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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第45話  継承



 夜明け前。


 空はまだ薄暗く、

 群青色が静かに残っていた。


 ティーナ村は、

 異様なほど静かだった。


 風が吹く。


 木々が揺れる。


 遠くで小さく水音が響く。


 それだけだった。


 縁側へ座ったヒナは、

 膝を抱えたまま空を見上げている。


 一睡も出来なかった。


 目を閉じるたび、

 昨夜の光景が脳裏へ浮かぶ。


 コトハ。


 ゼクト。


 もう一人のコトハ。


 月明かり。


 消える気配。


 左耳へ触れる。


 ――キィン……


 低い音が響いた。


 いつもの澄んだ音ではない。


 胸の奥へ沈み込むみたいな、

 嫌な音だった。


 ヒナは小さく眉を寄せる。


「……うるさい」


 だが、

 陽輪は静まらない。


 隣では、

 ロイドが壁へ背を預けていた。


 彼もまた、

 眠っていない。


 言葉はない。


 何を言えばいいのか、

 わからなかった。


 コトハが攫われた。


 それだけで、

 ティーナ村の空気は完全に変わってしまっていた。


 静かな足音が近付く。


 ヨネだった。


 いつもの飄々とした空気は薄い。


 皺だらけの目が、

 静かにヒナを見る。


「……来るべき時が来たか」


 低い声だった。


 ヒナはゆっくり顔を上げる。


「ユヅキが待っとる」


 短くそう言って、

 ヨネは踵を返した。


 ヒナとロイドは顔を見合わせる。


 そして静かに立ち上がった。


⸻


 ティーナ村奥地。


 森のさらに奥。


 普段ほとんど人が近寄らない場所。


 崩れた鳥居が、

 朝霧の中に立っていた。


 石段は欠け、

 苔が広がっている。


 だが。


 その場所だけ、

 妙に空気が冷たかった。


 ヒナは無意識に肩を抱く。


 静か過ぎる。


 鳥の声もない。


 風の音すら、

 どこか遠かった。


 石段を上る。


 途中、

 壁面へ刻まれた紋章が目に入った。


 月と太陽。


 重なる円。


 そして。


 左耳のピアスと、

 酷似した意匠。


 ヒナは思わず立ち止まる。


「……なんか」


 落ち着かない。


 でも。


 妙に懐かしい。


 説明出来ない感覚だった。


 左耳へ触れる。


 ――キィン……


 低い音。


 陽輪が、

 まるで反応しているみたいだった。


 ロイドは周囲を見渡していた。


 崩れた神殿。


 古い柱。


 風化した石壁。


 だが。


 ここには、

 何かが残っている。


 そんな感覚が消えない。


 ロイドは理解し始めていた。


 ティーナ村には、

 自分の知らない“何か”が眠っている。


⸻


 神殿内部。


 薄暗い部屋。


 古い紙の匂い。


 積み重なった古文書。


 その中央へ、

 ユヅキは静かに座っていた。


 差し込む朝の光が、

 長い黒髪を淡く照らしている。


 ユヅキは古文書へ触れながら、

 ゆっくり口を開いた。


「……違和感は感じていたけど……」


 静かな声。


「伝承は本当だったみたいね……」


 誰も口を開かない。


 聞こえるのは、

 古い紙が擦れる音だけだった。


 ユヅキは顔を上げる。


「古代文明崩壊って知ってる?」


 ヒナとロイドは頷いた。


「大昔に……

 この星にあった広大な文明が、

 一夜で滅びたって話……だよね?」


 ヒナが答える。


 ロイドも静かに続けた。


「王国にも同じ伝承は残っている」


「だが……

 ティーナ村と王国は隔離されていた」


「それなのに、

 同じ内容が伝わっているのか……」


 ユヅキは静かに頷く。


 古文書を開いた。


「約500年前……

 ある巫女が、

 月の神へ成り変わり、

 世界を滅びへ導いた……」


「そう記されているわ」


 ロイドは眉を寄せる。


「巫女が世界を滅ぼした……?」


「人間が神になったというのか……?」


 ユヅキは続ける。


「500年前……

 巫女にも階級が存在した」


「《浄階》」


「限られた血筋のみに継承された、

 特別な存在……」


 だが。


「その浄階とかいう人達と、

 アイツやあたしが何の関係あるのよ!」


 ヒナが立ち上がった。


「こうしてる間にもコトハが……!」


 張り詰めた声。


 空気が揺れる。


 ミツキが静かに言った。


「ヒナ……落ち着きなさい」


 ヒナは何か言い返そうとして、

 止まる。


 小さく俯いた。


「……ごめん」


 しゅんと座り直す。


 ロイドはそっと、

 ヒナの肩へ手を置いた。


 ヒナは小さく息を吐く。


「……なんで、

 あたしだけ何も知らなかったの」


 その言葉に、

 ミツキは少し目を伏せた。


 ユヅキは静かに続ける。


「継承されたのは、

 階級だけじゃない」


「《緋月の片耳飾り》――

 太陽神を讃える《陽輪》」


「《宵月の片耳飾り》――

 月神を讃える《月輪》」


 その瞬間。


 ――キィン……


 陽輪が低く鳴った。


 ヒナは左耳を押さえる。


「陽輪……

 アイツが言ってたやつ……」


「あたしのピアスを見て……」


 ロイドも気付く。


「待て……

 その陽輪は、

 浄階のみが持つものなんだろう?」


「なぜヒナが持っている?」


 しばしの沈黙。


 そしてユヅキは静かに告げた。


「このティーナ村はね……」


「浄階や巫女達が暮らしていた神殿跡に作られた村なの」


 ヒナとロイドは息を呑む。


 ロイドは低く問う。


「つまり……

 ヒナはその血筋なのか?」


 だが。


 ユヅキはゆっくり首を横へ振った。


「……わからないのよ」


 静かに、

 ミツキが口を開く。


「ヒナはね……

 幼い頃、

 村外れで私達が保護した子なの」


「保護した時には、

 もうその陽輪を持っていた」


 ロイドは目を見開く。


 ヒナは静かに頷いた。


「あたしは、

 母さん達の本当の子じゃない」


「でも……

 ほんとの家族だと思ってる」


 静寂。


 ミツキは優しく微笑む。


「でもね……

 同じ匂いがしたのよ」


 ゲンとミツキは、

 静かにヒナを見る。


「記憶もほとんど無かった……

 ヒナって名前くらいしか」


「でも不思議と、

 他人とは思えなかった」


「……私とヒナ、

 少し似てるでしょ?」


 ミツキが微笑む。


 その瞬間。


 ロイドは小さく息を呑んだ。


 ヒナが時折見せる、

 あの穏やかな表情と、

 どこか重なった気がした。


 ミツキは静かに続ける。


「だから……

 普通の子として育ってほしかった」


「神話も、

 巫女も、

 陽輪も……

 背負わせたくなかったの」


 ヒナは言葉を失う。


 左耳へ触れる。


 ――キィン……


 低い音。


 まるで、

 その言葉へ反応しているみたいだった。


⸻


 神殿の空気だけが、

 静かに揺れていた。

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