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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
序章  〜力の根源〜
5/16

特別編 エピソード2 ヒナ10歳「外側の限界と、内側の覚醒」③

特別編エピソード2はこの③で終わりです


拙い文章ですが、読んで頂けたら幸いです

     ―――――



「――器」


外から響いたのか、それとも内側から浮かんだのか、判別がつかない。


ただ、その一音が落ちた瞬間、思考が不自然に途切れる。


「あれを使え」


短く、迷いのない言葉が、間を置かずに重なる。


理解するより先に、胸の奥で何かが応じる。


何を指しているのか分からないまま、

それでも“知っている感覚”だけが先に立ち上がる。


「言葉を思い出せ」


重ねられた声に押されるように、記憶の底が揺れる。


思い出そうとしているわけじゃない。


沈んでいたものが、無理やり引き上げられていく。


誕生祭。

光。

誰かの声。


断片のまま沈んでいたはずの記憶が、順番もなく浮かび上がる。


その流れの中で、言葉が形を持ちはじめる。


「太陽と月の影……」


自分の口から出ているはずなのに、どこか遠くで響いているように感じる。


それでも、言葉は止まらない。


次を呼ぶように、続いていく。


「我が刃に集まりて――」


指先に触れていたピアスが、わずかに熱を帯びる。


ただの金属だったはずの感触が、違うものへと変わっていく。


「無と生を等しく与えんことを!」


最後の言葉を言い切った瞬間、

内側で噛み合いかけていたものが、一気に揃う。


詰まっていた流れが、解ける。


ピアスが指先を離れ、空気の中で静かに浮かび上がる。


周囲の光を集めるのではなく、

内側から滲み出すように、淡い輝きが広がっていく。


その光が一点へと引き寄せられる。


細く伸びた線が、徐々に厚みを持ち、

やがて刃の輪郭を形作っていく。


――剣。


思わず手を伸ばす。


触れるより先に、向こうから収まってくる。


握った感触は確かにあるのに、

重さに引かれる感覚がない。


軽いのに、離れない。


手の中にあるというより、腕の延長として存在している。


呼吸が整う。


詰まっていた胸の奥へ、自然に空気が落ちていく。


周囲の気配が、輪郭を持って立ち上がる。


森の音、風の流れ、

そのすべての中に、竜の動きが浮かび上がる。


さっきとは違う。


追いきれなかったはずの動きが、視界の中でひとつの流れとして繋がる。


速いのではなく、

自分のほうが噛み合っていなかっただけだと理解が追いつく。


「――いける」


こぼれた言葉に引かれるように、足が地面を捉える。


足裏が凹凸を拾い、そのまま体重が前へ流れる。


踏み込みと同時に、沈み込みと反発が揃う。


力を込める意識を挟む前に、身体が前へ滑り出す。


距離が一気に縮まる。


近い、と認識が追いつくより先に、腕が動く。


横へ流した刃が、竜の体表に触れ、そのまま押し込まれていく。


弾かれない。


抵抗が遅れて腕に返る。


「通る……!」


その実感が、次の動きを引き出す。


体の回転に合わせて流れが繋がる。


視線が竜の軌道を先取りする。


来る。


その気配が形になるより先に、体が半歩だけ外れる。


振り抜かれた尾が、すぐ横を通り過ぎる。


風だけが頬に触れる。


避けたのではなく、

最初から重ならない位置に流れていたような感覚。


そのまま内側へ滑り込む。


距離が詰まる。


振り上げた刃に、流れがそのまま乗る。


上から落とした軌道が、竜の動きを途中で断ち切る。


切断の感触が、遅れて腕へ伝わる。


体勢が崩れる。


空気の流れが乱れる。


そのわずかな遅れが、隙として見える。


「まだ……!」


流れを止めずに踏み込む。


崩れた内側へ入り込む。


振り返す尾の軌道が迫る。


大きく、速い。


それでも、線として読める。


半歩だけ外し、すれ違う。


触れない。


そのまま踏み戻し、流れのまま刃を横へ通す。


尾の動きが途中で断ち切られる。


竜が吠える。


空気が震える。


口元に光が集まり始める。


圧が膨らみ、空間が軋む。


「来る……!」


すでに流れは始まっている。


正面で受ければ潰される。


それでも、足は止まらない。


一歩、前へ。


刃を前に差し出す。


放たれた光が、空間ごと押し潰すように迫る。


ぶつかる、その瞬間。


押し返される感覚が来ない。


刃の先で、流れがわずかに揺れる。


向こうから来たはずの圧が、こちら側へ流れ込む。


吸い込まれる。


抵抗が消える。


残るのは、抜けたあとの静けさ。


竜の動きが止まる。


わずかな間が生まれる。


「終わりだよ……!」


踏み込みと同時に、身体の回転が繋がる。


流れが途切れない。


刃が弧を描き、そのまま最後まで振り切られる。



静寂が、遅れて森に戻ってくる。


さっきまで満ちていた圧が引き、

音も、気配も、少しずつ元の形を取り戻していく。


「勝った……」


口をついて出た言葉が、自分のものに思えない。


その余韻が消えるより先に、手の中の光がわずかに揺らぐ。


握っていたはずの感触が、不意にほどけはじめる。


刃の輪郭が、崩れる。


砕けるのではなく、溶けるように。


形を保っていた光が、細くほどけながら手のひらへ引き戻されていく。


逃げていくのではない。


内側へ、帰ってくる。


指の間をすり抜けていた光が、少しずつ密度を増しながら一点に集まっていく。


じわじわと熱を残したまま、形が縮まっていく。


「……あれ……?」


視線を落とす。


さっきまで握っていたものが、もうそこにはない。


代わりに、手のひらの中央に、小さな感触だけが残っている。


……小さい。


けれど、確かにそこにある。


指先で確かめるように触れると、

それは、耳に着けていたはずのピアスだった。


さっきまで手の中にあったはずの力が、

その小さな形の中に、押し込められたみたいに静まっている。


その瞬間。


内側で張り詰めていた何かが、唐突にほどける。


ぶつん、と音がした気がした。


全身から、一気に力が抜ける。


支えていたものが消えたみたいに、足に力が入らない。


「あ……」


踏ん張ろうとしても、間に合わない。


身体が、そのまま前に落ちる。


膝が地面に触れる。


衝撃が、少し遅れて伝わってくる。


痛い、はずなのに。


うまく感じられない。


呼吸が浅い。


うまく吸えない。


吐ききる前に、また次の呼吸が重なってくる。


胸の奥が詰まる。


腕も、指も、思ったように動かない。


さっきまで自然に動いていたのが、嘘みたいに。


何も、言うことを聞かない。


それでも。


手のひらの中だけは、まだ温かい。


握り込んだピアスから、かすかに熱が残っている。


それだけが、現実をつなぎ止めているみたいだった。


「……なんだったの……あれ……」


声が、遠い。


自分の口から出ているはずなのに、どこか別の場所で響いているみたいに聞こえる。


そのまま、動けない。


動こうとする気持ちだけが空回りして、身体がついてこない。


森の音が、少しずつ戻ってくる。


風が揺れる。


葉が擦れる。


その中で、自分だけが取り残されているみたいに、ただ座り込んでいた。



     ―――――



どれくらい時間が過ぎたのか、はっきりしない。


気がついたとき、視界がわずかに開けていた。


さっきまで覆いかぶさっていた木々の影が薄れ、

頭上に広がる空が、少しだけ近く感じられる。


見上げると、月がある。


さっきよりも、はっきりと。


ぼんやりしていた輪郭が、静かに形を取り戻している。


「……帰らないと」


声に出した瞬間、その言葉だけが現実の重さを持って落ちてくる。


手のひらの中のピアスを握り直す。


かすかに残る熱が、まだ消えていないことを伝えてくる。


その感触を頼りに、ゆっくりと体を起こす。


足に力を込めようとする。


けれど、うまく入らない。


「……っ」


一歩だけ踏み出す。


その瞬間、身体が大きく揺れる。


倒れそうになるのを、なんとか踏みとどまる。


それでも、止まらない。


止まれない。


そのまま、次の一歩を前へ出す。


木々の間を抜けていく。


枝が肩に触れるたびに、さっきの感触が遅れて蘇る。


刃の重み。


衝撃。


風を切る音。


頭の中で、断片がまだ完全に消えていない。


足元は見えている。


それなのに、思った通りに動かない。


踏み出すたびに、わずかにズレる。


落ち葉を踏む音だけが、やけに大きく耳に残る。


遠くで、遠吠えが響く。


けれど。


さっきみたいに、意味を持って届いてはこない。


ただの音として、通り過ぎていく。


「……はぁ……っ」


呼吸が整わない。


吸った空気が、うまく奥まで届かない。


吐ききる前に、また次の息が重なる。


何度か足を取られそうになりながら、

それでも前へ進み続ける。


森が、少しずつ薄くなっていく。


木の間隔が開き、

視界の先に、暗さとは違う色が混じりはじめる。


そして――


遠くに、光が見える。


揺れている。


小さく、けれど確かにそこにある。


村の灯り。


暗い森の中で、その光だけが不自然なほど温かく見える。


「……」


視線がそこに引き寄せられる。


胸の奥で張り詰めていたものが、

ほんの少しだけ緩む。


その分だけ、身体が重くなる。


足取りが鈍る。


それでも、止まらない。


ふらつきながら、光の方へ進む。


やがて木々が途切れ、

森の境界を越える。


足裏に伝わる感触が変わる。


踏み慣れた道。


見慣れた景色。


なのに、どこか距離がある。


少しだけ、遠く感じる。


村の入り口に辿り着いたときには、

身体の力はほとんど残っていなかった。


それでも、顔を上げる。


――声が聞こえる。


こんな時間のはずなのに。


あちこちから、人の気配が重なっている。


「……え?」


状況が飲み込めないまま、立ち尽くす。


「ヒナ!」


呼ばれる。


聞き慣れた声が、一直線に届く。


母さんの声。


足音が近づく。


速い。


迷いがない。


次の瞬間。


頬に、強い衝撃が走る。


視界が揺れる。


「ヒナ!何をしていたの!」


叱る声。


けれど、その奥に滲んでいるものが分かる。


言葉が出ない。


何を言えばいいのか分からない。


ただ、目の前を見ていることしかできない。


すぐ後ろから、もう一つの気配が近づく。


父さんだ。


「おまえ……行ったのか……」


低い声が、静かに落ちる。


責めるわけでもなく、ただ確かめるように。


それでも、重い。


何も言えずに、ただ立ち尽くす。


「コトハがね……あなたがいないって教えてくれたのよ……」


肩に触れる手。


その温もりが、ゆっくりと身体に広がる。


現実が、遅れて戻ってくる。


「父さん……母さん……ごめんなさい……」


言葉がほどけると同時に、

抑えていたものが一気に溢れ出す。


涙が止まらない。


「無事で良かったわ」


抱き寄せられる。


強く。


それでも、壊れないように優しく。


その温もりの中で、

ようやく、自分が戻ってきたことを実感する。


身体の力が抜ける。


支えられるまま、

その場に身を預ける。


森の冷たさとは違う温もりに包まれて、

ようやく、帰ってきたのだと理解する。

ヒナの成長過程の特別編

次回は エピソード3 ヒナ15歳

のお話を載せていきたいと思っております


投稿は不定期ですが、もう少し文字数を減らして 早めに投稿出来ればと思っております





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