。相手の力を
逃がして、必要な分だけ動いてる」
その視線の先に
鞘に収められたままの剣。
「……あの刀身だから、
ここで見せたくない、か」
カイルの声は低かった。
グレンが剣を抜かない理由を、
彼は察していた。
あの剣は、ただの武器ではない。
その刀身を人前に晒せば、
戦いの流れだけでなく、
周囲の視線までも変えてしまう。
だから、できる限り鞘のまま戦う。
グレンは慎重に、
慎重すぎるほどに戦っている。
「だが、それで勝ち切れる相手でもない」
カイルの目が細くなった。
「農民の兄ちゃんも、
もう気づいてるだろう。
グレンが何かを隠してるってことに」
「何か、とは?」
「鞘の中身だよ」
カイルは、
闘技場の青年を見た。
「何度打ち込んでも、手応えが
木剣とは違う。しかも、グレンは
一度も剣を抜いてない。
あれなら、気になるのが普通だ」
エレノアは、
黙って闘技場へ視線を戻した。
彼女の手も、強く握られたままだった。
青年の目には、
先程までにはなかった光が宿っている。
確固たる想い。それは初めからあった。
さらなる目標。
それを見つけ闘志を漲らせている顔。
その思いが、
攻撃の一つ一つに滲み始めていた。
観覧席のミーナは、
再び両手を握りしめる。
リリアは、魔法を使わないグレンを
見つめたまま、唇を噛んだ。
セレフィーナは、表情を崩さないよう
努めながら、胸の内で何度も祈っていた。
『グレンさん……どうか、どうか……』
その声は、今度は口から漏れなかった。
ただ、握りしめた指先だけが、
彼女の感情を隠しきれずに震えていた。
◆
闘技場では、
農民出身の青年が再び踏み込んでいた。
今度の一撃は、先程までとは違う。
力任せに振り下ろすのではなく、
グレンの動きを
見極めるような鋭い斬撃だった。
青年の剣は、決して弱くない。
むしろ、正面から力比べをすれば、
侮れない一撃になるだろう。
それでも、グレンは鞘を抜かない。
相手の剣を受け流すたび、青年は
その手応えを確かめるように攻め続ける。
いつしか彼の狙いは、グレンを倒すこと
だけではなくなっていた。
どうすれば、
この男に剣を抜かせられるのか。
その答えを求めるように、
青年の攻撃はさらに鋭さを増した。
一方、その光景を見ていた
美貌の青年は、ふと目を細めていた。
「これって……」
小さな呟き。
農民の青年が、なぜ
グレンを狙ったのか。本人にも
明確な理由はないのかもしれない。
だが、今のやり取りを見れば分かる。
グレンは
ただ攻撃を避けているのではない。
鞘のまま、
相手の剣を受け、力を逸らしている。
そして、一向に鞘から剣は抜かれない。
美貌の青年は、わずかに笑みを深めた。
「ふふっ、面白い人だね」
そして、隣に立つ
もう一人の候補者へ視線を向ける。
整った身なりの青年は、
すでに剣を構えていた。
「では、我々も始めましょうか」
貴族次男の青年が、静かに告げる。
「ええ。お相手願おう」
美貌の青年は、優雅に一礼した。
次の瞬間、
二人の間合いが一気に詰まる。
キュィン
鋭い剣戟が、闘技場に響き渡った。
グレンは、
迫る剣を鞘で受け流しながら、
そちらにも目を向けた。
四人の戦いが、
いよいよ本格的に動き始めた。
◆
「では、我々も始めましょうか」
貴族の立ち合いらしい
構えと、大きくはないが通る声。
天才が優雅に剣を構え、呼応する。
「ええ、お相手願おう」
貴族同士の模範試合のような佇まい。
「かの天才と相見えようとはね」
貴族次男が、初手とともに投げかける。
「ふっ、私を、このセドリックを
知っているのかい?」
華麗に受け流し、応えた。
「ええ。まさか、アシュフォード家の
嫡男がここに来られるとは」
天才は、わずかに目を細めた。
「ふふっ。
ならば、君の名を聞いておこう」
「エドガー・ヴァルクレイ」
「覚えておくよ、エドガー」
「光栄だ。私は君に勝って、
“トゥエルブ”になる」
エドガー渾身の一太刀。
反応。
セドリックは、優雅に躱してみせる。
続けてエドガー、二の太刀。
剣を斜めに振り下ろし、セドリックが受
けると、すぐに間合いを外す。続けて踏み
込み、今度は横薙ぎ。セドリックが刃を合
わせると、エドガーは無理に押し込まず、
素直に剣を引いた。
堅実な剣だった。
踏み込みに癖はなく、剣筋にも大きな乱れはない。だが、攻め方そのものは分かりやすい。剣を振るう方向も、次に狙う場所も、数度交えれば見当がつく。
セドリックの表情から、
少しずつ警戒が薄れていった。
エドガーの剣は決して弱くない。
むしろ、基本を徹底して磨き上げた、
隙の少ない剣だ。
しかし、
天才と呼ばれる自分を相手にするには、
決め手に欠ける。
セドリックは、
エドガーの剣筋を見切り始めていた。
斬り下ろしの後には横薙ぎ。
受けられれば一度退き、
相手の出方を見てから再び踏み込む。
狙うべき隙。
セドリックは 次の一撃を受け流すと、
あえて半歩だけ踏み込んだ。
エドガーが剣を引く。
予想どおり
セドリックはその動きに合わせて
剣先を返し、
エドガーの胸元へ切っ先を走らせる。
その瞬間
エドガーの剣が、
予想とは違う軌道を描いた。
引いたはずの刃が止まる。手首を返し、
踏み込む足を入れ替え、セドリックが入り
込んだ間合いへ逆に斬り込んだ。
誘いだった。
何度も見せた、読みやすい剣筋。
そのすべてが、セドリックに
一つの答えを選ばせる為のものだった。
「ええいっ!」
セドリックは即座に身をひねった。
だが、完全には避けきれない。
エドガーの剣が、
セドリックの肩口へ迫る。
勝負あり
誰もが、そう思った。
『アグア』
二人の足元を薄く覆った水が、
踏み込んだエドガーの足を滑らせた。
「なっ……!」
剣筋が逸れる。
セドリックは身を引き、
間一髪で間合いを外した。
エドガーもまた、
崩れた体勢を立て直すために後退する。
二人の間に、再び距離が生まれた。
何が起きたのか
その答えを求めるように、
セドリックの視線が動く。
闘技場の一角。
抜刀しない剣を構えたまま、
こちらを見つめる少年。
グレン・テミストクレス
「……キミか」
セドリックの口元に、
微かな笑みが浮かんだ。
エドガーは足元に残る水を見下ろし、
それからグレンへ目を向ける。
あと一歩だった。
確かに、あと一歩で決まっていた。
だが、その一歩を奪ったのは、
剣ではなかった。
「……好機!」
低い声とともに、
エドガーに迫るのは農家の青年だった。
『このチャンスを掴んでやる!』
***回想***
王都へ旅立つ朝。
家の前には、家族が揃っていた。
「ガレス兄ちゃん
絶対に騎士になってね!」
妹のひとりが、
精一杯に声を張り上げる。
「ぼくも騎士になる!」
まだ幼い弟が胸を張ると、
隣の妹が笑った。
そんなやり取りを、
父と兄が笑いながら見守っていた。
農家の次男坊
畑を継ぐのは兄だ。
自分がいなくなっても、畑は回る。それで
家族の暮らしが楽になるわけではない。
だからこそ、騎士になりたかった。
力をつけて、
家族を支えられる男になるために。
「ガレス」
母の声に、彼は振り返った。
母はいつものように、
穏やかな顔で立っていた。
握りしめた手は、ほどけないままに。
「無理はしないでね。
あなたが元気で帰ってきてくれることが、
一番なんだから」
「……うん」
ガレスはうなずいた。
言いたいことは、いくらでもあった。
必ず騎士になる。
家族に楽をさせる。
母に、心配をかけない。
だが、どれも口にすると、
軽い約束になってしまいそうで嫌だった。
だから彼は、剣を握り直し、
家族に背を向けた。
歩き出す。
背中に、妹たちの声が届いた。
「いってらっしゃい、ガレス!」
振り返らなかった。
振り返れば、きっと足が止まる。
振り返られない。
だから、前だけを見て歩いた。
それが ガレス・オルド
◆
そして今
ガレスは地面を蹴った。
迷いのない踏み込み。
渾身の力を込めた剣が、
エドガーへと振り下ろされる。
エドガーは剣を掲げた。が、
間に合わない。 刃が届く、その寸前。
『アレナ』
足元の土が盛り上がった。
「なにいっ!」
ガレスはバランスを崩し剣筋が逸れる。
剣は、エドガーの肩口をかすめて
地面へと流れた。
間髪入れず、エドガーは後方へ跳ぶ。
何が起きた?
視線を走らせた先にいたのは、
抜かれない剣を構えたグレンだった。
ガレスも一瞬だけそちらを見た。
だが、すぐにエドガーへ向き直る。
今の一撃は止められた。
それでも、戦いは終わっていない。
「いくぞ!」
ガレスが踏み込む。
エドガーは今度こそ剣を合わせた。
鋭い金属音が響く。
ガレスの剣は重く、速い。
受け止めれば腕に衝撃が走り、
受け流そうとすれば間合いを詰められる。
エドガーは刃の角度を変え、力の向きを
逸らす。ガレスの剣が流れた瞬間、
返す刃を叩き込む。
ガレスは身をひねって躱し、
すぐさま反撃した。
剣と剣がぶつかる。
一歩も譲らない。
エドガーが間合いを変えれば、
ガレスが追う。ガレスが力で押し込めば、
エドガーは受け流して隙を探る。
互いの剣が、何度も火花を散らした。
「オレは負ける訳には、いかないんだ!」
ガレスが吼えた。
剣を握る手に、さらに力がこもる。
エドガーはその一撃を受け止め、
歯を食いしばった。
押し返す。
ガレスも退かない。
二人の剣が、再び激しくぶつかった。
一方では
セドリックがグレンへと向き直っている。
優雅に剣を構え、口元に笑みを浮かべ、
「さあ、私と踊ってもらえますか?」
「踊る?」
グレンが首をわずかに傾けた。
セドリックは楽しそうに笑い、
踏み込んだ。
初撃は、まっすぐな斬り下ろし。
グレンは剣を掲げ、刃を受け止めた。
金属音が響く
セドリックは力を込めず、
刃を滑らせるように引いた。
その動きに合わせ、
身体が半歩だけ横へ流れる。続く剣は、
先ほどまでグレンのいた場所を
なぞるように走った。
グレンは足を引く。
セドリックの剣先が返る。
低く、次いで高く。
ひと振りごとに、セドリックの身体が
流れるように向きを変えていく。
踏み込む足、引く足、肩の回転。
剣の軌道と動作が、
美しいひとつの流れになっていた。
グレンの剣は刃を受け、逸らし、
時に一歩だけ位置を変える。
セドリックは、
そのたびに角度を変えた。
まるで、次の一手が
最初から決まっていたかのように。
剣が交わる
離れる
また交わる
グレンの目が、わずかに細くなった。
剣を受けるたび、相手の身体の動きまで
伝わってくる。力で押し切るのではない。
流れを途切れさせず、相手の反応さえ
次の動きへ繋げていく。
セドリックは笑っていた。
「いいですね。実にいい」
「……何がです?」
「ええ。あなたは、
こちらの想定通りには動いてくれない」
言葉と同時に、剣が走る。
グレンは剣を僅かに傾けた。
刃がその表面を滑り、軌道を逸らされる。
セドリックの剣先が宙を切った。
それでも彼は止まらない。
身体を回し、
踏み込む足を入れ替え、再び斬り込む。
グレンは後退せず、半歩横へ。
二人の間を、剣がすれ違う。
その一瞬、
セドリックの笑みが深くなった。
すぐ側で、
ガレスとエドガーの攻防が続いていた。
ガレスの剣は、相変わらず重い。
受けるたびに腕が痺れ、
足が後ろへ押される。
だが、エドガーはもう正面から
受け止めようとはしていなかった。
刃を合わせる角度を変え、
力の向きを逸らす。
ガレスが踏み込めば、半歩退く。
剣が振り切られた瞬間には、
もう次の位置へ移っている。
「くそっ……!」
ガレスが歯を食いしばった。
押しているはずなのに、届かない。
剣を振るう度、エドガーは
少しずつ戦い方を変えていた。
最初は受け止めるだけだった剣が、
今ではガレスの動きを誘い、
次の一撃を待ち構えている。
ガレスの息が荒くなった。
それでも、剣を握る手は緩まない。
脳裏に浮かぶ故郷の家。
見送る家族の顔と声。
『まだだ』
ガレスは、もう一度踏み込んだ。
「うおおおっ!」
渾身の一撃
エドガーは剣を傾け、受け流す。
ガレスの身体がわずかに前へ流れた。
その隙を、エドガーは見逃さなかった。
刃が返る。ガレスの脇腹へ、
鋭い一閃
避けきれない
誰もがそう思った、その瞬間。
『ビエント』
風が吹いた。
エドガーの身体が、横へ押し流される。
「なっ……!」
エドガーの剣は、空を切った。
エドガーは地面を踏み直し、転倒だけは
免れる。吹き抜けた風は、
闘技場の砂を巻き上げながら消えていく。
エドガーは剣を構えたまま、睨む。
グレン
「……キミは、いったい」
ガレスが大きく息を吐き、
剣を握り直す。
「助かった……!」
短く、それだけ言った。
そして、再びエドガーへ向き直る。
エドガーもまた、剣を構え直した。
今度は、
互いに余計な言葉を交わさなかった。
剣がぶつかる。
ガレスの力強い連撃を、
エドガーが角度と足運びでいなす。
ガレスは簡単には崩れず、
エドガーもまた、
正面からの力比べを避け続けた。
その戦いを横目に、
セドリックが動いた。
グレンとの剣戟の合間。
彼の視線が、一瞬だけガレスへ向く。
ガレスがエドガーの剣を受け、
体勢を立て直す。
そこに生じた、ほんのわずかな隙。
セドリックは迷わず踏み込んだ。
狙いは ガレス
だが、
ガレスもまた、気配に気づいていた。
「させるかっ!」
エドガーから距離を取りながら、
ガレスは剣を振り抜く。
セドリックの刃と、
ガレスの刃が交差した。
火花が散る
セドリックは身体をひねり、
衝撃を逃がして着地する。
ガレスも踏みとどまったが、
腕には明らかな負担がかかっていた。
そこへ、エドガーが迫る。
ガレスは反応し、剣を引き戻した。
三人の位置が入れ替わる。
セドリックとガレス。
その少し離れた場所に、
エドガーとグレン。
誰かが指示したわけではない。
戦いの流れが、
自然と四人を二つに分けていた。
エドガーはグレンを見据えた。
「このまま抜かないのか?」
「まだ…ですね」
「……そうか」
エドガーの口元が、わずかに動く。
納得したわけではない。
だが、少なくとも、目の前の少年をただ
の傍観者として扱うことは出来なかった。
エドガーが踏み込む。
鋭い斬り下ろし。
グレンは剣で受け、刃を横へ流した。
エドガーは流された勢いを利用して身体
を回し、返す刃を放つ。
グレンは剣を引き、僅かな動きで
その軌道を外した。側から見れば
木剣で戦っているようにしか見えない。
木剣の騎士
誰かが囁く
王都の悪夢
次第に観覧席中に広まっていく。
「グレンのやつ、有名人じゃねえか」
カイルが呟く。
エドガーはさらに追撃する。
斜め
横薙ぎ
そして突き。
それまでガレスに見せていた
堅実な剣とは違う。相手の反応を読み、
ひとつ前の攻防を次の一撃へ繋げていく
剣だった。
グレンは、それを受け続けた。
鞘と刃が交わるたび、乾いた音が響く。
エドガーは焦らない。
攻撃が通らなくても、
すぐに次の手を探る。
グレンの足運び、剣を返す角度、
身体の重心。そこに勝機を見いだそうと、
目を凝らしていた。
その視線の先で、
グレンが一歩だけ退いた。
エドガーの目が動く。
今っ
そう判断した瞬間、
別の場所からも剣が走った。
セドリック・アシュフォード
ガレスとの攻防を離れ、
グレンへと向きを変えていた。
彼はエドガーの攻撃に合わせるように、
斜めから踏み込む。
エドガーは気づいた。
だが、止まれない。
セドリックもまた、
止まるつもりはなかった。
『私の主義ではないが』
セドリックの視線が、グレンを捉える。
『ここにしか
勝機を見いだせないとは、ね』
この好機に、ガレスも反応する。
セドリックがグレンへ向かった。
エドガーも、グレンを攻めている。
そして、
ガレスは剣を握り直す。
正面から挑んでも届かない。
いや、考えない。
反応
戦う者の反応がガレスを動かす。
ガレスは地面を蹴った。
狙いは、 グレン
三方向から、剣が迫る。
エドガーの鋭い斬撃。
セドリックの流麗な一閃。
ガレスの、渾身の踏み込み。
グレンは、
動かない。
エドガーの刃が逸れた。
突然エドガーの目の前に上がった
火柱が剣筋を変えさせる。
ガレスの剣が迫る。が、
突風が攻撃を逸らす。
セドリックの足元
土が、わずかに盛り上がり、
攻撃を崩そうとする。
「まだ!」
踏ん張ろうと力を入れるが、足元の
水に滑らされる。
ガレスの刃が横へ流れる。
エドガーの剣と、
セドリックの剣が交差する。
ザャギュィーーン
金属音が、闘技場に響き渡る。
「なっ!」
三人の身体が、互いの勢いに引かれた。
三つ巴
三本の剣が
グレンに襲いかかっていた筈だった。
結果、三人が相打ち。
ただひとり、立っているのは
グレン・テミストクレス
抜刀していない剣は、
既に腰に佩いている。
傷ひとつなく。
闘技場が静まり返る
誰も、すぐには声を上げられなかった。
やがて、審判が一歩前へ出る。
「勝者、グレン!」
その声が、闘技場に響いた。
決着
「くっ、貴方はいったい……」
エドガーは
傷ついた腕を押さえている。
「天才である、私を凌ぐとはね」
セドリックは苦笑を浮かべ、
剣を握り直そうとしたが、
その手にも力が入らない。
「じ、次元が違う……」
ガレスが呆然と呟いた。
三人が傷を負う中、
グレンだけは無傷だった。
そのグレンが、困ったように
「ごめんね、怪我させちゃって」
言葉と同時に、すでに展開されていた
木属性魔法が三人を包み込んだ。
『エリアハイヒール』
柔らかな光が傷口を覆い、
裂けた衣服の下で傷が塞がっていく。
ほどなくして、
三人の身体から痛みが消えた。
ガレスは
暫く自分の腕を見つめていたが、
やがて剣を下ろした。
「参りました。貴方のその剣、
抜かせることも出来なかった」
「ふむ、それに気づいたのに
無闇に打ち込んでいたのかい?」
セドリックがエドガーに目を向ける。
「やはり貴方も」
「ええ。もっとも、気づいただけ、
どうにも出来ませんでしたが」
三人の視線が、グレンの腰に向けられた。
そこには、木製にしか見えない
鞘に収まった一振りの剣がある。
グレンは少し困った顔をした。
「勿体ぶってるみたいで、
抜きにくくなっちゃいましたよ」
「勝負はついたな、
みんな文句はないみたいだぜ?」
カイルが声をかけた。
三人の候補生は畏まるが、グレンは
「カイルさん、どうしましょう?」
と、日常会話のように言う。
「まあ、仕方がないだろう。
見せてやれよ、
名匠バルド・グランツの剣を」
声を潜めた二人のやり取りは、
観客席には届かなかった。
だが、その名を耳にした三人は、
揃って目を見開いた。
「バルド・グランツ……!?」
「まさか、あの名匠が……」
グレンは観客席を一度だけ見やった。
これ以上、目立つのは避けたい。
しかしこれは、断りきれない。
「では………」
グレンは頼光の柄に手を添えた。
足を静かに開き、腰を落とす。
先程までの柔らかな雰囲気が消えた。
三人の候補者が息を呑む。
カイルもまた、
黙ってその姿を見つめていた。
次の瞬間
居合一閃
抜刀と同時、刃が逆袈裟に走る
振り下ろす、刃は左袈裟へ
そして……
鞘鳴りひとつ
カチン
頼光は、何事もなかったかのように
鞘へと戻っていた。
ほんの 一瞬だった。
観客席からは、何が起きたのかさえ
分からなかった者も多い。
抜いたのか?
今、確かに剣を振ったのか?
そんな疑問を抱くのが、せいぜいだった。
だが、
三人の候補者は違った。
エドガーは目を見開いたまま、
剣を見つめている。
セドリックに笑みはない。
ガレスは、ただ息を呑んでいた。
彼らが見たのは、
速さだけではない。
無駄のない抜刀。
二度の斬撃を繋ぐ流れ。
そして、
寸分の乱れもなく鞘へ戻る剣。
その太刀筋は、剣技という言葉だけでは
収まりきらないほど鮮やかだった。
そして、
ほんの一瞬だけ見えた刀身。
あれは……
三人は互いに顔を見合わせる。
確かなことは分からない。
だが、あの色、あの剣技。
観衆の前で抜かない理由。
名匠バルド・グランツ。
それらが示す物は
『オリハルコン』
カイルは小さく息を吐いた。
グレンはというと、
少し照れくさそうに頬を掻いていた。
「すみません、出来れば内密に」
その言葉に、
三人は思わず顔を見合わせた。
カイルは肩をすくめる。
「……だそうだ。頼むぜ、みんな」
三人はそれぞれ、
言葉にはしないまま頷いた。
こうして、選考会は幕を閉じた。
◆
薄暗い一室
窓を覆う厚いカーテンの向こうから、
かすかな夜風が忍び込んでいた。
机の前に座る男の顔は、
灯火の届かない影に沈んでいる。
身なりからすれば、
どこかの貴族だろうか。
男の前に立つ者が、淡々と報告した。
「各地の戦力は、概ね把握できました」
「そうか」
男は手元の書類に目を落としたまま、
短く答えた。
「では、次の段階へ進めよう」
報告者は一礼し、
音もなく部屋を出ていった。
扉が閉まる
男はしばらく動かなかった。
やがて、机の上の書類を一枚、
灯火の下へ滑らせる。
そこには、各地で報告された
魔物の出現状況が記されていた。
男の指が、その一部を静かになぞる。
灯火が揺れた
第八話 了
出来ましたっ
そして、ゴメンナサイ
バランスおかしいですよねっ
分かってます、分かってるんですケド
こうなっちゃいました。
ぶっちゃけますと、選考会は当初の予定に
無くて、初任務にいく流れだったのを
思いつきでブッこんだんですね。
そしたら、アイデアが出るわ出るわで、
話が膨らんでしまいました。
ゴメンナサイ




