表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
46/50

第38話  モヤモヤ



 夕暮れ。


 赤く染まり始めた空の下を、

ヒナとロイドは並んで歩いていた。


 ティーナ村へ戻る道。


 いつもなら、

巡回終わりのヒナは割と喋る。


 今日見つけたモンスター。


 森の変化。


 コトハの反応。


 どうでもいい雑談まで含めて、

ぽつぽつ話し続ける事が多い。


 だが今日は違った。


「……」


 静かだった。


 歩く足音だけが、

山道へ小さく響いている。


 ヒナはいつも通りを装っている。


 けれどロイドには分かった。


 どこか落ち着いていない。


 時折、

考え込むみたいに黙る。


 あの神獣。


 “対の器”。


 “白き器”。


 そして――


『真の志し……

 人の心……

 常に持て……』


 ロイド自身も、

あの言葉が頭から離れなかった。


 何故、

あの存在は突然現れた?


 何故、

ヒナ達へあんな言葉を残した?


 そして何より。


 ヒナが時々口にする、

“ふーちゃん”。


 あの存在と、

神獣が何か関係している気がしてならない。


 ロイドは静かに眉を寄せる。


 あの神獣は、

単なるモンスターではない。


 敵意だけじゃなかった。


 まるで。


 ヒナ達を“確認”していた。


 試すみたいな視線だった。


 世界にはまだ、

自分の知らない領域がある。


 そしてヒナは、

既にそこへ触れている。


 白銀の光の中。


 笑いながら神獣へ斬り込んでいった少女の背中が、

脳裏へ浮かぶ。


 遠い。


 だが。


 目を離せなかった。



 村へ戻った後。


 コトハもどこか静かだった。


 普段なら巡回帰りは、

楽しそうにヒナへ話しかける。


 だが今日は、

夕食中も口数が少ない。


 ミツキやヨネも、

そんなコトハの様子へ気付いていた。


「コトハ?

 大丈夫かい?」


 ヨネの言葉に、

コトハは慌てて笑う。


「だ、大丈夫だよ?」


 だが。


 無理をしているのは明らかだった。


 初めて見た。


 森の“本当の危険”。


 呼吸すら苦しくなる圧。


 そして。


 ヒナですら押し切れなかった存在。


 十歳のコトハには、

あまりにも衝撃が大きかった。


『……白き器よ』


 神獣の声が、

頭から離れない。


 何故、

自分へそんな言葉を向けたのか。


 分からない。


 それでも、

胸の奥だけがざわついていた。



 晩御飯の後。


 ヒナは突然、

ロイドへ振り返った。


「……ロイ、

 今日もう一回入る?」


「……は?」


 ロイドは固まる。


 月明かり。


 露天温泉。


 しかも今のヒナは、

どこか距離が近い。


 本来なら、

即座に断るつもりだった。


 だが。


 ロイドはふと、

少しだけ意地悪したくなった。


「……入ると言ったら?」


 一瞬。


 ヒナが固まる。


「……えっ?」


 完全に予想外だった顔。


 青と金の混ざる瞳が、

ぱちぱちと瞬く。


「え……

 うーん……」


 視線を逸らし、

頬を掻く。


「……また今度にしよっかな」


 今度は明らかに、

ヒナの方が動揺していた。


 ロイドは思わず吹き出しそうになる。


 するとヒナは、

誤魔化すみたいに悪戯っぽく笑った。


「ふふっ」


「ロイってほんと真面目」


 その瞬間。


 さっきまで胸へ引っ掛かっていたモヤモヤが、

少しだけ軽くなる。


 ヒナは満足そうに、

軽く手を振った。


「じゃ、おやすみ」


 ぱたぱたと、

自室へ戻っていく。


 ロイドは、

閉じられた扉をしばらく見つめていた。


「……」


 昼間の神獣戦から、

どこかヒナの様子が変だった。


 普段のヒナなら、

勝てなかったとしてもここまで引きずらない。


 だが今日は違う。


 神獣の言葉。


 ふーちゃんへの反応。


 コトハへ向けられた視線。


 そして――


『真の志し……

 人の心……

 常に持て……』


 ロイドは静かに目を伏せる。


 あの神獣は、

何を見ていた?


 何を知っていた?


 ヒナは、

一体どこへ繋がっている?


 考えながら、

ロイドは部屋へ戻ろうとする。


 その時だった。


 廊下の奥。


 ヒナの部屋から、

小さな笑い声が聞こえた。


 不思議に思い、

ロイドは扉の隙間を覗く。


 部屋の中では、

机へ向かったヒナが、

真剣な顔で何かを書いていた。


 月明かりと部屋の灯りに照らされ、

亜麻色の髪へ白銀が混ざる。


 静かな横顔だった。


 紙へ走る筆音だけが、

小さく部屋へ響いている。


 ……と思った次の瞬間。


「ここ避けてー……」


 ヒナが小さく呟く。


 さらさらと筆が走る。


「で、こう入って……」


 紙の上で、

指先が軽く動く。


 まるで実際の戦闘をなぞっているみたいだった。


「ドン、っと……ふふっ」


 ヒナは少し楽しそうに笑う。


「はい、木っ端微塵♡」


 最後に、

ぺしっと勢いよく丸を書き込む。


 ロイドは思わず目を瞬かせた。


 真剣なのに、

どこか楽しそうだった。


 机の上には、

大量の紙と記録が広がっている。


 そこへ細かな文字と、

手描きの絵が次々書き込まれていく。


 異様な集中力だった。


 ふと。


 開かれたノートの表紙が見える。


『もんちゃんノート』


 丸っこい文字で書かれた、

妙に可愛らしい題名。


 『もんちゃんノート』


 不思議に思い、


 ロイドは扉の隙間を覗く。


 部屋の中では、


 机へ向かったヒナが、


 真剣な顔で何かを書いていた。


 月明かりと部屋の灯りに照らされ、


 亜麻色の髪へ白銀が混ざる。


 静かな横顔だった。


 紙へ走る筆音だけが、


 小さく部屋へ響いている。


 ふと。


 ロイドの視線が止まる。


 机へ向かうヒナは、


 驚くほど静かだった。


 月明かりと灯りに照らされた横顔。


 亜麻色の髪へ、


 白銀が淡く混ざっている。


 真剣な眼差し。


 さらさらと紙を滑る指先。


 時折小さく動く唇。


 まるで。


 一つの芸術でも見ているみたいだった。


 戦場で見せる鋭さとも違う。


 湯気の向こうで見た柔らかさとも違う。


 静かなのに、


 妙に目が離せない。


 ロイドは、


 自分がしばらく見惚れていた事に気付き、


 小さく息を呑む。


 ――その瞬間だった。


「ここ避けてー……」


 ヒナが小さく呟く。


 さらさらと筆が走る。


「で、こう入って……」


 紙の上で、


 指先が軽く動く。


 まるで実際の戦闘をなぞっているみたいだった。


「ドン、っと……ふふっ」


 ヒナは少し楽しそうに笑う。


「はい、木っ端微塵♡」


 最後に、


 ぺしっと勢いよく丸を書き込む。


 ロイドは思わず目を瞬かせた。


 真剣なのに、


 どこか子供みたいに楽しそうだった。


 机の上には、


 大量の紙と記録が広がっている。


 そこへ細かな文字と、


 手描きの絵が次々書き込まれていく。


 異様な集中力だった。


 ふと。


 開かれたノートの表紙が見える。


『もんちゃんノート』


 丸っこい文字で書かれた、


 妙に可愛らしい題名。


 ロイドは思わず目を瞬かせた。


 戦闘記録とは思えない名前だった。


 その反応が分かったのか。


 ヒナは筆を止めないまま、


 小さく笑う。


「……ロイ」


 ロイドの肩が僅かに揺れる。


 ヒナは視線を上げないまま、


 軽く椅子を引いた。


「入っておいでよ」


「一緒に書こ?」


 ロイドは少しバツが悪そうに視線を逸らし、


 静かに部屋へ入る。


 見惚れていた事を、


 どこか見抜かれている気がした。


 ヒナの隣へ近付くと、


 ヒナは当然みたいに身体を寄せてくる。


 肩が軽く触れた。


「……やっぱ密着なんだね」


 少し呆れたみたいに呟くヒナ。


 だが、


 嫌そうな様子はまるでない。


 ロイドは何とも言えない顔で小さく息を吐き、


 机の上へ視線を落とした。


 ノートには、


 討伐したモンスターの特徴。


 動き。


 弱点。


 危険度。


 遭遇場所。


 細かな記録がびっしり書き込まれていた。


 ロイドはノートを静かに眺める。


 そこには、


 これまで討伐してきたモンスター達の記録が、


 几帳面に整理されていた。


 ページの端には、


 小さな手描きの絵まで添えられている。


 ヒナはそのページを数枚めくり、


 ふと手を止めた。


 開かれた先は、


 まだ何も書かれていない白紙だった。


「……んー」


 珍しく悩む。


 ロイドは静かに尋ねた。


「……書かないのか?」


「書く」


 ヒナは頬杖をつきながら、


 ノートを見つめる。


「でも、


 よく分かんないんだよね」


 そしてゆっくり、


 書き始めた。


---


・神獣級存在


・高位知性体


・人語使用


白耀連花エクラ・ヴァイザーへ対応


・光の剣直撃後も生存


---


 さらに少し迷った後。


---


・敵意だけじゃなかった気がする


---


 その一文だけ、


 文字が少し小さい。


 ロイドも今日の戦闘を思い返す。


 確かに、


 あの神獣は“殺すためだけ”では動いていなかった。


 まるで。


 ヒナ達を見定めていた。


 そして、


 ふーちゃんとも何か繋がっている気がする。


 ヒナは今度は、


 神獣のスケッチを書き始めた。


 滑るみたいに筆が動く。


 角。


 瞳。


 白銀の鬣。


 月光みたいな輪郭。


 短時間しか見ていないはずなのに、


 異様な精度だった。


 ロイドは思わず息を呑む。


「……全部覚えてるのか」


 ヒナは不思議そうに首を傾げた。


「戦った相手は、


 基本忘れないよ?」


 静かな月夜。


 二人は並んで、


 神獣の記録を書き続ける。


 静かな筆音だけが、


 夜へ溶けていった。


 ロイドは、


 隣で静かにノートを書くヒナを横目で見る。


 聞きたい事は沢山あった。


 ふーちゃんとは何なのか。


 何故、


 神獣はあの言葉を残したのか。


 ヒナは、


 何を抱えているのか。


 だが今は聞かない。


 まだ、


 その時じゃない気がした。


(……ふーちゃんの事は、


 また今度聞くか)


 ロイドは静かに息を吐き、


 再び神獣の記録へ視線を落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ