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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第47話  満月の湖

 

話を終え

ゲンは険しい顔のまま、

神殿入口へ視線を向けた。


「……村の警戒を続ける」


「結界の反応も妙だ。

 外を見てくる」


 そう言い残し、

神殿の外へ出ていく。


 足音が、

冷えた石段の奥へ消えていった。


それを見届けたヒナ達も神殿を出ようと立ち上がる。


 その直後だった。


「……待って」


 ユヅキが静かに口を開く。


 振り返ったヒナ達へ、

ゆっくり視線を向けた。


「まだ話があるの」


 神殿奥。


 揺れる灯りが、

壁へ刻まれた月と太陽の紋章を照らしている。


 湿った石の匂い。


 冷えた空気。


 そして、

ヒナの左耳――《陽輪》だけが、

昨夜から低い音を鳴らし続けていた。


 ――キィン……


 まるで、

何かを警告するみたいに。


 ユヅキは古文書を抱えたまま、

難しい顔をしていた。


「それにしても……

 満月の夜、

 女神の湖……」


 視線が僅かに伏せられる。


「古代巫女。

 《月輪》。

 ゼクト……」


「嫌な符合が多過ぎるのよね……」


 静かな声だった。


 だが、

その空気には、

普段のユヅキには無い緊張が滲んでいる。


 ヨネが小さく息を吐いた。


「あそこは昔、

 神聖な山じゃったんじゃがなぁ……」


「無くなってしもうたが」


 ロイドは眉を寄せる。


「山……?

 あそこは湖だったはずだが」


「……この土地の事だ。

 満月に山でも現れるのか?」


 神殿へ、

妙な沈黙が落ちた。


 ミツキが、

どこか言いづらそうに口を開く。


「……あったのよ。

 神聖な山が」


「わたしが幼い頃に、

 吹き飛んだけど」


 ロイドの思考が止まる。


「吹き飛んだ……?」


「山がか?」


「ゼクトと関係が――」


「わしじゃ」


 ヨネだった。


 ロイドは固まる。


 ヨネは頭を掻きながら、

少し気まずそうに笑った。


「若い頃、

 死んだ爺さんと大喧嘩してなぁ」


「頭に血が上っとったんじゃ」


「気付いた時には、

 山が無くなっとった」


 ミツキとユヅキが、

堪え切れないみたいに少し笑う。


 だが。


 ヒナだけは笑わなかった。


「でも、

 あそこ今も変なんだよね」


「女神の湖周辺、

 マナの流れが異常に強いし」


「昼は浄化側へ流れてるんだけど、

 満月の夜だけ、

 “月側”へ反転するの」


 その瞬間。


 ロイドの中で、

何かが繋がった。


「……満月だけ反転する場所を指定した?」


 視線が僅かに細くなる。


「《月輪》……?」


 神殿へ、

重い沈黙だけが落ちた。


 その沈黙が、

何よりの答えだった。


 ユヅキが小さく呟く。


「あの気配……

 人に近い」


「でも、

 決定的に違う」


 ロイドは息を吐いた。


「……人魔か」


 ヒナが振り返る。


「人魔?」


「魔物化した人間って事……?」


 ロイドは少し考え込む。


 外界の常識。


 だが、

ティーナ村では通じない事ばかりだった。


「外じゃ、

 魔法の根源を“ルナ”と呼ぶ」


「俺は最近思い始めてる……

 あれは、

 マナの残留物なんじゃないかって」


 ユヅキ達は静かに耳を傾ける。


「人は、

 その不安定な力を、

 発動言語で無理矢理安定化させてる」


「だから十歳になると、

 適合検査を受けるんだ」


「暴走させない為に」


 ヒナは少し考え込んだ。


「でもさ……

 ティーナ村って誰でもマナ使えるよ?」


「適合しなくても、

 使えるんでしょ?」


 ロイドは頷く。


「……そこなんだ」


「本来なら危険なんだよ」


「力へ耐えられる身体を持たない人間が、

 無理にルナを扱うと、

 身体も精神も崩壊する」


 神殿の灯りが揺れた。


「そうして生まれるのが、

 “人魔”だ」


 ヒナは静かに息を飲む。


「じゃあ……

 ゼクトも?」


 ロイドは首を横へ振った。


「普通の人魔は、

 人格なんて残らない」


「だが、

 ごく稀にいるらしい」


「力へ魅入られながら、

 知性だけを保つ存在が」


 静かな空気。


「伝説みたいな話だ」


「俺も見た事はない」


 ロイドは視線を伏せる。


「……理屈じゃ説明出来ない存在が、

 実際にいるんだ」


「普通の人魔とは違う……」


「《陽輪》や《月輪》みたいな、

 何か別の力が混ざってるのかもしれない」


 ロイドはようやく理解する。


 ゼクトが、

何故ヒナを狙ったのか。


 だが同時に、

別の事にも気付いてしまう。


 コトハが人質に取られている以上、

ヒナは絶対に引かない。


 ユヅキが静かに目を伏せた。


「あの子、

 きっと一人で行くわ」


「……相手が、

 そんな不安定な存在なら尚更ね」


 ユヅキの視線が、

静かにロイドへ向く。


「だから……

 止められる人が必要なの」


 ヒナは俯いたまま、

小さく息を吐く。


「……それでも、

 あたしは行くよ」


 その時。


 神殿の外で、

結界が軋むような音が響いた。


 直後。


 遠くで、

白銀の斬光が森を裂いた。


 神殿の扉が勢いよく開いた。


「大変だ!」


 ゲンだった。


「村の外にモンスターが出た!

 ヒナ!

 ロイド君!

 ミツキも手を貸してくれ!」


 だが。


 ユヅキが静かに口を開く。


「……ロイ君と、

 ミツキ姉さんには話があるの」


「ヒナ、

 おばあちゃんと外をお願い」


 ヒナは少し不思議そうな顔をしたが、

すぐ頷いた。


 立ち上がる。


 その時。


 無意識みたいに、

左耳へ触れた。


 ――キィ……


 低い音。


 ヨネは、

ミツキとユヅキの視線を見て、

全て察したみたいに笑った。


「気にするでない」


「老体じゃがな」


「若いもんにはまだまだ負けんわい」


 立ち上がる。


 その瞬間。


 神殿そのものが軋むみたいな、

凄まじいマナ圧が一瞬漏れた。


 ロイドは息を呑む。


 ヨネは何事も無かったみたいに、

静かに外へ歩いて行った。


 外の足音が遠ざかり、


 神殿へ残ったのは、

 ロイド達三人だけになった。


 静寂。


 遠くで戦闘音だけが響いている。


 ミツキの声色だけで、

軽い話ではないと分かった。


「……一つ、

 貴方に言わなきゃいけない事があるの」

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