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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第46話  均衡



 神殿の中は静かだった。


 誰もすぐには口を開かない。


 聞こえるのは、

 古文書を捲る乾いた音だけ。


 ヒナは俯いたまま、

 左耳の陽輪へ触れていた。


 ――キィン……


 低い音。


 まるで、

 神殿そのものが呼吸しているみたいだった。


 ユヅキが静かに口を開く。


「この地はね……

 異様なほどマナが濃いの」


 ロイドは小さく眉を寄せる。


「やはり、

 普通ではなかったのか……」


 ユヅキは静かに頷いた。


「理由は、

 地下に眠る“神の残したもの”」


「何が眠っているのか、

 私達にもわからない」


「でも、

 それがこの村の生きる力になってる」


 ロイドの脳裏へ、

 今まで見てきた光景が浮かぶ。


 村人達の異常な身体能力。


 高過ぎるマナ。


 危険種を自然災害みたいに扱う感覚。


 そして。


 ヒナ。


 全部が、

 少しずつ繋がっていく。


 ユヅキは古文書へ視線を落とす。


「その力の均衡を見定めるために、

 ティーナ村には古くから、

 神獣《白銀天獣アフヴェリア》様の加護継承があるの」


 静かな声だった。


「継承者は、

 代々、

 最も大きなマナを持つ女性」


「おばあちゃん」


 ヨネが鼻を鳴らす。


「ミツキ姉さん」


 ミツキは苦笑する。


「そして私」


 ヒナとロイドは黙って聞いていた。


「コトハがな……

 あやつは異様なマナを秘めておる」


 ヨネが低く呟く。


「まだ本人も気付いておらぬが……

 次の継承者はコトハじゃ」


 その瞬間。


 ヒナの指先が小さく震えた。


 コトハ。


 今、

 ここにいない。


 ゼクトに攫われた妹。


 胸の奥が、

 嫌に冷える。


 ロイドは静かに問う。


「……だが、

 血縁でないとはいえ、

 娘として育てたヒナが継承者にならないのか?」


 空気が止まる。


 ミツキとゲンが、

 小さく視線を合わせた。


 そしてミツキが、

 ゆっくり口を開く。


「アフヴェリア様も、

 おっしゃってた」


「ヒナは加護へ適合する……って」


 ヒナが顔を上げる。


「でも――」


 ミツキの声が少しだけ低くなる。


「ヒナには、

 既に異質な存在がいるって」


 静寂。


 ロイドは僅かに目を細めた。


 脳裏に浮かぶ。


 ヒナが時折口にする名前。


 ――ふーちゃん。


「……ふーちゃん?」


 思わず口から零れた。


 その瞬間。


 ヒナは少しだけ困ったみたいに笑った。


「あたしね……

 もう一人いるの」


 ロイドの眉が寄る。


「もう一人……?」


「あたしの中っていうか……

 意識の中……

 かな?」


 ヒナは左耳へ触れながら、

 少し考える。


「口悪いけど、

 頭良いヤツなんだよね」


「勝手に、

 ふーちゃんって呼んでる」


 軽い調子だった。


 だが。


 誰も笑わない。


「光の剣も、

 ふーちゃんが教えてくれたんだ」


 沈黙。


 古文書をめくる音だけが、

 静かな神殿へ響く。


 ミツキとゲンが視線を合わせる。


 ユヅキもまた、

 僅かに眉を寄せていた。


 ヒナだけが、

 いつも通りだった。


 ロイドは言葉を失う。


 神獣。


 巫女。


 陽輪。


 世界崩壊。


 そして。


 ヒナの中にいる、

 “何か”。


 だが。


 目の前の少女は、

 不安そうに眉を下げながらも、

 どこまでも普通だった。


 だからこそ、

 余計に現実感が狂う。


 ユヅキは静かに古文書へ視線を落とした。


 長い沈黙。


 紙を捲る乾いた音だけが、

 神殿の中へ小さく響く。


 やがて。


「伝承にはね……」


 静かな声だった。


「こう記されてるの」


 ユヅキの指先が、

 古い文字をなぞる。


“真の血筋と、

 対の耳飾り。


 祈りと共に、

 均衡は保たれる”


 誰も口を開かない。


 ヒナは無意識に、

 左耳へ触れていた。


 ――キィン……


 低い音。


 まるで、

 言葉へ反応しているみたいだった。


 ロイドが低く呟く。


「……だが、

 世界は滅びた」


 ユヅキは静かに頷く。


「ええ……」


「均衡を保つはずだったものが、

 滅びを招いた」


「だから今でも、

 ティーナ村では、

 この伝承を恐れてるの」


 ヒナは俯いたまま、

 左耳の陽輪を握る。


 冷たい。


 だが、

 微かに脈打っている気がした。


「つまり……」


 ヒナが小さく呟く。


「このピアスと、

 巫女ってやつが、

 世界崩壊の鍵って事……?」


 誰もすぐには否定出来なかった。


 空気が重く沈む。


 ヒナは小さく奥歯を噛む。


 昨夜。


 ゼクトは確かに、

 陽輪を見ていた。


 迷いなく。


 まるで最初から、

 それを探していたみたいに。


「アイツ……

 “あのお方”って言ってた」


 ヒナは顔を上げる。


「多分、

 そいつがもう片方を持ってる」


「《宵月の片耳飾り》……

 《月輪》」


 ユヅキが静かに言う。


 ヒナは小さく頷く。


「……つまり、

 アイツらも巫女側って事なんだよね」


 ロイドも低く続ける。


「古代巫女の血筋……

 あるいは継承者か」


 神殿の空気がさらに冷える。


 ヒナは静かに立ち上がった。


 俯いていた顔が上がる。


 青と金の混ざる瞳が、

 ゆっくり鋭さを帯びていく。


 左耳へ触れる。


 ――キィン……


 低い音。


 警告みたいな音だった。


「……でも」


 ヒナは静かに言った。


「だからって、

 渡す理由にはならない」


 声は小さい。


 だが、

 異様なほど真っ直ぐだった。


「コトハは返してもらう」


「このピアスも、

 絶対渡さない」


 誰も口を挟まない。


 ミツキは静かにヒナを見る。


 ゲンは腕を組んだまま目を閉じる。


 ヨネは小さく鼻を鳴らした。


 ロイドだけが、

 真っ直ぐヒナを見ていた。


 不安も。


 恐怖も。


 混乱も。


 全部ある。


 だが。


 それでもヒナは、

 前を向いていた。


 だからロイドも、

 視線を逸らさなかった。


⸻


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