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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第51話  白銀星葬



 世界が静まる。


 風が止む。


 崩れた家屋の音すら、

遠く感じた。


 ヒナの周囲へ、

白銀の粒子が静かに集まり始める。


 淡い月光。


 柔らかな白光。


 太陽と月。


 二つの光が、

境界を溶かすみたいに混ざり合っていく。


 ロイドは息を呑んだ。


 綺麗だった。


 だが同時に。


 触れてはいけない何かを見ているみたいな、

本能的な恐怖もあった。


 特異個体が咆哮する。


 空気を裂き、

再びヒナへ突撃した。


 だが。


「行かせるかぁぁぁ!!」


 ロイドが踏み込む。


 《スヴェード・クシフォス》が唸り、

白い閃光が幾重にも奔った。


 斬撃。


 衝撃。


 高速連撃。


 《光翼連斬》が、

暴風みたいに特異個体を押し留める。


 重い。


 速い。


 腕が軋む。


 だが。


 ロイドは一歩も退かなかった。


 背後で。


 ヒナの声が静かに響き始める。


「太陽と月の影……」


 空気が震える。


 世界そのものが、

詠唱へ呼応しているみたいだった。


「我が刃に集まりて――」


 白銀光が増幅する。


 地面へ散らばっていた月蝕結晶が、

共鳴するみたいに淡く輝き始めた。


 特異個体が焦ったように暴れ出す。


 黒い尾が唸る。


 咆哮。


 侵食波。


 だが。


 ロイドが全部止める。


「来いよ……!!

 お前の相手は俺だ!!」


 白い残光が乱舞する。


 斬る。


 防ぐ。


 弾く。


 押し返す。


 その度に、

《スヴェード・クシフォス》の光が強くなっていく。


 まるで。


 ロイド自身の“守護意志”へ応えているみたいだった。


 そして。


 ヒナがゆっくり目を開く。


 青と金の瞳が、

白銀光の中で静かに輝いていた。


「無と生を等しく与えんことを!」


 そして。


 ヒナがゆっくり剣を構える。


 白銀の粒子が、

刀身へ吸い込まれていく。


 空気が静まる。


 風が止む。


 まるで、

この場だけ世界から切り離されたみたいだった。


 白銀光が、

剣身から静かに溢れ出す。


 淡い。


 なのに。


 直視するだけで本能が震えるほど、

圧倒的だった。


 ロイドですら、

無意識に息を呑む。


 ヒナの青と金の瞳が、

静かに特異個体を見据える。


 そして。


 ヒナが小さく息を吐いた。


「――白銀星葬」


 瞬間。


 白銀の光が、

世界ごと爆発した。


 遅れて。


 音が消える。


 特異個体が、

動きを止めた。


 巨体へ。


 白銀の斬線が、

静かに走っている。


 一秒。


 二秒。


 次の瞬間。


 《エクリプス・ドラグ》の巨体が、

音もなく崩壊した。


 砕ける。


 裂ける。


 消えていく。


 黒い月マナごと、

白銀光へ呑み込まれるみたいに。


 そして。


 最後に残ったのは。


 夕空から降り注ぐ、

無数の月蝕結晶だけだった。


 静寂。


 さっきまで村を揺らしていた轟音が、

嘘みたいに消えていた。


 風だけが吹いている。


 白銀の残光が、

夕暮れの空へゆっくり溶けていった。


 ロイドは荒い呼吸のまま、

《スヴェード・クシフォス》を地面へ突き立てる。


 腕が重い。


 全身が熱を持っていた。


 だが。


 視線だけは、

自然とヒナへ向いてしまう。


 ヒナは静かに立っていた。


 白銀粒子がまだ周囲へ漂っている。


 長い髪が、

夕風に揺れる。


 その姿は綺麗だった。


 綺麗過ぎて。


 人ではない何かを見ているみたいな感覚すらあった。


 だが次の瞬間。


 ヒナの身体が、

ふらりと揺れた。


「――っ」


 ロイドが反射的に駆け出す。


 倒れる前に、

その身体を支えた。


 細い。


 軽い。


 だが。


 腕の中のヒナは、

思っていた以上に熱を持っていた。


 呼吸も荒い。


「ヒナ」


「……へーき」


 全然平気そうじゃない声だった。


 ヒナは苦笑する。


「ちょっと……

 使い過ぎたかも」


 ロイドは眉を寄せた。


 視線が、

自然とヒナの裂けたボレロへ向く。


 薄く見える白い肌。


 傷は浅い。


 血も出ていない。


 それを確認して、

ロイドはようやく小さく息を吐いた。


 ヒナがその様子へ気付く。


「……ロイ?」


「いや……」


 ロイドは言葉を止めた。


 神殿で聞いた話。


 “血”。


 “無”。


 あの恐怖が、

まだ胸の奥から消えていなかった。


 もし、

あの時少しでも深く裂けていたら。


 もし、

血が流れていたら。


 想像しただけで、

背筋が冷える。


 ヒナはそんなロイドを、

少し不思議そうに見つめていた。


 だが。


 その時だった。


 ――キン。


 左耳の《陽輪》が、

小さく震える。


 今までより低い音。


 嫌な音だった。


 ヒナの表情が、

僅かに曇る。


「……陽輪?」


 次の瞬間。


 村の奥。


 女神の湖がある方向から、

黒い月マナが空へ立ち昇った。


 空気が震える。


 遠くで。


 何かが笑った気がした。


 ロイドの表情が強張る。


 ヒナもまた、

静かにその方向を見つめていた。


 満月まで、

もう時間が無かった。


 夕暮れの風が吹く。


 だが。


 その風はもう、

 “静かな村の風”ではなかった。

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