第37話 真の志し
白煙の奥。
ゆっくりと、
巨大な影が立ち上がる。
神獣だった。
白銀光を浴びながら、
静かに立っている。
身体の一部は裂けていた。
深く斬れている。
だが。
倒れていない。
ロイドの喉が、
僅かに鳴った。
今まで。
ヒナの本気を受けて、
立っていた存在を見た事が無かった。
神獣は、
静かにヒナを見る。
その瞳に、
初めて僅かな熱が宿っていた。
「……見事」
低い声。
だが。
敵意だけではない。
どこか、
“確認した”みたいな響きだった。
ヒナは双剣を構えたまま、
小さく舌打ちする。
「……ほんと、
今日モヤモヤする」
神獣は答えない。
長い沈黙。
そして。
空気が変わった。
圧が引いていく。
ロイドが目を細める。
「……まさか」
神獣が、
戦闘姿勢を解いていた。
ヒナの眉が寄る。
「……逃げる気?」
神獣は静かにコトハを見る。
「……白き器よ」
低く、
古い響きの声。
コトハが小さく息を呑む。
そして。
「必ず……
我の力が必要になるであろう……」
森の空気が、
僅かに震えた。
次の瞬間。
神獣は今度はヒナを見る。
長い沈黙。
まるで、
何かを見定めるみたいに。
ヒナの表情が、
ほんの僅かに揺れる。
神獣は静かに口を開く。
「太陽と月の混ざり子……」
低く、
重い声。
そして。
「……真の志し……
人の心……
常に持て……」
森の空気が、
静かに軋む。
ロイドには意味が分からない。
だが。
その言葉だけが、
妙に胸へ残った。
次の瞬間。
神獣の姿が、
空気へ溶けるように消える。
音もなく。
気配もなく。
最初から存在しなかったみたいに。
森には、
重い静寂だけが残った。
静寂。
さっきまで森を揺らしていた圧が、
嘘みたいに消えていた。
風が戻る。
揺れる枝葉。
遠くで、
止まっていた鳥の鳴き声が聞こえ始める。
だが。
ロイドだけは、
すぐに動けなかった。
息が重い。
心臓が速い。
全身が、
戦闘の余波で軋んでいた。
腕の中では、
コトハもまだ固まっている。
「……だ、大丈夫か?」
「う、うん……」
だが、
声が少し震えていた。
ロイドはゆっくりコトハを下ろす。
そして。
視線は自然と、
ヒナへ向いていた。
ヒナはその場に立ったまま、
神獣が消えた場所をじっと見つめている。
双剣はまだ下ろしていない。
白銀光の残滓が、
静かに空気へ溶けていた。
やがて。
ヒナが小さく息を吐く。
「……なんか、
今日モヤっとする」
不満そうな声。
だが。
ロイドにはその意味が分かった。
勝てなかった。
いや。
“勝ち切れなかった”。
それが、
ヒナ自身かなり気に入らないのだ。
ロイドは静かに息を呑む。
今まで。
ヒナが押し切れなかった相手を、
見た事が無かった。
あの圧倒的な力。
超高速連撃。
《白耀連花》。
《光の剣》。
その全てを受けても、
神獣は立っていた。
ロイドの背筋へ、
冷たいものが残る。
世界にはまだ、
あのヒナですら届かない領域がある。
その事実が、
妙に重かった。
その時。
コトハが不安そうに呟く。
「……白き器って、
なんだったのかな……」
ヒナは少しだけ視線を逸らした。
「……さぁ」
短い返事。
だが。
珍しく、
本当に分かっていない顔だった。
そして。
ヒナは左耳のピアスへ触れる。
――キン。
小さな音。
どこか落ち着かないみたいに、
もう一度だけ軽く弾いた。
「……帰ろっか」
その声は、
少しだけ疲れていた。




