第34話 静かな強者
数日。
ロイドは、
ヒナのルーティンへ同行し続けていた。
ティーナ村周辺の巡回。
森の異変確認。
モンスターの痕跡調査。
危険種の排除。
最初は、
ただ後ろを付いて行くだけで精一杯だった。
ヒナの移動は速い。
静かで。
無駄がなく。
森そのものへ溶け込んでいるみたいだった。
落ち葉を踏む音すら小さい。
木々の隙間を抜ける時も、
枝一本まともに揺らさない。
ロイドは思わず苦笑する。
王国の騎士達なら、
数人歩くだけで森中へ気配を撒き散らす。
だがヒナは違った。
いるはずなのに、
気配が薄い。
視線を外した瞬間、
本当に消えてしまいそうな錯覚すらある。
それでいて。
彼女は決して周囲への警戒を解かない。
数日も同行すれば、
嫌でも分かる。
ヒナは、
常に戦っていた。
---
森の空気は静かだった。
湿った土の匂い。
枝葉を揺らす風。
遠くで流れる沢の音。
木漏れ日の隙間を、
白い光が揺れている。
ヒナはその中を、
普段通りの軽い足取りで歩いていく。
時折、
小さく鼻歌まで混ざる。
まるで散歩みたいだった。
だが。
その蒼と金が混ざる瞳は、
常に森全体を見ていた。
折れた枝。
削れた木肌。
地面へ残る爪痕。
草の倒れ方。
風向き。
空気の流れ。
ほんの僅かな違和感すら、
見逃していない。
そして時々、
ヒナは何も言わず立ち止まる。
静かに周囲を見渡し。
耳を澄ませ。
数秒後。
「……いた」
小さく呟く。
直後。
茂みの奥から、
黒狼種が飛び出した。
だが。
その瞬間にはもう、
ヒナは動いている。
亜麻色の髪が揺れる。
地面を蹴る音すら小さい。
一瞬で距離を消し、
双剣が白く閃いた。
――ズァッ。
黒狼種の身体が、
そのまま横へ滑る。
遅れて鮮血が舞った。
速い。
ロイドは何度見ても目を見張る。
力任せではない。
無駄がない。
“最短で殺す”動きだった。
---
その日だけでも、
数回の小規模戦闘があった。
牙猪。
飛行型魔物。
小型群体。
ロイドも剣を抜き、
共に戦う。
そして。
その中で、
自分自身の変化も感じ始めていた。
夜の森。
本来なら視界を遮るはずの闇が、
妙に見えている。
木々の輪郭。
揺れる葉。
獣の気配。
呼吸。
視線。
月明かりだけとは思えないほど、
感覚が鮮明だった。
踏み込みも軽い。
反応も速い。
剣が以前より自然に振れる。
身体の内側を巡る力も、
以前とは違っていた。
マナ循環。
剣を振る度、
身体の奥で何かが流れていく感覚がある。
まだ不完全だ。
だが。
確実に変わっている。
ティーナ村での療養。
ヨネの食事。
ヒナとの巡回。
温泉。
この土地そのもの。
全てが、
少しずつロイドを作り替えていた。
---
帰り道。
夕暮れが森を赤く染めていた。
風が吹く。
ヒナの髪が揺れ、
光を受けて淡く銀色が浮かぶ。
その横顔を見ながら、
ロイドはふと口を開いた。
「お前は……
いつ休んでるんだ?」
「ん?」
「常に周囲を見てるだろ」
ヒナは少しだけ目を丸くした後、
ふっと笑う。
「んー……
癖かな」
「癖で済む話か?」
「慣れてるだけだよ」
軽い口調だった。
だが。
ロイドには分かる。
その“慣れ”が、
どれほど異常なのか。
---
その時だった。
ヒナがふと、
ロイドの足元を見る。
「……ロイ、
踏み込み変わったね」
不意の言葉だった。
ロイドは少し驚く。
「……分かるのか?」
「分かるよ」
ヒナは当たり前みたいに答えた。
「前より地面の使い方が柔らかい。
でも、
まだ少し力みある」
さらりと言われる。
だが。
それは戦場を知る者にしか分からない観察だった。
ロイドは苦笑する。
「厳しいな」
「んー……
ロイ真面目だから、
無意識に力入ってる感じ」
そう言いながら、
ヒナは小さく笑った。
柔らかい声だった。
だが。
ロイドはもう理解し始めている。
---
ヒナという少女の強さは、
単純な才能ではない。
彼女は常に見ている。
観察している。
分析している。
反復している。
警戒している。
歩いている時ですら。
笑っている時ですら。
温泉で気を抜いているように見える時ですら。
その感覚は止まっていない。
静かだった。
あまりにも自然で。
だからこそ、
余計に異常だった。
森へ溶け込みながら、
誰より鋭く牙を研いでいる。
――静かな戦闘者。
それが、
ヒナの本質だった。




