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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第54話  影縫いの首飾り

 ハナオは、

そんなヒナを数秒見つめる。


 それから。


 チャラ、と指先へペンダントを掛けた。


 月蝕結晶が、

淡い紫光を零す。


「それで?」


「ヒナちゃん達、

 女神の湖へ行くつもりなんでしょう?」


 ロイドの目付きが少し鋭くなる。


 空気が、

また静かに張り詰めた。


「ゼクトは、

 ヒナ一人で来いと言っていた」


「真正面から行けば、

 向こうの思う壺だ」


 ハナオは頷く。


「でしょうねぇ」


 軽い口調。


 だが、

返答は妙に早かった。


 最初から理解していたみたいに。


 ロイドは、

そんなハナオを見る。


 普段は異様な言動ばかりだが、

この男はかなり頭が切れる。


 ヒナが静かに口を開いた。


「だから……」


「ゼクトに気付かれず近付くのに、

 これ使えないかなって」


 視線は、

ペンダントへ向いていた。


 ハナオは、

ニヤリと口元を歪める。


「ふふん」


「よくぞ聞いてくれたわねぇ〜」


 鼻息が少し荒くなる。


 ロイドが嫌な予感を覚える。


「題して――

 《影縫いの首飾り》」


「妖艶でしょ?」


「名前はともかく、

 性能を聞かせてくれ」


 ロイドが真顔で返す。


 ハナオは満足そうに頷いた。


「まず、

 マナ遮断」


「索敵阻害」


「結界感知ずらし」


「気配分散」


 一つ告げられる度、

ロイドの眉が少しずつ寄っていく。


 いや。


 途中から、

完全に表情が引き攣っていた。


 マナ遮断。


 索敵阻害。


 結界感知ずらし。


 気配分散。


 しかも、

それらを同時発動。


 王都なら、

国家単位で秘匿される術式群だ。


「……どれか一つでも、

 王都なら秘匿級だぞ」


「それを、

 平然と一つへ詰め込むな」


 ロイドは思わず額を押さえた。


 本当に、

この村は色々おかしい。


「ついでだから仕方ないじゃない」


 ハナオは悪びれもしない。


 さらに続ける。


「普通は、

 それぞれを抑える為に護符や魔法を掛けるわよね?」


 ハナオは、

ペンダントを指先で揺らす。


「マナ隠蔽」


「気配遮断」


「索敵妨害」


「全部別術式」


「でも――」


 月蝕結晶が、

淡く紫光を漏らした。


「これは根本的に違うの」


「身に付けるだけで、

 全部を隠すわ」


 ロイドが黙る。


 それがどれだけ異常か、

理解してしまったからだ。


 普通、

隠密とは力を抑える行為だ。


 だがこれは違う。


 存在そのものを誤魔化している。


 しかも。


 常時発動型。


 王都技術では、

まず有り得ない。


 ハナオは、

そこでふと思い出したみたいに指を立てた。


「あ、

 ただし完全じゃないわよ?」


「長時間は厳しいし、

 高濃度マナ空間だと精度も落ちる」


「月蝕結晶も消耗するしね」


 そこでハナオは、

ニヤリと笑った。


「でも――」


 意味深に、

ペンダントを揺らす。


 月蝕結晶が、

淡く紫光を漏らした。


「他の付加が切れても」


「リンクした“大事なもの”だけは、

 いつでも感知出来るようにしておいたわ」


 ロイドの眉が僅かに動く。


「……大事なもの?」


「ふふん?」


 ハナオは、

楽しそうに笑うだけだった。


 そして。


 満足そうに頷く。


「じゃ、

 実際に使ってみましょうか」


 嫌な予感がした。


 次の瞬間。


 くるり、と床を滑るみたいに回転したハナオが、

一瞬でロイドの目の前まで距離を詰める。


「っ!?」


 速い。


 ロイドが反応するより先に、

細い指が首筋へ触れた。


 ぞわり、と鳥肌が立つ。


 生理的に怖い。


「はい装着〜♪」


 チャラ、と音を鳴らしながら、

ハナオは慣れた手付きでペンダントをロイドの首へ掛けた。


 月蝕結晶が、

胸元で淡く揺れる。


 そして。


 耳元へ顔を寄せたハナオが、

小さく囁く。


「ヒナちゃん、

 頼むわね?」


 意外なほど真面目な声だった。


 ロイドが僅かに目を見開く。


 その直後だった。


 首へ掛けられたペンダントが、

心臓みたいに淡く脈打つ。


 月蝕結晶の紫光が、

ロイドの胸元で静かに揺れた。


 瞬間。


 世界の輪郭が変わる。


 工房を満たしていた熱。


 炉の唸り。


 ガンテツの濃いマナ。


 散らばった結晶から漏れる気配。


 それら全てが、

急に遠ざかっていく。


 霧が掛かったみたいに、

感覚の外側へ滑り落ちる。


 音も。


 熱も。


 存在感そのものが、

薄れていく。


 だが。


「……っ」


 ヒナだけは違った。


 やけに鮮明だった。


 呼吸。


 体温。


 揺れる亜麻色の髪。


 左耳《陽輪》から漏れる、

微かな月光みたいなマナ。


 風へ溶ける匂いすら、

今まで以上にはっきり分かる。


 世界から、

ヒナだけが浮かび上がっているみたいだった。


 さらに。


 胸元で揺れるロケット部分へ、

淡い紫光が滲み始める。


 月蝕結晶の光は、

水面へ落ちた月明かりみたいに静かだった。


 ゆっくりと。


 薄膜みたいな光が広がっていく。


 ロイドは、

無意識に息を止める。


 そして。


 その光の中へ、

一人の少女が浮かび上がった。


 揺れる亜麻色の髪。


 青と金が混ざる瞳。


 左耳《陽輪》の微かな輝き。


 風に髪を揺らす、

ヒナの横顔。


「っ――!?」


 ロイドが反射的にロケットを閉じる。


 パチンッ、と乾いた金属音が、

静かな工房へ鋭く響いた。


 一瞬。


 空気が止まる。


 ヒナだけが、

不思議そうに小さく首を傾げていた。


「……?」


 ハナオは、

頬へ手を当てながら満足そうに笑う。


「やっぱり〜♪」


 ロイドは思わず額を押さえた。


 本当に、

この男は全部台無しにする。


 だが。


 そんな空気の中で。


 ヒナが少しだけ吹き出す。


「……ふふっ」


 本当に小さな笑い声。


 けれど。


 ロイドは気付く。


 昨日から張り詰めていたヒナの空気が、

ほんの少しだけ軽くなっていた。


 ロイドは、

そんなヒナの横顔を静かに見る。


 昨日から。


 コトハが攫われてからずっと。


 ヒナは、

ほとんど気を張り詰めたままだった。


 村の巡回。


 負傷者確認。


 モンスター警戒。


 女神の湖方向への索敵。


 休んでいるようで、

まるで休めていない。


 だからこそ。


 今の小さな笑みへ、

ロイドは少しだけ安堵していた。


 だが。


 次の瞬間。


 ハナオが真顔へ戻る。


「……でも、

 気を付けるのよ?」


 空気が少し変わった。


 ヒナも笑みを消す。


 ハナオは、

軽くペンダントを揺らす。


 月蝕結晶が、

淡く紫光を漏らした。


「これは、

 “見つかりにくくする”道具」


「無敵になる道具じゃないわ」


「相手が相手だもの。

 近付き過ぎれば、

 いずれ気付かれる」


 ロイドも頷く。


「十分だ」


「奇襲出来るだけでも、

 戦況は変わる」


 ゼクトは頭が良い。


 真正面から来る想定しかしていないなら、

その裏を突ける。


 それだけで大きい。


 ヒナは、

首飾りを見つめたまま呟く。


「……ロイなら、

 気付かれずに近付けるかな」


 ロイドは、

静かにロケット部分へ触れる。


 閉じられた蓋の奥。


 そこへ浮かんだヒナの横顔が、

まだ妙に焼き付いていた。


 視線を逸らす。


「……やるしかないだろ」


 短い返答。


 だが。


 その声には、

迷いより覚悟の方が強く滲んでいた。


 ハナオは、

そんなロイドを見て満足そうに笑う。


「ふふん。

 いい顔するじゃない」


「任せたわよ、

 騎士様?」


 工房の炉が、

ごう、と低く鳴る。


 満月まで、

残された時間は少なかった。


 その時だった。


「……ヒナよ?」


 今まで黙っていたガンテツが、

煙草みたいに息を吐きながら口を開く。


「おめぇさん、

 飯食ってねぇだろ」


 一瞬、

ヒナが目を逸らした。


 図星だった。


 ガンテツは呆れたように笑う。


「決戦前に倒れたら、

 ぶん殴るぞ」


「……殴らないでよ」


「なら食え」


 短いやり取り。


 だが。


 その空気だけは、

妙に温かかった。


 ロイドは、

そんなティーナ村の空気を静かに見つめる。


 戦いの前だというのに。


 この村は、

いつも通り誰かを心配して、

いつも通り飯を食えと言う。


 それが少しだけ、

救いみたいに思えた。

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