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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第44話  無貌



「へぇ……」


もう一人のコトハは、

ヒナを見つめる。


「本当に居たんだぁ」


「知らないんだ?」


「……何の話?」


ヒナの声が揺れる。


「巫女?

 陽輪?

 神獣?」


「意味わかんないんだけど……」


珍しく、

余裕が崩れていた。


ミツキが何か言いかける。


「ヒナ、あなたは――」


だが。


その瞬間。


もう一人のコトハが動いた。


本当に、

一瞬だった。


気付いた時には、

コトハがもう一人のコトハに捕まっていた。


「えっ……?」


コトハの声が震える。


ロイドの目が鋭く細まる。


首元。


あの位置なら、

いつでも殺せる。


ヒナが反射的に一歩踏み出す。


「……返せ」


だが。


コトハへ触れるもう一人のコトハの指を見て、

止まった。


もう一人のコトハの声が重なる。


「巫女よ」


「この小娘は、

 陽輪と交換だ」


ロイドが低く呟く。


「……巫女。

 古代の神の使いか」


もう一人のコトハは笑う。


「さすがディドラスの王族」


「田舎娘よりは知ってるみたいだねぇ?」


ゲンが一歩前へ出る。


「……その子から手を離せ」


静かな怒気。


空気が張り詰める。


だが、

もう一人のコトハは怯まない。


むしろ楽しそうだった。


「加護持ちの母」


「結界張りの父」


「騎士」


「……ぶが悪いなぁ」


それでも、

焦りは一切無い。


コトハが震えながら叫ぶ。


「お姉ちゃん……

 来ちゃダメ!!」


ヒナの視線が、

震えるコトハから離れない。


もう一人のコトハが、

空を見上げる。


まだ少し欠けた月。


「……あと少しだねぇ」


どこか楽しそうだった。


「満月の日の夜」


「女神の湖で待つ」


湖方向だけ、

月光が妙に白い。


「その頃には、

 もっと綺麗に見えるだろうしねぇ」


左耳へ熱が走る。


――キィン……


今度の音は、

鋭かった。


ゲンとミツキの表情が、

僅かに変わる。


だが、

ロイドには意味が分からない。


「巫女よ」


「一人で来い」


「お前、

 絶対来るもんねぇ?」


脅迫ではない。


確信だった。


「ボクは無貌のゼクト

 女神の湖でまってるよ」


瞬間。


月明かりが歪む。


ゼクトとコトハの輪郭が崩れる。


一瞬だけ。


セリニス。


コトハ。


知らない誰か。


幾つもの顔が、

ノイズみたいに切り替わる。


次の瞬間。


二人は消えていた。


何をしたのか、

誰にも分からない。


静寂。


虫の声が戻る。


風が吹く。


だが。


ヒナだけは、

何も聞こえなかった。


世界が遠い。


温泉。


食卓。


コトハの笑顔。


静かなティーナ村の日常が、

脳裏を過ぎる。


それが今、

奪われた。


左耳へ触れようとした瞬間。


――キィィン……


先に、

低い音が鳴った。


長く。


胸へ沈むような、

警告の音。


“陽輪”


その言葉だけが、

頭の奥へ残り続けている。


ヒナは月を見る。


今夜の月は、

少しも綺麗に見えなかった。


満月まで、

あと数日。


静かな瞳から、

迷いだけが少しずつ消えていく。


「……返してもらう」


月明かりだけが、

静かな森を照らしていた。

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