第39話 スヴェード・クシフォス
昼前。
ティーナ村へ、
穏やかな風が吹いていた。
ヒナの家の庭先では、
ロイドとコトハが木剣を打ち合わせている。
乾いた音が、
静かな村へ小気味良く響いた。
「まだまだですっ!」
コトハが踏み込む。
白銀混じりの髪を揺らしながら放たれる連撃。
だが。
ロイドは落ち着いて受け流した。
以前なら、
少女の速度へ反応するだけで精一杯だった。
しかし今は違う。
身体の奥を巡るマナの流れ。
その感覚を、
少しずつ掴み始めている。
呼吸。
踏み込み。
力の流れ。
ティーナ村での鍛錬は、
確実にロイドを変え始めていた。
「むぅ〜……」
悔しそうに頬を膨らませるコトハ。
その時だった。
「ただいまー」
気の抜けた声と共に、
巡回帰りのヒナが現れる。
鼻歌混じり。
軽い足取り。
まるで散歩帰りみたいな空気だった。
だが。
ロイドは知っている。
この少女は、
村の外周を一人で巡回しながら、
・足跡
・風向き
・マナの流れ
・森の異変
その全てを、
無意識レベルで観察している事を。
戦闘準備が、
既に日常へ溶け込んでいる。
ヒナは木陰へ腰を下ろすと、
ふと思い出したみたいに口を開いた。
「あっ、そうだ」
「ガンテツおじさん、
ロイの剣打ち終わったって朝言ってたよ?」
ロイドの動きが止まる。
「……もっと早く言え」
「重要な事を、
思い出したみたいに言うな」
「まあいいじゃん」
ヒナは悪びれもなく笑う。
「良かったね、ロイ」
その軽い調子に、
ロイドは小さく息を吐いた。
少し前なら振り回されていた。
だが最近は、
この距離感にも慣れてきている。
するとヒナが立ち上がる。
「見に行ってみる?」
「あぁ」
即答だった。
するとコトハが勢い良く手を挙げる。
「わたしも見たい!」
「それじゃ、
みんなで行こう」
⸻
ティーナ村外れ。
鍛冶場。
熱気が肌を撫でる。
炉の火が赤く揺れ、
鉄と灰の匂いが空気へ溶けていた。
ヒナは慣れた様子で扉を開く。
「おじさーん。
来たよー」
すると奥から、
豪快な笑い声が返ってきた。
「おう!」
ガンテツだった。
分厚い腕を組みながら、
いつもの笑みを浮かべている。
ロイドは真っ直ぐ口を開く。
「俺の剣が完成したと聞いた」
ガンテツはニヤリと笑った。
「おうよ」
「……見て腰抜かすなよ?」
そう言って、
鍛冶場の奥へ消えていく。
直後。
――ガコン。
重い金属音。
続けて。
――ギィ……。
何か巨大なものを動かしているような音が響く。
コトハはそわそわしながら背伸びしていた。
「まだかな……
まだかな……!」
ロイド自身も、
無意識に息を呑んでいる。
やがて。
ガンテツが一本の剣を持って戻ってきた。
空気が変わる。
白銀を基調とした、
美しい長剣。
鞘には淡く紫色の筋が走り、
月蝕結晶特有の光が脈打っていた。
細い。
だが。
ただ細いだけじゃない。
刃の奥に、
獣みたいな危うさが潜んでいる。
「キレイ……!」
コトハが目を輝かせる。
ガンテツは豪快に笑った。
「かなり苦労したぜぇ!」
「ここまで暴れたのは、
ヒナの双剣以来だったな!」
「ヒナの双剣なんざ、
完成した瞬間に鍛冶場半壊したからな!」
「……あれは不可抗力だよ」
「おまえさん、
笑いながら壁走ってただろうが!」
鍛冶場へ笑いが広がる。
だが。
ガンテツはすぐ真面目な目へ戻った。
「心して使えよ?」
「見たところ、
おまえさんのマナも最初よりゃ見違えるほど良くなった」
ロイドは静かに剣を受け取る。
重くはない。
だが。
柄を握った瞬間。
ゾクリ、
と背筋へ冷たい感覚が走った。
まるで。
剣そのものが、
こちらを値踏みしているみたいだった。
ロイドはゆっくりと鞘へ手を掛ける。
すると。
「あっ……ロイ、
まだ抜いちゃ――」
ヒナが止めかけた。
だが遅い。
――ギィン。
異音。
金属音とも、
獣の威嚇ともつかない音が鍛冶場へ響く。
同時に。
空気が震えた。
炉の炎が大きく揺れる。
工具が共鳴するみたいに鳴った。
次の瞬間。
剣先から、
巨大な三日月型の光刃が暴走。
白銀の衝撃波が、
鍛冶場の壁を吹き飛ばした。
轟音。
木片が舞う。
熱風が吹き荒れる。
「きゃっ!?」
コトハが身を引く。
ロイドも咄嗟に身構えた。
だが。
ヒナだけは違った。
「うん。
ちゃんと暴れてるね」
落ち着いた声。
まるで予想通りみたいに、
剣を見つめている。
ロイドは唖然とした。
「普通の剣じゃないんだよ?」
「ちゃんと自分のマナと接続しなきゃ」
ヒナは自然に歩み寄る。
その姿に、
ロイドは妙な違和感を覚えた。
怖がっていない。
いや。
慣れ過ぎている。
ヒナは剣の腹へ指先を触れながら、
静かに呟いた。
「スヴェード・クシフォス、
静かにしてね?」
ロイドが眉を動かす。
「……今、
名前を言ったか?」
「ん?」
ヒナは首を傾げる。
「なんとなく?」
そして。
軽く刃を弾く。
――キィン。
澄んだ音。
すると暴れていた光が、
嘘みたいに静まっていく。
ロイドは息を呑んだ。
これは、
王国の武器とは根本的に違う。
属性付与武器ではない。
まるで。
生きている。
ガンテツは豪快に笑う。
「ティーナ村じゃ、
月蝕結晶を練り込んだ武器が当たり前だ!」
「一流の剣士だけが持てる武器だが……
まあ村の連中、
大体みんな持ってるな!」
「基準がおかしい……」
ロイドは思わず呟く。
ガンテツはさらに笑う。
「そいつがまともに振れるようになりゃ一人前だ!」
「ただの鉄剣みたいにはいかんぞ?」
「なにせ、
生き物を練り込んだようなモンだからな!」
そしてニヤリと笑った。
「尻に敷かれるなよ?」
視線がヒナへ向く。
「?」
ヒナはきょとんとしていた。
ロイドは微妙な顔をする。
「……敷かれてるつもりはないんだが」
するとヒナが平然と言った。
「ロイド、
脚好きだもんね」
「お姉ちゃん脚綺麗だもんね!」
コトハまで追撃する。
「ち、違う!
あれは重心移動をだな……!」
しどろもどろになるロイド。
鍛冶場へ笑い声が響く。
ガンテツも腹を抱えて笑った。
「まあ尻に敷かれるのも悪くねぇ!」
だが。
次の瞬間だけ、
空気が少し締まる。
「……だが、
この剣には敷かれるなよ?」
ロイドの視線が剣へ戻る。
「こいつぁ使い手を選ぶ」
「ましてや、
元がとびっきりのマンティスだからな」
「従わせるだけのマナ制御が出来てなきゃ、
直ぐ暴走するぞ?」
ロイドは静かに剣を見る。
まだ制御出来ない。
まだ未熟だ。
だが。
それでも。
この剣に相応しい使い手になりたい。
自然と、
そう思っていた。
するとヒナが笑う。
「大丈夫だよ、ロイなら」
「あたしもいるし」
その笑みは、
どこか楽しそうだった。
まるで。
新しい“遊び相手”が増えたみたいに。
最後にガンテツがニヤリと笑う。
「さて――」
「明日から地獄だぞ?」
「まずは、
その暴れ馬を振り回されずに振れるようになれ」
こうして。
ロイドと《スヴェード・クシフォス》の、
本当の鍛錬が始まる。




